プロ認定
「・・・ああ、そうだった。今日休みだっけ・・・」
平日の昼下がり。休日を満喫する陸斗はジュンヤファクトリーに向かう途中、店の付近で本日が定休日であることを思い出した。
「どうするかな・・・ん?」
FDのステアリングを握りながら思案に暮れる陸斗だったが、店の前を通過する際にCLOSEのプレートが掛けられたショールーム入口で、こちらに背を向けてしゃがんでいる人物を発見した。
「・・・さすがに戻った方が良いよな。」
最悪の事態を想定し、その不審者の正体を確かめるため、陸斗は前方の交差点でUターンをした。
「・・・。」
ジュンヤファクトリーの駐車場にFDを停めた陸斗は、ゆっくり車から降りた。入り口では相変わらず迷彩色のTシャツにジーンズの男がカチャカチャと何かをしていた。
「・・・あれ?」
いつでも通報が可能なように右手にスマホを持ち、せめてもの護身用に左手にクロスレンチを装備した陸斗は息を殺して男に近づくが、その背中に見覚えがあることに気が付いた。
「・・・よし、開いた。」
ドアからカチャリと乾いた音がし、男が声を上げる。
「何やってんですか?ジュンヤさん。」
「お?ああ、臼井君。どうしたの?今日休みだよ。」
男は立ち上がり、振り返って陸斗に笑顔を見せた。店のオーナーのジュンヤだった。
「いやぁ、鍵失くしちゃって今開けてたとこ。」
そう言ってジュンヤは手に持っていた鍵開け工具を陸斗に見せた。
「そうだったんですか・・・てっきり空き巣かなんかだと思いましたよ。」
「ああ、それで・・・」
ジュンヤは頷きながら陸斗の手に握られているスマホとクロスレンチを交互に見た。
「ああ、そうだ。ちょうど伝えたいことがあるんだけど、ちょっといい?」
「はい、大丈夫ですよ。」
「じゃあ、店内にどうぞ。」
「テスト!?」
静まり返ったショールームでコーヒーをご馳走になっていた陸斗は目を丸くした。
「うん、知り合いの店が専属のドライバーを探しててね。」
「送迎のドライバーとかじゃないですよね?」
「いやいや、タイムアタッカーの方だよ。元々いたドライバーがレースに行っちゃったから速い奴が欲しいって言ってるんだよ。」
「なるほど・・・」
「それで、臼井君とまどかちゃんと、あと台場君の三人にどうかなと思って。」
「って話を聞いたんだけど・・・どうする?」
その日の夜。陸斗はファミレスでメンバーに昼間のことを話していた。
「もちろんやる!」
「私も是非!」
芳文とまどかは口を揃えて即答した。
「そう来ると思った・・・」
そう言うと陸斗は煙草に火をつけた。
「こういうことってあるんですね。」
「まさかこっちからじゃなくて向こうから声がかかるとはね。」
嬉しそうに話しあう二人を横目に陸斗は煙を大きく吐いた。
「臼井はそんな嬉しそうじゃないね。」
向かいの席に座るアイリが言った。
「ん?いや、うれしいけど・・・ただ・・・」
「ただ?」
「テストに受かったとして、今ある生活を捨ててまで専属ドライバーになる意味ってあんのかなって思って・・・」
ぽつぽつと話すと陸斗は目を伏せた。
「えーと・・・臼井、世間一般でそれは捕らぬ狸の皮算用って言う。」
アイリの無表情の指摘に陸斗が顔を上げる。
「今の生活が楽しいのはよくわかった。でも、そのことで悩むのはまずテストに通ってからでしょ。・・・つまり、考え過ぎ!」
「・・・そうか、そうだよな。ちょっと考え過ぎてたわ。」
ビシッと結論叩きつけられた陸斗は、間を置いて笑みを漏らすと短くなった煙草を灰皿に押し付け、新しい煙草を取り出した。
「とは言ったものの・・・ダメだ。もやもやする。」
テスト当日。会場として選ばれた広大な富士のサーキットの長いストレートを二五〇キロで疾走する陸斗は、ヘルメットの奥でため息をついた。
参加者二十名の内、陸斗は芳文、まどかとともにトップグループにおり、かなりいい走りをしている。しかし、気持ちが完全に追いついていなかった。
「ホント広いなぁ・・・前もって予習しといてよかったー。」
一方、まどかは前日までプレイしていたレーズゲームに収録されていたマップと実際のコースを照らし合わせながら、初めての場所を堪能していた。
「でも、ここまで広いと車の性能差も結構出てくるな。」
そう呟いて遥か先で第一コーナーに進入する陸斗のFDを見やった。
「少しペースを落とすかな・・・」
インパネに配置された追加メーターの針が指し示す数字を読み取った芳文は、アクセルを踏む足の力をほんの少し緩めた。まだ二周目序盤のため、あまり無茶は出来ない。
このテストは三周分のラップタイムを基準に選考するらしい。
「うわっ!」
前を走っていた黒いFDが第一コーナーで派手にスピンをする。芳文は悲鳴を上げながらも咄嗟に回避した。
「・・・陸斗?」
ミラーに映りこむテールランプをこちらに向け止まった状態のFDをチラ見した芳文が声を漏らす。
「・・・あー、やっちまった・・・」
停止状態のFDの運転席で陸斗は天を仰いだ。
「・・・でも、まあ、なんかすっきりした。」
そして、視線を前に戻した陸斗は、憑き物が落ちたようにエンジンを再始動し、ステアリングを握り直すとFDをスピンターンさせ、コースに復帰した。
「特に問題はなさそうだな。」
すべてが終わり、選考から外された陸斗は一人FDを点検していた。
「よし、休憩。」
点検を終えた陸斗は、簡単に片づけを済ますとポケットから煙草の箱を取り出し、喫煙所に向かって歩き出した。
「陸斗!」
名前を呼ばれ振り返ると選考をパスし、二次選考の説明を受けていたまどかと芳文が立っていた。
「もう終わったの?」
「まあね・・・」
「あ、あの・・・」
目を伏せたままのまどかが何かを言おうとする。どうやら陸斗を慰めようとしているようだ。
「ああ、いや、いいんだ。」
それを察した陸斗がまどかをフォローする。
「で、でも・・・」
「こうなることはなんとなく予想してた。」
「どういうことです?」
まどかが目を丸くする。
「ファミレスで俺が言ったことをずっと考えてた。」
陸斗はそう話しながらフッと笑った。
「今ある生活を捨てる価値があるかどうかって話ですか?」
「そう。まあ、今日の走りで答えは出たけど・・・とにかくおめでとう。」
そう言って陸斗はまどかの肩を叩くと喫煙所に向かった。
「あれ?今日、まどかちゃん休みだっけ?」
選考から二週間が経った煎餅屋岩木。店の奥から出てきた岩木は見慣れたまどかの姿がないことに気づき、陳列棚の拭き掃除をしていた陸斗に声を掛けた。
「まどかならテストドライバーの二次選考ですよ。」
陸斗は作業の手を止めて答えた。
「ああ、そうだった。受かるといいね。」
「まあ、あいつなら問題ないでしょうが・・・芳文も一緒に受けてるんですよね・・・」
拭き掃除を終え、雑巾をたたみ直す陸斗の顔に渋みが混じる。
「ああ、台場君は手強いね・・・」
岩木の顔にも渋みが伝染する。
「おはようございまーす。」
難しい顔をする二人の横で入り口の引き戸が開き、いつもの調子でまどかが出勤してきた。
「は・・・?え?」
ここに居るはずのない人物の突然の出現に声を失う陸斗。隣では岩木が目を見開いていた。
「・・・お前、今日、二次選考だろ・・・!?」
混乱しながらも陸斗はどうにか言葉を吐き出した。
「辞退しました。」
笑顔でまどかはさらりと言い放った。
「は?辞退・・・なんで?」
「私まだ学生ですし、もうちょっと自由に過ごしてもいいかなと思って・・・」
「いやいやいや、またとないチャンスだぞ!?」
「実力があればまたチャンスは回ってきます。」
まどかは陸斗をまっすぐ見据えて言い放った。
「ま、まあ、そうだけど・・・」
「本人がそう言ってるんだから、それでいいんじゃない?」
納得のいかない様子の陸斗に岩木が柔らかく言う。
「そういうわけなので、今後ともよろしくお願いします。」
「お、おう。」
「それじゃあ、みんな揃ったところで開店準備しようか。」
岩木がポンと手を叩いて声を掛ける。
「はーい。」
END
因みに芳文は二次選考で普通に落ちました。




