(1)ドキドキデートは映画から
この短編は2020年のクリスマスに某所で公開していたものを再編集したものです。
そのため、作中のネタがやたら古かったりしますが、ご容赦を。
R15相当の内容と思いますが、マイルドな描写に抑えたつもりです。
皆様に幸あれ。メリークリスマス。
今夜こそ、夫と結ばれたい。
神社に願掛けしてきた。
サンタさんにも手紙を書いた。
後はもう、一歩を踏み出す勇気があれば、作戦を実行に移すことができる。
「今日は将棋は無しにしない?」
思いきってそう提案すると、夫は憮然とした表情を浮かべた後で、渋々了承した。
いざ、デートへ。
インドア派というか、引きこもり気味の夫を連れ出すには口実が必要だ。
今までは将棋と言えば喜んで付いてきてくれたが、今回は映画に誘ってみた。
今流行りの、少年達が鬼退治する物語だ。
本当は恋愛映画を観たかったが、夫が関心を示さないので致し方無し。
混むことを予想して、席を予約しておいた。
──だったんだけど。
映画館の入り口で泣いている母子を見かけて、席を取れなかったと聞き、譲ってあげた。
夫と二人、一番後ろで立ち見することに。
座ってたら手を繋いだり、もっとイチャイチャできたのにな。
いや、子供の笑顔には変えられない。ああ、早く子供が欲しいなあ。
映画が始まった。
鬼退治するお話は、何故か機関車に乗る所から始まった。
あれ、観る映画間違えた? 鬼退治というから、桃太郎みたいなのを想像していたのに。
列車の旅が始まってしまった。
緑の子が主人公で、猪と黄色の子がお供? ん、猪は人間なのか?
わ、『うまい』連呼してる奇抜な髪型の人が出た。大丈夫か?
予備知識無しに観ると、訳がわからなかった。
鬼ってかお化けっぽいのを、さっき弁当食べてた人が炎を出して倒した。
そういえば、私の知り合いにも炎出す子が居たなあ……あの子がむしろ鬼だった気がする。
いきなり場面が変わった。
あれ、列車は?
あ、夢の中?
あれ、手が喋ってる?
展開についていけずに、夫の横顔を観ると。
彼はいつになく真剣な表情で、スクリーンを食い入るように見つめていた。
あれ、泣きそうな顔してる?
「あなた、大丈夫?」
「あ、ああ。すまん、俺としたことが」
ハンカチを渡すと、彼はあふれかけた涙を拭った。
「香織が鬼になったら。俺、背負うから」
そう言って、彼は微笑んだ。
いや、鬼にはならんでしょ。
背負ったら重いよ?
などと思いながらも、まんざらでもない私。
「ああ、家族っていいなあ」
「もう一人、増やしてみる? 家族」
「──え?」
私の言葉に驚く彼。
ごめん、自分でも驚いている。
映画のノリで爆弾発言してしまった気分だ。
「それって、つまり……?」
「う、ごめん。そんな考え込まれると恥ずかしい」
映画では主人公達が夢の中に居たが。
どうやら私も、夢を見ているようだ。夫に両肩を掴まれる。
まっすぐな目で見つめられる。
「いい、のか?」
「……いいよ」
元々、そのためにプランを立てたんだ。
後には退かない。
ただ、これは予想以上の戦果だ。
彼の顔が近づいて来る。
あ、キス、され──。
その時、場内がドッと沸いた。
驚いて、思わず顔を離す。
スクリーンを観ると、猪と黄色の子が渾身のギャグを放っていた。
空気読めよ。
「ここじゃ、駄目だね」
「ああ。続きはホテルでだな」
ホテル行くの、今から……!?
体の火照りを感じながら、映画館を後にする。
頭がぽうっとして映画の内容を覚えていない。
夫は私の手を取り、ぐいぐいと引っ張って歩く。
そんなに強く掴んだら、痛い、けど。
懸命に私のことを求めてくれているのだと思うと、少し嬉しかった。
とはいえ。
お腹が空いた。
ランチを提案してみる。
「腹が減っては戦はできぬ、だな」
い、戦って。
彼は力強くうなずき、近くの喫茶店を指さした。
小洒落た感じの、品のある佇まいが私好み。ナイスセレクト。
ここなら落ち着いて食事できそうだ。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると、金髪のウェイトレスさんが、笑顔で出迎えてくれた。美人だなあ。
世の中には、私より綺麗な人が多くて困る。
夫の腕にしがみ付き、この人は私の彼氏なのよアピールをしながら、案内された席に着いた。
「なあ、かおりん」
水を一口飲み、彼は話を切り出す。
「さっきの話なんだが。本当に、今日やりたいのか?」
「う、うん。だってほら──クリスマスイブ、だし」
私の言葉に、彼は神妙な顔つきになる。
「え、駄目だった?」
「いや。かおりんから誘って来るなんて今まで無かったから、少し反応に困っている所だ」
「はあ」
「それに俺、自信が無いんだ。俺に、かおりんを悦ばせてやれるだろうか」
彼が私のために真剣に悩んでくれている。
嬉しかった。
大丈夫だよ、しゅーくん。
愛があればテクニックなんて要らない。
そもそも私、あなたとのキスだけで昇天しそうになるんだし。
私の方こそ、最後まで身がもたないかも……。
「だが、据え膳食わぬは男の恥! 全力でお相手務めさせてもらうぞ!」
「よ、宜しくお願いします」
相変わらず言い回しが古風だなあ。
注文した料理が運ばれて来る。
私はパスタ、彼はがっつりハンバーグ定食だ。
少しでも精力を付けたいらしい。
「お腹ペコペコ! いただきま──」
「ちょっと待て」
パスタを口に運ぼうとする私を制し。
彼は切り分けたハンバーグをフォークに刺し、差し出して来た。
「ほら。あーん」
「……あーん」
人前では少し恥ずかしい。けどこんなこと滅多に無いから、ありがたく頂戴する。
肉汁が口一杯に広がって美味しい。何だか私まで精力付きそうだ。
「この辺りでホテルだと、その。アダルトな感じの奴しか無いんだが、いいか?」
「う、うん。そ、その方が雰囲気出て、盛り上がるかもしれないね」
私は何を言っているんだ。
しゅーくんも気恥ずかしくなっているのか、頬を赤らめている。
可愛いんだけど、言ってることが……。
「そうだな。道具もあるし、俺で足りない分は補ってくれるだろう」
ど、道具……!?
納得したようにうなずく彼に、私は思わず絶句する。
一体彼は、何を想定しているのだろう。
この展開は、私が当初思い描いていたものとは異なる。
もっとロマンチックな雰囲気を想像していたのに、これじゃただの性欲発散だ。
もっと、心と身体を繋げたいのに。道具って。
それに、私としては子供を授かりたい気持ちもある。
彼と結ばれなければ意味が無いのだ。
「あなた。私は、あなたが欲しい」
彼は鈍感だから、言わなければわからない。
この際はっきり言ってやる。
「道具じゃ嫌なの。あなたで満足させて頂戴」
「なっ……!? 下手でも笑わないか?」
「うん。笑わないし、文句も言わない。私だって、どうしたらあなたが嬉しいのかわからないもん。同じだよ」
「そ、そうか。なら、頑張る」
良かった。少し軌道修正できた。
気を良くして、今度は私からパスタを絡め、彼の口元へと運ぶ。
「はい、あーん」
「うお、間接キス」
「今さら、それ言う?」
ふっ、と私達は笑い合う。
緊張の糸がほぐれた。
「食べたら行くか」
「本当は夜が良かったんだけど」
「大丈夫。夜まで頑張るから!」
それは私の身がもたない。
それに、何か爛れた関係みたいで嫌だ。
もっとこう、ムードを盛り上げてから、ね?
「私、もっとあなたとデートしたいな。駄目?」
「むう。構わんが」
不服そうな彼。
どうしたんだろう、こんなにがっつくなんて。
まさか、将棋を指していないことと関係があるのか?




