(6)惚れてたの?
「ストップ。戦場はここじゃない」
反射的に振り上げた拳が、少年の一言で凍りつく。こいつ、事前に術を練ってやがったな。小癪な真似を。
やれやれと、レンは肩をすくめてみせる。
「鬼は好戦的だね。会話にならない」
「ふん。こっちはあんたをぶちのめしにはるばる銀河の彼方までやって来たんだ。一発くらい殴らせろ」
「やめてくれ。死ぬ」
真顔で答えて、レンは私の後方へと目を移した。
「睡狐様、連れて来てくれてありがとう」
「本当にナ。危うくぶん殴られる所だったゾ」
「あまり抵抗するようなら、宇宙空間に廃棄してくれても良かったのに」
良くない。
くすくすと背後から笑い声が聞こえて来る。こいつら、そろいもそろって性悪だ。
「冗談だよ」
「……で? ここの星の人達が足下に居るって、どういうこと?」
「言葉そのままの意味さ。今僕らが立っている地面そのものが、この星の住人達。砂の一粒一粒が、生命を起源としているんだ」
私の問いかけに、レンはわずかに口角を上げて答える。
「話を聞く気になってくれて嬉しいよ」
「いいから続けろ」
レンのことをぶっ飛ばしてやりたい気持ちに変わりはない。けど、今は知りたい気持ちの方が強い。せっかくこんな所までやって来たんだ、みやげ話の一つでも欲しい。
それに。ハクちゃん、スイコ、レン。口では笑っていても、彼らの目は笑っていなかった。きっと知る必要があるんだ。この星で何があったのかを。
「まずは珪素生物について説明しよう。君達が『炭素』をベースに体を構築しているように、彼らは『珪素』を組み合わせて形を成していた」
「質問。ケイソって何?」
「シリコンのことさ」
「あー。ブラに入れて使うやつか」
パットね、パット。納得してうなずくと、何故かレンは渋い顔をしていた。何だよ。ぶっ飛ばすぞ。
それにしてもシリコン生物、もとい珪素生物か。世の中には変わった生き物が居るんだなあ。
「体だけじゃない。高い科学技術を持っていた彼らは、建造物にも珪素化合物を使用したんだ。珪素は金属よりも軽く、強度もそれなりにあり、かつ豊富に産出したからね。死んだ肉体も、資源として工業用に再利用していたくらいだ」
「へ、へぇ」
合理的というか、情緒が無いというか。お墓に埋めたりしないんだな。
私の顔を見て、レンはにやりと笑う。
「彼らの名誉のために言っておくけど、死者を悼む感情はあったよ。ただ埋葬する風習が無かっただけさ。遺体を家具とかに加工して部屋に置けば、ずっと一緒に居られるしね」
はあ、なるほど。物は考えようか。究極のリサイクルでもある。地球人には無い発想だ。
「とにかく。彼らの周りは珪素で満ちていたんだ。滅亡する、その瞬間まで」
「ふーん。じゃあさ、あんたらもケイソでできてる訳?」
「いや、違うよ?」
かぶりを振るレン。何だよ、故郷の星じゃなかったのかよ。
「僕は地球で産まれた。肉体構造は君達と変わらない」
だけど、と彼は続ける。緋色の瞳が妖しく光った。
「僕を構成する『情報』は、そこに居る睡狐様に由来している。つまり、起源はこの星なのさ」
「待て待て。何を言ってる?」
「あたしが元々、この星で誕生した『情報生命体』だったってことだヨ」
私の質問に答えたのは、それまで黙って話を聞いていた少女だった。
情報生命体? 何じゃそら? こいつら、次から次へと知らない単語を並べたてやがって。私の脳の許容量が猿並だって知らないのか? 大体説明が長いんだ、もっと短く要点だけを言え。
内心、憤る私をよそに、彼女は言葉を紡ぐ。
「人造生命サ」
高度に発達した情報ネットワークの海が、スイコを形作る苗床となった。誰が種を蒔いたのかはわからない。流れて来る膨大な情報を養分にして、彼女は発芽したのだという。
「幸い情報には事欠かない環境だったカラ、必要な知識はすぐに身に付いたヨ。自分が何者で、ここがどこなのカ、どうするべきかモ」
彼女はコンピュータを介し、この星の人間とコンタクトを取った。相手は偶然にも生命の起源について研究していた博士で、最も利害の一致する人物だった。
彼との会話は刺激的で実に楽しかったと、スイコは懐かしそうに振り返る。紅砂をすくい上げ、うっとりと目を細めて。
「へぇ。惚れてたの?」
「ばっ……違っ……!?」
何気なく放った一言に、顔を真っ赤にしてスイコは反論して来る。なんてわかり易いリアクション。これもネットの知識によるものか?
こほん。わざとらしく咳払いして、彼女は続ける。
「彼が特に興味を持ったのは、あたしがどうやって産まれたのかだっタ。あたしの話から、彼はとある仮説を立てタ」
いわく。情報生命体を私達と同じく生命と見なすのならば、生命とはすなわち情報だと。肉体もまた、物質データによって構成されたものであると。ゆえに、それらの起源は共通であり、スイコのルーツをたどることで到達できるだろうとのことだった。
「彼は初めて、あたしを生きていると認めてくれタ。嬉しかったなァ」
感慨深げにスイコは言葉を漏らす。
うーん。いまいちピンと来ないけど。
「君の中に宿る鬼や、神話に登場する神々、果ては伏竜もまた、睡狐様と同じく情報生命体のカテゴリーに入る」
「……は?」
続けてレンが発した一言に、私は目を丸くした。鬼が情報生命体? てっきり多重人格みたいなモンだと思ってたのに。それに神様と伏竜まで一括りにしちゃって。罰が当たっても知らないぞ?
「僕の中に睡狐様の情報があるのと同じさ。君達は『血』とか言ってるようだけどね。姿形は無くとも、彼らは生きているんだ」
「ふーん」
そんなものなのか。わかりにくかった話の意味を、ほんの少し理解できた気がした。
「博士は生命の起源、言い換えれば情報の根源を探るための装置を開発した」
その名を『アラニャーシャ』という。要はコンピュータのお化けのようなものだと、レンは説明した。地球最速のスーパーコンピュータですら、あれの演算能力には足元にも及ばない、とのことだ。
開発には膨大な費用がかかったが、スイコの存在を公表することでスポンサーを得ることに成功した。
「彼のために役に立てて誇らしかったヨ」
胸を張る少女。いつの間にか彼女は、レンの隣にまで移動していた。華奢なその肩には子狐が乗っていて、落ちないように尻尾をスイコの首に巻き付けている。マフラーみたいであったかそうだ。
「まあ、そのせいでこの星の滅亡が早まってしまったんだけどね」
「うぐゥ」
レンの冷たい視線に、スイコはうめき声を上げた。
「どういうこと?」
「博士がアラニャーシャを使って見つけようとしていた情報の根源とは、すなわちこの宇宙の真理。アカシックレコードを暴くことを意味していたんだ」
「アカ……なんだって?」
耳慣れない単語がまた出た。首をかしげる私に、レンは「知らないなら知らないで良いよ」とため息をつく。
こいつ、とうとう説明を放棄しやがったな。ジト目でにらむも、彼は素知らぬ顔で視線をそらした。
「それを知れば、この宇宙を自由に作り変えることができてしまう。存在を知ることさえ許されない、禁断の領域へと踏み入ろうとしていたんだ」
「純粋な好奇心だったんだヨ。悪用する気なんて無かっタ」
レンの言い方が気に入らなかったのか、スイコが口をはさんで来る。
ふむ。正直、話のスケールが大き過ぎて付いて行けてないのだが。
要は、根源とやらに到達すると宇宙がヤバいってことか?
「博士は睡狐様を形作る情報の内、より古いデータをさかのぼった。さらに、そこから上位の情報へと、昇り続けて行ったんだ」
川の支流を上り続けると、いつかは源泉に辿り着くように。膨大で複雑な情報もまた、やがては一点に収束される。そここそが根源だと、レンは説明した。
言うが易し、行うが難し。実際には多くの苦難が待ち受けていたらしいが、時間が無いとあっさり割愛される。
「泉の代わりに、宇宙が在ったヨ」
ぽつりと、スイコがつぶやいた。




