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「……殿下が解呪士殿のご身内を捕えた時点で、あの方は賢明な判断をしてくださったのですよ」
解呪士は、何者かからの密書でアクスルを害するよう指示されたとき、迷わずそれを王太子らに打ち明けた。
もちろん、彼が受け取った脅迫文には、ありがちだが効果的な脅し文句が並んでいた。
誰にも話すな、そんなことをしたら家族の命はないぞと。
けれども彼はその脅しには乗らなかった。そうすることが、家族を救う手立てになるとは考えなかったのである。
第三王子はまったくこの老爺を侮っていた。
ただの駒にすぎぬと。その、己の人生よりも何倍も長く生き抜く老爺の中に、そんな思慮深さがあるとは、青い彼には思いもよらなかった。
解呪士は、苦悩と不安がくっきりと刻まれた顔で、王太子らに言った。
『わしは……呪いを扱う稼業をしておりますからね……人間の罪深さ、非道さをよぉく見てきたのです。何度もひどい目にもあいましたし、命の危機にもみまわれたしなぁ……』
兄レオンから、とても憔悴していたという老爺のその言葉を伝え聞いて。エルフリーデは、彼の苦悩を感じ、奮起せざるを得なかった。彼には大きな恩がある。
自分も何度もアクスルの呪いを後退させはしたが、解呪士もずっと手を尽くしてくれていた。
彼がいなければ、アクスルの呪いの進行はもっと早かっただろう。たとえそれが金銭のための仕事でも。彼を救い続けてくれたことは紛うことなき事実で。彼がアクスルを助けてくれたように、自分も彼の助けになりたいと思った。
エルフリーデは、老爺のこぼした言葉を第三王子に言って聞かせた。
「……ゆえに、あの方はよくご存じでした。愚かにも、他者を脅し、己の欲望のために利用しようなどという輩が、とうてい弱者との約束を守りはしないということを」
その言葉を聞いても、第三王子は不可解そうな、不愉快そうな顔をするだけ。理解できないのだろう。生まれてこのかた弱者になど落ちたことのない彼には。
しかし、ゆえに解呪士にも彼を欺く機会があった。
解呪士は、第三王子の脅迫に従ったふりをして、家族を救ってくれるよう王太子を頼った。
王太子の慈悲深さは有名だ。それに、多くの人間を見てきた老爺には、アクスルを救おうと奔走する彼の善性が見抜けたはず。きっと、その優しさに彼は賭けたのだろう。
そして王太子は、悲痛な老爺の期待通り、すぐに彼らを救おうと動いた。彼は内密にエルフリーデの父に協力依頼。
狙いがアクスルだということは、《神託の花嫁》たる彼の娘も無関係ではいられない。もちろんこれを、父マルクスは快諾。
第四騎士団は、敵に気取られぬよう水面下で動き、じき、解呪士の家族の居場所を突き止めた。レオンが言っていた、団員たちが出払っていた任務とは、このことだったのである。
そして騎士団は、第三王子の配下の邸で解呪士の家族を発見。
その説明を聞き、呆然としていた第三王子はハッとする。
「な、ならばアクスル・クヴァントは──」
「もちろん健在だ!」
「!」
怒号に第三王子が振り返ると、そこには王太子とロリーに支えられた黒いローブ姿の男が立っていた。
怒鳴ったのは彼の兄たる王太子。
アントンはいつになく勇ましい表情で、腹違いの弟を睨んでいた。
彼の隣で従者に支えられた黒衣の男は、第三王子が振り返ったのを見ると顔を隠していたフードを下ろす。そこに現れた顔は血の気がなく真っ白で、立っているのさえ辛そうではあるが、それは確かにアクスルだった。
その瞬間、エルフリーデが泣きそうに顔を歪める。
彼女は刺客たちを下し、レオンから事情を聞いてここに駆けつけたが、まだ夫の無事な姿を直接確認出来てはいなかった。
同じくアクスルのほうも、彼女を見て青白い顔にすこし生気を取り戻す。薄く微笑む顔を見て、やっとエルフリーデも微笑んだ。
第三王子は、彼らが、国王が使う謁見の間の奥の部屋から出てきたのを見て、自分が謀られたのだと知る。
真っ青になった息子に、国王は言う。
「言ったであろう。わたしはもうすでにお前たちの企みを知っている。はじめは信じなかった。だが……」
呪われた傷をおして国王に謁見したアクスルは、彼に筆談で進言。
『第三王子殿下の配下が、王太子殿下の周囲を嗅ぎまわっておるのです。きっと、この機に殿下は何か事を起こすつもりです』と。
この報せをうけて、国王は自分の手の者を第三王子の側仕えの中にしのびこませた。彼は愛息を信じたかったが……長い歴史の中では、王座を巡り諍いは繰り返されてきた。
それだけではなく、進言したのがアクスルであったということも大きかった。
アクスルは、国王自身が名家の子供たちの中から選び、幼い王太子に仕えさせた。その忠心は、長年見ていれば分かる。
王太子の従者から、補佐官にまでなった男は、これまで王太子をしっかりと守って来た。その訴えは、信用に値する。
ゆえに国王は、確かめざるを得なかったのである。
父の説明に、呆然と立ち尽くしていた第三王子は、国王を暗い顔で睨んだ。
「……つまり……全員で……わたしを謀ったのですね……」
絶望の双眸で第三王子はそう言った。呪わしい声は、ふつふつとした怒りに満ちていた。彼は周りを指さして、声の限りに絶叫する。
「非道なやつらめ! 許せない! 優秀なわたしを騙し、陥れて足を引っ張るつもりだな! 無能な奴らの考えそうなことだ!」
そんな弟に、王太子が負けじと叱咤する。
「違う! お前は自分の策に溺れたのだ! すべては自業自得だ! 人のせいにせず、しっかり自分の罪に向き合え!」
「っ! っ! うるさいうるさい! 愚鈍な者が、先に生まれたというだけで偉そうなことを言うな!」
第三王子は、兄につかみかかろうとし、飛び出てきた衛兵たちに阻まれた。それでも抵抗する彼は、衛兵らにわめき、拳をふるう。
そんな息子を見た国王は、もう聞いていられないという苦しげな表情。そばに控える近衛たちに彼を取り押さえるよう命じた。その命に従い屈強な騎士たちが前に出ると、第三王子はさらに憤慨。
「やめろ! わたしを誰だと思っているんだ! わたしこそが未来のこの国の王なんだぞ! おい! 父上! わ、わたしを助けてください! っ助けろよ!」
怒りに震えながらも、最後は怯えた子供のような目をして第三王子は泣きわめきながら謁見の間から連れ出されていった。




