手向け
マリの魂を然るべき世界に送る時、リュクサは一切躊躇わなかった。
まるで予め結末を決めていたかのような迷いない手つきで、彼女の魂の情報を修復した。
普通の人間の治療に魔力を使うと、マリの体内にあった「病気の記録」が全て消されてしまう。
だから、リュクサは魔力でもって、正しい情報に書き換えてから、送っている。
リュクサから魔力を与えられたノエルも、魔力を得たことで初めて魂がどうやって送られるのかを見届けられるようになった。
とはいえ、ノエルはリュクサの仕事に一切口出ししない。
リュクサが心身共に健康であれば放置するし、そうでなければずっと隣で貼り付いている、そんな感じだ。
マリ・トクナガの墓前に真っ白い花束を置くと、リュクサは立ち上がって墓碑を見つめた。
二十二歳という、いささか若過ぎる年齢でこの世を去った彼女。
夢が叶うこともなければ、本物の幸せも知らない彼女は、今何を思って永遠の眠りに就いているのだろう。
「最後にココアをぶっかけられた時、やり返してやろうかと思った」
「まあ、気持ちはわかります」
「でも、彼女には時間がなかった。だから、俺とココアをぶっかけ合うよりも、コウサカと一緒にいた方がいいと思って、早く帰した」
結果的には、病人を気遣った、ということになるのだろうか。
今となってはよくわからないが、この先ココアを見ると条件反射でマリを思い出してしまいそうだ。
「さあ、行きましょうか、リュクサ。アステル様がお待ちです」
今日はこれから、リュクサの話を聞くために有休をとってくれた、アステルと会うことになっている。
何を話すかといえば、リュクサの本当の性格のことだ。
これまでのリュクサより、少しばかり言葉遣いがぶっきらぼうになっていることについて、予め教えた方がいいというノエルの言い分を聞き入れた。
アステルは彼の勤務先の近くにある瀟洒なカフェで、待っていてくれた。
「兄上、お久しぶりです」
「ああ。それで、話って何なんだ、リュクサ?」
「俺とノエルで魂を半分ずつ共有しています」
そこで、ノエルはブッとコーヒーを吹き出しそうになってしまった。
これは誰にも言わない約束だったのに、どうして口走ってしまうのか。
「魂の共有…だって?」
「はい。本当の俺になるために、必要な儀式でした」
リュクサの口調に迷いはなく、また言い方がいつもより少し強い。
それはアステルも気づいているようで、ノエルの方へと視線を送ってくる。
「アステル様、今のリュクサをどう思われますか?」
「どうって、ちょっといつものリュクサとは違うような…?」
「そうですね。今のリュクサが、本当のリュクサなのですよ」
アステルは無言でコーヒーをすすっていたが、やがて素っ頓狂な声を出した。
「ま、待ってくれ、リュクサ!じゃあ、今までのお前は…?」
「ノエルに支えられてばかりの、弱い俺でした」
「今のお前は?」
「俺がノエルを支える。絶対にだ」
そこでノエルが口を挟む。
あまり兄弟の会話に入り込む気はないが、リュクサからの説明が少な過ぎているので、少し補足しようと思ったのだ。
「ノエル医師、魂を共有したというのは事実なのか?」
「え、ええ…その…申し訳ございません」
だが、そこでアステルがノエルに向かって頭を下げてきた。
こんな反応を予想していなかったノエルは、少々慌ててしまう。
「弟を頼む、ノエル医師!あなたの魂を半分受け入れたリュクサなら、きっとあなたを守り通す!」
「兄上…?」
「アステル様…?」
実は、アステルはかなり前からリュクサの真実について気づいていたのだという。
だが、きっと真っ向から問うたところでリュクサは言わないだろうし、いつか切り出そうと時期を伺っていたのだそうだ。
「まあ驚きはしたけれど、あなた達なら大丈夫だと信じている。リュクサ、くれぐれもあまりノエル医師に甘えないように」
「ええ、もちろんです、兄上」
参ったなと、ノエルは内心苦笑していた。
やはり兄弟というのは、血の繋がり以外にもどこか通じるところがあるらしい。
ノエルにしてみれば、リュクサはどこか不安定で危なっかしい印象だったが、先日のシノブの襲来以降、あの時のリュクサのままだ。
だからこそ、二人きりになった時に、ぎこちなく甘えてくる彼が、可愛くてたまらない。
「行くぞ、ノエル。時間だ」
「ええ、行きましょう。ではアステル様、我々はこれで失礼いたします」
リュクサは肩で風を切り、ノエルはその隣を大股で歩く。
その後ろ姿にはどこか風格があり、リュクサ一人ではなく、ノエルも併せてのデスルーラーだと言っているかのようだった。




