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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第十二章・紅星より愛を込めて──The Roots──
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(22)全然楽しそうじゃない

 縦に逃げれば、8筋の強襲がある。角銀交換の上に龍を作られるのはまずい。こちらはまだ、美濃にも囲えていないのに。

 かといって放置もできないし。ここは横に逃げる一択だ。どこが良いか。

 思考を巡らせろ。今をしのぐだけじゃない。後々のことまで考えて判断するんだ。

 ぱちん。54の角は、やはり邪魔だ。

 56飛車。次に角を取れるという状態をレンに見せておく。今すぐでなくとも、いつか取るぞと脅しをかける。

 ぱちん。レンは動じず、右金を上げて駒組を進める。ならば私も。右銀を上げ、美濃囲いを完成させる。

 ぱちん。次に彼は左銀を上げてきた。こちらの飛車を圧迫する狙いか。

 仕掛け時は、今だ。


 左の桂馬を跳ねる。石田流本組には組めなくとも、同様の攻めは刺さるはずだ。

 対するレンは、冷静に歩で受けてきた。さすがに二段階の跳躍はさせてくれないか。だったら、角を取るのは中止だ。飛車を左に一マスずらし、その歩を取りに行く。

 歩を取らすまいと、レンは右銀を上げてきた。いいぞ、上ずれ。


 囲いの差は歴然。こちらは本美濃なのに対し、相手陣は駒達の連携が弱い。私の仕掛けに対応するので手一杯といった印象だ。ここから攻めていっても問題なさそうだけど。

 ──怪しい、と頭の中で華燐がつぶやく。だよね、あまりにもレンらしくない。十中八九、罠だ。

 見せかけの優位にだまされるな。攻めるなら慎重に。先手の利を活かしていきたい所だが、攻め急いで空中分解するようではお話にならない。

 ──って、まさかレン。そこまで見越して、私に先手を譲ったのか? だとしたら、とんでもない策士だけど。

 幸いにも、事前に気づくことができた。見てろよレン。貴方を策におぼれさせてやる。

 基本を思い出せ。まずは端歩の挨拶からだ。


 涼しい顔で応じるレンを尻目に、美濃囲いから高美濃へと、さらに囲いを発展させていく。その間にも6筋、7筋の歩を突かれたりして忙しい。飛車だけではとても防ぎきれず、持ち駒の角も使わざるを得なかった。

 銀を上げ、桂馬を跳ね、着々と攻めの態勢を構築するレン。急かされている、早く攻めて来いと。

 暴れたい気持ちをぐっとこらえる。まだだ。完全に高美濃に組み終わるまでは凌ぎきるんだ。


「へえ。まだ我慢するんだ?」

「貴方を相手にするには、これでも足りないくらいよ」

「そう。買いかぶられたものだね」


 そう言いつつ、レンもちゃっかり駒組を進めている。あれは確か、へこみ矢倉とかいう奴か?

 通常の矢倉に比べて横からの攻めに強く、角交換後に組み易い利点もある──って、大森さん言ってたっけ。まさに今の状況に最適な囲いという訳だ。

 こちらも念願の高美濃に組めたけど。さあここからどう指すか。相手の囲いの要、左銀を狙って桂馬を跳ねるか、それとも。

 膠着状態の左辺を揺さぶるか。


 双方際どく均衡を保っていて、自ら破るには勇気が必要だけど。そろそろ動いていきたい所だ。せっかくの先手だし、積極的に。隙が無いなら、隙を作る。

 ──あゆむ。貴方の力を貸して。

 ぱちん。小気味の良い駒音が響く。72歩打。敵陣深くへと切り込む一手を放つ。あらかじめ7筋の歩を突き越しておいて良かった。


「仕掛けて来たか。てっきり銀冠に組み直すのかと思ってた」

「後手番ならそれでも良かったけどさ。ほら、振り飛車はさばいてナンボでしょ?」


 次に71歩成が実現するとこちらが優勢。さすがにそれは嫌だと、レンは飛車を81まで退いて受けた。

 私の手番はまだ続く。振り飛車らしく、捌きに徹してやる。

 ぱちん。85歩。次に飛車を8筋に回せば受けきれなくなる。レンは対応せざるをえない。同桂に。

 ぱちん! それでも、86飛を敢行する!


「なるほど。捌き、ね」


 レンの顔がひきつる。私の狙い通りに局面が展開するのが気に入らないといった風だ。

 77桂とこちらの桂馬を取って来れば、飛車を素抜かれる。

 仮に77桂成81飛成87成桂と進めば、角と桂馬は取られるけど、飛車を取りつつ龍を作れて不満が無い。

 だからレンは桂馬を取らない。私もだけど。焦点の歩ならぬ桂馬という訳だ。


「だったら僕は、より固くするまでだ」


 玉側の香車が一マス上がる。来たか、居飛車穴熊。うかうかしては居られない。

 穴熊の防御力の高さについては、今さら語るまでもないだろう。準決勝の一戦を思い出す。修司さんは銀立ち矢倉で見事勝利をもぎ取った。あれと同じことが、私にもできるだろうか。

 居飛穴相手には、捌いた方が負けると言うけど。それでも私は、捌きに行く。66歩。次に65桂と、筋違いに桂馬を跳ねる狙いだ。

 レンは83の地点に飛車を上げて受けて来た。71にと金が作られるのも嫌だが、73に桂馬を成られて銀に当たるのはもっと嫌だということだろう。83飛は何気に銀の紐を付ける手でもあり、飛車が素抜かれるリスクを消している。

 上手く受けられた、それでも。65に桂馬を跳ねる。意志は曲げない。貫き通す。

 眉根を寄せるレン。83飛を見て、私が違う手を指して来ると予想していたのだろう。指し手が止まる。


「……だから、どうしたと言うんだ」


 数瞬の迷いを振り切るように、彼はかぶりを振る。

 つかんだ駒は玉将。飛車側の攻防など意に介さぬとばかりに、深い穴蔵の底へとそれを収める。手堅い一手だった。


 穴熊は通常の囲いに加え、目には見えない障壁を張られているようなものだ。完成されれば正に難攻不落の要塞と化す。囲いの強度では対抗できない。

 だけど今なら。未完成の穴熊なら、私の高美濃囲いの方が固い。

 ぱちん! 飛車の頭に歩を打ち込み、63にかわされた所で71歩成を決める。攻め続ける。

 ここから72と金、73桂成と進めば飛車銀両取りとなりハッキリ優勢。悠長に穴熊に組んでいる暇は無いぞ、レン。


「来なよ」


 私の言葉に、彼は眉間のしわをさらに深くし、不快感をあらわにする。私のペースで進行しているのが気に入らない、だけじゃないようだ。


「本当は、急戦を指したかったんでしょ?」

「……は?」


 驚きに見開かれた眼には、何が映っていたか。どうやら彼自身、気づいていなかったらしい。己の、本心に。


「貴方は指したくて穴熊を指してるんじゃない。勝つためにやむなく穴熊を選んだんだ」

「な。そんな訳」

「だって、全然楽しそうじゃないじゃん。何でそんな窮屈な将棋指すの?」

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