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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第十二章・紅星より愛を込めて──The Roots──
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(13)パンツを脱ぐ

「今一度見せて下さい。一回戦で魅せてくれた、貴女本来の将棋を」


 でなければ負けると、安藤氏は声のトーンを落として告げて来る。

 私本来の将棋だと? 何だそりゃ? 知らないよそんなモン!


 ぱちん。一回戦は本当に適当に、思いついた手を指しただけで。思い返した所で、アレが良い将棋とは思えない。

 ぱちん。あの時と現在で何が違うのか。大森さんから序盤の定跡を学んだ程度で、後は何も変わっていない、と思うのだが。

 ぱちん。もしかして、それだけじゃないのか? この人はそのことに気づいてる? 私に、気づかせようとしている? 何のために?

 ぱちん。もう一度観たいから? 彼の言う、私本来の将棋を。

 ぱちん。もしそんなモノがあるのなら、私だって使ってみたい。見せ付けてやりたいさ。

 ぱちん。もちろん、彼の言うこと全てが本当だとは限らないけど。パンツを見たいとかいう変人だし。嘘をついて混乱させようとしているのかもしれない。

 ぱちん。だけれども。盤面が残酷に告げて来る。現状の私は、弱いと。


 認めなければならない。今の私は級位者の安藤氏と互角。戦法で勝っていても、定跡に則った手を指していても。何かが欠けていて、そのせいで苦戦を強いられているんだ。

 ああ。どうしてこうなっちゃったのかなあ? どうしたら良いのか、皆目わからないよ。

 炎だって出ないし。鬼の奴、サボってんな?


 どうしよ、負けたらパンツ見せなきゃだし。香織さん達に謝らないとだし。せっかく応援してくれているあゆむ達にも申し訳ない。不甲斐ないお姉ちゃんでごめんね?

 パンツ──ん? 待てよ? 将棋でパンツと言えば。

 そういや『パンツを脱ぐ』とかいう表現があったな。あれは穴熊に囲った時の桂跳ねを指す言葉だけど。下段がスースーするから。


 脱いでみるか、私も? でも73の位置は銀立ち矢倉で塞がれている。となれば──93か?

 そういや、トマホークとかいう戦法があったな。あれは居飛車穴熊に対して有効だったけど。矢倉に使う意味あるのか? 端攻めを誘発する結果にならないか? そうなったら受けきれなさそうだけど。

 ……でも。面白そう、かも。

 全くもって非合理的。連想ゲームの果てに辿り着いた、ただの思いつき。強い人が見たら一笑に付されること間違いなし。だけど、一瞬でも面白いと思ってしまったから。

 駒をつかむ手を止められない。指さずには居られない。こんな感覚、久方振りだ。

 ──ああ、そっか。将棋って、楽しいものだったんだ。


 ぱちん。もう後戻りはできない、93桂跳ね。ゾクゾクする。指先が震えて止まらない。緊張してる? でも楽しいよね? だって、次の手を指すのがこんなにも待ち遠しいんだから。やっぱり炎は出ない、だけど構わない。指したい手を指して、それで負けても悔いは無い。みんなには悪いけど、もう止められないよ。

 せっかく時間を割いて戦法を教えてくれた大森さん。今も強敵達と激闘を繰り広げているであろう香織さん、修司さん。それにあゆむ──は、私のことなんてどうでも良いかもしれないけど。

 とにかくみんな。先に謝っておくね。誰かのために指すなんて性に合わないし。私は、私自身のために、全力で楽しみます!


「将棋を楽しむことにかけては、有段者にも引けを取らない自信があったのですが。今の一手、実に面白いです」


 安藤さんは笑う、嬉しそうに。そうか。彼にあって私に足りなかったものは、純粋に対局を楽しむ気持ちだ。

 知らないんじゃない。彼はあえて定跡外の手を選んでいるんだ。面白くするために。


 そんなヒト相手に定跡通りに指したって、そりゃ破綻する。臨機応変に指し方を変えなければ。私には今までそれができていなかった。頭では理解していたつもりでも、安藤さんと対話できていなかったのだ。

 良かった。やっと彼と話ができる。

 ぱちん。端歩を突かれる。誘いに乗って来たか。面白い。


 ここから私の理想とする展開は、中央と端の両方から安藤玉を追い詰めていくパターン。恐らく向こうも同じ考えだろうけど、そうなった時に飛車がより玉に近いアドバンテージを活かしたいと思っている。桂馬を先んじて跳ねたのだって、先手を取って攻めるためだ。

 守りは捨てた。さあ、存分に攻め合おう。


 突き出された歩を取る。一気に間合いを詰める。これに対し同香と走って来るなら、それもまた一興。普通なら端攻めが刺さって痛い所だけど、今回は逆に、こちらの攻めに利用してやる。

 そんな勝負に誘導し、安藤さんはそれに乗ってきたんだ。堂々と、臆することなく。

 ふふ。格好良いトコあるじゃん。


 最初はヘラヘラ笑ってばかりで、弱っちい奴だと思っていた。スカートの中を見たいと言い出した時には、とんだ変態を相手にしたものだと眉をひそめたものだ。

 ところが、実態は違っていた。指せば指す程に味が出て来る、スルメみたいな人。上っ面だけ見て理解したつもりになってちゃ駄目だと教えてくれた。

 大好き! お付き合いしたい! とまではいかないまでも。対局していて嫌な感じはしない。定跡から外れていても、この人の指す手はまっすぐで、気持ちの良いものだった。

 またいつか指せると良いな。今度は本人と。


「困りました。貴女の狙いがさっぱりわかりません」


 初めて彼の顔に困惑の色が浮かぶ。

 香車で素直に歩を取って良いものかどうか、そう指したらその後どうなるのか、わからなくて困ってるな。くく。いいぞ、もっと悩め。

 私だってあんたの指し手にゃ散々悩まされたんだ。この程度序の口よ。

 ……まあ、ぶっちゃけ。どっちでも良いんだけど、ね?

 勝ち負けは二の次。どう転んでも、私は楽しめる。

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