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君と歩いた、ぼくらの怪談 第1部  作者: tempp
第4章 明日の日記と僕の日常

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6月8日 (2) 頭がおかしい僕のかけっこ

 僕は足を捕まえたら『外骨格』から逃げないといけない。

 『外骨格』がいると足が逃げるから、今『外骨格』は体育倉庫にいる。

 足を捕まえたらわかると言っていたから捕まえるまではこちらの状況がわからないのかも? 指揮系統が複数あると大変みたいなことを言っていたし。


 体育倉庫は昇降口から校舎を南側に出てグラウンド沿いの校舎と正門である南門の間。以前『外骨格』は体育倉庫の上にいたから、僕が新谷坂山に向かう時に校庭側から出れば見つかる可能性は高い。

 そうすると、僕は正門を通らずに学校の北側にある新谷坂山に出た方がいい。校舎の北側から山に登る。少し傾斜がきついけど、今僕が使っている『外骨格』の足ならなんとかなりそうな気がする。


 新谷坂山にはハイキングコースがあって、封印のある新谷坂神社はコースから山道を登ったところにある。日が登っているなら片道2時間、今は5時すぎだから、今から出かけたらなんとか陽があるうちに神社までたどりつけるかな。

 懐中電灯は持ってきてないから帰りは神社で一泊することになりそう。晩ごはんは抜きだけどまあ仕方ないか。

 考えるのは一旦ここまで。


「よし、とっておきのコースを思いついた。ついてきてくれるかな?」


 足はぴょんと飛んで足の裏をあわせて音を立てる。

 オッケーっぽい。僕らは校舎の裏手に出て急な山をよじ登る。足は体がないせいかとても身軽で、一足で2メートルはジャンプしてるんじゃないかな。ぴょんぴょんと崖地を登っていく。僕は両腕も使いながら『外骨格』の足で地面を蹴飛ばす。何これ面白い。僕も今なら1メートル半くらい軽く飛べそうかも。スパイダーマンにでもなった気分?

 そうやって僕らは山側を駆け上がってハイキングコースにたどり着く。

 僕はハイキングコース入り口のマップを眺める。


「君、目は見えるのかな」


 とてとてと足を踏み鳴らす。うーん、歩けているから目は見えているんだろうけど、地図を読むのは無理かも。

 僕は地図を指差しながら説明する。


「ええとね、じゃあ走るコースを説明するね。今ここの舗装されている道があるでしょう? ここを真西、つまりしばらくまっすぐ行くと右手側に急角度で東、こちら側に戻ってくる道に分岐するんだ。その分岐に入ってしばらくすると長い石段が見える。その石段を登り切ったところに鳥居があるから、そこがゴールでどう?」


 足はぴょんぴょん飛び跳ねる。

 オッケーってことでいいんだよね?


「よし、それじゃ、よーい、ドンっ!」


 僕と足は、僕の合図で同時に走り出す。

 夕方が始まる時間のハイキングコース。

 夕方の新谷坂山は、遠足で来た春の新谷坂山ともナナオさんと探検に来た夜の新谷坂山とも全く違っていた。

 太陽は僕らがいる新谷坂山の西奥にある標高の高い籠屋(かごや)山の裏に隠れはじめたけど、空はまだ十分に青く明るい。けれども木々の影はすでに斜めに長く伸びて1日の終わりの近付きを予感させる。

 空を見上げれば灰色や白色の雲の下の部分が籠屋山の裏に入りつつある夕陽を照り返して淡くオレンジ色に染まっている。それでいて雲の真下の籠屋山は夕日を背後に影絵のように真っ黒に塗り潰されていた。

 青と、黒と、オレンジ色に世界が色を変えていく。

 僕らはそんなコントラストにあふれる人気のないハイキングコースを全力で走り抜く。ちょっとの段差は飛びこして、障害物も潜り抜け、足を追い越し、追い越されて。


 僕の足は今まで感じたことのないようなスピードで僕の体を運んだ。

 全速力の『外骨格』の足。リレーの時は性能がヤバすぎてセーブした。完全に性能を発揮した『外骨格』の足の速さはまるでオープンカーで風を受けているよう。僕の耳もとをビュウビュウと風が走り、髪の毛を吹き飛ばす。気持ち良さに思わず笑い声が漏れる。口を開けると風が入って苦しいのに、笑わずになんていられない。


 これ、すっごい、楽しい!!


 足も僕の右や左で、とても楽しそうに障害物を飛び越えた。

 僕らは真っ暗な籠屋山に向かって走りこみ、急カーブで折り返し、今度は僕の体からまっすぐ伸びた長い影を追いかけるように走る。

 新谷坂神社の参道に切り込んで石段を三段飛ばしで駆け上がる。足は全然疲れない、でも、さすがに石段の全力ダッシュは僕の肺には過ぎた負担で、途中で失速して最後の方で足に追いつかれ、鳥居に着いたときには、楽しそうに跳ねる足に出迎えられた。


 ハァ、ハァ、ハァ


 もう、だめ、息苦しい、息できない。

 石畳に倒れ込むとその冷たさがひんやりと気持ちいい。どくどくと体中から心臓の音が聞こえる。

 足も僕の隣で寝転んだ。

 でも、楽しかった、とっても。走るのって楽しいんだね。走りたいっていう足の気持ちがちょっとわかったかも。

 ハァハァと切れる息が一段落した後、僕は寝転がったまま、足のほうに顔を向けて聞く。


「ねぇ、君はあの人の「足」になるのはいやなの?」


 右足首だけやってきて寝転がった僕の手をぺたぺた踏む。

 うーん、よくわからないな。


「ええと、じゃあ、はい、なら踏んで? いいえ、なら離れて?」


 ぺたぺた。


「あの人の足になるのはいや?」


 足は離れた。あれ? 捕まってもいいんだ。


「僕の足にあの人の罠がしかけられてる。多分僕の足に近づくと捕まっちゃう。逃げたい? あまり方法はないんだけど、なんとかならなくもない」


 足とのかけっこはとても楽しかった。『外骨格』よりこの足の方が、親近感がある。

 『外骨格』はしばらくしたら世界を渡ると言っていた。その期間はわからないけど、それまで新谷坂の封印の中に隠れていれば、逃げ切れるような気がする。僕の足に『外骨格』が残ってしまうけど、逃げられたと言えばなんとかならないかな?

 でも、足は近づいてこなかった。


「じゃあ、あの人の足になるのはいいんだね?」


 足は再び近づいて僕の手のひらの上にのる。足の裏はひんやりと冷たい。


「そっか、わかった。僕もかけっこ、すごく楽しかった。おいで」


 体を起こして足を抱きしめて、楽しい時間をありがとう、と伝えてお別れをする。

 半透明だけど足は確かにここにいた。その後、足は僕の足を踏む。その瞬間、ピリリとした痺れが走って、例えば透明な足を包んでいたアルミホイルがはらりと元の銀紙に戻るように一枚の平面になった後、再び僕の足に巻きついてすぅと一体化して消えた。


「結構時間がかかったね」


 足が僕の足におさまった瞬間、そんな声が聞こえて目の前の空間がブゥンと歪み、横にまっすぐ線を引いたように裂けyrそのすき間から『外骨格』の頭がのぞいた。

 やばい。想定外だ。『外骨格』が山を登ってやってくる前に封印に逃げ込もうと思ったのにワープとかできたのか?

 急いで跳ね起きて神社の中に走り出す、早く、井戸へ。

 ほとんど陽がおちて闇に沈んだ神社の中を駆け抜ける。ここは僕の封印、僕の庭。封印の入り口の井戸に手をかけそのまま10メートルを落下する。僕がまとった彼の足は井戸の底でふわりと衝撃を吸収し、折り曲げられた膝はそのまま井戸の底を蹴って奥の封印まで駆け抜けた。

 なんとか、まにあった。

 荒い呼吸を抑えて、僕は封印の入り口、井戸の底に向き直る。

 しばらくすると、『外骨格』が井戸を降りてくる音がした。


「ひどいね。いきなり逃げなくってもさ。でも俺の考えてることがバレちゃった?」


 『外骨格』は無表情のまま逆立ちしながらぺたぺたと井戸の底の横穴を進んできた。


「そこで止まって。ここは新谷坂山の封印、それ以上進んだら封印に落ちるよ」


 僕は床に腰掛け、膝から先を床下の封印に沈めた。


「わぁ、そんな仕掛けなの。でも困ったな、俺はすごく君の体がほしい」

「足は渡す。だから他は諦めて」

「ようは、床に落ちなければいいんでしょう?」


 『外骨格』は封印の入り口で逆さまになるのをやめて、座り込んで左手で岩肌をつかんだ。『外骨格』の手と岩肌の間にパキッという軽くて硬い音がする。右手を左手より少し上の岩棚に押し当てるとまたパキッという音がした。


「うん、大丈夫そうだ。俺は見た目よりずいぶん軽いんだよ? すぐ行くから、まってて」


 左手を岩棚から外して右上より少し上へ、次は右手を外して左上より上に。その度にバキッ、パキッという何かが砕ける音がした。少しずつ『外骨格』は壁の上の方に近づき、気がつけば『外骨格』は天井にぶら下がっていた。手の指がアイスクライミングで使うアイゼンのような、それぞれの指先自体を金属鋲のように変形させて岩肌の天井に指を突き刺している。『外骨格』は天井に鋲を刺しながら、天井を伝って一歩一歩、雲梯を進むように僕に近づいてくる。


「ちょっとまって、それ以上近づいたら僕は僕ごと封印の中に逃げる。そうするとぼくは捕まえられないよ」


 僕は急いで肩まで封印に浸かる。

 『外骨格』は速度をゆるめず、バキリバキリと岩を砕きながら僕の真上までやって来る。ぽたり、と僕の頬に外骨格に覆われていない足から銀色の液体が垂れた。僕はそれを振り落とそうとしたけど、人肌の液体は僕の手ごと包み込み締め上げる。


「隠れるならもっと早く隠れるべきだったね。君は俺を誤解している。これは落とし穴式の罠でしょう? 俺の本体は液状だから、君を釣り上げて引き上げればいいだけだよ、君より大事にするからさ、その体、俺に頂戴?」


 酷く生ぬるい声。冷たくもない、フラットな。藤友くんは昆虫と言っていたけれど、そんなわかりあえなさ。

 頬に落ちた液体はアメーバのよう伸縮して僕の口を塞ぎ、首の後ろまで回る。


「うん? このまま引っ張ると頭だけ取れちゃいそうだな、君たちは壊れるとあまり治らないからなぁ……」


 銀色の『外骨格』の本体は、ゆっくりとこぼれ落ちて僕の頭や腕を一見柔らかく包みこんだあと、冷え固まった鈴のように固く動かなくなり、僕は身動きが取れなくなる。封印に沈み込もうとしても、体は下に沈まなかった。このままだとまずいと思ううちに銀色の液体は僕の背中に回り込み、とうとう僕を封印から釣り上げ始める。

 まずい。見込みだとこのまま封印の底に沈む積もりだったのに。


「うん、うまくいきそう。なるべく痛くしないようにするから安心して」


 そういう問題じゃないから!!

 やめて! はなして!

 僕の口は液体に包まれてウーウーとしか声が出ない。僕の体はとうとう床の封印から浮き上がる。

 必死にもがいていると、僕の足が勝手に動いて天井の『外骨格』と僕をつなぐ銀色の柱に格闘技の腕ひしぎをかけるように足を絡みつかせた。

 その瞬間、バチリとバネが弾けるような大きな反動があって僕を包んだ銀色の液体は僕から弾け飛び、僕の体は『外骨格』から解放された。

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