↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/16

16

リビングには、静かな空気が流れていた。

仏壇の前に立つ正美は、少し緊張しながら持ってきた袋を抱え直す。

その横で鈴木が、こほん、と咳払いをする真似をした。

「さて。」

「ん?」

「目的を忘れてはダメよ。」

「……あ。」

「まずは、お母さんに渡すものを渡す。」

「そうだった。」

正美は慌てて袋を持ち上げた。

「あ、ハイ。」

ぺこりと頭を下げる。

「これ、お供え物です。」

花束と、お菓子、それから今日持ってきた線香の詰め合わせを差し出す。

「仏壇にお供えしてもいいですか?」

母親は目を丸くし、それから優しく微笑んだ。

「ええ、もちろん。」

「ありがとうございます。」

正美は仏壇の前に正座すると、花を丁寧に生け、お菓子を供え、線香を一本取り出した。

「今日は……。」

袋を見て笑う。

「チョコレートの香りです。」

「チョコレート?」

母親が少し驚く。

「最近はいろんな香りのお線香があるんですよ。」

「そうなのね。」

火をつける。

甘い香りがふわりと部屋に広がる。

母親は目を細めた。

「本当。」

「お菓子みたい。」

「でしょう?」

正美は少し嬉しそうだった。

その様子を見ていた鈴木が、小さく頷く。

「ありがとう。」

それから、くるりと背を向ける。

「さあ次よ。」

「私の自室に来なさい。」

「へ?」

「そんなに大きいスーツケースなら。」

ちらりと父親の大きなスーツケースを見る。

「漫画も入るでしょう。」

「え。」

「全巻持っていきなさい。」

「いやいやいや!」

正美は慌てて両手を振った。

「それ強盗にならない?私。」

「ならないわ。」

「なるよ!」

「所有者の許可がいるでしょ!」

鈴木は少し考えて、

「……そうね。」

と頷いた。

「忘れてた。」

「そこ大事だから!」

母親が不思議そうに二人――正確には、一人と誰もいない空間――を見ている。

「光は、なんと?」

「あっ。」

正美は固まった。

(これ、どう説明しよう。)

鈴木は横でニヤニヤしている。

(絶対楽しんでる。)

「えっと、その。」

頭をかく。

「今回、私が来たのって。」

「うん。」

「光さんの私物を……もらいに?」

言った瞬間、自分で顔を覆った。

「来たというか。」

「うん。」

「ねぇ。」

鈴木さんを見る。

「コレ言語化したら、私めっちゃ図々しい人じゃない?」

母親は一瞬きょとんとして、それから小さく吹き出した。

「ふふっ。」

「そんな言い方しなくても。」

「でも。」

「光がそんなことを?」

「はい。」

正美は鈴木を見る。

鈴木は真剣な顔で頷いている。

「『使ってくれる人がいるなら、その方が嬉しい』って。」

その言葉は、鈴木本人の気持ちを、できるだけそのまま伝えたものだった。

母親は静かに目を伏せる。

「……そう。」

「それなら。」

「捨てるよりは。」

少し寂しそうに笑う。

「光も喜ぶかもしれないわね。」

正美はほっと胸を撫で下ろした。

「よかったぁ……。」

ところが。

鈴木はまだ終わらなかった。

「あ。」

「あと。」

「なに?」

「私のお小遣いと。」

「うん。」

「ヘソクリ全部あげるから。」

「え。」

「結構な額になるわよ。それも言って。」

「ひぃん。」

正美は頭を抱えた。

「難易度高いよ!」

「お願い。」

「いやいや!」

「『娘さんがヘソクリ全部くれるそうです』って、どんな会話なの!?」

鈴木は肩を震わせて笑っている。

「頑張って。」

「他人事だからって!」

母親は心配そうに尋ねる。

「どうしたの?」

正美は観念して、ゆっくり口を開いた。

「あの……。」

「はい?」

「これは、光さんがそう言ってる、という前提で聞いてくださいね。」

「ええ。」

「『部屋にある自分のお小遣いとか貯めてたお金も、必要なら使ってほしい』って。」

母親は驚いたように目を見開いた。

「……あの子。」

小さく笑う。

「ちゃんと貯めてたのね。」

「え?」

「お小遣い、あまり使わない子だったの。」

「そうなんですか。」

「でも。」

母親は静かに首を振る。

「そのお金は、光が頑張って貯めたものだから。」

「すぐには決められないわ。」

「もし本当に見つかったら、どうするかは家族で話して決める。」

「それでいいわ。」

鈴木は穏やかに微笑んだ。

「うん。」

「それでいい。」

正美も安心したように笑う。

「ほら。」

「ちゃんと相談して決めるのが一番。」

「うん。」

鈴木は少し照れくさそうに頷いた。

「やっぱり。」

「生きてる人の家のことは、生きてる人が決めるものね。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。