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井戸

「荷物を取ってくる。エナはここにいてくれ」

「わかりました。水を探しておきます。救世主様、少し失礼いたしますわ」

「あ、うん、いいんだけど、荷物って?」

「食いもんとか、念のため外に隠しておいたんだよ。何かあったら荷物捨てて逃げてこなきゃいけねえだろ」


 当然のようにゼマーは言って、荷物を取りに足早に行ってしまった。


「もしよければ、救世主様、ご一緒いたしませんか?」


 エナは視線の隅でアートリーを見ていた。気を使ってくれたらしい。瑞葵は頷いた。


「確か向こうに井戸みたいなのがあったから、案内するわ」

「ありがとうございます」


 城の荒れ具合から言って水の存在は期待はできないと思っていたが、裏庭にあった井戸に小石を投げ入れると、ぼちゃんと音が返ってきた。枯れていなかったと知って、エナに笑顔が浮かぶ。

 水の問題は無くなったが、別の問題が残っていた。


「……どうやって汲み上げましょう」


 釣瓶式の井戸だったようだが、周りには底の抜けた木桶の残骸しかなかった。ロープの方は、いざとなったらアートリーをもう一度殴って眠らせて手足を縛っていたものを使えば良いのでは、というのはエナの意見だ。発想は悪くないが、方法が少し乱暴である。


「水筒みたいのは持ってないの?」

「水袋ならありますが、それで汲み上げるのは難しいかと思います」


 水筒と水袋の違いはよくわからなかったが、難しいというならほかの手を探すしかない。


「じゃ、何か桶の代わりを探してみようか」


 裏口から城の中に入って物色した結果、陶製のボウルを見つけた。縁が欠けているが、それ以外はヒビも無い。水を入れるだけならうってつけだが、瑞葵とエナは井戸端でまた考え込んでいた。


「……どうやって汲み上げましょう」


 問題は解決していなかった。ロープがあったとしても、ボウルをどうやって吊すのか。下手すれば割れておしまいである。


「昔話のカラスみたいに、石でも投げ込んで水位を上げてみるとか……」

「カラス?」

「あれ、通じなかった」


 エナにカラスが何かというところから説明していると、ゼマーがやってきた。いつまでも戻ってこないのを心配したようだ。水が汲めない話をすると、ゼマーは井戸を睨み付ける。


「……いっそ、アートリーにこれを持たせて吊すか」

「気持ちはわかるけど、ひと一人を上げ下ろしするのは大変だからね? ついでに教えてあげると、じっさいにそれやるのは王子様一人だからね?」


 ゼマーはなおも井戸を睨み付けていたが、何かを思いついた顔で振り返った。


「じゃあ、あんたが行ってくれよ」

「へ?」


 ぽん、とボウルを渡されて、瑞葵はうっかり受け取ってしまった。瑞葵が物を持てることがわかると、ゼマーはニヤリとした。


「じゃ、よろしく」

「意味がわかんないよ!?」

「ゼマー殿下、まさかとは思いますが、救世主様を吊すというなら私も覚悟があります」


 エナにすごまれて、ゼマーは慌てた。


「そんなことしねえよ! そんなことしなくたって飛べるんだから、中に入って水を汲んでくるくらいできるだろ」

「え、あたし飛べないよ!?」

「オレにはどう見ても飛んでるようにしか見えねえが……」

「目がおかしいんじゃ――」

「言われてみれば……」


 エナまで何を言うのか。しかしエナの視線を追えば、自分の足下にたどり着いた。


「……」


 確かに浮いていた。自分でも驚くくらい、浮いていた。同極の磁石を反発させて浮かせるのがリニアだっけ――こういうときに限ってどうでもいいことが思い浮かぶのは何でだろう。

 一歩前に進んでみた。以前ほどではないけれども、地面を踏んで進んでいるという感覚はあるが、改めて見てみれば浮いている。浮いたまま、進んでいる。


「な?」


 間違いないだろ、とゼマーに念を押されて、


「……うん」


 うなずいてしまった。そのまま操られるように瑞葵は前に進んで、井戸の縁に立った。そっと足を前に出してみると、足場がある。井戸の真上なのになぜかある。


「救世主様、ご無理のないように」


 エナの言葉で、逆に心が決まった。瑞葵はそのまま井戸の上に立ってみた。しかしそのままだと反対側に渡ってしまうだけである。


(下に降りないと……)


 このままエレベターのように足場ごと下に降りないだろうかと念じてみると、


「お?」


 すーっと体が下に降りていった。

 水面ギリギリまで下がって、水を汲んで今度は上に上がるように念じてみた。


「おまちどー」


 気分は井戸の精霊である。あなたが落としたのは金のボウルですか、銀のボウルですか。


「やっぱりできるんじゃないか」


 ゼマーは満面の笑みで水の入ったボウルを勝手に奪うと、匂いを嗅いでから指先を浸し、飲めるかどうか確認している。意外と慎重だ。


「じゃ、またよろしくな」

「えっ?」


 次に瑞葵の手に乗せられたのは、革の巾着のようなものだたった。


「えっ、じゃねえよ。全然足りねえって。直接こいつに汲んできてくれよ」


 どうやらこれが水袋というものらしい。水筒と違ってふにゃふにゃなので、エナが言ったとおり、吊して水を汲むには適していない。


「あ、エナの分もよろしくな」


 さらにもう一つ、追加された。


「……」


 ついでにアートリーの分の水袋も、無事にいっぱいになった。

お読みくださってありがとうございます。

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