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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第十二章・紅星より愛を込めて──The Roots──
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(14)バイバイ

「肩のチカラ抜いてさ。もっと遊ぼうよ、オジサン」

「う。そんな小悪魔的にささやかないで下さい。興奮してしまいますぅ……!」


 いや、興奮するなよ。

 ぱちゅん! ハァハァと息遣い荒く香車を突っ込んで来る安藤さん。次に桂馬を取りたくてウズウズしてる。盛りのついた中坊みたい。ダメだよ、焦っちゃ。

 取る暇は与えない。銀立ち矢倉の要、最前線に居る銀目掛けて歩を突き出す。それを見て安藤さんは「ウッ!」と短く叫び声を上げた。え? もう限界なの? 早すぎるよ。私も一緒に高まりたいのに。


「頭がフットーしそうです……グゥ!」


 ばづん! 破裂するような駒音が響く。苦悶の表情を浮かべる安藤さん。

 銀を逃がすか、銀で歩を取るか、香車で桂馬を取るか。悩ましい局面だ。

 駒損を気にするなら銀を動かす手だが、攻めを急ぐなら桂馬を取った方が良いか。どちらが正解かは私にもわからない。棋風によって意見が分かれる所だ。

 迷いの果てに、彼が指した手は。同銀と、銀を逃がしつつ歩を取る一手だった。

 それはそれで、次にこちらの玉目がけて角を打ち、銀と連携して攻めて来る手が成立しそう。桂馬を跳ねた分、こちらの守りは薄くなっているのだ。

 ならばと、桂馬をさらに跳ねる。ここで行かなければ、多分間に合わない。

 安藤さんも桂馬を跳ねて合わせて来る。自然な応手だが。

 今がチャンスだ。自陣に、角を打つ。


 ぱちん。打ち下ろした瞬間、ボッと駒が燃えた気がした。一瞬だけど、確かに。遠見の角が、安藤玉を直射する。


「キャーッ」

「っ!?」


 突如上がった叫び声に、思わず視線を上げる、と。プスプスと白い煙を噴き出している安藤さんと目が合った。これ以上無い程にわかり易い、オーバーヒートの演出だ。

 大丈夫? 生きてる? あ、口をパクパクしてるか。煙を吐き出しながら。

 それにしてもキャーッてオイ。大の大人が発した悲鳴とは思えない可愛らしさだったな。今度本人に会ったらネタにしてやろうっと。

 視線を盤に戻し、しばし待つ。込み上げて来る笑いを、懸命にこらえながら。

 さあ、どう来る……くくっ!


 私が打った角のせいで、彼の桂馬は跳ねられない。玉を取られるから。考えられる手は角を合わせて来る手だけど、その瞬間桂馬を成り込んで王手してやる。同角、同金どっちもあるけど、もう一度角交換できるならこちらとしては申し分無い。

 だから、この局面では角を打ち返して来ないと判断していた。


 代わりに何を指すかと言えば、例えば香車でこちらの香車を取って成る手があるかも。同玉ならもう一度香車を打って王手をかけるか、飛車を下段に引いてから地下鉄飛車にするか。その場合応手が難しくなるから、同玉としない方が良いかもだけど。

 かもかもづくしの鴨南蛮、私だって全部を読めてはいない。

 読みきれるとしたら神様か、明鏡止水の使い手か。私には使えないし、鬼はそこまで万能じゃない。鬼にできるのは、第六感を霊的な力で極限まで高めるだけ。そもそもカンが外れてたら意味が無いし。

 ま。わからない部分があるから面白いんだけど、ね。


「す」


 天を仰ぎ、安藤さんが口を開く。

 どうやら指し手が決まった、訳じゃなさそうだ。


「すみません。そろそろ交代して頂けないでしょうか……!」


 泣きそうな顔で、彼は誰かに訴えかける。だが、虚空から返事は返って来なかった。


「い、いんすとーる」


 それでも彼は言葉を紡ぐ。無理矢理交代しようとしている。まだ終わっていないのに。


「──待って!」


 思わず声を上げていた。今ここで交代されたら、楽しかった一局が終わってしまう。対局自体は続くけど、それはもう別の将棋だ。

 安藤さん、貴方はそれで良いの? 私の問いかけに、彼は息を呑んだ。


「し、しかし。私では、貴女のご期待に」

「何言ってんの」


 貴方だから良いんだよ。


 棋力の大小は関係ない。私は安藤さんと指し続けたいと思っている。自分が優勢だからとか、そんな理由じゃない。指してて心地よいからだ。

 男女の相性があるように、将棋にだって相性の良し悪しはある。修司さんとは、正直指しにくかった。

 精一杯の笑顔でそう伝えると。彼は頬を赤らめ、視線をそらした。


「あ。別に貴方のことを好きになったとか、そんなんじゃないからね?」

「頭では理解していますが、感情の整理が追いつきません。好きになってしまいそうです」


 いや、ならんで良い。

 ともあれ、思い止まってくれたようだ。これで心置きなく続きを──。


『インストール』


 その時。彼の口から、別人の声が発せられた。


「ううっ……!?」


 あわてて口を押さえ、目を見開く安藤さん。驚きに満ちた顔が、やがて悲しみに歪む。

 ああ。きっともう、彼にはどうすることもできないんだ。体の持ち主には逆らえない。主人格は、あくまで竜ヶ崎レンなのだから。

 修司さんの時みたく、安藤さんも消えてしまう。上書きされて、あっけなく。


「ありがとう」


 口を突いて出た一言は、彼への感謝の言葉だった。

 安藤さん。私と指してくれてありがとう。将棋の楽しさを思い出させてくれてありがとう。貴方と最後まで指せないのは残念だけど。またいつかお会いしましょう。

 あ、その時は単行本を全巻用意しておいて下さいね? ぜひ読みたいです!


「……こちらこそ、お相手して頂けてありがとうございました」


 ふっと顔を緩ませ、安藤さんは頭を下げる。見たかったなあ、JKパンツ。その時ぽつりと漏らした一言さえ無ければ、きっと感動の内にお別れできたことだろう。台無しだ。

 まあ、でも。安藤さんらしくて、私は好きだよ。

 バイバイ。またね。


「インストール」


 彼が再び顔を上げた時には、別人に変わっていた。今度は誰だ? 身構える私に向かって、そいつはニヤリと口角を上げる。


「──ミナヅキ・アヤ」


 その名を聞いた瞬間、敗北の記憶が脳内を駆け抜けた。

 水無月彩椰。二回戦で辛酸を舐めた相手だ。その名前、忘れられるはずがない。

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