16
リビングには、静かな空気が流れていた。
仏壇の前に立つ正美は、少し緊張しながら持ってきた袋を抱え直す。
その横で鈴木が、こほん、と咳払いをする真似をした。
「さて。」
「ん?」
「目的を忘れてはダメよ。」
「……あ。」
「まずは、お母さんに渡すものを渡す。」
「そうだった。」
正美は慌てて袋を持ち上げた。
「あ、ハイ。」
ぺこりと頭を下げる。
「これ、お供え物です。」
花束と、お菓子、それから今日持ってきた線香の詰め合わせを差し出す。
「仏壇にお供えしてもいいですか?」
母親は目を丸くし、それから優しく微笑んだ。
「ええ、もちろん。」
「ありがとうございます。」
正美は仏壇の前に正座すると、花を丁寧に生け、お菓子を供え、線香を一本取り出した。
「今日は……。」
袋を見て笑う。
「チョコレートの香りです。」
「チョコレート?」
母親が少し驚く。
「最近はいろんな香りのお線香があるんですよ。」
「そうなのね。」
火をつける。
甘い香りがふわりと部屋に広がる。
母親は目を細めた。
「本当。」
「お菓子みたい。」
「でしょう?」
正美は少し嬉しそうだった。
その様子を見ていた鈴木が、小さく頷く。
「ありがとう。」
それから、くるりと背を向ける。
「さあ次よ。」
「私の自室に来なさい。」
「へ?」
「そんなに大きいスーツケースなら。」
ちらりと父親の大きなスーツケースを見る。
「漫画も入るでしょう。」
「え。」
「全巻持っていきなさい。」
「いやいやいや!」
正美は慌てて両手を振った。
「それ強盗にならない?私。」
「ならないわ。」
「なるよ!」
「所有者の許可がいるでしょ!」
鈴木は少し考えて、
「……そうね。」
と頷いた。
「忘れてた。」
「そこ大事だから!」
母親が不思議そうに二人――正確には、一人と誰もいない空間――を見ている。
「光は、なんと?」
「あっ。」
正美は固まった。
(これ、どう説明しよう。)
鈴木は横でニヤニヤしている。
(絶対楽しんでる。)
「えっと、その。」
頭をかく。
「今回、私が来たのって。」
「うん。」
「光さんの私物を……もらいに?」
言った瞬間、自分で顔を覆った。
「来たというか。」
「うん。」
「ねぇ。」
鈴木さんを見る。
「コレ言語化したら、私めっちゃ図々しい人じゃない?」
母親は一瞬きょとんとして、それから小さく吹き出した。
「ふふっ。」
「そんな言い方しなくても。」
「でも。」
「光がそんなことを?」
「はい。」
正美は鈴木を見る。
鈴木は真剣な顔で頷いている。
「『使ってくれる人がいるなら、その方が嬉しい』って。」
その言葉は、鈴木本人の気持ちを、できるだけそのまま伝えたものだった。
母親は静かに目を伏せる。
「……そう。」
「それなら。」
「捨てるよりは。」
少し寂しそうに笑う。
「光も喜ぶかもしれないわね。」
正美はほっと胸を撫で下ろした。
「よかったぁ……。」
ところが。
鈴木はまだ終わらなかった。
「あ。」
「あと。」
「なに?」
「私のお小遣いと。」
「うん。」
「ヘソクリ全部あげるから。」
「え。」
「結構な額になるわよ。それも言って。」
「ひぃん。」
正美は頭を抱えた。
「難易度高いよ!」
「お願い。」
「いやいや!」
「『娘さんがヘソクリ全部くれるそうです』って、どんな会話なの!?」
鈴木は肩を震わせて笑っている。
「頑張って。」
「他人事だからって!」
母親は心配そうに尋ねる。
「どうしたの?」
正美は観念して、ゆっくり口を開いた。
「あの……。」
「はい?」
「これは、光さんがそう言ってる、という前提で聞いてくださいね。」
「ええ。」
「『部屋にある自分のお小遣いとか貯めてたお金も、必要なら使ってほしい』って。」
母親は驚いたように目を見開いた。
「……あの子。」
小さく笑う。
「ちゃんと貯めてたのね。」
「え?」
「お小遣い、あまり使わない子だったの。」
「そうなんですか。」
「でも。」
母親は静かに首を振る。
「そのお金は、光が頑張って貯めたものだから。」
「すぐには決められないわ。」
「もし本当に見つかったら、どうするかは家族で話して決める。」
「それでいいわ。」
鈴木は穏やかに微笑んだ。
「うん。」
「それでいい。」
正美も安心したように笑う。
「ほら。」
「ちゃんと相談して決めるのが一番。」
「うん。」
鈴木は少し照れくさそうに頷いた。
「やっぱり。」
「生きてる人の家のことは、生きてる人が決めるものね。」




