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君と歩いた、ぼくらの怪談 第1部  作者: tempp
第5章 俺の日常と梅雨の幽霊

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奇妙な人間関係

俺が下校して寮の自室に戻るとアンリもアイもいなかった。

新谷坂高校の寮は福利厚生が整っていて、学校から坂を下ったところにある学校運営のジムが格安で利用できる。二つの円柱形の大小の建物の一部が接合されていて、大きい方はジム、小さいほうはカフェテリアになっている。高校で運動したいやつは部活に入るから、ジムにいるのはだいたい社会人だ。ここは新谷坂の住民にもよく利用されている。

俺はいつもは新谷坂山のハイキングコースでランニングすることが多いが、さすがに梅雨だと断念せざるを得ない。雨の山道は危険が多い。ジムにはレッグエクステンションとかのマシンがいろいろと揃えられていて、普段鍛えられない筋肉を鍛えるにはいい。

ジムで簡単な筋トレに勤しんでシャワーを浴びて外に出ると、カフェテリアにアンリの姿があった。そうすると、隣の黒髪女子はアイか。


ジムの休憩室は円筒形の建物の外壁にあわせて全面ガラス張りになっていて、同じく向かいにあるカフェテリアの様子が見渡せる。

2人は社会人ぽい男性2人連れと話している。アイはずいぶん人間っぽい仕草をするようになり、あまり発言はしていないようだが、にこやかに話を聞いていた。

汗が引くのを待ちながら水を飲んでいると、アンリは1人で立ち去った。

……しばらくたってもアンリは戻ってこない。社会人のうち1人は去り、軽薄そうな一人が残ってアイとの席を詰める。アイはにこやかに話を続け、男はアイの髪に触り始めた。

ナンパのようだが、アンリはどこにいった。


そのうち、男はアイの手を取って、2人でどこかに姿を消した。

俺はアンリに電話する。


「アンリ、今どこにいる?」


「寮に戻ってるとこー」


「ちょっと待て、アイはどうした?」


「いまは別々だよっ」


「見てたがナンパされてどっかに連れてかれたぞ」


「えっじゃあうまくいったんだねっ」


うまくいった……? ではあれはアイの希望なのか?


「アイは出てったのか?」


「んん? 帰ってくるよ? ハルくんの部屋がお家だし」


家認定されているのか……。


「戻ってこれるのか?」


「あとで迎えにいくの」


それなら……俺が口出しすることではない。





夜9時半、アイはアンリに連れられて帰宅する。


「ハルくん、ただいま。パッド見てもいい?」


「おかえり」


パッドを手渡すと、椅子に座って今朝と変わらない様子でパッドを見始めた。肩越しに見える画面はサスペンス系のドラマだろうか。レーティングに引っかからないということは過激な表現はないんだろう。


ベッドで予習をしたり、寝転んで本を読んでいると、ノックの音がした。無視していると、またノックの音がする。誰だ?


「藤友君?」


東矢か。俺の部屋に来るのは初めてだな。アイがいるが……東矢ならまあいいか。ドアを開けて招き入れる。


「あれ? 誰かいるならまた改めるけど」


「かまわない。こいつがアイちゃんだ。アイちゃん、こいつは東矢だ。東矢にも触るな」


「東矢、こんばんは」


東矢は目を白黒させている。まあ、夜中に男の部屋に女の姿があれば驚くか。アイはパッドに目を戻す。

寮の部屋はワンルームで、入り口左側にバストイレがあり右側には小さなキッチン、間の細い廊下をぬけて右側に備え付けの机と椅子、左側に同じく備え付けのベット。その先の窓際に2畳ほどのスペースがある。東矢はそろそろとアイに触らないように椅子とベッドの隙間を通過して、窓際に座る。


「今日はどうした?」


「ケーキ買ったからもってきたんだ。この間、山でご馳走になったでしょう? あ、でも2つしかないや、どうしよう」


東矢はアイを横目で見てつぶやく。


「気にしなくていい、といっても気にするか」


「ええと、じゃあ、僕の半分あげる」


東矢から箱を受け取る。有名なところの2カットの抹茶ケーキ。その先端部分をそれぞれカットし、三つの皿に盛り付ける。分量はだいたい均等かな。

先端部分が二つ集まった皿をアイの前に置く。


「アイちゃん、東矢からだ」


「東矢、ありがとう」


アイはおもむろにTシャツの裾をつかみバッと持ち上げたので、急いで腕をつかんで止めた。いきなりなにをする? 東矢は顔を赤くしながら後ずさって窓ガラスに頭をぶつけた。


「なんの真似だ」


「ご飯をもらったらお礼をすると聞きました」


「しなくていい、ケーキは食べていい」


「わかりました」


アイは机に向き直って、ケーキを食べながらパッドを見始めた。東矢はおそるおそる俺に尋ねる。


「……藤友君の周りの女の人って変な人ばっかりなの?」


「こいつはアイちゃんだ。たまたま女の真似をしてるだけの饅頭だから気にしなくていい」


「饅頭……?」


「アイちゃん、東矢が混乱してるから元に戻ってもらえないか?」


「わかりました」


アイはぐねぐねと形を崩して椅子の上で饅頭形態になった。机の上に風呂敷を敷いてアイを拾い上げて包む。アイは何事もなかったかのように、ケーキに触手を伸ばしながらパッドを再開する。

椅子に散らばったアイの服や下着をたたんでいると、東矢がこちらを変な目で見ていることに気がついた。ため息が出る。


「いっとくが、こいつとは何もないぞ。いきなり服を脱ぎ出したのも今が初めてだ」


「そ……そうなの?」


そうなの。なんだその顔を両手のひらで押さえながら指の間からバッチリ見るスタイル。見えていたとしても下着ぐらいだろ?


「これはドッペルゲンガーか?」


東矢はようやく真面目な顔に戻る。


「この子が? うーん、ドッペルゲンガーというイメージとは全然違うかな。どちらかというと、ぬっへっほう、とか、肉人に近い感じはするけど、そっちは人間に化けたりしないし。よくわからないや」


確か、ぬっへっほうや肉人は、ぶよぶよとした人型の肉の塊。肉の塊といえば肉の塊だよな。アイを食えば不老不死になるのか? 肉人はそういうものだよな? 確か。でかい肉まんに見えないことはないが。

結局東矢は、俺としばらくアイのことを話して、部屋に戻った。

アイは今晩も徹夜でパッドを見るようだ。


アイが外で何をやっているのか。気にならないわけではないが、俺は部屋を貸す代わりに安全を確保しているだけだ。下手に関わるのは得策じゃない。今晩もぽよぽよしたアイの姿を眺めながら眠りに落ちた。





「ハルくんあけてー」


7時すぎ。少し早いが、起床時間ではある。歯磨きをしながらドアを開けると、ばっちり制服に着替えて、手に1セットの服を抱えたアンリがいた。

アンリはすたすたと部屋の中に入り、机の上で動画を見ていた饅頭型のアイを抱え上げる。


ちゃんと調べた? うんそっか。じゃあ大丈夫なのかな。よしよし。じゃあこれに着替えて。


「まてアンリ。着替え終わったら呼べ」


風呂の洗面台で歯磨きを継続していると、アンリに呼ばれた。


「どうかな?」


「まあ、かわいいんじゃないか?」


今日のアイは赤茶色の短い髪をふわふわとカールして、黒の細めのカットソーに右の肩だけに肩紐を引っ掛けてウェストを絞ったモスグリーンのワイドレッグのサロペット。カーブした厚底の濃い茶のサンダルに薄い茶色の大きめのサングラス。アンリのセンスは悪くない。


「よかったねっ! かわいいって」


「ハルくん、ありがとう」


アンリはアイの手を引き出て行った。

その日も何事もなく、平和に過ぎた。

アイは朝アンリと2人で出かけたっきりだ。アンリは普通に授業に出ていたので、アイは日中は1人で行動しているのだろう。夜になると戻って来て、俺の部屋で動画を見る。そんな日が何日か続いた。

一度はひどく血の匂いを漂わせて帰ってきて驚いたが、服にも血はついていないし気になって風呂場で饅頭形態を洗ってみたが、特に外傷のようなものはなく、血の匂いもすぐに落ちた。


アイが俺以外に目を向けているならあえて干渉すべきでない。触らぬ神に祟りなしだ。今のところ平穏は続いている。

正直、俺が事件に巻き込まれるのは困るが、アイは姿を変えられる。外で俺の姿になることはないようだし、介入するより無視したほうが面倒ごとにはならないだろう。

最低限の不干渉、ようやく生活が落ち着いて来た夜、青い顔をした東矢が部屋にやって来た。パッドを眺めるアイをチラリと横目で見てから言う。


「あの、藤友君。アイさんが外で何をしてるのか知ってる?」


「知らない」


「……藤友君はそれでいいの?」


「知ってどうなる? 止める義理も筋合いもない」


「アイさん、今日、人を殺して、普通なら殺されてた」


流れる微妙な沈黙。

アイの反応は特にない。


東矢の話す内容は、俺も予想はしていた。

だが正直、今のアイとの関係は安定しているので崩したくはなかった。アイは21時から23時前後に部屋に帰ってくるまで外に出ているから自分の時間も確保できていたし、帰ってきてからもパッドを見ているだけで特にこちらに対するリアクションもない。他人が部屋にいると認識する時間は眠るまでの最低限だ。正直、追い出すことができないなら、この不干渉の関係を崩したくない。


それに、この頃には俺自身もアイを利用していることに気がついていた。

ある夜、寝ている間にふと目が覚めると、アイから分かれた細い触手が耳の中に突っ込まれていることに気が付いた。ギョッとして固まっていると、特に何も起こることなく触手は回収された。首筋にも違和感はない。

アイが部屋にきてから俺に訪れる不運が格段に減っていて、ある意味平穏が訪れている。不自然に不運が俺から遠ざかっていた。そのせいか、首筋の予兆を感じることも不自然なほど少なくなっていた。

アイは多分、何らかの方法で俺が寝ている間に俺が背負うはずの不運を吸い上げている。アイ自身が不運の影響を受けているようには思えなかったから、おそらく他に不運をばらまいている。

これが、アイの言っていた部屋にいるための「俺のためになんでもする」で「なにかできる」なんだろう。一本の線がつながった。

俺は、部屋を貸す分の対価は十分に得ている。


アイはアイの目的のために動いている。今は、絶妙に俺にプラスな形で均衡がとれている。見えないところには関わりたくはない。だから外のアイの様子は聴きたくない。知れば関与してしまう可能性がある。


「……そうか。無差別に殺してるわけじゃないんだろ?」


「それは……そうだけど。でも僕はアイさんに聞きたいことがある」


振り返ってアイを見る。こちらの話が聞こえてはいるのだろうが、とりたててリアクションはない。


「アイちゃん、お前東矢と話したいか?」


「話したい」


「じゃあ、東矢の部屋に連れていくから、話はそこでしてもらえるか? アイちゃん、東矢には許可なく触るなよ? 東矢の部屋にいるネコも」


「「わかった」」


饅頭形態に戻ったアイをカバンにつめて東矢の部屋に運ぶ。


「帰りはいつでもいいから」


結局アイはその日、戻ってこなかった。話し込んだので朝返そうと思ったらしい。

東矢は翌朝アンリの襲撃を受けた。アイが東矢の部屋にいるのはアンリに話していなかったんだがな。レーダーでも持っているのか。東矢の部屋でいきなり着替えだしたから、慌てて部屋から逃げ出したようだ。東矢は俺の部屋にパジャマで飛び込んできた。


登校中、空から植木鉢が降って来た。こんなベタなのは久しぶりだ。今日分の不運が俺に残ったままだったからかな。

いつもは極力建物から離れて歩いているのだが、最近平和だったから油断をしていたのかもしれない。気をつけよう。


この日から、アイは夕方から夜の早い時間は東矢と一緒にいるか東矢の部屋で過ごし、23時頃に俺の部屋に帰ってくる生活を続けるようになった。





「タツ、早く来いよ」


マサヒコさんが俺を呼んでる。

俺はマサヒコさんの傘下に入った。

よくわかんねぇけど、マサヒコさんは組織に入っていて、若いのを何人か指揮してる。新谷坂町のあたりがマサヒコさんの管轄で、俺はマサヒコさんの使いっ走りや集金の付き添いをさせてもらってた。失敗しても、俺の要領が悪りぃのが原因なのに、仕方ねぇ、って言ってかばってもらった。飯もよくおごってもらったし、飲みにもよく連れてってもらった。

マサヒコさんはほんといい人だ。思いやりもあって、俺にこんなに優しくしてくれた人、他にいねぇんじゃねぇかな。……いねぇな。

やっぱスゲェいい人だ。なんでこんなヤクザみたいな仕事やってんだ?


マサヒコさんの部下は結構入れ替わりが激しかったが、俺はずっと下につかせてもらっててなんとなく得意な気分になった。そんな矢先、マサヒコさんは姿をくらました。

ある日の夕方、俺は集金に出かけている時にかかってきた電話。


「おいタツ、俺は外回りしてくるから帰ったら鍵閉めて帰ってろ」


どこか焦ったようなマサヒコさんの声に、俺はわかりましたと答えた。けれども翌日以降、マサヒコさんは姿を消した。携帯もつながらねぇ。そういえば俺はマサヒコさんにずっとついてたけど、マサヒコさんの家とか友達とかは全然知らなかった。


俺は一時的にタイゾウっていう兄貴分の人の下につくことになった。

タイの兄貴はデカくて強そうな人だ。マサヒコさんとも仲がよかったはずだ。

俺はタイの兄貴と一緒に仕事しながら、マサヒコさんとはずいぶんやりかたが違ぇな、と思った。

マサヒコさんはだいたい俺を手元においてくれてたが、タイの兄貴は俺に仕事をまるごとまかせて行ってこいと言うタイプだった。俺一人で何かをすることが多くて、その分自由になった時間はマサヒコさんの手がかりを探した。けど、全然わかんなかった。

俺、頭悪ぃから、どうやったらいいかなんて全然わかんなかったから、とりあえずマサヒコさんと一緒に回ったあたりをうろついていた。でも影も形も見当たらなかった。

糞ッ、マサヒコさんどこいっちまったんだよ?


そうしていると、うわさを聞いた。

今、新谷坂でまことしやかにささやかれている、化け物の殺し屋のうわさ。

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