煎餅屋岩木(自家用)w 前編
「復活!」
七原自動車の工場内で芳文がガッツポーズをするその後ろには、修理が終わり、綺麗になったワンエイティーがあった。
「なんか変えたの?」
ワンエイティーをまじまじと見つめる陸斗が聞く。
「インタークーラーを変えて冷却系を強化した。・・・あとアイリンには内緒で最新型のHDDナビを・・・」
いつの間にか背後にいたアイリが、笑顔で芳文の首根っこを掴み、工場の奥に引きずっていく。
「あーあ。」
「アイリさんって、結構恐いですね・・・。」
隣にいたまどかがやや引き気味に言う。
「ああ、今のは恐い。・・・にしても、お前の15も大分走り屋っぽくなったな。」
工場の外に停めてある、GTウイングやスポーツマフラーなどが追加された、まどかのS15を見る。
「まあ、中古ばかりですが・・・。」
「十分十分。」
「・・・と、とりあえず、仕事が終わったら。社に行こうか・・・」
ボロボロになって戻ってきた芳文は、そう言うと、その場で力尽きる。
「あーあ。」
深夜の社峠。中間地点の運送会社の正門前に停まる四台。
「よし。まどか、走るぞ。」
「はい!」
まどかがFDの助手席ドアを開ける。
「いや、そうじゃない。15で俺の後ろを走れってことだ。」
「え!?それって・・・。」
「行くぞ。」
口元に笑みを浮かべて言う。
「陸斗さん、速い・・・。」
次々と迫り来るコーナーを、テンポ良く抜けていく陸斗のFDを追いながらまどかが呟く。
「でも・・・、私、ついて行けてる・・・?」
陸斗のスピード域について行っている実感が、いまいち湧かないまま、S15は最終コーナーを抜け、ゴール地点のT字路でサイドターンをするFDに続いてサイドブレーキを引き、折り返す。
「まどか、お前は卒業だ。」
運送会社前で陸斗がまどかにそう告げる。
「朝木ちゃん、卒業おめでとう!」
芳文とアイリが拍手をする。
「え・・・、あ、ありがとうございます!」
「卒業したからといって、調子に乗って危ないことはするなよ。」
陸斗が警告をする。
「はい。でも、これで終わりと思うと、ちょっと寂しいような・・・。」
「いや、別に峠走りが解禁された以外、他は大して変わらんよ。」
「ああ、そうか。なんか卒業って聞くと、どうも・・・まあ、今後ともよろしくお願いします。」
この日、私は卒業した。
数日後の週末。この日はF市側の社峠入り口にある、コンビニの駐車場でまどか達は雑談をしていた。
「ん?」
スポーツマフラーの音を奏でながら、眩いヘッドライトの光とともにR34型GT-R、GC8型インプレッサ、S14型シルビア後期型、BRZの四台編成の集団が目の前を横切り、社峠を駆け上がっていく。
「あれ?」「あれは・・・。」
集団に見覚えのある車を見つけ、思わず声を出すと、陸斗も同時に何かを言って、お互い顔を見合わせる。
「集団は珍しいね。ん?二人ともどうかした?」
芳文が怪訝そうな顔をする。
「ちょっと先頭の白い34に見覚えがあってな。」
「私も青いBRZに見覚えが・・・。」
「・・・あ。・・・言われてみれば、僕もBRZに見覚えが・・・。」
「なに?この連鎖。」
そうこうしてる間に、音は峠を下って来ていた。そして、再び四台は姿を表し、コンビニの駐車場に駐車した。車にはそれぞれ、リアウィンドウに遠吠えをする狼のシルエットをかたどった白いステッカーが貼られていた。
「こんばんわー。」
R34から降りた茶髪の若い男が、会釈をしながら歩いてきた。
「やっぱりお前だったか・・・。内田。」
「お久し振りです。陸斗さん。」
内田の後ろにぞろぞろと他のドライバーが集まる。その中に見馴れた顔があった。
「葵!」
「え!?まどか?」
私が名前を呼ぶと、内田の後ろにいたBRZのドライバーの若い男が、驚いて私の名前を口にする。やはり、従兄弟の犬山葵だった。
「やっぱり・・・。ほら、陸斗、この間の・・・」
「ああ、あれか・・・」
先日、葵を見たという芳文もヒソヒソと陸斗に説明している。
「何?みんな知り合い?」
GC8に乗っていた色黒の男が楽しそうに聞く。
「内田さん、例の話を・・・」
茶色のロングへアをした若い女が、後ろから内田に耳打ちをする。
「ああ、うん。・・・僕たち、春葉の方で走ってるライカンスロープってチームなんですけど、今日はちょっと社峠に交流戦の申し込みに来ました。それで、陸斗さん達ってここの常連ですか?」
「ああ。そうだけど。」
「ああ、じゃあ、俺たちと交流戦しません?ルールと日程はそちらに任せます。」
「面白そうだね。どうする?陸斗。」
芳文が目を輝かせて陸斗に聞く。
「私もやってみたいです。」
交流戦という走り屋らしい単語を聞いて、私もテンションが上がった。
「・・・少し考えたい。」
「わかりました。俺の連絡先って知ってましたっけ?」
「ああ。知ってる。決まったら連絡する。」
「待ってます。では。」
そう言って内田が踵を返す。
「あー・・・内田、ちょっと待ってくれ。」
陸斗が内田を呼び止める。
「なんですか?」
「・・・あのときはすまなかった・・・。」
バツが悪そうに陸斗が詫びる。
「わかってますよ。俺は恨んでなんかいませんから。」
「そうか・・・、ありがとう。」
「じゃあ、俺はこれで。」
そう言うと四人はそれぞれ車に乗り、再び社峠を駆け上がっていった。
「ところで、さっきの34のドライバーとは、どういう知り合いなんですか?」
いつものファミレスに移動し、席につくなりまどかが聞く。
「ああ、内田の事?前にいたチームの後輩であり、前の職場の仕事仲間だ。」
「え?別の仕事してたんですか?」
「ああ。メーカー社員をやってた。」
「そうだったんですか?・・・で、その内田さんが、恨んでないとか言ってましたけど、あれは一体・・・」
「朝木ちゃん、さすがにそれ以上は・・・」
芳文が気まずそうにまどかを止める。
「いや、いいんだ。芳文。この際だから話すよ。」
「・・・。」
「え・・・?」
「・・・まあ、詳しく話すと気分が悪くなるから、大まかに話すけど・・・。」
少しの沈黙の後、陸斗が話を始める。
「前の職場にいた頃、俺は社内の車好きが作ったチームに所属してて、そのチームで俺はドラテクを覚えた。その当時のメンバーは、皆良い人ですごく楽しかった。」
「それなら、辞める必要は・・・」
「そうだな。でも、お決まりのそんな日も長くは続かなかった・・・だ。」
「・・・。」
「ある日、チームリーダーの長期海外赴任が決まって、リーダーはそれを機に走り屋を引退。その後、副リーダーがチームリーダーに就任。・・・それが不味かった。」
一呼吸おいて俺は煙草を一本取り出し、口にくわえて火をつける。
「・・・それまで大人しくしてたそいつは、リーダーの座に就くなり、メンバーの行動に制限をかけるような新ルールを設定。そのせいでチーム自体の動きも止まって、チーム内の空気も最悪になった。」
「意見具申する人はいなかったんですか?」
「いたよ。でも、結局、言いくるめられて終わるだけだった。あの野郎、ドラテクはクソだけど、口だけは達者だったんだよ。そいつ。で、最終的に自分が勝手に考えたチューニングメニューを押し付けてきやがったから、さすがの俺もキレて会社もろともチームを辞めてやった。」
徐々に声に怒気が籠ってくる。
「なんで会社まで?」
「無駄にコネクションも持ってる奴だったから、会社に居続けたら確実に報復が来る。だから辞めた。で、その時、俺は走り屋を始めたばかりの内田を教えてたんだ・・・。結局、それも放り出しちまった。」
「・・・。」
「辞めた後に聞いた話だと、俺が抜けたのを機にチームは崩壊、そのまま解散したらしい。ただ、内田のことは気がかりだった。・・・でも、今日、あいつを見て少しホッとした。」
「そんなことがあったんですか・・・。」
「長々と話しちまったが、まあ、今となってはどうでもいい話だ。・・・で、どうする?」
話を終えて本題の交流戦の話を振る。
「僕は是非やりたいね。」
「はい!私もやります。」
「私も別にいいけど・・・、臼井はどうなの?」
アイリが聞き返す。
「めんど・・・まあ、別にいいよ。」
本音が出かかり、強引に訂正する。
「今、面倒くさいって言いかけなかった?」
芳文が指摘する。
「いや?・・・まあ、やるとしたらチーム戦になるな。」
「おお!じゃあ、チーム名決めましょう。」
「いきなりそこかよ・・・。」
「こう書いてゴッドスピードって読むのは?」
芳文がスマートフォンのメモ帳アプリに神速と打ち込み、皆に見せる。
結局、チーム名から決めることになった。
「面白いけど、中二っぽいな・・・。」
陸斗が煙草の煙を吐いて言う。
「後で後悔するやつだな。」
そして、アイリがとどめを刺し、芳文、撃沈。
「じゃあ、シンプルに社の走り屋なんてのはどうです?」
「それはシンプル過ぎだろ。」
「えー?じゃあ、陸斗さんは何か良い案があるんですか?」
「社レーシング!」
親指を立てて陸斗が言う。しかし、完全に滑っている。
「私のと大して変わらないじゃないですか!」
「え?ダメ?」
「はいはい。・・・こういうのは下手にカッコ良くするより、面白くした方が良いと思うんだけど。」
アイリが淡々と言う。
「面白く?」
「決定!」
アイリの面白くする案が出てから、三十分もしない内にチーム名が決定した。
私たちのチーム名は「煎餅屋岩木(自家用)w」
「・・・大丈夫ですかね?このチーム名。」
「明日、岩木さんに聞いて許可が出れば、大丈夫だ。」
「社長には悪いけど、チーム七原自動車じゃ面白味に欠けるからね。」
「(自家用)と僅かばかりの草が良い味出してると思うよ。僕は。」
「それじゃあ、バトル方式とか諸々のことを決めようか。」
翌日。岩木から店名使用の許可が下り、煎餅屋岩木(自家用)wはチーム名として正式なものとなった。
「もしもし?内田か?」
自宅アパートの畳張りの部屋に置かれたベッドに腰掛け、内田に電話を掛ける陸斗。
「はい。交流戦の件ですか?」
「ああ。交流戦、やるよ。詳しい話はメールで送る。」
「わかりました。楽しみにしてます。」
「じゃあ、仕事が終わったら店に行く。」
「わかった。準備しとくよ。」
陸斗が何やら昼御飯を買いに来た芳文と話をしている。
「バトルに向けてどこかいじるんですか?」
まどかが新たな展開を期待して、目を輝かせながら聞く。
「ああ。オイルとエレメントの交換だ。」
「ああ、メンテナンスでしたか・・・。」
期待を裏切られ、内心、ガクッとなる。
「朝木ちゃんも時期的にそろそろやっといた方がいいよ。」
「え?・・・あー、じゃあ、お願いしようかな・・・。」
「うん。じゃあ、エンジンオイルなんだけど、凄く良いのと、それなりに良くてコスパも良いやつとどっちにする?」
「じゃあ、コスパが良い奴でお願いします。」
「わかった。じゃあ、僕はこれで・・・あ!忘れてた。」
何かを思い出し、芳文が店を出ていく。そして、一分もしない内に三十センチほどの大きさの細長い札のようなものを二枚持って、芳文が戻って来た。
「はい、これ。リアウインドウに貼ってね。」
札のようなものは、白字で「煎餅屋岩木(自家用)w」と書かれたカッティングステッカーだった。
いよいよ明日は交流戦だ。




