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第四話:起死回生 「回転床・改」にご注意ください

 実りの秋を迎え、各地で豊穣を祝う祭りが催される。毎年厳しい冬が訪れる高山の裾に広がる平地に位置する「冒険者向けアミューズメント型保養施設」こと旧ダルワインの迷宮の奥深くでは、今日も「悪魔の罠商会」が粛々と営業を続けていた。


 迷宮管理権の「売却」に成功し、倒産の危機を免れて訪れた束の間の安息は、早くもゴランドリエルの元を去ろうとしていた。それもこれも、迷宮管理者となった冒険者協会がテナントである悪魔の罠商会の経営にあれやこれやと口出ししてくるばかりでなく、少しでも利権に絡もうと要らぬ手を尽くしてくるせいだ。


 ゴランドリエルが苛立たしげに舌打ちしたとき、工房の扉がノックされた。


「社長ぉ~、ご注文の歯車が届きましたぁ~」

「……その辺に置いておけ」


 ゴロゴロゴロ……とエリスが転がして運んできたのは、巨大な歯車だった。ゴランドリエルは工房の入り口に背を向けていつもの作業机に向かっており、彼女の方を振り返りもせずに答えた。


 例えばこのような資材の搬入一つとっても、冒険者協会はうるさく口出ししてくるのだ。これまで外部に発注した部品等を工房へ運ぶ際は、迷宮のエレベーターを勝手に使っていた。不幸にもその際ベヒーモスやゴランドリエル、あるいはクイーンと遭遇した冒険者たちがどうなったかは言うまでもないが、迷宮に潜る以上想定外の敵と遭遇し倒れてしまうことは彼らだって覚悟の上だったし、悪魔の罠商会の面々にしても、自分たちが倒されてしまう可能性がゼロではないことは承知していた。


 ところが、冒険者協会は旧ダルワインの迷宮を改装し、中~上級冒険者向けアミューズメント型保養施設その名も「温泉迷宮」としてリニューアルオープンしたことによって、そこでは冒険者たちが大悪魔(アークデーモン)吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)と遭遇して死ぬことなどあってはならず、ゴランドリエルに資材搬入を冒険者協会に金を払って委託するか、あるいは営業時間外――夜中の三時~五時の間――に行うか、専用エレベーターの設置を「自腹で」行うかの選択を迫ったのだった。

 罠製造の技術は門外不出。ゴランドリエルが工房を迷宮の奥深くから移動させる気がない以上、それは不可避の選択だった。


「社長ぉ~、なんだかご機嫌ナナメですねぇ」


 エリスが次々と歯車を工房に運び込み、最後の一つを、えいやっ、と積み上げるまでの小一時間ほどのあいだ、無言で机に向かっていたゴランドリエル――結局銀行に借金を重ね、専用エレベーターを設置した――の背中に向かって声をかけた。社長が不機嫌になる理由など、今や上得意の相手も任されるまでに成長したエリスにはいくらでも思いつくが、心当たりがありすぎて特定するのは困難だった。


「……機嫌も悪くなるさ。また“ガルファン”の値段が上がったんだろう?」


 あ、そっちかぁ。


 エリスは納得すると同時に安堵した。


 どうやら、クイーンと二人でゴランドリエルのおやつを食べてしまったことがバレたわけではないらしい。


 ゴランドリエルの言う通り、ミミックの製作に欠かせないモンスターガルヴァンズファング――通称ガルファン――の値段は高騰している。


 値段も何も、ミミックが世に出回り始めた当初はダルワインが管理していた迷宮に敷かれた魔法陣から無制限に湧いてくるモンスターを狩って利用していたため無料(タダ)だったのだから、悪魔の罠商会の収益が大幅にダウンしたことは想像に難くない。さらに宝箱も「中古の方が味わい深い」という理由から在庫や返品されたものを流用していたため、「初期型ミミック」は驚くほど低コストで生産されていた。


 しかし、迷宮の管理者が冒険者協会に変わってからは、モンスターを召喚する魔法陣が復活したにもかかわらず、ファングの供給は以前の様にはいかなくなっていた。


 冒険者協会は、迷宮をアミューズメント型保養施設「温泉迷宮」としてリニューアルした――住み慣れた迷宮をそんな風に改造されただけでも腹立たしいというのに――だけでなく、悪魔の罠商会が迷宮に出現するモンスターを狩ることを禁止したのだ。そういった「素材」となりうるモンスターは冒険者協会が冒険者から買い取るというシステムが構築され、ゴランドリエルは迷宮を訪れた冒険者が捕獲し、冒険者協会が買い上げたガルファンを「仕入れる」ことを余儀なくされていた。

 甚だ非効率なことに、迷宮から遠く離れた協会本部まで「検品」のために運ばれていくガルファンの群れを、指をくわえて見ているしかない彼が、それについて怒りを隠せないのも無理はない。


 しかし依然としてミミックの人気は高く、今更販売中止にするわけにもいかない。そこでゴランドリエルはガルファンを半分にして生かす技術を開発し、「量産型ミミック」を売り出した。これが面白くなかったのだろう。冒険者協会は素材の値上げを通達したのだった。


「なんかぁ、南の方で起こった人間同士の戦争の影響でぇ、『燃料市場が高騰しておっての。ふぉふぉふぉ~』って、言ってましたょ……」


 今回の値上げの理由を説明したエリス。冒険者協会会長のモノマネの出来は相当によかったのだが、ゴランドリエルはクスリとも笑わない。


「ふん。小賢しい人間のジジィが、あれこれと理由をつけやがって。要するに、自分のところのガルファンが売れなくなるのを防ぎたいのさ。素材の買い取りを始めた手前、おいそれとは止められないだろうし、在庫を抱えるのがよほど怖いと見える。……こんなことになるならドロシーにでも頭を下げればよかったか……だが、ぐっ……あ~あ、っと」


 吐き捨てるように言うと、ゴランドリエルは肘掛椅子に座ったまま大きく伸びをした。そのまま回転して、エリスが運んできた歯車を見ると、不機嫌そうな表情から一転して悪魔らしい恐ろしげな笑みを浮かべた。


「だがまあ、黙って殿様商売に付き合ってやる義理もない。『ケイオスミミック』の開発は順調だ。冒険者どもの慌てふためく顔が目に浮かぶわ……さて、届いた資材を組立てなくてはな」

「ケイオスミミック?」


 椅子から立ち上がったゴランドリエルに、エリスが質問した。彼女は事務及び窓口役として多くの業務を任されるようにはなったが、肝心の「罠開発」についてはほとんどというか、一切の関与を許されていない。ゴランドリエルと共にそれにあたっているのは、悠久に近い時を生き、冒険者をいびり殺すことにかけては右に出るもののいない吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)ただ一人だった。


「おっと、口が滑った。……忘れるのだ淫魔(サキュバス)

「えぇ~? 聞こえちゃいましたよぅ。それって、新しい罠ですかぁ? あ~あ、あたしも罠づくりに参加させてほしいです……」

「貴様は“罠道”に足を踏み入れるにはまだまだ若すぎる。通常業務はもちろんのこと、冒険者相手の仕事でもしっかりと研鑽を詰めば、いつかは入門を許す日も来るだろう」

「なんですかぁ、罠道ってぇ。でも『いつかとおばけは出たためしがない』っておばあちゃんがよく言ってましたけどぉ?」

「モンスターが何を言うか。ほれ、電話、電話」

「あ、は~い。もしもしー? 悪魔の罠商会受付担当エリスだよっ!」

「…………」


 タイミングよくかかってきた電話に元気よく対応を始めたエリスは、イヤホンマイクに左手を添えつつ、大きくV字の切れ込みが入った胸元へ右手を伸ばした。彼女は深い胸の谷間からボールペンを取り出すと、ウィンク一つを残して受付へと戻って行った。


「ゴランドリエル様……発言にはご注意いただかないと」


 工房の扉が閉まるのを待っていたかのように、吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)が風を巻いて出現した。


「ああ、すまなかった。……それはともかく出張ご苦労。で、どうだった」

「素材そのものは問題なく確保できるでしょう。先方も当社の新商品に強い興味をお示しでしたので。詳細を詰めるにあたり、社長との面会をご希望でした」

「ふむ」


 足音を立てずに工房の床へ着地したクイーンが成果を報告すると、ゴランドリエルは腕を組んで天上を見上げた。


「冒険者協会の連中は、ファングの収益でホクホクしていやがるだろうが……今に見ていろ。“ケイオス”が流通するようになれば、旧式のミミックなどあっという間に淘汰されてしまうだろう。なんとしても、このプロジェクトは成功させなければ」

「ですが、流通量は慎重にコントロールする必要があります。一気に放出すれば、混沌どころかあちこちの迷宮に“無”が生まれてしまうでしょう」


 クイーンの忠告に対して深く頷きを返したゴランドリエルは、内線ボタンをプッシュしてエリスを呼び出した。







「しっつれいしまーっす! あれぇ、真っ暗……? 社長ぉ~?」


 エリスが扉をノックする直前、ゴランドリエルは工房の床に納品された歯車たちを組み合わせた製品を設置した。


 迷宮にはつきものの真っ暗闇を、モンスターであるエリスが恐れるわけもない。彼女は無思慮に工房へと足を踏み入れた。


 カチリ。


「あれぇ? なんか踏ん――っキャアーー!?」


 パチリ。


 工房に灯りが戻った。


「ああああ! 回る! 目っ! まわっ、ああーー!!」


 蛍光灯の下で、超高速で回転する淫魔(サキュバス)の姿が照らし出された。


「しゃちょー!? しゃちょー!! なん、であたし、まわっ! 止めてぇえーー!!」

「……罠の開発に携わりたいという貴様の希望を叶えてやっているのだ。どうだ? 『回転床・改』の味は」


 ゴランドリエルは肘掛椅子に座って足を組み、もう少しでバターになるのではというほどの速度で回転を続けるエリスに訊ねた。


「はいいっ!? いやっ! ホント、キツイです! 最高の! 罠だと思いますー!!」

「そうか。貴様が食ったプリンもさぞかし最高の味わいだったろうな」

「やぱ、それも怒ってたんですねーー!? いやーーーー!!!!」


 数秒後、新作罠「回転床・改」の常識を超えた回転スピードによって、さんざんマワされたエリスは「混乱」と「吐き気」というバッドステータス状態に陥った。真っ暗闇でこれに引っかかり、モンスターと遭遇したパーティーはたとえ同レベル以下の相手であっても苦戦を余儀なくされるだろう。


 迷宮設置型の罠は一度設置すれば稼働し続けるタイプのものが多いため、故障等不具合が無ければ売り切りとなってしまうものがほとんどだ。悪魔の技術力は高く、滅多なことで不具合など起きない上に、迷宮というものはしょっちゅう新しいものが生み出されるわけでもない。自然と、悪魔の罠商会の主力商品は設置型の罠から消耗品である宝箱型にシフトした。にもかかわらず、彼が新しい設置型罠を開発した理由とは何か。


 冒険者協会会長も認めるように、迷宮の罠というものもずっと同じでは飽きられてしまう。「温泉迷宮」オープンにあたり、設置型の新罠の開発オファーも出されていたからだ。当然というか、契約に従って、「回転床・改」は無償で冒険者協会に提供されることが決まっている。おやつのプリンどうこうは置いておいて、歯車が届いてもゴランドリエルがさしたる興味を示さなかった理由がこれである。


「くっく……今に見ていろよ」


 始終冒険者協会の監視の目に晒されることとなった悪魔の罠商会は、表向きは粛々と罠の開発に勤しんでいたが、裏ではケイオスミミックの開発を進め、反撃の機会をうかがっていたのだった。




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