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第二話:苦境 かくてミミックは生まれり

「社長……このところ、少々お痩せになったのではありませんか?」


 季節はうつろい、夏がやって来た。迷宮の外は蒸し暑くて過ごしにくい天気だが、「悪魔の罠商会」本社兼工房は地下深く生み出されたそれの奥深くのさらに奥に隠されており、多少の湿気と瘴気を孕んではいても、室内の空気は快適なものに保たれていた。少なくとも、吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)と呼び出された大悪魔(アークデーモン)にとっては、の話だが。


「痩せもするさ……見ろよ、この在庫の山を」


 その快適な空気とは違った意味で至極過ごしにくい空気を全身から立ち上らせているゴランドリエルは、作業机の上で頭を抱えたまま尻尾の先で工房の奥の壁を示した。そこには金銀銅木――さまざまなランクの宝箱が山積みになっていた。


「たしかに最近、返品が多い気がしますね」

「ああ。理由を聞いただろう? まったく、最近の冒険者だの勇者だのを自称する人間どもは、前にも増して軟弱になりやがって。そういう奴ほど親の金に物を言わせてレアアイテムを手に入れちまうんだから、始末に終えない。お前もそう思わんか?」

「申し訳ございません、ゴランドリエル様。返品の理由などは存じ上げませんケプッ――っと、失礼いたしました」


 以前盗賊協会からのクレームに対応して以来、妙に距離が近くなったクイーンの言を聞いたゴランドリエルが回転椅子を軋ませて振り返った。頬がこけた彼とは対照的に、不敬にもゲップを洩らしてしまったクイーンの肌は色艶も良く、不死者(アンデッド)とは思えない輝きすら放っているようだった。


「……貴様、理由も聞かずにこれまで返品を受けてきたのか?」

「まさか。上得意様以外の一般のお客様に関しましては、オペレーターを雇っております」


 心外ですわ、と白銀の髪をかき上げ唇を尖らせるクイーン。対するゴランドリエルは「はあァ?」と、素っ頓狂な声を上げて椅子から立ち上がった。


「……なんだそりゃ!? 知らないうちにバイトを雇ったのか!?」


 この苦境の只中に、いったい何を考えている!? 口から吐く言葉だけでは足りず、念話まで使って訴えるゴランドリエルだったが、クイーンは涼しい顔のままだ。


「ちゃんとご相談させていただきましたよ? 先月、ベッドの中で」

「覚えてない」

「ゴランドリエル様、激しかったから」

「……そういうことをサラッと言うな」


 たった二言で、クイーンはゴランドリエルの気勢を削ぐことに成功した。


「重ね重ね失礼いたしました。それで、返品の理由とは?」

「え? ああ、うむ。それなんだがな……」


 サラリと人事問題をスルーさせられたゴランドリエルは肘掛椅子に座り直し、再び頭を抱えた。


「これまでも罠解除が不可能だとか、きちんと発動しないとかいう返品はいくらかあった。だがそんなものは、滅多に起こらない俺の技術的エラーに過ぎないし、数字に影響する様な量じゃなかった。せいぜい、月に一つか二つだったろう?」

「ええ。まあ数など存じ上げませんが」

「貴様なんのために雇われているんだ? まあ、いい。俺が取引先に聞いたところ、この二~三か月で返品されてきたこいつらは、“冒険者に無視された”宝箱なんだ」

「無視された……?」


 クイーンの細眉が上がった。彼女はいくら太眉が流行しているとゴランドリエルが勧めても頑なに拒否していた。彼女なりの強いこだわりがそこにはあるのだろうが、それは「悪魔の罠商会」にとってまったく、これっぽっちも関わりのないことだ。それはさておき、ゴランドリエルは荒々しい呼気とともに深く頷いた。


「そうだ。奴らは罠の解除に失敗した際のリスクを恐れて、迷宮内に宝箱を放置して行く場合がある。強力かつ無慈悲な罠が仕掛けられているほど中身の期待値は上がっていくし、それに比例して罠解除の難易度も高くなるが、さっきも言ったようにリスクを冒さなくともレアアイテムを手に入れる方法があるらしくてな――」


 放置された宝箱は、通常迷宮の掃除屋が回収し、新たなモンスターに持たせて循環させるものだ。だが長期間放置されることで罠によっては質が劣化してしまい、様々なエラーが発生する場合がある。


 悪魔の罠商会が販売する宝箱用の罠は「作りたて、だから安心かつ危険」をウリにしているため、放置された宝箱の再利用は控えるように注意を呼びかけてはいる。

 例えば「悪魔の目玉」という罠がある。これは罠解除に失敗したものを石化させる罠として中級以上の宝箱に仕掛ける罠として人気を博してきた、会社の主力商品の一つだ。しかし製造から一か月以内に解除あるいは発動させないと目玉が腐ってしまい、宝箱を手にした瞬間問答無用で石化させられる上に宝箱の中身が呪われてしまうのだ。


 これまで冒険者たちが攻略する迷宮を選ぶ理由の中で常にトップスリーにランクインしていたのが「宝箱の中身がイケてる」であったのだが、先ほどゴランドリエルも言ったように、「課金システム」が登場したことで年々順位を下げており、現在ではトップテンに入らないことも多い。

 宝箱は経費を食うため、できるだけ使い回したいというのが迷宮経営者の正直な気持ちであることは言うまでもない。再利用可能な罠の開発を要求してくる団体も少なくない中、悪魔の罠商会は「作りたて」にこだわってきた。


「迷宮管理者がせっかく奮発してレアアイテムを仕込んでも、ちょっと罠が強力だとほったらかして行ってしまうらしい。俺は社の製品のコンセプトを割と必死に説明したが『鮮度が落ちるのが早すぎる』などと言われてな……けんもほろろだった」

「ゴランドリエル様のお気持ちはよくわかりましたわ……しかし、顧客のニーズにお応えすることも大事です。なにか、打開策を講じなくてはなりませんね」


 肩を落としたゴランドリエルの足元ににじり寄ったクイーンは、膝に手を置いて彼の顔を見上げた。


「下賤な冒険者どものせいで、ゴランドリエル様がこれほどに心を痛めておいでとは……このクイーン、身命を賭してお手伝いいたします。わが社のコンセプトを堅持しつつ、冒険者たちに宝箱を無視することなど“許さない”そんな商品を造りましょう?」

「クイーン……」

「ゴランドリエル様……」


 鍛え上げられた伝説級の剣を受けても欠けることのない爪を生やしたゴランドリエルの手が、クイーンの頬に添えられた。彼女の顔をまじまじと見つめるゴランドリエルと、それを潤んだ瞳で見上げるクイーン。徐々に二人の顔が近づいて――


「貴様、ずいぶんと色艶がいいな」

「はい?」


 予想外のゴランドリエルの発言に、クイーンが目を白黒させた。


「社の経営が落ち込み、貴様の口座に給与を振り込んでいないというのに……貴様どうやって日々の糧を得ている?」

「……給与など気にしておりませんでしたが、私は吸血鬼(ヴァンパイア)ですから……」

「あー、そういうこと、か」

「ゴランドリエル様?」


 椅子をクルリと回転させ、作業机に向かうゴランドリエル。急に背を向けられたクイーンは膝立ちになったままだ。


「おかげでアイディアがひらめいた。集中したいから、出て行ってくれないか」

「…………」


 フヒュッ


 そんな音を立てて、吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)の姿が掻き消えた。彼女は気づいていなかったが、ゴランドリエルは照れ隠しに笑っていた。







 一か月後。


「クイーン! 喜べ! 新商品は大当たりだぞ!?」

「……」

「貴様のおかげで、よい商品を生み出すことができた。まさしく“出来たて作りたて”かつ冒険者がこれを“無視できない”商品だ。返品された宝箱を流用し、かつこの迷宮のモンスターをちょろまかして使うからコストも低い! わが社の危機は救われた!」

「…………」


 どこから仕入れたのか扇子を広げて左団扇のゴランドリエルだったが、クイーンは鉄の表情となって直立していた。


「クイーン、どうした? 給与ならきちんと振り込んだぞ? 特別手当もはずんだし……なんでそんな怒ってんの?」

「別に。怒ってなどいません」


 ぷいっとそっぽを向いたクイーン。その視線の先に回り込むゴランドリエル。すぐにクイーンは反対を向いた。


「いーや、絶対怒ってるな! このところ寝所にも全然来なくなったし!」

「……そういうことをしないようにと命じられましたので」

「いつの話をしている? もういい加減に機嫌を治してくれよ。勝手に雇ったサキュバスも正規雇用にするから!」

「……ハワイ」

「は?」


 ゴランドリエルに背を向けたまま、ポツリとつぶやかれたクイーンの言葉の意味を測りかねたのか、ゴランドリエルは首を傾げた。


「ハワイに行きたいです」

「お……おお! そうか! 社員旅行だな!? いいとも、サキュバスとベヒーモスも連れて、ハワイでもモルディブでも行こうじゃないか!」

「……二人きりで」

「わかった、わかった!」

 

 かくして大悪魔(アークデーモン)吸血鬼の女王(ヴァンパイアクイーン)は旅立った。


 悪魔の罠商会の新商品「ミミック」は、ゴランドリエルを召喚した大魔導士ダルワインの迷宮内に湧き出す「ガルヴァンズファング」という、死んだ悪魔の牙と目玉で構成された中~上級のアンデッドモンスターを宝箱に仕込んだものだった。出会ったが最後、冒険者に執拗に食い下がり、彼らを全滅させた後は勝手に迷宮内を彷徨うモンスターと化すため回収の必要もないエコな商品として爆発的な売れ行きを見せていた。


「ちょっと~、材料のモンスターいないんですけど!? ベヒたん、どうしよう?」


 殺到する注文をさばききれず、留守を預かったサキュバスは正規雇用の恩返しにと、魔獣系最強のモンスター悪魔の巨獣(ベヒーモス)を連れて材料集めに乗り出した。主ダルワインを失い、急速に衰退していく迷宮内に残されたガルヴァンズファングはごくわずかだ。




「クイーン……」

「ゴランドリエル様……」


 次期主力商品候補のミミックだったが、その製造ラインの確保が早くも困難になりつつあることを、ダイヤモンドヘッドを背景に見つめ合う二人は、まだ知らない。




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