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芳文被害者の会

 「今度は三台・・・。」

 七原自動車のショールームの応接セットに座る陸斗が、社峠に向かって走り去るスポーツカーを見て呟く。

 「またですか?なんか、交流戦が終わってから、社を走る人が増えたような気がするんですけど・・・。」

 テーブル越しに陸斗と向かい合って座るまどかが言う。

 「そりゃあ、ライカンスロープってそこそこ有名なチームだから、互角の勝負をしたチームに興味を持つのも当然でしょ。」

 受付カウンター越しにパソコンを操作する紅葉が口を挟む。

 「こんなんじゃ、気軽に走れねぇよ・・・。」

 少し大袈裟に天を仰ぐ。

 「新たな挑戦者とバトルするのも面白そうですけどね。」

 「あのな、峠を走るのは違法行為だよ?そんなんで勝って何になるの?」

 「いや、あんた何てこと言ってんですか。」

 「じゃあ、僕たちも遠征する?」

 工場から事務所に入ってきた芳文が言う。


 と、いうわけで、煎餅屋岩木(自家用)wのメンバーは県西部の峠、オレンジラインに来ていた。

 オレンジライン。蜜柑畑の中を走る全長十一キロメートルのワインディング。昼間はツーリングなどで多くの観光客が訪れる人気スポットだ。

 「こんばんは。」

 中間地点にある、トイレ付きの駐車場に入り、既に車を止めて話し込んでいる先客に挨拶をする。

 「オーッス。陸斗~。」

 「どうも。」

 先客はのりじんと杉山だった。

 「なんだ、お前らだったのか。」

 「まあね。ここ、俺らのホームコースだから。」

 「そういえば、エイトは?」

 駐車場には陸斗達の車の他にのりじんのS2000と白いROADSTER(ND5RC)が停まっているが、杉山のRX-8が見当たらない。

 「ロードスターに乗り換えました。」

 杉山が親指を立てて言う。

 「マジかよ・・・ロータリー率が下がっちまったじゃねぇか。」

 「それより、ライカンスロープと互角のバトルをしたらしいじゃん。」

 「何で知ってんだよ・・・?」

 「こういう情報は回りが速いんでね。」

 のりじんが歯を見せて笑う。

 「で、今日は何でまたオレンジに?」

 「ああ、ライカンスロープ戦のせいで社に人が増えて・・・」

 「走りづらくなったから、オレンジに引っ越すと?」

 「そこまではしねぇよ。」

 「それより走りましょうよ!」

 まどかが会話に割り込む。

 「そうだな。走るか。」

  

 オレンジラインのワインディングを駆け抜けるS15とFD。

 「・・・まどかのやつ、やたら速ぇな・・・。」

 徐々に離れていくS15のテールを見て陸斗が呟く。

 「・・・。」

 直感的に嫌な予感がし、アクセルを抜く。

 左コーナーに単身突入するS15。オーバースピードとまでは行かないが、明らかに速度が速い。そして、陸斗の予感は的中し、コーナー入り口でバランスを崩してS15は派手にスピンした。

 

 「びっくりしたぁ・・・。」

 百八十度向きを変え、沈黙したS15の車内でまどかが胸を撫で下ろす。

 前方で向かい合って停車する陸斗のFDが、早く行けと言わんばかりにパッシングする。

 「おっと・・・!」

 エンジンを再始動し、スピンターンでコースに復帰する。


 「ところで、陸斗。」

 一通り走り終わり、駐車場のベンチで浜名湖周辺の夜景を眺めながら、煙草を吸う陸斗にのりじんが話しかける。

 「ん?何?」

 「説教するつもりはねぇけどさ。お前、ちょっと調子に乗ってるんじゃないか?」

 「何のことだ?」

 怪訝そうに陸斗が聞く。

 「ん?・・・まあ、あれだ。チームリーダーを気取るのは良いけど、メンバーの行動に制限を掛けんなってことだ。これじゃ、お前が嫌ってる前チームのリーダーと・・・」

 「ちょっと待て。お前、何言ってんだ?」

 のりじんの発言を遮って聞き返す。

 「え?いや、俺の知り合いが先週末、社で芳文にバトルを申し込んだら、陸斗に止められてるからバトル出来ないって言われたらしいんだよ。」

 「何それ?・・・芳文!ちょっと・・・。」

 杉山と話し込んでいた芳文を呼ぶ。

 「なんだい?」

 「お前、先週末に社でバトルを申し込まれたか?」

 「いや?ここ最近、社に行ってないけど。」

 「だそうだ。」

 「え?」

 「それに、そもそも、俺はリーダーじゃない。」

 「え?そうだったの?」

 芳文がわざとらしく驚く。

 「そうだよ。誰がそんなめんどくせーことするか。」

 「じゃあ、知り合いが見た芳文は偽者ってことか?」

 「そういうことになるな。」

 「なら、早い段階で対策しないと、厄介なことになるかも知れないぞ。そのチーム名、お前の職場だろ?」

 「・・・たしかに厄介だな・・・。」

 少しの沈黙の後、険しい顔で陸斗が呟く。


 「あのー、陸斗さんっていらっしゃいますか?」

 数日後。茶髪の若い男が煎餅屋を訪ねてきた。

 「陸斗は俺ですけど、何か?」

 「ああ、あなたが・・・俺は笹端って者ですけど、えーと、単刀直入に言います。芳文さんとのバトルを許可してください。」

 「とうとう店に来る奴が出てきたか・・・。あー、ちょっと芳文と直で話してもらっていいかな?そろそろ来る頃だから・・・。」

 すると、スポーツマフラーの重低音とともに芳文のワンエイティーが現れ、駐車場に止まる。

 「オーッス。」

 いつも通り、昼食を買いに来た芳文が入店する。

 「今日は何にする?」

 「焼きそば二つ。片方大盛で。」

 満面の笑みで芳文が親指を立てる。

 「はいよ。あと、お前にお客さんだ。」

 陸斗がそう言って笹端を見る。

 「僕に?」

 「え!?誰?」

 笹端が困惑する。

 「芳文ですが、何か?」

 「俺が会った人と全然違うんですけど・・・。」

 「やっぱりな・・・。君が会った芳文は偽者だ。」

 「偽者・・・ですか?」

 「そう。最近、出没してるらしくて・・・。」

 「では、芳文被害者の会を結成して、その偽者をあぶり出しましょう。」

 いつの間にか配達から戻っていたまどかが、会話に入り込む。

 「それだと僕が加害者みたいに聞こえるんだけど・・・。」

 「なら、パチ文被害者の会で・・・」

 「待て待て。まず、俺たちが本物だってことを証明するのが先だ。」

 「それはもう走るしかないですね。」

 まどかがニヤリと笑う。

 「じゃあ、久しぶりに社に行く?」

 そして、芳文が目を輝かせて聞く。

 「勿論だ。」

 

 「あ、あれは・・・。」

 その夜。社峠入り口のコンビニ駐車場に止められたエボ7の車内で、スマートフォンをいじっていた笹端が、煎餅屋岩木(自家用)wのステッカーが貼られた小綺麗な白いワンエイティーが駐車場に入るのを見つける。

 「・・・もしもし、陸斗さんですか?」

 そして、陸斗に電話で報告をする。


 「・・・わかった。そのまま、自然な対応で頼む。じゃあ・・・。」

 閉店業務の終わった店内で、笹端からの報告を受けた陸斗が電話を切り、待機していた芳文、アイリ、まどかの三人に体を向ける。

 「パチ文が現れた。社経由でコンビニに行くぞ。」

 「手荒な真似だけはしないようにね。」

 カウンターの奥から岩木が注意を促す。

 「大丈夫です。安心してください。・・・俺たちがやるのはあくまで注意だから、暴力、暴言は絶対に無しだ。店名をチーム名にしてる以上、この問題はチームだけの問題じゃない。いいか?」

 陸斗が注意を徹底させる為、細かく説明する。

 「了解。・・・ところで、何で偽者は芳文さんだけなんでしょうか?」

 「それは、多分、このメンバーの中で最も知名度があるからだと思うよ。」

 アイリがまどかの疑問に答える。

 「そうなんですか?」

 「ああ。こいつ、割といろんなイベントとかに出てて、何度か雑誌にも載ったし、他にもいくつかのミニサーキットでランキング入りしてるからな。」

 「初めて聞いたんですけど・・・。」

 「特に話す機会もなかったからね。」

 アイリと芳文が苦笑いする。

 「よし。じゃあ、行くぞ。」


 「芳文さん、どうもです。」

 笹端が芳文を名乗る整った顔立ちの若い男に声を掛ける。

 「ああ、どうも。」

 「この間のバトルの件、覚えてます?」

 「ああ、それなら陸斗の許可がないと・・・」

 「許可取りましたよ?」

 「え?マジ?・・・じゃあ、ちょっと、コンピューターのセッティングが終わるまで待ってよ。今、走りながら調整してるもんで・・・。」

 「実走でセッティング取ってるんですか?」

 「ああ。実走の方が良いセッティングが出るからね。」

 ちなみにこの話は大きな間違いである。屋内のローラーの上を一定の条件下で走るシャシダイナモに比べ、実走は天候や道路状況等に左右される為、正確なセッティングを出すことは物理的に不可能なのだ。

 「じゃあ、俺はそろそろ行くから・・・。」

 「あー、ちょっと待ってください。エンジンルーム見せてもらっていいですか?」

 ワンエイティーに乗り込もうとするパチ文を引き止める。

 「え?いいよ。」

 パチ文が意気揚々とボンネットを開けてる間に、笹端が腕時計で時間を確認し、陸斗達の到着を待つ。

 「はい。どうよ?これ。」

 パチ文が有名ブランドのパーツをふんだんに使って、カスタマイズされたエンジンルームを得意気に見せびらかす。

 「わー、すごーい・・・お?」

 何かを言いかけた笹端が突然、視線を社峠に向ける。峠からはスポーツマフラーの排気音が多数、接近している。

 「なんだ?今日は随分多いな・・・。」

 パチ文も異変に気づく。

 やがて峠の入り口から煎餅屋岩木(自家用)wの四台が、ヘッドライトの光とともに姿を現し、コンビニの駐車場に進入すると、パチ文のワンエイティーを取り囲むようにして停止する。

 突然の状況に唖然とするパチ文に、車を降りる煎餅屋岩木(自家用)wのメンバー達。

 「どうも。本物の煎餅屋岩木(自家用)wの台場芳文です。」

 芳文が本物という部分を強調して自己紹介する。

 「げ・・・、本物・・・。」

 パチ文の顔がどんどん青ざめていく。

 「皆さん、お待ちしてました。・・・で、どう落とし前をつけてくれるんだ?」

 笹端が四人を歓迎し、パチ文に凄む。

 「す、すみません・・・。」

 「えーと・・・洒落でチームのステッカーを貼るのはいいんだけどさ。メンバーになりすまして嘘つくのはやめてくんないかな?実際に今日、店にこの笹端君が訪ねて来た。」

 陸斗が穏やかな口調で諭す。

 「それはその・・・ホントすんませんでした!」

 パチ文が土下座をして詫びる。

 「謝って済んだら警察はいらないよ?」

 笹端がさらに追い討ちをかける。

 「笹端君、その辺にしとけ。一番の被害者は芳文だからな。」

 「まあ、僕は謝ってくれれば、それでいいよ。・・・ほら、立ちなよ。」

 芳文がパチ文を立たせる。

 「ほんの冗談のつもりだったんです。二度としません。」

 今にも泣き出しそうな顔でパチ文が言う。

 「そうしてくれ。・・・まあ、俺が一番許せないのは・・・なんで本物の方がスペック低いんだよ?」

 有名ブランドのパーツで固めたワンエイティーの前に立つ、イケメンのパチ文と、DIYと中古部品で固めたワンエイティーの前に立つ、フツメンの芳文を見比べて陸斗が言う。

 「うるさい。黙れ。」

 芳文が陸斗の胸にツッコミを入れる。


 こうして、偽者騒動はあっけなく終わり、その後、当分の間、煎餅屋岩木(自家用)wの四人とパチ文は、笹端も巻き込んで、パチ文の嘘の火消し作業に追われるのであった。

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