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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第十二章・紅星より愛を込めて──The Roots──
196/203

(23)いくよ

 指して、見比べてみて、初めて気づくことがある。レンとあのミスター穴熊との棋風の違い。

 憂いに包まれていながらも、ミスターの穴熊は生き生きとしていた。ただ形にしただけじゃなくて、そこには魂が、揺るぎない信念が込められていた。

 対するレンの穴熊はどうだ。全く迫力を感じない。生きてない。

 単純な棋力なら、機械のように正確無比な手を指すレンの方が、もしかしたら上かもしれない。けれども、指し合って真に恐ろしいのはミスター穴熊の方だ。


「僕は、振り飛車に対して勝率の高い戦法を選んだだけだ」


 それの何が悪いと、レンは問いかけて来る。どうやら、まだよくわかっていないようだった。


 対振りの将棋は、大きく急戦と持久戦の二つに分かれる。穴熊は代表的な持久戦の囲いだ。ガチガチに固めておいて、多少強引にでも相手陣の突破を狙う。そのために大駒を切ってしまっても問題ない。

 対する急戦は、舟囲いに代表されるように、短手数で手早く囲って、積極的に仕掛ける戦い方をする。

 攻防のバランス感覚が大事。急戦使いは、囲いの強度よりも全体的に隙の少ない布陣を好む。

 どちらが優れている訳じゃない。指し手の棋風によって、等しく選ばれるべき所だ。

 だけど、レンは。データを調べて、より勝率が高いと思われる穴熊を選んだんだ。

 本当は、バランス型の将棋が好きなくせに。


「君に、僕の何がわかる」

「や。ほとんど何も知らないけどさ」


 彼方の惑星生まれの情報生命体が、人間の子供の中に居座った存在。私の中の鬼、華燐と似たようなモノ。知っているのはその程度で、レンという個人については何も知らないと言って良い。

 だけど、盤上には棋風が表れる。対局者の個性が。

 対峙した私だからこそ、見えてきたものがある。レン自身も気づいていないのか、否定しようとするけど。彼の本心は、彼本来の将棋の中に秘められているんだ。


「将棋は形勢の優劣が全てじゃないよ」

「……言っている意味がわからない」

「本当は、わかってるくせに」


 言葉じゃ上手く伝えられないけど。

 指してみるのが一番だ。将棋は最高のコミュニケーションツールなんだから。思いのままに、飾り立てない気持ちを盤上にあらわせば良い。

 レンの手が虚空をさまよう。直感を信じて指せば良いのに、理性が引き止めているようだ。その手は合理的じゃないぞ、形勢はどうなんだ? と。

 良いよ。存分に考えてみて。


 お互い、悔いの残らない一局にしよう。全力の貴方を、全開の私が倒す。でなければ気が晴れない。あゆむにも申し訳が立たない。何より、心の底から対局を楽しむことができないんだから。


「……指してみたいと、思う手はある。自分でも面白いと思う。だけど」


 レンは慎重に言葉を紡ぐ。だけど、勝てるかどうかは、わからないと。


「はあ、何ソレ? そんなの当たり前じゃん。何真顔で言っちゃってんのー」


 勝てるかどうかなんて、私にだってわからない。神様じゃあるまいし。どっちかと言うと、レンの方が神に近い存在じゃなかったっけ?

 私の返事に、レンはふっと笑みをこぼす。嫌味の無い、素朴な笑顔だった。


「それもそうか」


 本当の彼を垣間見ることができた。ここからが真の対局の始まりだと予感する。


「それじゃあ、お言葉に甘えて──いくよ」


 ぱちん! 駒音は軽快に。鮮やかな手つきで、彼の桂馬が跳ねて来る。97の歩を拐い、香車の前に堂々と成り込んで来た。

 桂馬のタダ捨て! なかなか指しにくい手を、こうも容易く指すとは……!


 なるほど、これは。確かに面白い!

 銀で取る。すかさず飛車の頭に歩を打ち込まれる。飛車が詰んだ、けど!

 53に桂馬を跳ねる! 飛車で取られる! 次は角でレンの角を取る! また飛車で取られる!

 今だ! 角が居なくなって、飛車の逃げ道ができた! 87飛!

 その飛車を狙って69角打が来る! なんの! 57飛とかわす!


「面白い、だろ?」


 そう言ったレンの顔は、悪戯を思いついた少年のそれで。顔面にグーパンチを叩き込みたい気持ちを懸命に抑え、私は大人の笑みで応える。


「まだまだだね。もっと私を楽しませてよ」


 ぱちん! 強打と共に打ち付けられる歩が、左端の銀を狙う!

 ぱちん! だったらこっちも銀をもらう!

 出し惜しみはしない。角を打ち、浮いてる銀を狙う。ここで逃げるような手を指す奴なら怖くない。

 ぱちん! 端銀が取られる! 当然!

 ぱちん! 角で銀を取る! どうだ!

 ぱちん! 戦力はそろったとばかりに、すかさず3筋の歩が突き出される! 高美濃の桂頭を狙う強襲! 同歩と取ればさらに歩を打ち込まれる、よね!

 何気に角が利いてて、金だけじゃ支えきれない! であるのならば、だ!

 ぱちん! 取ったばかりの銀を速攻で打つ! 角の利きを遮断! てかその角もらうわうっとうしいから58銀打!

 ぱちん! さすがに同角とはしないか78角成! 一見ただ逃げたようで、実は自陣の隙をカバーする秀逸な一手! 味な真似しやがる!

 ぱちん! ここで同歩と取り込み、35の位置に拠点を作る!

 ぱちん! レンも銀を戦場に投入してきた! 飛車を殺す68銀打! 痛い! 痛いなんてもんじゃない!

 ぱちん! だったらこっちも! 角を65に退き、43の飛車に当てる! これはさすがに避けるか!?

 ぱちん! 否! 己の飛車には構わず、こちらの飛車を取るレン!

 攻めの速度が想定よりも一手程速い! ぐいぐい圧されてよろけそうになる! これだから盛りの付いた思春期男子は……! 女子との距離の取り方をわかっとらん!

 ぱちん! 同銀に、取ったばかりの飛車を打ち込まれる! ええい、だから速いってーの!

 ぱちん! こちらも加速せざるを得ない! 角で飛車を取る!

 同金と取らせた所で、取ったばかりの飛車を打ち込む。浮いた金を狙う72飛打。取られてはたまらないと金が退いた所で。

 ぱちん! 25に桂馬を跳ねる! 次に33桂成が決まれば優勢──。

 ぱちん! 思う間もなく、37に歩を打ち込まれる! こいつ、マジで形勢判断度外視か!?


「楽しい?」

「がっつき過ぎでしょ!」


 同金に67馬と、今度は浮いた銀を狙って来る! 駄目だ、完全にレンのペース! 銀を逃げちゃ駄目だ! 次に49馬から高美濃が崩壊する! 気がする!

 ぱちん! 33桂成を敢行する! 同金と上がらせた所で、34に桂馬を打つ! こちらには持ち駒に銀が二枚あるんだ、攻めが繋がるはず! このまま一気に寄せきってやる!


「そうはさせないよ」


 ぱちん。13に角を打つレン。金駒が無いから仕方ないとはいえ、22の地点を受けるためだけに大駒を使うとは。いかにも窮屈そうに見える──が。

 そこまで思考を巡らせた所で、35の歩に利いていることに気づく。チャンスがあれば拠点を取り払うつもりのようだ。全く、油断も隙も無い。

 22銀打同角同桂成の展開は、同玉と強く受けられた時に続かない。どころか、駒を渡し過ぎて自玉が危ない。下手したら25桂打から詰まされる可能性もある。

 くぅ。一気に寄せきるつもりだったけど。ここは我慢が必要か。

 ぱちん。58銀打で凌ぐ。馬が退いてくれれば少しは指し易くもなろう。さすがにここは逃げ──。

 ぱちん! 逃げずに同馬ッ!? 好機と見て、思いきって踏み込んで来たか! 何かプロっぽい手だ!

 同金に38銀打の王手! 予想通り高美濃が崩壊する! どこに逃げる? 17は25桂打で王手金取りがエグい。18しかないか!

 ぱちん! すかさずの25桂打! 脱出口が絶たれた! 金にも当たってるし、大ピンチだこれー!


 自玉の詰み筋が、おぼろげながら見え始める。下手に駒を渡したら最後、あっという間に詰まされそう。けれども、勝つためには駒を使わなければならない。いつもながらのジレンマに、頭を抱えたくもなるけど。

 どうやらもう一人の私は、冷静にはるか前方を見つめているようだった。

 まさか──読みきった、のか?

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