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【連載五周年】にいづましょうぎ──将棋盤の中心で愛を叫ぶ──  作者: すだチ
第十二章・紅星より愛を込めて──The Roots──
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(11)ガンバッテ

 銀立ち矢倉の骨子は、前方に突き出た歩と銀。それらが存在する限り、こちらは右の桂馬を跳ねることができない。

 だったら。右銀を前に出し、金で支える。


木村美濃きむらみのか」


 目を細めてレンはつぶやく。その反応、想定外だが問題ないといった所か。

 そうだ、木村美濃。大森さんから教わった、第三の刃だ。


 美濃囲いに比べて横からの攻めには弱くなるけど、上部を制圧して来る銀立ち矢倉に対抗するにはこれしかない。

 ……と、私は判断したのだが。実際の所は、指してみないとわからない。


「面白い将棋になりそうだ」


 右の桂馬を跳ねるレン。それを狙って歩を突く私。左右同時に戦いが起ころうとしている。

 これは忙しくなった。本来なら対抗形の将棋は玉側でじっくり囲い合い、飛車側で駒をぶつけ合うものだ。飛車交換してからが本当の勝負とも言える。

 だけど、本局は違う。盤上全域で駒がぶつかり合い、玉も決して安全圏に居る訳ではない。端攻めだって視野に入る。場合によっては、地下鉄飛車にもできる。

 何が正解手かも不明な、無限の可能性を秘めた将棋。もはやそこに定跡は存在せず、純粋に両者の読み合いのみで勝負が決まる。

 確かに面白い、そしてこの上なく怖い将棋だ。一手のミスが詰みに直結するのだから。

 気合いを入れろ、鬼籠野燐。支えてくれる人が居なくても、人間力で負けていても。棋力では、勝て!


「良い目だ。腹をくくったようだな」

「ん。力戦勝負なら私に分があるしね」


 ぱちん。嘘だ。修司さんがミスター穴熊との終盤戦で見せたあの一手は、私には読めてなかった。あんな手を指されたら、私に勝ち目は無い。

 ぱちん。だけど、考えたって仕方ない。悩んで消極的な手を指すくらいなら、割り切ろう。

 幸いにも、囲いは若干こちらが固い。なら攻めていこう。積極的に。一手一手に心を込め、全力で打ち込んでいこう。

 ぱちん。あちこちで歩がぶつかり合うも、互いに取らない。取れば相手の攻めを加速する結果になるとわかっているからだ。一歩は欲しいけど。もっと力を溜める。爆発寸前まで、我慢しろ。


 修司さん、もといレンの顔がわずかに歪む。ポーカーフェイスを維持できない程に、彼もまた応力を受けている。一手指す度に、駒達が重みを増していく。その内持つことすらできなくなりそう。

 ああそう言えば、ここの駒って私の心が生み出したものだっけ。だから重圧をモロに感じるんだ。きっついなこりゃ。

 落ち着け、自分を追い詰めてどうするよ私。詰ますのは相手の玉だけにしろ、バカたれ。

 集中力を維持しつつも、気を楽に。心に火を点けたままで、クールダウンするんだ。一見矛盾してるけど、この勝負に勝つにはそれしかない。

 気楽になるには──そうだ。好きなことを考えよう。私が好きなもの、それは。


 考えるまでもなかった。

 あゆむ。かけがえのない、この世でたった一人の血を分けた私の弟。会いたい。今すぐにでもこの胸に抱き締めたい。頬ずりしたい……!

 そう思った次の瞬間、


「なぁっ!?」


 叫び声を上げる私の眼前で、奇跡が起こった。

 自陣の歩の駒全てが屹立きつりつし、弟の姿に変わっていく!


 そ、そうか! この駒達は私の精神とリンクしているんだ! あゆむのことを考えたから、彼の姿になっちゃったんだ!

 ヤバ! ミニあゆむ、デフォルメされててめっちゃ可愛い……ささくれ立った心が癒されるぅ! お持ち帰りしたいー!

 よ、よぅし! これならいけそうだ! クールダウンとはちょっと違うけども!

 萌えと燃えを両立できたことで、私の精神はバランスを保っている。心が軽く、駒も軽く。一気に指し易くなった。よし、これなら──。


「なるほどな。だったら俺は」


 レンのつぶやきとほぼ同時に、彼の玉将が立ち上がる。姿が変わっていく、人形へと。

 栗色の髪、くりんとした人懐っこそうな瞳。こ、これは。

 デフォルメこそされてるけど、間違いあるまい。修司さんの最愛の妻、園瀬香織さんが、敵の大将として私の前に仁王立ちしていた。

 うう。これは詰ませにくい。気が引ける。


「上手くいった。かおりんが応援してくれるなら百人力だ」


 そう言ってにやりと笑うレン。心なしか棋力が高まった気がする。


 ごめん香織さん。私、心を鬼にするよ──って、鬼だけど! せめて優しく詰ませてあげるから、大人しく捕まってね!

 ぱちん! あゆむで敵の歩兵をゲット!

 ぱちん! ああっ、あゆむが一人取られちゃった! かむばーっく!

 レンの手に渡った瞬間、人形は普通の歩の駒へと変化する。あゆむが、減っていく。

 心の均衡が崩れ始める。まずいぞ。何の勝負をしてるのかわからなくなってきたけど、とにかくこれ以上あゆむを渡す訳にはいかない。

 でも、最前線に居るあゆむをどうやって守る? もういい加減敵駒と衝突してるし、取られ放題なんだけど。

 くそう。何で歩の駒をあゆむにしちゃったんだ、私って。おバカ!

 ぱちん。ダメだ、守りきれない。一手指すごとにあゆむが消える。涙で盤面を見られなくなる。嫌だ、これ以上指したくない。消えて欲しくない……!


 ──投了、しよう。


 止めなきゃ。終わらせなきゃ。

 ごめん、香織さん、修司さん。私は貴方達との勝利より弟を選ぶブラコンです。本当にごめんなさい。


「負けま──」

『ガンバッテ』


 私の声に重なるもう一つの声。盤上へと目をやると、小さなあゆむ達が私に向かって手を振っていた。

 今の声。もしかして、あなた達なの?

 みんな笑顔だった。消滅する悲しみなんて、微塵も感じていないようだった。みんな、私が指し続けることを、そして私の勝利を望んでいた。

 それはあゆむの姿を借りた、私の内なる声だ。ああ。私は何て馬鹿だったんだろう。

 弟の前で、格好悪い所を見せられないよね。

 ぱちん! ありがとう! みんなで一緒に勝とうね! お姉ちゃん、精一杯頑張るよ!


「これは。風向きが悪くなったな」


 つぶやくレンの指し手が鈍る。雷撃の嵐が、ぱたりと止んだ。

 今がチャンスだ! 畳みかけろ! 攻めを繋いで、こじ開けるんだ!

 ぱちん! 飛車を振り直す! 中央からぶち抜いてやる!


「中飛車か。どうやら、園瀬修司ではここまでのようだな」


 ふう、とため息を一つつき。レンは続けてこう告げて来た。


「インストール。アンドー・タカユキ」


 ……って、誰?

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