九十八.豪奢な宮殿の一室に明かりが灯って
豪奢な宮殿の一室に明かりが灯っていた。硝子細工に黄輝石を使ったシャンデリアが床から壁から照らし出し、さりげない意匠が却って高級感を醸し出している調度品に陰影を作り出した。
黄の濃い金髪を綺麗に整えた男が椅子に腰を下ろしていた。恐ろしいくらいの美男子である。彼は大陸北西部を版図に収める大国、ローデシア帝国の皇太子ベンジャミンであった。
ベンジャミンは両手に乗るくらいの大きさの水晶玉を見つめていた。水晶玉は淡い光を放ち、その向こう側には微かに人影が見えた。
「ふぅん。それで君はどこにいるの?」
人影が答えた。ベンジャミンは足を組み直して感心したように笑った。
「そんな所まで行ったんだ。何だかんだいって君は行動家だよね。それで、何か面白いものはあったのかい? ……へえ、そう」
組んだ足に頬肘を突き、ベンジャミンは水晶玉の方に身を乗り出した。
「何かが動きそうだねえ……ふふ、面白くなって来た。けど、ちょっと戻って来てよ。あれこれとこっちも忙しくてさ――そんなつれない事言わないでよ、まったく」
風が吹いて、薄い硝子の窓がかたかた揺れた。部屋の暗がりから人影が現れた。暗い焦げ茶の髪の毛を後ろで束ねている。
エストガル大公家の三男、フランソワその人であった。しかし顔に表情はなく、肌はまるで蝋のように白かった。
「殿下。お時間です」
「ん? ああ……じゃあ、またね」
水晶玉の淡い光が消えた。ベンジャミンは立ち上がる。
「シュバイツ様ですか」
「そうそう。彼は動きが早いから面白いね。ふふ、君も覚えてるんじゃないかな? あの“黒髪の戦乙女”の事だよ。あの娘の周囲で様々な事が動きつつある」
フランソワの眉がピクリと動いた。ベンジャミンはにやりと笑った。
「そう殺気立つなよ。いずれ君にも意趣返しをさせてやるさ」
「……ありがたき幸せ」
表情のなかったフランソワの顔に不気味な笑みが広がった。
慇懃に頭を下げるその脇を、ベンジャミンが通り過ぎ部屋から出た。フランソワはすぐに踵を返してその後に続いた。
○
マントと上着を脱いだパーシヴァルの肉体は、恐ろしく鍛えられて引き締まっていた。シャツの上からでも分かるほどに筋骨が隆々としているが、しかし単に膨れているのではない。実戦のうちに無駄が削ぎ落されたのだろう、さながら鋼を思わせるようであった。
パーシヴァルは拳を握り込み、大きく息をついてベルグリフを見た。
「いいぜ」
「うん」
相対するベルグリフも構える。どちらも徒手空拳だ。互いの一挙手一投足を見逃さぬように、互いを鋭い視線で刺し貫く。一呼吸ごとに血が体を巡るのさえも感じるような、ピンと張りつめた緊張感があった。
ベルグリフの左足がわずかに動いた、と思うやパーシヴァルが踏み込んで来た。同時に掌底が飛んで来る。左の肩にまともに受けたように見えた。
だが、ベルグリフは左足を上げて右の義足を軸にすると、さながら扉が開くような具合に体を捻じった。
衝撃の受け処を失ったパーシヴァルの拳はベルグリフを押すようにして、しかし途中でその後ろに受け流される。
左足を付くのと同時にぐんと踏み込み、ベルグリフは上から拳を振り下ろした。
しかしパーシヴァルも攻撃を流されたと見るや即座に体勢を変えて、振り下ろされる前の拳を掴んだ。
「……成る程な。確かに足首があっちゃできねえ動きだ。悪くない」
「はは……受け止められちゃ意味がないけどね」
パーシヴァルはにやりと笑うと、掴んだ手首を引っ張り、体勢を崩したベルグリフの腰に手を当てて軽く押すと、事もなげに仰向けに転がしてしまった。
「だが踏ん張りは利かねえってわけだ。当面の課題だな」
「やれやれ……どっちにしても君には勝てそうにないけどな」
「あたりめーだろ。だが、義足のハンデは完全になくしてもらうぜ。俺がとことん付き合ってやる」
それが俺の責任だからな、とパーシヴァルは笑った。ベルグリフは上体を起こし、苦笑しながら頭を掻いた。
「お手柔らかにね……君は加減を知らないから」
「何言ってやがる、半端にやって身に付くわけねーだろう。“パラディン”のシゴキはもっと凄かったんじゃねえのか?」
パーシヴァルは上着を羽織りながら言った。ベルグリフは肩をすくめた。
「グラハムとはあまり組手はしなかったからな……瞑想の仕方、魔力の循環の方法を教えてもらったよ。おかげで動きに無駄な力が要らなくなった」
「そういう事か。なら尚更体使いだな。短所をかばうんじゃなくて長所にしてもらわにゃいけねえ。俺に言わせりゃまだ無駄が多い」
「Sランク冒険者と比べられちゃたまらないんだがな……」
「ハッ! そんなんじゃアンジェに呆れられるぞ“赤鬼”さんよ」
「む……」
ベルグリフは困ったように髭を捻じった。パーシヴァルは愉快そうに笑って、マントを肩に担ぐようにかけた。
「行こうぜ。あちぃわ」
ベルグリフは頷いて立ち上がった。
パーシヴァルはすっかり昔の快活さを取り戻したように思われたが、無暗に粗暴に振る舞おうとしている節もあって、まだどこかぎこちない感じがあった。長い間塞ぎ込んで来たのだから、そう簡単に元に戻るという方が不自然かも知れない。
本人もそれを自覚しているからこそ、過剰に明るく振る舞ってみて、自分の中で落ち着くところを探しているのかも知れないな、とベルグリフは思った。単に照れ臭いだけなのかも知れないが。
大海嘯なる魔獣の大量発生は未だ続いていた。
尤も盛りは過ぎたような気配で、バハムートや堕ちた農神のようなSランク魔獣は数を減らしているようだった。その為、よりよい素材を求めて『穴』の内部へ降りて行く冒険者も増えているらしかった。
しかし石造りの建物の中はまだざわざわしている。
先に着いた組はまだ引き上げるには早いようであるし、タイミングを間違って盛りが過ぎてから到着したようなのもおり、さらに素材の買い取りを狙って商人たちまで姿を現し始めている。人は増える一方のように思われた。
余裕があった仕切り同士の間も詰まって来ていて、布一枚隔てた向こうに知らぬ者同士が眠っているなどというのも珍しくなくなって来た。
その仕切りをめくってベルグリフたちが中に入ると、イシュメールが小さな石の欠片のようなものをまじまじと見ていた。拡大鏡なのか、手の平に乗るくらいの小さな筒を通して眺めている。
イシュメールは二人に気付いて顔を上げた。
「お帰りなさい」
「なんだそりゃ」
パーシヴァルが目を細めて腰を下ろした。
「龍晶石です。流石は大地のヘソですね、随分質がいいですよ。ご覧になりますか?」
パーシヴァルは肩をすくめて手に取る様子はなかったが、ベルグリフは受け取って、拡大鏡を通して見てみた。成る程、水晶のように透明な石の中で、雲母のようにきらきらした小さな粒がいくつも見える。
「魔水晶とは違うのかな?」
「ええ、晶石とはいいますが、龍種の巣にあるんですよ。龍の体液が魔力と合わさって結晶化したものでして」
「へえ、凄いな……これは何に?」
「加工してレンズにするんです。きちんと精製すれば、そのレンズを通った光が一種の魔力に変換されるんです。それを利用してやりたい実験がありましてね」
難しい事は分からないが、ともかくこれを使って何か道具を作るという事だ。魔法使いは凄いな、とベルグリフは感心して魔晶石をイシュメールに返した。
花茶を淹れ、向こうから聞こえる喧騒に耳を澄ました。魔獣が上がって来ているのか、戦いが起こっているようだ。
アンジェリンたちは外に出ている。
イスタフのギルドからの頼まれ事もあるから、その素材を集めに行っているのだ。気が乗らないというパーシヴァルと、元々旧友との再会が目的で、戦いに乗り気でないベルグリフはこうやって留守番をしている。
たき火の薪の位置を直しながら呟いた。
「アンジェたちは大丈夫かな……」
「心配要らねえよ。あいつは強い」
パーシヴァルがそう言って花茶をすすった。ベルグリフはくつくつと笑った。
「君がそう言ってくれると安心するな」
「Sランク冒険者ってのも実力は一律に同じじゃねえからな。その中でも強い弱いはある。アンジェは間違いなく強い。その点は安心しろ。カシムもいるしな」
「そうか……しかし難しいね。俺には高位ランクなんかは雲の上の存在だったが、その中にも格付けってのはあるんだな」
「昔はギルドの最高位はAランクだったそうですよ」
イシュメールが言った。
「けど、同じランクの中でも実力に差が出始めてしまって、次第にAA、AAAと上に新しいランクを作って、Sランクができたそうです。行き当たりばったりといえばそれまでですが、冒険者も進化しているんでしょうかね……もしかしたら、また新しいランクが作られるかも知れませんよ」
「それは知らなかったな……まあ、俺には高位ランクなんぞ縁のない話だが」
「Sランク魔獣とやり合えるくせに何言ってやがんだ。お前はどっかずれてんなあ、ベル」
パーシヴァルはそう言って笑った。ベルグリフは困ったように頭を掻いた。
「いや、あれはグラハムの剣のおかげだよ……要するに借り物さ。俺自身の実力じゃない」
「やれやれ、自己評価の低さは相変わらずか……おいベル、別に胸を張れとは言わんが、自分の実力くらい正しく把握しておけよな。観察眼が鋭い癖に、自分の事となると途端に曇らせやがって。らしくねえぞ」
「んむ……」
ベルグリフは目を伏せた。
それはそうかも知れない。グラハムの剣を使わずとも、高位ランク冒険者たちといくらかは戦えるくらいの腕は持っているのだ。
だが、勝てるわけではない。オルフェンの冒険者たちとは負け越しだったし、サーシャとだって今戦えば負けるだろう。伸びたといっても昔の自分に比べてというだけだ。
「……そもそも俺は冒険者に戻りたいわけじゃないしな」
ぽつりとつぶやき、カップを口に運んだ。過去に決着が付けば、元の通りトルネラに帰って土を耕す生活である。そうなれば剣の腕など何の関係もない。
パーシヴァルは壁に寄り掛かった。
「冒険者か……ったく、夢中になって上を目指してたが案外大した事ねえな」
「おいおい……じゃあサティも見つけたら引退して畑でも耕すか?」
「ははっ、そいつも悪くねえな……だが」
パーシヴァルは体を起こして膝の上に腕を組んだ。鋭い目つきで燃える火を見据える。
「あの黒い魔獣。あいつだけはこの手でぶった切らねえと気が済まねえ」
「……あまりこだわらなくていいんだぞ、パーシー。俺は君が復讐に燃えてるのはあまり見たくない」
「悪いなベル。こいつは意地なんだよ、自分にけじめをつける為のな……まあ、それもサティを見つけてからの話だけどよ」
パーシヴァルはそう言って乱暴に足を投げ出し、大きく欠伸をした。ベルグリフはカップを置いて腕を組んだ。
「……サティは早いうちに姿を消してしまったんだったか」
「ああ。俺が随分追い詰めちまってたからな……」
パーシヴァルは乱暴に頭を掻いた。
「あいつがいなくなったのはAランクになって少ししてからだったな……受ける依頼の難易度が跳ね上がった。それでもまともに休みもせず、ひっきりなしに次から次へと依頼を受け続けた。カシムは大人しかったが、サティとは何度も口論になってな、疲労困憊するあいつにひどい事ばかり言ったよ。謝って許されるか分からねえが……一言謝りたい」
「サティもきっと分かってるさ。あの子は弱くないよ」
「……だといいんだが」
イシュメールが薬缶を手に取った。
「難しいものですね、この広い世界で一人の人を探すというのは」
「そうだね……だが、どこにいても同じ空と地面の間には変わりないさ」
ベルグリフはそう言ってカップを口に運んだ。
○
振り下ろされた戦斧が毛むくじゃらの魔獣の頭を叩き割った。魔獣の四本の手足は弾けたようにぼろぼろで、歩くのもできなさそうである。
アネッサの矢は術式を刻んだ特別製で、もちろん普通の矢としても使えるが、射手がその気になって魔力を込めて射てば、刺さった時に炸裂する。その矢のせいだろう。
動かなくなった魔獣の傍らで、ダンカンが戦斧を担いで息をついた。
「やれやれ、手こずりましたな」
「ダンカンさん、ナイス……他は?」
アンジェリンが剣を手に持ったまま周囲を見回した。あちこちで戦いが起こっていたが、今は少し落ち着いている。
ここのところは群を抜いて強力な魔獣が一匹出る、というよりは群れの魔獣が這い上がって来る事が多い。冒険者の数も増えているから、数の上では互角である。しかし乱戦になり過ぎて、状況の把握が難しくなりがちのようだ。
マルグリットが軽い足取りでやって来た。
「あっちも片付いたぜ。数が多いだけで大したことねえな」
「ええと、この毛皮が要るんだったよねー?」
マルグリットの後ろからミリアムがぽてぽて駆けて来た。アンジェリンの横に立っていたアネッサが懐からメモを取り出す。
「……うん、ピメンテルの毛むくじゃら獣の毛皮、だな。けど、この魔獣がそうなのかな?」
「合ってる合ってる、大丈夫だぜー」
また別の方からカシムがやって来た。ヤクモとルシールを伴っている。
「魔獣の勢いも大分落ち着いてきたのう。ぼつぼつ大海嘯も終わりやも知れんな」
「そこまでじゃなかったね……」
アンジェリンは剣を収めて伸びをした。ヤクモが苦笑して槍を担ぎ直す。
「本当はずば抜けた難易度なんじゃがのう……これだけ高位ランク冒険者が集まっておれば、そう感じぬのも無理はないな。おこぼれに預かれるから楽なもんじゃ」
「昔の人は言いました。貝と鳥が喧嘩した。貝をついばもうとした鳥のくちばしを貝が挟んで、互いに一歩も譲らぬせめぎ合い。どちらも動けぬところに漁師来たりてこれ幸いと」
「長いわ阿呆。しかも意味が合っとらんぞ」
ヤクモが槍の柄でこつんとルシールを小突いた。アンジェリンはくすくす笑う。
「ふふ……ヤクモさんとルシールは大海嘯終わったらどうするの?」
「んー、どうすっかのう。特に決めてはおらんが……おんしらはどうするんじゃ?」
「お父さん次第、かな」
「サティを探しに行くんだよ。決まってんだろ」
カシムが言った。マルグリットが頭の後ろで手を組んだ。
「けど居場所は分かんねえんだろ? モーリンも知らないっていうし、手がかりがねえんじゃ探しようがないんじゃねーか?」
「でも、同じように手掛かりなしでパーシーさん見つけたんだし、案外サティさんも見つかるんじゃないかにゃー?」
「でもそれはヤクモさんとルシールが知ってたのが大きいよな……うーん、サティさんとも再会して欲しいけど……ここの高位ランクの人たちが何か情報持ってないかな」
アネッサが腕組みして唸った。ダンカンが顎鬚を撫でる。
「いずれにしても、イスタフのギルドマスターの頼み事を済ませてしまわねばなりますまいな」
「うん……ごめんねダンカンさん、付き合わせちゃって」
「はっはっは、何をおっしゃるアンジェ殿。貴殿の如き類まれなる使い手の剣を傍で見られるだけで儲けものというものですぞ」
「むむう……照れる」
アンジェリンは頬を染めて頭を掻いた。
魔獣の波は一端引いたらしい、あちこちで仕留めた魔獣の死骸を解体したり、武器を携えつつも腰を下ろして体を休めたりする冒険者の姿が散見された。アネッサが解体ナイフを取り出す。
「量は要らないんだったよな? これだけ皮を剥ぐのでいいか?」
「うん。これが一つ……さっきの亜竜の体液が一瓶」
アネッサのメモを見ながらアンジェリンは素材の数を確認する。
概ね集まっているようだが、一つだけまだ手に入っていないものがあった。大甲冑蟲の抜け殻である。これは体高、体長が人の数倍の大きさがある虫の魔獣で、脱皮を繰り返して大きくなる。その殻は非常に硬く傷つきにくいが、加工すれば非常に高品質の装備や装飾品となる。魔法の実験の道具にも使われるらしい。
抜け殻という素材の特質上、『穴』から這い上がって来るのを待っていても埒は明かない。アンジェリンはメモを畳んで懐にしまった。
「……ダンジョン探索が必要かも」
「『穴』に潜るって事か? いいじゃん、行こうぜ!」
マルグリットは目に見えて張り切っている。ミリアムが杖にもたれた。
「いいけど、今日はやめようよー。流石に高位ランク魔獣と連戦の後じゃ危ないって」
「えー、おれはまだまだ行けるけどな」
ヤクモが苦笑いを浮かべてマルグリットを制した。
「いかんよ、お姫さん。戦いの後は気分が昂るもんじゃ。しかし体は確実にくたびれとる。それに気づかずに続けては大事なところで足を掬われるぞ」
「ん……そうかな……そうかもな」
マルグリットは体の感覚を確かめるように肩を回したり足先をぶらぶらと揺らしたりした。確かに、足の裏からふくらはぎの後ろが変に重いように感ぜられたようで、納得したように頷いている。
アンジェリンはにやにやしながらマルグリットを小突いた。
「お父さんかおじいちゃんがいたら怒られてる……」
「う、うるせー」
マルグリットは頬を染めてぷいとそっぽを向いた。仲間たちがけらけら笑う。カシムが山高帽子をかぶり直した。
「ま、残りはその抜け殻だけだろ? 明日また潜ればいいって。ダンジョンは逃げやしないよ」
「うん……アーネ、終わった?」
「待って、もう少し……よし」
アネッサは上手い具合に剥げた皮を裏に表にして確認した。そうして丸めて小脇に抱える。
「肉はどうする?」
「これ、あんましおいしくないよ」
ルシールが言った。ヤクモが頷く。
「放っておけば他の連中がどうにかするじゃろ。時間かけて解体する価値はないぞ。バハムートの肉もまだたっぷりあるしのう」
「なら放置だな。さっさと戻って、酒でも飲み行こうぜ。オイラ腹減ったよ」
「では参りましょうぞ。次の波が来てしまっては見て見ぬふりもしかねますからな」
ダンカンがそう言って笑い、歩き出した。アンジェリンは軽く周囲を見回し、それから足を動かした。
休憩を終えて『穴』に潜るのか、それとも次の波を待つのか、幾人、幾組もの冒険者たちとすれ違って建物に戻った。
仕切りの前まで来ると、中から話し声が聞こえた。たき火を挟んでベルグリフとトーヤが向き合っていた。パーシヴァルは壁にもたれており、イシュメールは拡大鏡で魔石を検分している。
「凄いなあ……それじゃあ“パラディン”はエルフの王族って事なんですね」
「本人はそれを誇りもしなかったけどね。寡黙だけど良い奴だよ」
「けど羨ましいですよ。俺も“パラディン”に会ってみたいなあ……モーリンから話だけは聞いてるんですけどね」
「はは、そのうち遊びに来るといいよ。ああ、お帰りアンジェ。無事でよかった」
「あ、アンジェリンさんどうも。お邪魔してます」
「ん……モーリンさんは?」
「ああ、あいつは市場をうろついてますよ、いつも腹減った腹減ったってうるさいんで」
「あいついつも腹減らしてるよな」
マルグリットがそう言って笑った。アンジェリンも口を緩めて、ベルグリフの肩に後ろから手を突いた。
「何か食べに行こうって話してたの」
「そうだな、もうそんな時間か……パーシー、寝たのか?」
「いや、起きてる。飯か」
パーシヴァルは目を開けると、大きく欠伸をしながら両腕を上げて伸びをした。
「で、素材は残らず集まったのか?」
「うんにゃ、あと一個。ただ『穴』に潜らんと手に入らないやつなんだよ。だから明日にした」とカシムが言った。
「なんだ?」
「大甲冑蟲の抜け殻」
「あれか。いいだろう、明日は俺も手伝ってやるよ」
パーシヴァルは『大地のヘソ』で剣を振るっていた時期が長い事もあって、『穴』の内部にも詳しいらしかった。曰く、大甲冑蟲の抜け殻のある場所も見当がつくらしい。
ベルグリフは安心したような顔をした。
「よかった。パーシーなら安心して任せられるよ。よろしくな」
「何寝言言ってんだ、お前も行くんだよ」
「……はっ?」
「当たり前だろうが。俺の背後を守るのはお前らの仕事だろ。なあ、カシム?」
「そうそう。諦めなよベル」
カシムがにやにやしている。
アンジェリンは顔を輝かしてベルグリフの服を掴んだ。嬉しくて仕方がないといった様子である。
「お父さん!」
「……参ったな」
ベルグリフは諦めたように苦笑いを浮かべた。
気付いたら一周年でした。
コミカライズと書籍の情報が活動報告にあります。
興味のある方は是非。