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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第十二章・紅星より愛を込めて──The Roots──
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(19)一緒に行こうよ

「あら、モノマネ大会はもうおしまい? 拍子抜けね」

「ああ。君の実力はおおむねつかめたから」

「へぇ? おメガネにかなったのかしら?」

「拍子抜けだった」


 軽口に、真顔で返される。こいつ。今の対局を観て、まだそんな口を叩けるのか。

 修司さん、安藤さん、それに彩椰。本人達じゃなくとも、彼らの想いは本物だった。生きていた。盤上に確かに息づいていて、その温もりは未だに残っている。最後まで勝ちの見えない、良い勝負だった。

 なのに、こいつは……!


「へ、へぇ? 大したこと無かったって?」

「何もプロレベルを求めている訳じゃない。父を少しだけ超えてくれればそれで良かった。

 残念だ、鬼籠野燐。君は父はおろか、僕にも届かない」

「何をー!」


 嘆息する少年の顔面に、鉄拳を叩き込みたくなった。拍子抜けだと? 残念だと? 届かないだと?

 お前に何がわかる? いや、何故わからない? お前の中にも、あの三人の想いは息づいているはずなのに! 何でそう、あっさり否定できるんだ! 何がアンインストールだ! そんなモンで消去できるものか!

 熱かっただろ? 面白かっただろ!?


「ああ。楽しかった」

「……あ?」

「だけじゃ、僕達には勝てない」


 彼はあっさりうなずき、次にかぶりを振った。

 想いを理解した上で。それでもまだ足りない、と。嫌味でも皮肉でもなく。純然たる事実のみを、レンは淡々とした口調で告げて来る。


「ここに来る前に、君の弟と園瀬修司の対局を見せたのも。僕の中に三人の情報を入れたのも、全ては君のため。君を最高の状態に仕上げるためだった。期待していたんだ」

「あんた。何言って──」

「今だから告白するけれどね。あゆむ君を誘ったのも、君の力を底上げするためだったんだよ」

「……え?」

「大会に出場する前の君は慢心していた。せっかく高い潜在能力を持っているのに、引き出す努力をおこたっていた。宝の持ち腐れとはまさに君のことだよ、燐」


 だから。きっかけを与えた。

 レンは悪びれることなく続ける。あゆむは、私の弟は、私を本気にさせるための餌。そして、竜ヶ崎の目をくらませるおとりだったのだ、と。

 何てことだ。今の話が本当なら、あゆむは私のために睡狐の巫女なんてモノに仕立て上げられたってのか? 私が、不甲斐なかったせいで。

 この世で一番大切な存在を、傷つけられてしまった。


「お膳立ては整えた。それでも君は、僕達の期待に応えられなかった。潜在能力の全てを引き出すことができなかった。君には失望したよ、燐」


 失望、か。確かに。私は、姉失格だ。

 ごめん、あゆむ。私、あなたを取り戻すことばかり考えてて、自分を顧みることができていなかった。因果応報って言うのかな。


 不思議と、気持ちが落ち着いていくのを感じた。目的はどうあれ弟を利用したレンは許さないし、まんまと踊らされていた自分自身も許せない。そうだ私は、確かに憤りを感じている。だけれども。

 先程までのように、レンの顔面を殴り付けたいとは思わなかった。

 ああ──そうか。これが、本当の怒りなんだ。


 初めての経験で、最初はわからなかった。いつもはカッとしたらすぐに爆発させていたから、それで済んでいたから。ぶん殴るだけじゃ済まないこともあるんだって、生まれて初めて思い知った。

 紅蓮の炎が、水面を音も無く伝っていく。爆発はしない。自分でも恐ろしくなるくらいに、平常心を保てている。それでいて、熱い。


 ああ。この炎は危険だ。気づかぬまま全身に燃え移り、焼き尽くされてしまう。静かに、粛々と殺される。苦痛も無く、自分が死んだことすら気づかせず。何と無慈悲で、慈愛に満ちた殺害方法なんだ。

 あ……でも、それって。将棋を指すには、打ってつけなんじゃないか?


「レン。貴方に対局を申し込む」


 私の口から、私のものとは思えない程に冷え切った一声が飛び出した。

 将棋を指す。将棋で殺す。でなければきっと、この感情は収まらない。爆発しない代わりに、決して消えることも無い。私が死ぬか、彼が死ぬまでは。


「必要無い。君の実力はすでに把握済だ」

「怖い? 私に負けるのが」

「……本気で言っているのか?」


 レンの顔が引きつる。


「後悔することになるよ」


 良かった、指してくれる気になったようだ。

 後悔なら、もう済ませた。これ以上は無い。姉失格の私は、それでも弟を愛し続ける。もう二度と、彼を辛い目には遭わせない。強くなってやる。彼を何者からも護れるように。私はこの先、世界最強を目指す。


「君は僕には及ばない、が。指すからには、全力で潰す」


 ありがたい。レンが全力でなければ、いささか悔いが残ると思っていた所だ。

 本気の彼を、全開の私が葬り去って初めて、この行き場の無い感情は解消されるのだ。心置き無く指せる時が来た──やっと。


『良いのか? お前の身が持たないかもしれんぞ?』


 お気遣いなく。

 内なる声よ。私の心配は要らないよ。


 今まで私は、貴女の力を借りるばかりで、貴女をないがしろにしてきた。自分に都合良く利用してきた。

 それじゃ駄目だったんだ。完全に貴女の力を引き出すには、私が貴女に近づく必要があったんだよね? 貴女を真に理解し、貴女を受け入れなきゃいけなかったんだ。

 立岩に封じられし鬼。貴女の名前を教えて?


『私は──』


 炎が渦巻き、たまと成る。

 暗闇の世界で燦然さんぜんと輝きを放つ紅球は、日輪を連想させた。

 天岩戸神話から連なる鬼籠野の伝説。天照大神は岩戸から出られたが、貴女は未だに立岩に縛られている。高名な六体の神々によって。

 彼らが神力を結集させねば、貴女を封じることはできなかったのか。


 私は思う。神々は怖れたのだと。

 貴女の力が、いや存在そのものが、偉大なる太陽神と酷似していたから。いつか貴女にこの国を支配されると、根拠も無く、勝手に畏れて。

 だから貴女を、鬼として封印した。冷たい大岩の底、日の光の届かぬ場所に、密やかに。

 ありもしない罪の罰として、何百年もの間。


『……何故そう言い切れる?』


 わかるよ、だって。生まれた時から、ずっと一緒だったから。

 貴女のことは私が一番よく知ってる。私は貴女だから。

 悪ぶってるから、周囲に誤解され易いけど。本当の貴女は、そんなに悪い奴じゃない。

 支配なんて興味ないでしょ? もっと他に、やりたいことがあったもん。


『やりたいこと?』


 例えば将棋。それに、普通に恋愛とか、青春を謳歌したかったんじゃないかな?

 好きなヒト居たんでしょ? 今は生きてないかもしれないけど、そのヒトに対する想いは朽ちること無く生き続けている。

 だけどできなかった。余りにも大きな力を持っていたから。

 神様に匹敵する程の。


 太陽が二つもあったら、困る人多そうだよね。気温が上がって温暖化とか進むだろうし。 もしかしたら、地球丸ごと焼き尽くされてしまうかもしれない。

 けれどね。だからって、貴女が封印されて良い理由にはならないんだよ。何も悪いコトしていないんだから。

 責任は私が取る。さあ、一緒に行こうよ!

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