幕間 不幸な俺の日常 2/2
昼休み。アンリは早速情報を持ってきた。
「みんなにいろいろ聞いてみたけどおでこに怪我してる人は見つかんなかった」
「そうか」
アンリが調べようとしてわからないなら在校生ではいないのかもな。そうすると卒業生か?
「私も見に行っていい~?」
何を?
そう思って俺は気がついた。これは案外いいアイデアかもしれない。
アンリは常軌を逸して運がいい。アンリが会いたいと思えば犯人に会える、気がする。
犯人が早く捕まれば俺は安泰だ。そしてアンリの近くにいれば俺はアンリの幸運のおこぼれに与れる。相対的に危険も減る。
正確に言うとアンリは狂っている。だからアンリのせいでおかしなことに巻き込まれることも多いが、不幸の呪いにかかっている俺としては収支は圧倒的にプラスだ。
だから現場に行くことになった。
放課後、少年の家があると聞いた駅で降りる。やはり初めて降りる駅だ。
駅舎から出るとロータリーが広がり、2つのバス停とコンビニがある。その奥は少し大きめの通りに面してチェーンの喫茶店やファミレスがあり、それから居酒屋や本屋が入った雑居ビルが少し。その奥には一軒家やアパートが広がっていた。よくある住宅街だ。平日夕方の早めの時間帯だからか人通りは少ない。
どうするのがいいかと見回すと、さっそく昨日の少年と出会う。
やはりアンリのラックは尋常じゃない。
「あ……昨日はごめんなさい。どうしてここに?」
「友達が心配してくれたんだよ。俺に似たやつが悪いことをしてるなら見てみた、いや、誤解を解きたいと。こいつも俺と一緒にこの4月から新夜坂に引っ越してきたんだ」
「アンリだよ! よろしくねー」
面白がって見に来てただけだが少年は何故か納得したような、申し訳なさそうな顔で俺を見上げた。
「そう……なんだ。よかったら姉さんが襲われたところを見に行く? すぐ近くだから」
本当にトントン拍子だな。狂気的な幸運。
頷いて少年の後に続く。そこは駅からすぐの路地裏。夕方でオレンジ色の煙る少し寂しい普通の住宅街の一角に差し入る。
「ここで姉さんが殴られたんだ。傷はもう治ってて病院の検査では悪いところはないはずだって言われたんだけど今も目を覚まさない。ずっと辻切中央の病院で寝たまんま」
「それはご愁傷さまだな」
「うん。それで姉さんと一緒にいたのは友達1人だけで、誰も他に目撃した人なんていないんだ。だから警察もあまり調べてくれない」
昨日もそうだが今日もお姉さんのお見舞いに行くところだったそうだ。
一軒家に挟まれた幅3メートルくらいのありふれた路地。
見通しが悪いというほどではないが今も人通りはない。見回しても監視カメラの類も設置されてなさそうだ。
被害届は出したようだがこれで目撃者もなければは探しようはないかもしれないな。すぐ近くの壁にここで女子中学生が殴られたことと目撃者は連絡がほしいという少しだけ色あせたポスターが貼られていた。この子の家族が貼ったものだろう。
そこに中学生くらいの女の子が通りかかる。
「あ、あの人が目撃した友達で」
「あの人が突き飛ばしたんだよ」
唐突にアンリの声が被る。
少年はぽかんとした顔でアンリを見て、女の子に目を移す。
女の子は少年に気付いて少しだけビクッとして俺の方に目をそらし、俺を見て目を見張り、ぽかんと口を開けて一歩後ずさった。様子がおかしい。
とっさにスマホを録音モードにして逃げ出される前にと距離を詰め、女の子の手首をつかむ。離してと暴れるけれどさすがに男子高校生と女子中学生の体格差はいかんともしがたいのだろう。そうしているうちに少年とアンリが駆け寄ってきた。2人がいなかったら俺が逮捕される案件だな。
「この人は姉さんの親友なんだけど?」
「えっでもあなた、この子のお姉さんを突き飛ばしたでしょう?」
「そんなことしてないっ!!」
「だって突き飛ばしたらそこの壁にぶつかって血が出たんでしょう?」
アンリが指差すブロック塀の角には、確かに欠けていて、その断面はまだ新しそうだった。
「見てた、の……?」
「どういうことだよ⁉」
眉を寄せて固まる女の子に詰め寄り掴みかかろうとする少年をなんとか押しとどめて話を聞くことにした。
なお当然ながらアンリは現場を見ていたわけでもなく、そんな気がしたから見ていたように話しただけだ。
アンリが狂ってなければ世の中に探偵はいらないな。
よくよく聞くとこの路地でちょっとした口論になり、思わずお姉さんを突き飛ばしたらよろけて壁にぶつかって倒れたらしい。頭から血が出るし打ち所が悪かったのか目を覚さない。焦っていたところで通行人が現れ、怖くなって知らない人に殴られたと言ってしまった。
警察に詳細を聞かれてまた怖くなって、知ってる人や近所の人に似ている人の姿を報告するとまずいと思った。
それでとっさに、以前神津区に遊びに行った時にたまたま印象に残っていた人の姿を離した。本人に繋がると迷惑を掛けるから新谷坂の制服を着ていたことにして詳細に話してしまった。
つまり神津で制服を着たちょっと顔の怖い男子が、道に荷物をばらまいたおばあさんを助けて荷物を拾い道路を渡っていた。風が吹いて、額に大きな傷痕が見えたのも印象に残った。
場所も制服も違うから、警察が探しに行ったりしないと思ったそうだ。
ああ、心当たりがある。それ、俺だわ。
無意識に口元に当てた手の中で思わずため息が漏れた。疲労感が酷い。まあ警察に呼び出されてもアリバイはあるだろうから大丈夫だとは思うが。
俺の不幸はどこまで手を伸ばしているのだろうな。勤勉すぎる。
話は戻るが女の子は冷静になった後にそのことをすごく悔いた。けれどもその頃には少年の家族も含めて同じような話を何人かにしていた。今更嘘だとも言い出せなかった。でもどうしていいか分からなくて、気がつくとここの現場に何度も見に来ていた。
俯いたまま、憔悴していたけれどもきっぱりとした声で女の子は言う。
「本当にごめんなさい。私これから警察に行って正直に話す」
「えぇ~なんで~?」
アンリがすかさず間抜けな声を出す。
少年と女の子は混乱しながらアンリを見る。
「警察が嫌なんでしょう?」
「それはっ、嫌だけど、本当のことをいわないと……」
「あたりまえのことだろっ!?」
「あなたはお姉さんが治ればいいんでしょう?」
心底わけがわからないという顔でアンリは2人を眺める。
まぁ少年の希望はお姉さんが治ることでこの女の子を牢屋に入れること、ではないだろうな。
先程の話を思い出す。医者の話ではお姉さんの検査結果は脳や神経に損傷があるというものではないようだ。器質的な問題でなければ、あるいはアンリならばなんとかなるのかもしれない。
少年は強硬に警察に行くと言い張った。けれども俺は今の会話は録音してあると宥めすかし、警察にはいつでも行ける、その前にお姉さんのお見舞いに行こうぜと誘った。女の子もお姉さんに直接謝りたいと言う。逮捕されると謝れないからと付け加えて。
アンリは両脇に針の筵のような2人に挟まれ、俺は立ってアンリと全然関係ないことを話すというカオスな状況で昨日と同じように電車に揺られながら辻切の総合病院にたどり着く。
案内もないのにアンリは病院の白いつるつるした廊下をすたすた歩いて一つの病室にするりと入りこむ。そこでは少年によく似た女の子がベッドに横になっていた。
アンリは女の子の手をそっと取って、さわさわとさする。
「なおれ~なおれ~」
次の瞬間には女の子はうっすら目を開けていた。全ての運命はアンリに味方するんだ。俺とは正反対に。
それまで怪訝な表情を浮かべていた少年はベッドに駆け寄り涙をこぼしながらお姉さんに話しかけた。
「この人、聖女かなんかなの?」
「さぁな。どちらかというと愉快犯の類だろ」
呆然とする女の子の問いになんと答えていいかよくわからない。
けれども夕方のやわらかい光の差し込む白いカーテンたなびく病室で、ベッドの上の女の子の手を取る美少女と涙を浮かべる少年。絵面的には聖女にみえるかもしれないが、誤解は正したほうがいいだろう。
どっちかというと悪魔憑きだ。
アンリは治るんじゃないのと思ったそうだ。
やはりアンリは度し難い。
この話の終着点。
お姉さんは意識を失った時に何があったのか覚えていなかったしお姉さんは女の子を変わらず親友として扱っていた。録音データは少年に渡したが、お姉さんを除く家族全員で相談して消去することにしたようだ。被害届も取り下げられ、俺が警察に呼び出される心配もなくなった。
些少だがといわれて少年の両親からそれなりの金額を受け取りアンリと山分けした。
妙な縁は作りたくないから断ろうとも思ったが、正直懐が厳しい。
アンリは何も起こらない人生はつまらないと言って次々と狂った出来事を引き起こす。
俺にとっては何もない人生こそが一番だ。俺の不運は平穏を遠くへ追い払う。
今回のような俺が気を付けてもどうにもならない事件に巻き込まれることもしょっちゅうだ。俺はいつか不運から逃げて逃げて逃げきって、平穏を手にいれることができるのか。それともそのうち追い付かれて不運の中で人生を閉じるのか。
それはわからないが、微かにでも道が見える限りは抗おうと決めている。




