第十二話 魔術師の切り札
「リアン!」
このままでは不味いと判断したジョスランが、キーラから少年を引き剥がす。そのまま魔術陣の中へ飛び込み、すぐさま魔力を流し込んだ。
陣が発動し、薄緑色をした光の幕が二人を守るように展開した。一歩遅れたキーラは魔術陣に入る寸前、体ごと跳ね返されてしまう。
「キーラさん!」
「リアンく──」
背後から、直立した魔獣がキーラにのしかかる。彼女は巨体に潰され、即死した。
「───!」
殺されたキーラ、彼女を見捨てたジョスラン。状況を処理しきれず、少年の頭は真っ白になる。
目の前にはただ、死の暴風が吹き荒れていた。
魔獣の長い尾が戦士の剣を叩き折り、そのまま吹き飛ばす。倒れた戦士に別のドゥーフェがのし掛かり、するどい爪で引き裂く。
二人の狩人はできるだけ距離を取ろうとするが、弓の利点を最大限に活用できるほどの広さが、ここにはない。
結局、三体のドゥーフェに襲い掛かられ、狩人たちはあっけなく死んだ。
ある者は頭から齧り付かれ、ある者は爪を突き立てられ、ある者は尾や前足で体を潰される。
「子猫ちゃんたち、しっかり食べなさぁい。帰ってもごはんはないわよぉ?」
ペットの働きを見て満足そうに笑うギネラへ、死角からオーバンの剣が迫る。
「ふっ!」
風圧が伴う苛烈な打ち込みを、短剣を激突させて逸らす怪人。火花を散らしながら剣身同士が擦れ合い、オーバンの剣が半ばで折れ飛んだ。
「なっ!」
「うふふ、さすが団長さんだけあって、闘気の練りも十分。素手で受けたら危なかったかもお」
自分の剣が破壊されたことに呆然とするオーバンに、怪人は自慢の短剣を見せつける。
「この短剣は人喰いと言ってね、斬りつけた対象をナヨナヨにしちゃうのよお。どんなにカチカチでもねぇ?」
それは、剣先に行くほど幅が広くなり、鋸状の刃がついた歪な形をしていた。
「こんなふうに、ねっ!」
怪人がオーバンの腕を斬りつける。ショックから立ち直っていなかったオーバンが、たまらず剣を落とした。
「ぐうう、魔剣か──!」
ギネラは短剣をしまうと、よろめく団長の右肩を左手で押さえ、逆の手で彼の腕を掴む。
「ほぉら、抵抗してみなさあい」
オーバンは必死に振り解こうとするも人喰いのせいで力が入らず、怪人の腕はビクともしない。
「ぬうん!」
ギネラがオーバンの右腕を豪快に引き抜く。ぶちりと不快な音が鳴り、肩口から血が大量に噴出した。
「あああ! がああああ!」
未だ体験したことのない壮絶な痛みに、地べたでのたうち回るオーバン。怪人は愉悦に浸りながら彼を見下ろし、千切った腕を投げ捨てる。
すかさず三つ目の魔獣が群がり、ご馳走を奪い合った。
ギネラはオーバンの顔面を掴んで、持ち上げる。
「弱い、弱いわぁ。あなたたち何しにきたのよ。もうちょっと粘ってくれないとつまらないわぁ」
「ば、ばけものめぇ──!」
「可憐な乙女に向かって、ばけものなんて非道いじゃない。あたし傷ついちゃう」
「ぐ、ああああああ!」
厚化粧の怪人が力を込めると、オーバンの頭がめきめきと軋む。ろくな抵抗もできないまま、頭はザクロのように潰されてしまった。
こうしてオーラントの実力者を集めたはずの討伐隊は、あっけなく壊滅した。──ジョスランとリアンだけを残して。
†
──ジョスランとリアンを守る光のカーテンを前に、ギネラは嘆息する。
「やあねぇ。この防御魔術、本当に頑丈だわあ」
火球の魔術を当てても、ドゥーフェが体当たりをしても、この守りを突破することができない。自慢の男喰いも、魔術の前では形無しだった。
「ごるるる」
魔獣はただ唸りながら、二人の周囲をうろついているだけだ。
「でもこれ、いつまでも起動しているわけじゃないのでしょう? 魔力には限りがあるわけだし、そろそろじゃなーい?」
問いかけられたジョスランは額にいくつもの脂汗をかきながら、用意していた保険を使うと腹を決める。
「確かにあんたの言うとおり、いつまでも防御陣の維持はできない。だから、とっておきを使わせてもらうとするよ」
とっておきと聞いて、ギネラは訝しむ。
「へえ、この状況であなたに出来ることがあるのかしらぁ。だったら早く見せてちょうだいよ。あたしもう萎えちゃったわあ」
「ああ、見せてやるとも。大焦熱の魔術で、この一帯もろともおまえらを灰燼にしてやる! 俺は死なんがなぁ!」
「はあ? 大焦熱って戦争で使う魔術でしょうよ。魔術師が何十人も必要な魔力をあなた一人でどうやって──」
この時代の魔術師は古代語を使い、体内の魔力に意味を与えて魔術を行使する。よって自身の力量を超える現象は操れない。
大焦熱のような大量の魔力を必要とする魔術は、一人では行使できない。
だからこそジョスランが言っていることは、
──ハッタリだ。
ギネラがそう言おうとしたとき。
「魔力なら持ってきてるんだよ! このガキだ!」
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