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冒険者になりたいと都に出て行った娘がSランクになってた 作者:門司柿家

はじまり

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五年前


「はあああああっ!」

 短く切られた黒髪の少女が木剣を振り上げてベルグリフに打ち掛かる。足さばきは見事だ。さながら滑るように近づき、ベルグリフの防御の甘い所を狙う。
 しかし、ベルグリフは義足を軸に軽く体を捻って少女の木剣をかわし、代わりに少女の頭を手に持った木剣でぽかんと叩いた。
 少女は「きゃいん!」と言ってうずくまった。

「見え見えの隙につられ過ぎだぞ。もう少し相手の動きを予想して」
「うう……お父さんが本気でぶった……」

 少女は涙で潤んだ目でベルグリフを見た。ベルグリフはうろたえた。

「えっ。いや、だって、お前が本気でやってくれって……」

 少女はムスッとした表情で両腕を突き出した。

「……抱っこして」
「もー……いつまでも甘えん坊だな、アンジェは」

 ベルグリフが抱き上げてやると、少女は嬉しそうに彼に抱き付き返した。
 山で赤ん坊を拾ってから十二年が経った。
 アンジェリンと名付けられた黒髪の赤ん坊は、可愛らしい少女に育った。冒険者上がりであるベルグリフの背を見て育ったせいか、いつの間にか彼女自身も冒険者に憧れた。
 ベルグリフが護身のつもりで幼少時から教えていた剣技は、今や村の大人も敵わないほどの腕になっていた。尤も、師匠であるベルグリフにはまだ一太刀も当てられていないが。
 アンジェリンはぐりぐりとベルグリフの胸に額を押し付けた。

「お父さんは良い匂い……」
「何を言ってるんだか……夕飯にしようか」
「うん」

 ベルグリフはアンジェリンを抱き上げたまま家の中に入った。既に夕闇が近かった。

 ベルグリフは今年で三十七になる。
 もう四十も間近になったが、体はまだまだ壮健で、相変わらず山には入るし、魔獣や野獣の類も退治する。義足の扱いにもすっかり慣れ、むしろ若い頃よりも動きはしなやかになったようである。愚直に村の為に働き続けて来た事もあって村人からの信頼はますます厚く、今では殆ど村の顔役の一人のような扱いだ。

 肉の欠片が入った野菜と塩のスープと、固パンに山羊のチーズで夕食を取る。
 デザートにはアンジェリンの好物の岩コケモモの実がたっぷり。いつもは少しだけだが、一緒に取る夕食は今日で最後だ。これくらいの贅沢は許されるだろう。
 このところは山の獣も動きが活発で、ベルグリフはよくアンジェリンを連れて山に狩りに入る。そして取れた肉は自分たちも食べるが、大半は村人たちにおすそ分けした。
 そのせいだか知らないが村の栄養事情はすこぶる良く、村人たちは皆血色良好でよく働く。この辺りの村ではトルネラが一番石高もあり、滞りなく税を納めると領主からの評判も良い。
 狩りに出るのは肉を得る為でもあったが、アンジェリンの特訓という部分もある。もし冒険者になるならば、野山で人間以外の生き物を相手にする経験は無駄にはならない。

 テーブルの向かいでうまそうにパンをかじるアンジェリンを見る。
 ベルグリフは、始めアンジェリンが冒険者になりたいというのに難色を示した。
 しかし自分も冒険者だった事もあるし、田舎で燻っているよりも都に出て自分の力を試してみたいという若者の夢を止めるような野暮な事はしたくない。
 それでも矢張り娘というのは可愛いもので、危険な目に会わせたくないというのも紛れもない本音である。

 ベルグリフはさんざん悩んだが、結局今ではアンジェリンがきちんと冒険者になれるように手助けしてやっている。
 どうせなるならば実力を付けて、少しでも危ない橋を渡らずに済むようにしてやった方がいい。それがベルグリフの出した答えである。
 しかし、実力こそついたものの、アンジェリンは未だに甘えん坊だ。果たしてこれで冒険者としてやって行けるのか、ベルグリフはやや不安ではあったが、甘えられるのは嫌いではない。
 親心と、冒険者の師匠としての心とがいつもせめぎ合っていたが、大抵は親心の方が勝った。ベルグリフも人の子である。

「御馳走さまでした」
「でした……」

 かしゃかしゃと食器を重ね、流しに持って行き、甕の水を汲み出して洗い始めると、アンジェリンがくいくいと裾を引っ張った。

「お父さん……」
「なに?」
「わたしがやる……」
「いや、別にいいよ、お父さんがやるから……」

 ベルグリフが言うと、アンジェリンはぶんぶんと首を振った。

「明日には都に行くから……そしたらお手伝い出来なくなる……」
「……はは、そうか。じゃあやってもらおうかな」

 ベルグリフはくしゃくしゃとアンジェリンの頭を撫でた。アンジェリンは嬉し気に目を細め、それからベルグリフと入れ替わって皿を洗い始めた。
 いい子に育ってくれた、とベルグリフは思った。
 明日、アンジェリンは都に旅立つ事になっている。少しずつ支度をして、もう準備は万端である。
 今生の別れにするつもりは毛頭ないが、それでも別れは別れだ。寂しいと思わないわけはない。
 あまりに別れを惜しむと余計に悲しくなりそうで、だからベルグリフもアンジェリンも特別な事をするでもなく、いつもの日常を送った。精々岩コケモモを沢山食べたくらいだ。

「早いもんだなあ……」

 皿を洗うアンジェリンの後ろ姿を眺めながら、ベルグリフは呟いた。もう十二歳になる。短い髪の毛は男の子のようだが、顔立ちは女の子らしい可愛らしさだ。冒険者になどならなければきっと良い嫁になるだろうに、と思ったがベルグリフは首を振った。

「我ながら未練がましいな」

 苦笑するベルグリフに、皿を洗い終えたアンジェリンが飛びついて来た。

「うおっ」
「お父さん……ぎゅってして……」
「手が濡れたままじゃないか……やれやれ」

 ベルグリフがぎゅうと抱きしめてやると、アンジェリンは猫のように甘えた。

「……わたし、頑張る」
「うん」
「一人でも……きっと頑張って、立派な冒険者になる」
「うん」
「それで、いつかお父さんに一太刀当てる」
「はは、それは楽しみだな」

 ベルグリフはアンジェリンを撫でながら言った。

「森で迷った時は?」
「銀竜草を探す。大きな花弁は絶対に北向きだから、それで方角を確認する」
「水場を探す時は?」
「オニバミゼリの匂いを辿る。綺麗な水のある場所にしか生えないから」
「魔獣を相手にする時に注意する事は?」
「周囲に別の魔獣がいないか。有利な地形に自分が立てているか」
「勝てない相手に出会った時は?」
「直ぐに逃げられる時は逃げる。直ぐには逃げられない時は、逃げる事を念頭に置いて、退路を確保しつつ相手の虚を突いて動きを止める。それで逃げる」
「うん」ベルグリフは満足げに頷いた。「それでいい。冒険者は命あっての物種だからね。絶対に無理はしちゃいけないよ」
「うん……分かった」

 アンジェリンはこくりと頷いた。

「さて、明日は早い。そろそろ寝ようか」
「お父さん……」

 立ち上がったベルグリフの裾をアンジェリンは掴んだ。

「今日は一緒に寝てもいい……?」
「んー? 一人で寝る訓練はいいのか?」
「……いじわる」

 ムスッと口をとがらせるアンジェリンを見て、ベルグリフは呵々と笑った。

「嘘だよ。おいで」
「やった……!」

 アンジェリンは嬉しそうにベルグリフの腕に抱き付いた。
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