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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第十二章・紅星より愛を込めて──The Roots──
197/203

(24)終わらせる

『勝つ』


 私の中で、小さな太陽が燃え上がる。まばゆい輝きが暗闇をき、活路を見出だす。明鏡止水とは異なる方法だけど、視界が明るくなった。

 そうだ、勝つ手はある。ピンチに違いはないが、チャンスが無くなった訳じゃない、まだ。

 私次第だ。吉と出るか凶と出るか。視えた手を指す。私達を、信じる。


「勝つのは僕だ」


 その台詞を聞くのは、何度目になるか。凍てつく緋色の視線が盤上を射抜く。

 だけど私は知っている。熱く脈打つハートが、君の中にもあることを。

 レン。楽しい将棋をありがとう。

 ぱちん。攻めるか守るか、考え抜いた末に。欲張りな私は、両方を選ぶことにした。47角打。攻防の一手。

 38、29の地点を受けつつも、25に打たれた桂馬を取りに行く。さらに、その先に在る14の歩をも。自分で言うのも何だけど、絶妙の勝負手だと思う。これで駄目なら、もう後は無い。

 レンの表情は変わらない。静かに盤を見つめ、独り長考にふける。一体どれ程の試行を繰り返しているのか。想像もつかないが。


「……君の口車に乗らなければ、危険な橋を渡ることも無かっただろうに」


 しばしの沈黙の後。ため息混じりに彼はつぶやく。より確実に、勝利をつかめていただろうに、と。


「君のせいだぞ、鬼籠野燐。君のせいで、この胸の高鳴りを抑えることができない」

「え? もしかして恋しちゃった?」

「君は、本当に馬鹿だな」


 呆れたようにレンは答えて。ぱちんと、何気ない仕草で桂馬を跳ねて来た。37の金が取られる。どうやら彼もまた読み切ったようだ。己の勝ち筋を。

 さあ、果たしてどちらの読みが正しいか。最後の勝負だ、レン。

 同銀に、再度25に桂馬を打たれる。角で取れるが、その瞬間38の地点に隙が生じる仕掛けだ。

 終盤は駒の損得よりも速度。桂馬をタダでくれてやる代わりにお前の玉をもらうぞという、強い意志を感じる手だ。生半可な気持ちで取れば、痛い目を見ること必至。25角38金打の展開は勝ち目が無い。

 かと言って、受けが利く訳でもない。単純に37桂成と銀を取られるのもマズい。

 ──つまりは。攻めるなら、今ということだ。

 ぱちん。22銀打と王手をかける。同角同桂成同金で受かるが、玉形は大きく弱体化する。それでやっと勝負になる。一手の差だけど。この瞬間なら、25の桂馬を角で取れる。

 ぱちん。25角に対し、予想通りの38金打が来る。次に28銀成から王手をかけられると、いよいよ詰みそうだ。

 ぱちん。受けてる場合じゃない。34桂打。


 相手が何もして来なければ、次に22桂成あるいは22飛成の一手で詰む。一旦受けるか、王手をかけて来るかの二択だ。

 緋色の瞳が一瞬、炎のように燃え上がった気がした。


「終わらせる」


 ああ、終わらせよう。この一局を、一緒に。

 ぱちん! 28銀成の王手が来る! 17玉とかわすも。19飛成の追撃が来る!

 相駒は利かない、26に玉を上げる。と、ここで34金と桂馬を取ってきた。同角と取り返す。歩でも取れたけど、どうせなら角を攻めに参加させたい。

 ぱちん! 24香打の王手! 36に逃げると、すぐに25銀打の王手角取りが来た。これは。47に逃げる手も考えたけど、そこで64桂打と逃げ道を塞がれると厳しいか。

 角は攻めに使いたかったけど、致し方無し。同角と取る。

 ぱちん! すぐさま37金成の王手が来た。同玉と取る。25香車と角が取られ、いよいよ逃げ道が無くなった。詰み筋に入ったと直感する。

 やるしかない。この機を逃せばもう二度と、手番は回って来ない。今こそ相手玉を仕留める。攻めきるんだ。


「お膳立ては整えた」


 覚悟を決める私を、レンはまっすぐ見つめて来る。正真正銘最後の勝負。全ては私の、次の一手に懸かっている。彼もまた、思う所があるのだろう。


「詰ませれば君の勝ち、しくじれば僕の勝ちだ。鬼籠野燐。君の力を、僕に見せてくれ」


 指先に炎が宿る。いいよ、魅せてあげる。

 詰み筋は、ある。彼はそれに気づいている。その上で、あえて私に手番を渡したんだ。詰ませられるものならやってみろと。華燐と一体化した私の実力を見極めるために。

 彼の思惑に乗せられるのはしゃくだけど。せっかくここまで整えてもらったんだ。お礼に、それなりのモノを見せてあげないとね。

 極上の終局図を。


 駒をつまみ上げる。紅炎が引火し、轟々と勢いを増した。

 のみならず。胸の奥から噴き出して来た白炎が、腕を伝い、指先にまで到達する。

 紅白が渦を巻いて混じり合い、火柱となりて天空をいた。

 完全合一。今、私の意識と華燐の意識は同調した。

 ぱちん! 一撃が、レンの守備駒を焼き尽くした。

 22飛成。飛車を切る。唯一残っていた守備駒の金を剥ぎ取り王手をかける。同玉に。

 玉は下段に落とすべし。31銀打と、銀を捨てる。これにもレンは同玉と応じた。

 追撃の43桂打。32玉に、31金打と繋げる。43玉と桂馬を取られた所で。

 ぱちん。54に角を打つ。駒音は、先程とは打って変わって静かだった。


 54角を見て、レンの手が止まる。どうやら間違えずに辿り着けたみたいだ。私が、いや、私達が思い描いた理想郷へと。


「以下、33玉34金打22玉32角成13玉23角成までの詰み、か。君達の力、見せてもらったよ」


 負けました。

 こうべを垂れ、レンは確かにそう告げて来た。神妙な面持ちで、盤を見つめたまま。


「ありがとうございました」


 彼に合わせ、私も頭を下げる。たとえ相手が誰であろうと、親の仇であろうと、対局の礼は必ずしなければならない。大森師匠の教えだ。

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