思考はいつでもフリーダム
翌日。
昨日と同様に、コーカスとポチを除くコッカトリス達には先行して周囲の調査に出てもらった。特に、ゴブリンに遭遇した場合は、即座に連絡しに戻ってくるようにと言い含めてある。
「はぁ…ほんと、なんでスキルって複数まとめて使えないんだろう」
マッピングスキル、複写、索敵の順番にスキルを発動させ、手に持っている出来立てほやほやの地図にあれこれと書き込みを入れながらシエラが呟くと、コーカスは首を傾げてきた。
「使えばいいだろう?」
コーカスの言葉に、シエラの手がぴたりと止まった。
「いや、使えるならとっくに使ってるって。使えないからこうして時間がかかるのに、一個一個スキルを使ってるわけで」
「人間はおかしなものだな。二つのことを同時にすることなど、生活していればいくらでもあるだろうに、なぜスキルになるとそれができないのか」
コーカスに言われて、そんな簡単に言うけど、と反論しようとして止めた。
「…確かにそうだよね。仕事でも何でも、並行して二つ以上のことをすることだってあるのに、なんでスキルはだめなんだろう…?」
この間、トーカスと共に迷宮に飛ばされた時に、索敵とマッピングを同時発動させたときは、さすがに死ぬと思ったし、実際、鼻血が出たりして、体にも何かしらの影響が出ていたのは間違いがなかった。
だが、よくよく考えてみれば、身体強化スキルを自身に施した状態で、攻撃スキルを発動させている冒険者たちは少なくない。
それを考えると、スキルの多重発動が問題、というよりは――――
「使用するスキルの相性、規模、処理にかかる負担、…この辺りが関係してる…?」
もしかして、できないと思っていたが、方法や内容、組み合わせを調整してやれば、できるんじゃないのか?と、思考内容をそのままブツブツと垂れ流していると、ところで、と、シエラの隣に、ドサドサッと巨大な角を生やした大きな猪のようなものをコーカスとポチが置いてきた。
「ってこれ、ブラッドボア!?」
真っ白な角には、常に獲物の血がべったりとついていて、真っ赤に染まっていることから、そう名付けられたそれは、ギルドの討伐推奨レベルはCランクとなっている魔物だった。
獰猛な性格をしていて、手あたり次第、周囲の餌になるものを捕食する為、群れで行動するところは、今まで一度も目撃されたことがないので、討伐がきちんとされれば、本来はそこまで心配することも、気に掛けることもない魔物である。
が。
「まって、なんで三体もあるの!?」
そう、コーカスとポチが積み上げてきた数が単体ではなく複数体だった為、シエラは思わず顔を顰めて言った。
「なんで、と言われてもな。少し離れた場所にいるのに気づいたから狩ってきただけだ。何か問題でもあるのか?」
言われてシエラは顔を両手で覆いながら、大有りだよ!と叫ぶ。
「こいつらは、絶対に群れないってギルドの調査ではそう結論付けされてる魔物なのよ。なのに、三体もいるっておかしいじゃない!…いや、待って。早とちりは良くない、うん、良くない!この三体とも、離れた場所に」
「まとまって一緒にいたぞ」
淡い期待を粉々に打ち砕かれて、シエラは地面に突っ伏して叫んだ。
「偶々かな!?そうだ、三体で喧嘩とかそんな感じで」
「平和そうに別の獲物を一緒に狩っていたが」
コーカスの言葉にシエラはぎゅっと唇を噛みしめる。
「もうヤダ!なんでまた調べる対象が増えてんのよ!!おかしいじゃん、こんなの!オークの発生原因の確認のはずなのに、ブラッドボアの生態も調査とかやってらんないんですけど!」
うわぁ!と泣きながら叫ぶシエラに、コーカスはさらに首を傾げた。
「なんだ、いらなかったか?」
「それとこれとは話が別で、すいません、いりますいります、買取させてください、ごめんなさい。毛皮も買取対象なので綺麗に剥いでいただけますと非常に助かります、お願いします」
ぺこぺことシエラが頭を何度も上げ下げしていると、コーカスはやれやれ、といった様子で分かった、と答えて、ポチと一緒に解体作業を開始した。
「…とりあえず、ブラッドボアが群れる可能性がある、ということで、その調査もしないとだけど、今は優先度めっちゃ低いから後回しでいいや。とにかく、今回も範囲内にゴブリンがいなかったから、ちゃっちゃと進めていこう」
気を取り直し、自分にそう言い聞かせながら、シエラは手元の地図に、完了のサインを書き込む。
「…ん?なんか他にもあった気がするんだけど…なんだっけ?」
スキルの重複発動について、元々考えていたはずが、完全に頭の中から吹き飛んで消えていってしまった為、シエラがそのことについて、再度思案するようになるのは、まだ先のことになるのだった。
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