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さようなら大好きなワンエイティーw

 雨が降る深夜のD町駐車場。濡れたアスファルトに置かれた、赤く光る二つのパイロンの廻りを水しぶきを上げ、横滑りしながら八の字を描くS15。

 その様子を駐車場の入り口付近に停められた、FDの車内でコンビニのドリップコーヒーを飲みながら陸斗が見守る。

 「円描きはもう十分かな・・・。」

 フロントガラスの向こうで、S15がスピンをして停止する。そして、車から降りたまどかがダッシュでパイロンを回収し、灯りを消してトランクに放り込む。

 本日の練習はこれで終了のようだ。


 「そろそろ、次のステップに行こうと思うんだけど・・・。どうだろう?」

 いつものファミレスで、陸斗が話を持ちかける。

 「臼井が言うんならいいんじゃない?」

 アイリがコーヒーを一口飲んで言う。

 「で、次は何するの?」

 芳文が聞く。

 「サーキット走行だ。」

 「え!?いきなりサーキットなんて走って大丈夫ですか?」

 突然の展開にまどかが驚いて聞く。

 「問題ない。峠より遥かに安全だし、確実に腕も上がる。それに、俺も最初はサーキットで腕を磨いた。」

 「へー、そうなんですか。・・・で、どこに行くんですか?富士ですか?」

 「いやいや、そんなでかい所じゃ走らんよ。」

 そう言ってアイリが煙草を一本取り出し、火をつける。

 「あ、火貸して。・・・どうも。愛知のミニサーキットだ。」

 アイリからライターを借りて、煙草に火をつけた陸斗が言う。


 一ヶ月後。狭い入口を抜け、車を停めて駐車場に降り立つと、スポーツマフラーの奏でる爆音と、スキール音が私を出迎えた。

 「ここがサーキット・・・。」

 私たちは愛知県北部にあるミニサーキットを訪れていた。

 「まどか、受付行くぞ。」

 FDのボンネットを開けた陸斗がそう言い、芳文とアイリとともに山に囲まれたミニサーキットの広い駐車場の真ん中に建つ、二階建ての箱型の建物に歩いていく。サーキット走行ということで、今日は皆つなぎを着ている。


 受付を済ませ、ハガキサイズの黄色いゼッケンを受け取ると、車に戻って走る準備を始めた。

 「まずガラス面全てに粘着テープ。」

 クラッシュした際、破片が飛び散らないよう、ヘッドライトやウインカーなどに粘着テープを貼り付けていく。

 「おい。」

 「はい?」

 「それはわざとか?」

 フロントガラスやリアガラスなどの窓にも貼られた、粘着テープを見て、陸斗が言う。

 「え?ここはいいんですか?」

 「そこはいい。」

 「はーい。」

 ぺりぺりと窓に貼られたテープを剥がし、リアバンパー上部にゼッケンを貼る。

 「あとは車高調の減衰とタイヤの空気圧の調整か・・・、忙しいな・・・。」

 「あと、邪魔になりそうな物は外に出しといた方がいいよ。」

 アイリが横からアドバイスをする。

 「はい。」

 「芳文~、久し振り~。」

 駐車場に入ってきた青いS2000が、ワンエイティーの前に停止し、ドライバーの眼鏡で坊主頭の若い男が、空気圧の調整をしていた芳文に声をかける。

 「オーッス、のりじん。」

 「あれ?その娘は?」

 のりじんと呼ばれた男が私を見る。

 「陸斗の弟子の朝木ちゃん。・・・SNS友達ののりじんだよ。」

 芳文がのりじんを紹介する。

 「俺、山崎憲仁。のりじんって呼んで。」

 のりじんがキリッとして自己紹介する。

 「どうも。朝木まどかです。」

 「うん。じゃあ、また後ほど。」

 そう言ってのりじんは車を発進させ、駐車場の奥にゆっくり走っていった。

 「どうもッス。」

 今度はS2000の後ろについていた、白いRX-8がFDの前で停止し、運転席から小柄な男が顔を出す。

 「おー、杉山君久し振り。」

 陸斗が笑顔で声をかける。

 「まどか、SNS友達の杉山君だ。」

 「はじめまして。杉山ッス。」

 「朝木です。」

 「杉山君もまどかと同じくらいのレベルだから、もしかしたら、良い勝負になるかもな。」

 

 そして、走行時間が近づき、私たちはコースの内側にあるピットで、出走開始の合図を待っていた。

 「芳文、いつものあれやろうぜ。」

 FDの最終チェックをする陸斗が芳文を何かに誘う。

 「いいよ。」

 「よし、今回は勝たせてもらうぜ。」

 「どうかな?」

 「あれってなんですか?」

 「ああ、タイムが速かった方に帰りの道の駅で、名物のジャンボフランクを奢るって話だ。」

 「ああ、なるほど。」

 「さて、そろそろ時間だ。」

 腕時計を確認して陸斗はそう言い、黒いフルフェイスヘルメットを被る。

 「了解!」

 今日の為につなぎと一緒に買ったベージュのジェットヘルメットを被り、S15に乗り込む。そして、陸斗がナビシートに座る。

 「よろしくお願いします。」

 スピーカーで出走開始の指示が出され、のりじんのS2000を先頭に、ピットにいた十数台の車がコースに出ていく。最初の一周は追い越し禁止でゆっくりコースを回り、最終コーナーを抜けたストレートで、追い越しありの全開走行スタートというのが、このサーキットのルールだ。

 

 「ブレーキ!ブレーキ!ブレーキ!」

 全開走行スタート後のストレートで杉山のエイトを抜き、第一コーナーへ進入するときに突然、陸斗が隣で吠える。

 「え・・・!?あ、はい!」

 慌ててブレーキを強く踏み込み、コーナーに合わせてステアリングを回す。すると甲高いタイヤの悲鳴と共にスピンをし、真後ろを向いて停止した。

 後ろにいた杉山と目が合う。軽く会釈をすると、向こうは小さく手を振ってエイトを発進させた。

 「ほら、復帰!」

 「はい。」

 陸斗に促され、Uターンしてゆっくり走り出す。


 「いきなり詰めすぎだ。」

 ピットに戻るなり、陸斗はそう言った。

 「はい・・・すいません。」

 「初めは余裕を持って手前でブレーキを踏んで、そこから徐々に踏むタイミングを詰めていけ。」

 「はい!」

 目の前のストレートを芳文のワンエイティーが猛スピードで横切る。そして、スキール音と白煙を振り撒きながら、第一コーナーを真っ直ぐ突っ込み、コーナー外側のクッションに突き刺さる。

 「下手に攻めすぎるとああなるぞ。」

 「は、はい・・・。」

 完全に停止状態のワンエイティーから芳文が飛び出し、クッションを乗り越えてコースの外に退避する。そして、走行中断を示す赤旗が振られ、重機がワンエイティーの撤去に向かう。

 「それじゃ、ワンエイティーの撤去が終わったら、もう一回。」

 「いや、あれ芳文さんですよ?」

 

 「ブレーキ!」

 ワンエイティー撤去後。再び、コースに出た私は、陸斗にブレーキのタイミングを指示されながら走っていた。

 「ブレーキ!」

 陸斗の指示通りブレーキを踏み込み、ステアリングを回す。しかし、タイヤが滑り数メートル直進し、コーナリングがやや遅れる。

 「今のがアンダー!ブレーキの踏みすぎに注意!」

 「はい!」

 「じゃあ、そのままピットイン!次からは一人で走って!」

 「はい!」

 指示通りピットインし、陸斗が車を降りる。そして、陸斗がFDに乗り込み、発進する。私もFDの後に続いて再びコースに出る。

 そして、ピットアウト後の最終コーナーを抜けた途端、ストレートで陸斗のFDと、その後ろにいたアイリのエボ5に抜かれる。

 狭い感覚で連続し、一つの右ヘアピンコーナーのようになっている第一、第二コーナーをドリフト走行で抜けていく陸斗と、一定の間隔を空けて追走するアイリ。

 その様子を後方から見送った私は、余裕を持ってコーナリングをする。そして、ブラインドコーナーになっている第三コーナー手前の短いストレートで、さらにのりじんに抜かれ、S2000がコーナーに吸い込まれるようにして消える。

 「さすがに誰かと張り合うのは無理そうだな・・・。」

 そう呟くも、第四コーナーである、トップターンコーナーの下り坂で杉山のエイトに追いつく。

 「よし、ついて行ってみるか。」

 下り坂を下り、最終コーナーを抜けると、加速するエイトを追ってアクセルを踏む。そして、振り切られないように必死に食いついていき、残りの周回を走り切った。


 「アイリさん、速いね。全然振り切れなかったよ・・・。」

 受付でラップタイムが記入された、細長い紙を受け取った陸斗が、駐車場を歩きながら言う。

 「いやいや、ついて行くのが精一杯だったよ。」

 と自分のラップタイムを確認するアイリ。

 「あ・・・。」

 駐車場の端を見て、思わず声が漏れる。視線の先には、フロントバンパーが無惨に大破したワンエイティーの前で、芳文が呆然と佇んでいた。

 「不戦敗ってことで、ジャンボフランクよろしくな。」

 陸斗が芳文の肩に手を置いて言う。そして、芳文は力尽き、その場に倒れ込む。

 「とどめを刺すな。」

 アイリがグローブで陸斗をひっぱたく。


 「はあ・・・。」

 ワンエイティーがクラッシュして早二ヶ月。代車の軽ワゴンでF市のコンビニを訪れた芳文が、ため息混じりにエンジンを止める。

 「ワンエイティーに乗りたい・・・。お?」

 コンビニの店内で、立ち読みをするまどかを見つける。

 朝木ちゃんだ・・・。でも、車は?

 S15を探すも、駐車場には自身の乗る軽ワゴンの他に、GTウイングの付いた青いBRZと、銀色のコンパクトカーが停まっているだけだった。

 「えッ!?」

 コンビニから出てきたまどかを見て、芳文が声を上げる。

 なんと、まどかの隣にはウエーブのかかった黒髪の若い男がいるのだ。

 「うわっ!ヤバ・・・ッ!」

 咄嗟に頭を下げ、気づかれぬよう、車内からまどか達の様子を伺う。

 二人は何やら楽しそうに会話をしながらBRZに乗り込み、男の運転で駐車場を出ていった。

 「あれは一体誰だ・・・?」

 車から降りて、BRZの走り去った方向を見ながら呟く。


 「陸斗!」

 引き戸が壊れんばかりの勢いで、芳文が岩木の店に雪崩れ込む。

 「ビックリした・・・。どうした?」

 一人で店番をしていた陸斗が驚いた様子で言う。どうやら岩木は出掛けているようだ。

 「朝木ちゃんのことなんだけど・・・」

 「まどかなら休みだけど?」

 「いや、そうなんだけど・・・えーと、その・・・」

 直感的にこれを話したらヤバいという感覚が沸き起こり、言葉が詰まり出す。

 「おい、どうした?なんかあったのか?」

 「・・・な、なんでもないです。」

 「なんでもなくないだろ。いいから言ってみろ。」

 もう隠すことは出来ないことを悟り、先ほど見たことを陸斗に話す。

 「へー、そう。」

 「え?それだけ?」

 「確かにまどかは可愛いとは思うけど、恋愛関係って訳じゃねぇし・・・まあ、仮にそいつが彼氏だったとしたら、逆に俺らと一緒にいて大丈夫なのかっていうとこだな。」

 「まあ・・・、それならいいんだけど・・・。えーと・・・、じゃあ、僕は行くね。」

 拍子抜けで微妙な気分になり、そそくさと店を出ていく。

 「・・・。」

 

 「まどか。ちょっと聞きたいんだけど・・・。」

 翌日。芳文の話が少し気になった俺は、まどかに確認をする為、出勤してきたところを駐車場で捕まえる。

 「はい。なんですか?」

 「お前、彼氏とかっているの?」

 「は?え・・・ッ!?あ、朝からにゃ、にゃんてこと聞いてるんですか!?」

 何故かテンパるまどか。

 「いや、芳文が昨日、コンビニで、お前が若い男と一緒にいるのを見たって言うんだよ。」

 「ああ。それ、従兄弟ですよ。まあ、別にそういうのじゃないので、ご安心を。」

 「ああ、なるほど。そういうことか・・・変なこと聞いて悪かったな。」

 「・・・もしかして、私のこと狙ってます?」

 「いや?」

 「えー。こんなに魅力的なのに?」

 「はいはい、そういうのいいから、仕事仕事!」

 「もー。」

 むくれるまどかを店に追い立て、今日も慌ただしい一日が始まる。

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