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まどか引退

 「ごめんください。」

 ある日の昼。眼鏡に白いポロシャツの中年の男が煎餅屋を訪ねてきた。

 「はい。いらっしゃいませ。」

 岩木が声を掛ける。

 「あのー、こちらに陸斗という従業員はいらっしゃいますか?」

 「陸斗は俺ですけど?」

 洗い物を終え、タオルで手を拭く陸斗が答える。

 「ああ、君が・・・私、朝木まどかの父の朝木幸造と申します。」

 「え?父親!?・・・えーと、俺に何か?」

 「ああ、いや、まあ、今日はその・・・娘がよく君の話をするから、どんな人間か気になってね・・・。まあ、話の通り誠実そうで安心したよ。」

 「はあ・・・。それはどうも。」

 「それで、急にこんなことを言うのは申し訳ないんだけど、君に頼みがある。」

 穏やかそうな顔から一転して、真顔で幸造が言う。

 「頼み?」

 「まどかに走り屋をやめるよう、君から説得して欲しいんだ。」

 「え?えっと・・・その、ご心配をお掛けしてすみません。」

 陸斗が頭を下げる。

 「いや、良いんだ。私も若い頃、走り屋をやっていて、娘がのめり込むのもわかる。・・・ただ、親としては、どれほど危険なことかわかっている分、心配でね・・・。私も常々まどかに言ってはいるが、一人ではとても手に終えん。だから、協力して貰えないかな?」

 「それは無理です。まどかの・・・いや、まどかさんの父親の頼みとあってはお聞きしたいのは山々ですが・・・」

 「只今戻りま・・・あ・・・。」

 配達から戻ったまどかが、陸斗と話をする父を見て停止する。

 「・・・お父さん!?何でここにいるの!?」

 ワンテンポ遅れて、まどかが驚きの声をあげる。

 「い、いや、陸斗君がどんな男か気になって・・・。」

 そして、明らかに動揺する父、幸造。

 「そんな理由でバイト先に来ないでよ!もー!」

 父親のバイト先への突然の訪問に怒るまどか。

 「アニメとかでよくこんな光景見るよね。」

 「ええ。なんか和みますね。」

 目の前の修羅場とは、対照的にのほほんとする岩木と陸斗。

 「陸斗さん!」

 「はい!何でしょう?」

 突然、まどかに呼ばれ、陸斗が咄嗟に敬語で返事をする。

 「お父さんに何か変なこと言われませんでした!?」

 「え、えーと・・・走りを控えるように言ってくれと言われました・・・。」

 極力、幸造を見ないようにしながら陸斗が小声で答える。

 「お父さん!」

 「はい・・・。」

 まどかに睨まれ、幸造が萎縮する。

 「私は走り屋をやめる気はないって言ってるでしょ!」

 「・・・わかった!そこまで言うなら、こうしよう。お父さんと社峠でバトルしなさい。それで、まどかが勝ったら、お父さんはもう何も言わない。・・・ただし、負けたら、その場で走り屋をやめてもらう。・・・これでどうかな?」

 「・・・望むところよ。」

 幸造を睨んだまま、まどかが静かに言う。

 「あんなこと言ってるけど、大丈夫なの?」

 岩木が心配そうに聞く。

 「さあ?どうでしょう?・・・ただ、俺としてはこういう勝負は、あまり好ましくないです。」


 そして、バトル当日。

 「・・・ああ。わかった。こっちは準備出来てる。・・・じゃあ、スタートする。」

 社峠の下りスタート地点であるY字路の手前で、ゴール地点の運送会社にいる芳文に対向車がいないことを電話で確認する陸斗。その背後では、まどかのS15と幸造のアルテッツァがスタートの合図を待っていた。

 「はーい!カウント行きまーす!!」

 陸斗が振り返って二台に大声で叫ぶ。

 「・・・五!四!三!二!一・・・!ゴーッ!」

 スタートした二台が陸斗の横を猛スピードで通り抜け、社峠を峠を下っていく。


 結果は大差で幸造の勝利。

 S15はゴール地点で、七原自動車へ売却という形で紅葉に引き渡され、まどかは幸造のアルテッツァで帰って行った。

 まどかはこの夜を最後に走り屋を引退してしまった。

 

 「配達終わりました~。」

 「はーい。お疲れ~。」

 店に戻ると、岩木は陳列棚の拭き掃除をしていた。

 「拭き掃除ならまどかに・・・ああ、辞めたんだっけ・・・。」

 あの日を境にまどかはバイトも辞めてしまった。

 「ホント、静かになったよね・・・。」

 岩木が寂しそうに言う。

 「うるさい奴がいなくなって清々します。」

 「それ、本気で言ってんの?」

 その声からはいつもの穏やかさが消え、明らかな怒りが籠っていた。

 「・・・本気なわけないじゃないですか。走り屋として成長してくのを、俺は間近で見てたんですよ!?」

 陸斗の声にも感情が籠る。

 「うん、ごめん・・・。」

 空気が重くなってしまった。そんな中、店の戸が開いた。

 「いらっしゃ・・・あれ?君は確か・・・」

 見覚えのある顔が店に入ってきた。

 「こんにちは。葵です。」

 「そうだ、まどかの従兄弟でライカンスロープの・・・!」

 「はい、そうです。・・・今日はまどかの件で伺ったんですが・・・。」

 葵は、あの日からまどかは自分の部屋に籠ってしまい、大学にも行っていないこと、さらに幸造自身も、まどかをそんな状態にしてしまったことをひどく後悔しており、このままでは非常にまずいということを話した。

 「うん。これは臼井君より心理カウンセラーに相談した方が良いと思うよ。」

 「これを解決出来るのは、陸斗さんしかいないんです。」

 「俺にどうしろと?」

 「まどかの復帰を賭けておじさんと勝負してください。」

 「そういうことか・・・。わかった。やるよ。」

 陸斗が葵の申し出を承諾する。


 暗い。車を失った今、全てが無意味に思える。先のことを考えても何も見出だせず、終いには涙が出てくる。

 この一週間。まどかは自室に閉じこもり、そんなことをぐるぐると考えていた。

 そんな時、机の上に置いてあるスマートフォンが着信を知らせるが、とても出る気になれず、放置していると、留守番電話に切り替わる。

 「俺だけど・・・」

 陸斗の声に反応し、まどかが顔を上げる。

 「大事な事だから、このメッセージだけは確実に聞いてくれ。親父さんにお前の復活を賭けてバトルを申し込んだ。今度の土曜、夜十時。下り一本。走り屋を続けたいんなら、勝負を見届けろ。じゃあな。」

 電話が切れる。

 「・・・。」

 

 バトル当日。スタート地点では、アルテッツァとFDがスタートの合図を待っていた。

 「この勝負、私はどうすれば良い?」

 アルテッツァの運転席に座る幸造が、独り言のように呟く。

 「ご自分で考えてください。」

 FDの車内で呟きを聞いていた陸斗が、突っぱねるように言う。

 「そろそろ時間です。」

 スターターの笹端がそう告げる。

 「BRZは来てるか?」

 葵がまどかを連れてくることになっている為、葵のBRZが来ていなければ、バトルは始められない。

 「ちょっと待ってください・・・。」

 笹端がスマートフォンで電話をかけ始める。


 「・・・いや、まだBRZは来てない。来たら連絡するから、スタートはもうちょい待って。」

 ゴール地点の運送会社前で、笹端との通話を終える芳文。

 「葵君、遅いね。」

 アイリが心配そうに言う。

 「大丈夫。必ず朝木ちゃんを連れてくるよ。」

 芳文が口元に笑みを浮かべて言う。

 すると、峠を上るボクサーエンジンの音が響く。

 「来た・・・ッ!?」

 アイリが声を上げる。

 そして、BRZが姿を現し、正門前に止められたワンエイティーの横に駐車する。

 「バトルは!?」

 車から降りるなり、葵が切羽詰まった様子で聞く。

 「大丈夫。今からだよ。」

 「良かった。間に合った・・・。」

 葵が胸を撫で下ろすと、助手席側のドアが開き、まどかが出てくる。

 車から降りたまどかはひどくやつれ、陰鬱な雰囲気が漂っていた。

 「まどか・・・。」

 あまりの変わりように唖然とするアイリ。

 「・・・アイリさん・・・。」

 まどかの目から大粒の涙が溢れる。

 「・・・大丈夫。大丈夫だから。」

 アイリは泣き出したまどかを抱きしめ、慰める。

 「・・・笹端君?BRZが到着した。いつでもスタートしていいよ。」

 その後ろで芳文が、電話で笹端に役者が揃ったことを伝える。


 「カウント行きまーす!・・・五!四!三!二!一・・・ッ!ゴー!」

 合図により、スタートしたFDとアルテッツァが猛スピードで笹端の両脇を通り抜け、FDを先頭に第一コーナーにすっ飛んでいく。


 「今回の件は正直、俺も頭に来てる・・・絶対勝つ。」

 アルテッツァのヘッドライトを背中に浴びながら、陸斗はそう呟くと、スキール音を響かせてコーナーに突入した。


 「悪いけど、私も走り屋なんでね。どんな事情があるにしろ、

全力でやらせてもらうよ。」

 目の色を変えた幸造がアクセルを踏み込み、FDのテールランプに食いついていく。

 

 「あの親父・・・愛娘より走り屋のプライドを取る気か?」

 全開で走るFDの背後に、ピタリと張りつくアルテッツァを、ミラー越しに陸斗が睨む。

 「それにこの加速・・・ターボ車か・・・。」

 アルテッツァはNA車だが、カスタムによってターボ化されたものも存在する。

 「あ・・・ッ!やべ・・・ッ!」

 コーナーへの進入スピードを間違え、FDが外に大きく膨らむ。そして、がら空きになった内側に、アルテッツァが容赦なく鼻先をねじ込む。

 

 「・・・。」

 FDを抜き去り、ゴールまであとわずかの所まで来た幸造。このまま走り抜ければ、勝利は確実だ。

 背後では、FDが必死の抵抗をしている。

 「・・・走り屋としての私はここまでだ。」

 そう言って、幸造はゴール前の最終コーナーでアクセルを抜いた。

 FDがコーナーの外側から悠々と通りすぎていく。

 

 「約束通り、まどかの走り屋復帰を許可しよう。」

 運送会社前で幸造がそう宣言すると、集まった煎餅屋岩木(自家用)wのメンバーは歓喜の声を上げる。

 「お父さん、ありがとう!・・・陸斗さんもありがとうございます!」

 まどかが泣きながら礼を言う。

 「ただし、事故にだけは気を付けてくれよ。・・・まあ、まずは手放した車をどうにかしないと・・・。」

 「ああ、それなら大丈夫ですよ。」

 芳文が得意気に言うと、タイミングを合わせたかのように、真っ赤なS15が峠を下ってきた。

 「あれは・・・、私の車だ!」

 S15は会社前に止まると、運転席から紅葉が降りてきた。

 「やあやあ、皆さんお揃いで。」

 「車・・・、取って置いたんですか?」

 陸斗が口を開く。

 「まあ、こういう展開があるんじゃないかと思ってね。・・・はい、まどかちゃん、復活おめでとう。」

 いつも通り、のんびりとした口調でそう言うと、まどかにキーを渡す。

 「・・・陸斗さん、また一緒に走ってくれますか?」

 キーを受け取ったまどかが陸斗に向き直り、目に涙を溜めて聞く。

 「何言ってんだ。当たり前だ。」

 まどかの頭にポンと手を置いて、陸斗が答える。

 「陸斗君、ふつつかな娘だが、よろしく頼むよ。」

 「なんか結婚するみたいなことになってるんですけど・・・まあ、それはそうと、朝木さん。」

 「いや、お父さんで良いよ。」

 「え?何?俺、結婚するの?」

 「是非。」

 幸造が大きくうなずく。

 「温かい家庭を作りましょう。」

 幸造にまどかが続く。

 「おい、待て。いろいろ準備が出来てない。・・・えーと、とりあえず、朝木・・・お父さん。」

 「何かな?」

 「またバトルしましょう。さっきの感じじゃあ、お互い不完全燃焼でしょ?」

 「ああ、そうだね。・・・よし、じゃあ、やろうか。」

 「・・・ん?今?」

 「うん、今。」

 「来週とかじゃなくて?」

 「いやいや、こんな不完全燃焼じゃ帰れないよ。」

 「・・・わかりました。今からやりましょう。」

 

 結局、その後のバトルは大差で幸造が勝利しましたとさ。


 「あの親父・・・、どんだけ手ぇ抜いてたんだよ・・・。」

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