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君と歩いた、ぼくらの怪談 第1部  作者: tempp
第5章 俺の日常と梅雨の幽霊

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奇妙な人間

朝、部屋に戻ると、ジーンケリーでもデビーレイノルズでもなく、たおやかな黒髪美人がベッドに座って動画を見ていた。

見たことがないわけではない、これは俺の隠しフォルダのお気に入り動画の人物だ。ちょっと待て、なぜ知っている、あのファイルは指紋認証で、指紋認証? くそっパーフェクトコピーか。


「おかえりなさい、ハルくん」


ヤバイ、声もまんまだ。ハルくんだと!? 心拍数が上がる。表情がある。徹夜明けでこれはキツい。とりあえず見なかったことにしよう。理性飛びそう、俺。


「寝たい。狭いから元に戻ってくれ」


平静を装ってなんとか理屈をつける。

アイは形を崩してそろそろと布団の端による。


「まくらする?」


アイの表面の一部が口の形に変形する。器用だな。まくら? ああ。


「いらない。端っこで、俺に触らないように」


「わかった、おやすみなさい」


アイは触手を伸ばして動画の再生を始めた。どこかの風景動画のようだ。さらさらと流れる心地よい水音と、いつのまにか窓の外でしとしとと降り始めた雨音に耳を傾けながら、いつしか俺は眠りに落ちた。





「ハルくーん、あけてー」


またかよ。最近の目覚めはこればっかりだな、まあ、今は昼か。2時間ほどは眠れたかな。

俺はドアを開けて待ち受けるアンリを見る。


白くて肩口が細く袖がバルーンになったシャツの上にピンクのキャミソール、白いプリーツスカートに底の少し厚い黄緑のサンダル。


アンリは俺を無視してすたすたと部屋の中に入り、アイと話をする。へー、うまく真似られたんだ、よかったね、あ、それはここじゃ無理かも? うーん、どうしようかな。

相変わらずアンリとの会話はテレパシーか何かで行われている。

あ、じゃあとりあえず真似してみて


「ちょっと待て、服を用意する」


俺は風呂敷ごとアイを抱えて服と一緒に風呂場に投げ込む。真似た姿は全裸なんだよ、風呂敷一枚装備の。幼馴染とはいえ全裸は嫌だ。


しばらくすると俺そっくりのアイが風呂から出てきた。


「へーすごい、そっくり」


アンリはアイの俺の周りをくるくると回って観察する。


「アンリ、俺とアイちゃんが並んで立ってたら見分けはつくか?」


「うーん? 似てるけど全然違うよ?」


そうか。俺は少しほっとする。アイは少し残念そうだった。


「どこが違う?」


「うーん? 全部」


あてにならないな。


「他の真似もできるの?」


アイはジーンケリーから始まり、十何人かの人間の姿をとるたびに、俺の服はぶかぶかになったり窮屈になったりする。そして最後に黒髪美人で落ち着いた。その姿にしては少し大きめのTシャツから左肩と白い鎖骨がはみでていてエロい。俺の服を着ているというところがますますヤバい。思わず目をそらして口元を右手でふさぐ。


「アイちゃん、服のサイズがあってない。2つ前の男がちょうどいい」


アイは俺と同じくらいの体格の身長の30代くらいの茶髪の男になった。こういうタイプの精神攻撃は初めてだな。


「ねぇ、私にもなれる?」


アイはアンリの姿になった。肩はさっきよりずり落ちてるが、ちっともエロくないな。だが……さっきアンリが言ったことの意味がわかる。姿はそっくりでも何かが違う。存在感というのか、アンリらしさがない。まあ、アンリらしさというのもかなり特殊な気がするが。

そうか、アンリらしさというか、人っぽさがないんだ。なんとなく、マネキンや蝋人形っぽい。アンリの姿の平均値をとっただけ、という印象。おそらく外見データとしては完全に模倣しているのだろうが。


「うーん、いまのままだとこれが限界かな。次はもうちょっと違う人を真似ようか?」


アンリはアイの手を引いて部屋を出て行ったので寝直す。アイが来たのはまだ一昨日なのに、ずいぶん久しぶりに一人の部屋に戻った気がする。枕を手繰り寄せ、再び眠りに落ちた。





「ハールーくーんっ。あーけーてー」


はいはい。夕方までたっぷり寝て、頭は幾分しっかりしている。ちょうど夕食後のタイミング。

扉を開けると、アンリと、黒髪をサイドにまとめ、小さなロゴがついたブルーのTシャツに紺色のハーフパンツを履いた女子がいた。


「楽しかったっ。またあしたねー」


「ただいま、ハルくん」


「アイちゃんか?」


アイは心なしか、表情が豊かになっていた。

パッドを要求するアイに、念のため、キッズ用に設定する。暴力表現や18禁は見られないようにした方が無難だろう。


「今日はアンリと何した? 教えたくないなら言わなくていい」


「友達とご飯を食べて、お話しした。楽しかった」


悪い方向には転がっていないようだ。

アイが机でパッドを見て、俺はベッドで音楽を聴いたり本を読んで過ごす。自分の姿でなければ、視覚的な不快感は乏しい。これまでの短い同居の中で、アイから俺に積極的に干渉することもなかったように思える。

お互い干渉は最低限。部屋が少し狭い以外は住み分けもできてきた気がする。穏当に生活するためには、害がないならお互いを尊重したい。

寝ている間に俺に触るな、と伝えて、ぼんやりアイの背中を眺めながら眠りに落ちた。今日三度目の就寝。





「ハールーくーんー」


はいはい。

時刻は7時。

まあ、アンリにしては常識的な時間。毎朝男の部屋にくるのは別として。それからアイを含めて平日のルールを決めた。


「明日からまたしばらく俺もアンリも昼はいない。その間はこの部屋にいるのでいいか?」


「わかりました。でもたまに外に出たい」


「今日の放課後一緒にお出かけしよっか?」


「いいですか?」


「別に俺に許可とることじゃない。アンリも勝手に入っていい」


アンリはなぜか俺の部屋の合い鍵を持っている。無断で入っている形跡はない。特に隠すものもないから別にかまわないんだが。


「そうだ、この際ルールも決めておこう。アイちゃんが一人で俺の部屋を出入りするのは外聞が悪い。だから、この部屋から出かけるときやこの部屋に入るときには必ず誰かと一緒に出入りしてほしい。俺がいなくてもアンリが来るなら勝手に出かけてもらって構わない。あと、パッドは俺が使う時以外は勝手に使っていい。この部屋のものも勝手に使っていいし、食べてもいい。ただ、食べたり使ったりして消費した場合は、メモに書いて残しておく。それでどうかな」


「わかった」


「わかったー。じゃあ今日はどこいこっか」


二人で話し始めたので、俺は二人を残して部屋をでた。





寮を出ると、雨はやんでいた。水たまりを避けながら学校に向かう。

見上げた空は、相変わらず湿度をはらんだ黒雲に覆われていたが、そのすき間から所々光の柱が地上に差し込んでいた。

教室では女子が、天使のはしごっていうんだよ、とか言っている。あれはチンダル現象という純粋物理現象だ。秋か冬の発生が比較的多いが、雲の切れ間にエアロゾル粒子が多く存在し、透過率が高ければ発生する。珍しいといえば珍しいのだが。

そんなやくたいもないことを考えながらぼんやり窓の外を眺めていると予鈴がなった。


予習さえしておけば大抵は問題なくすぎるから、授業中の時間は好きだ。

学校といえば体育祭が終われば来月の期末考査まで取り立てて学校行事はない。今月末ごろに芸術鑑賞というのがあったかな。たしか伝統芸能か何かの見学くらいか。

そんなことを考えながらぼんやり外を眺めると、いつの間にか窓の外の天使のはしごは回収され、神津湾からふく風が黒い雲を運んでいく。校庭の大きな桜の木は、今日も風に揺れていた。あの桜には新しくて悪くない思い出もある。最近、花子さんのところにもいけていないな。雨だとなかなか難しい。プラスのことを考えられるうちはなんとかうまく行く気がする。


放課後の授業が終わった直後、アンリは教室を飛び出した。アイとでかけるんだったな。


「藤友君、昨日は本当にありがとう」


「俺も助けられてる。お互いさまだ」


窓の外を眺めながら、東矢とたわいもない会話をする。


「そういえば相談があるっていってたけど、大丈夫なの?」


アイについて。困っているのは確かだが、いまいちなにを相談していいのかよくわからない。今のところ落ち着かないことは確かだ。しかし部屋が狭いくらいしか実害はないし、それもささいなことだ。

ただ、目的と先行きが全く見えないのが気持ち悪い。道行きは極力明らかにしたい。予想が立てられないと、いざというとき対処が難しい。


「今のところ取り立てては困ってはいない。変なことを聞くが、自分がもう一人いたらどう思う?」


「ドッペルゲンガーってやつ? どうなんだろうね、僕は多分、仲良くなれそうな気はするけど」


「ドッペルゲンガーはなんで人間を真似てるんだろう」


「なんで? それは病気のほうじゃなくて実在するっていう前提だよね。うーん、なんでだろ。真似をする妖怪ってのは昔からいるんだけど、理由はいろいろかな。人間のまねをしておびき寄せて人間を襲うこともあるし、仲良くなろうとしてることもあるし。でも、どっちにしても人間に接触したいから、真似するんだと思うよ」


接触か……。

アイには真似たいというのはあったがその後に何か目的があるようでもなかったな。目的というのは普通は手段の前に来る。手段を行使してから目的を作るというパターンは珍しい。

外見は完璧だと思う。自己完結した見方だが、外見を兼ね備えるということ自体が人間との接触を意味するのだろうか?

わからない。そういえば枝だの布だの包まれるのを好んでいるな、本体を見せたくないとか、擬態なのか? だがあれだって意味があるものなのかはわからない。

考えがぐるぐると同じところを回っている気がする。





俺の名前は高内龍郎(たかうちたつろう)。24歳だ。

仲間は俺をタツって呼んでる。

俺は頭が悪くてよ。頭が悪りぃからか、すぐカッとなっちまって、いろんなもんに突っかかっちまうんだ。しかも俺は弱ぇからすぐ返り討ちにあっちまう。ほんとどうしようもねぇ。

そんな俺を拾ってくれたのがマサヒコさんだ。本名は知らねぇ。


マサヒコさんに初めて会った日も、俺はケンカしてボコボコに殴られていつもと同じように路地裏でぶっ倒れてた。俺は弱ぇのにバカだから、すぐ喧嘩になっちまう。正直、金も取られてスカンピンだ。ぼーっと倒れて、ビルの間から見える月が丸いなー、とか思ってたら、マサヒコさんに、大丈夫か、って声かけられた。

正直びっくりしたよ。倒れた俺に声かけてくるやつなんてこれまでいなかった。しかも俺、そん時ボコボコで血塗れだったんだぜ?


「なんだこの野郎、やんのか?」


って思わず寝転んだまま言っちまった。正直殴られすぎて起き上がれなかったからな。マサヒコさんは、道で倒れたまま動けねぇ無様な俺をしばらく眺めてから、どうしようもねぇやつだな、ってつぶやいた。


「なんだと? ぶっ殺すぞ」


俺は情けなく寝転んだままそう言い放った。

マサヒコさんはプッと吹き出して、俺に手を差し出した。


「お前、そんなんじゃ、どこもいくとこないんだろ? 俺んとこくるか?」


俺の返事をまたずにマサヒコさんは俺の右手をつかんで引き上げようとする。痛ぇ。殴られた傷の痛みだけじゃなくて、長い時間冷てぇ地面で寝転んでたから、身体がカチカチに固まってた。節々がビシビシとひび割れたみてぇに痛ぇ。


「いてぇ! やめろコラ!」


思わず手を振り払っちまったけど、マサヒコさんは今度は俺の隣にしゃがんで俺の脇に手を入れて、よいしょ、と抱えあげた。


「お、おい、やめろよ」


振りほどこうともがいたが、体中がズキズキ痛かったのと、俺の体がガッチリホールドされていたのとで振り払えねぇ。

やめろ、あんた、上等なスーツ着てるじゃねえか。俺はクリーニング代なんて払えねぇよ。その時俺は頭から爪先まで血と垢で薄汚れてて、そんなことしか考えられなかった。


俺はマサヒコさんに引きずられて雑居ビルの部屋に入ってソファに転がされる。久しぶりの柔らけぇ床。

俺はいつのまにか寝ちまった。

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