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歌鳥  作者: ねこじゃ・じぇねこ
5章 主人
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6.探り合い

 昨日と同じ場所でライチョウは待っていた。

 わたしとヨダカが此処で毎日唄を共有していた事を知っての事なのだろうか。そうだとしたら、なかなか性格が悪くて厳しい。

 ウグイスに連れられて入室したわたしの顔を狼のような目で見つめると、ライチョウはその口元に薄っすらと笑みを浮かべる。

 飾り気のないライチョウだが、その顔はとても整っている。

 ヨダカのように女らしい恰好をすれば、こんなにも荒々しい強さを秘めているなんて誰にも思われもしないだろう。ひょっとすれば、狼のような目もまた、じゃじゃ馬程度の可愛げに思われてしまうかもしれない。

 それでも、カケスを殺したこの女の姿を一度見てしまった以上、わたしが彼女をそういう女として捉えてしまうような事は一生ないだろう。

 椅子に座ったままわたしを見上げ、ライチョウは開口一番言った。

「少しは考えたか、今後の事を」

 愛用の刃は相変わらず床を突いているが、言葉と声自体が剣のようにわたしの身体を刺してくるようだった。狼のような目はとても怖いけれど、その目をじっと見つめ、わたしはわたしでどうにか強気を保っていた。

 勝負はこれからだ。

 ここから先は、わたしがわたしの為に、わたしなりに考えて、ヨダカを守る方法を探った結果のものだ。

 一度だけ自分に断ってから、わたしはライチョウに言った。

「――ええ」

 一歩、二歩とゆっくりライチョウに近づくと、何も言われぬうちに、わたしはその目の前で床に膝を着いてみせた。

 わたしの方がライチョウを見上げる形を取って、囁くように告げる。

「わたしなりに、今後の事を考えました」

 出来るだけ控えめにそう言うと、ライチョウの獣のような目が細められた。笑っているように見えるが、それは表面上のものだ。その内面ではきっと、わたしの真意を探るために思考を巡らせているのだろう。

 しばらくそのまま沈黙していたが、やがて考えをまとめたらしくその口を開いた。

「――そうか」

 そう言って、手をわたしへと伸ばす。

「ならば、この手を取るか取らないか。今すぐ聞かせてもらうか」

 鋭い眼差しを正面から受けて、わたしは息を飲んだ。

 従うのは簡単だ。でも、それではいけない。わたしはぐっと両手で自分の服を握り、その手を握らない姿勢を取りつつも、目ではライチョウに懇願するような表情を意識した。

 縋るように見つめ、そして答える。

「その前に、お願いがあります」

 心臓が張り裂けそうなくらい音を立てている。

 視線を逸らしたい想いを必死に抑え、わたしはライチョウの目を見つめ続けた。狼のような彼女の双眸が、わたしのその心音を捕えつつ窺っているようだ。逆光の中でも輝く鋭い眼差しは恐ろしいけれど、こんなもの、わたしとヨダカに待っている未来への恐怖に比べたら、どうってことない。

 しばらくの間、ライチョウはわたしの表情を窺っていたが、やがて、その目に込められた警戒心を引っ込め、差し出していた手でわたしの頬に触れる。

 初めて直に感じる温もりが伝わってきて、わたしの怯えが強まった。

 ヨダカとは違う肌触りのものだ。猛獣のような双眸と荒々しいその野心でこの屋敷を制圧したライチョウ。どんなにその目を見つめても、彼女が何を思ってわたしの言葉を受け取っているのかは、分かりそうになかった。

「――言ってみるといい」

 ライチョウに促され、わたしは恐る恐る閉じかけた口を開いた。

 触れてきたのは、わたしを怯えさせる為だろうか。そうとしか思えない程、ライチョウの目は恐ろしいものだった。

 それでも、どうにか、わたしは訴えた。

「きちんとお答えする前に、二人きりでヨダカと会いたいんです。檻越しではなく、もう一度、ヨダカに触れて、あの温もりを感じたいんです」

 ライチョウは全く表情を変えない。

 その手はわたしに触れたまま。わたしの方は両手とも心臓を抑えたままだ。気を抜けば咳き込んでしまいそうなくらいに緊張している。

 その緊張に呑まれないように、わたしは全てを天に委ねた。

「お願いします……」

「――カナリア」

 すぐにライチョウの渋い声が漏れだした。

「残念だよ」

 顔は微笑んでいるが、心は全く微笑んでいない。頬より伝わってくるのは温かさばかりだけれど、その奥に潜んでいる心は恐ろしく冷たいものだ。

 わたしから目を離さないまま、ライチョウは唸るように言った。

「二人きりにされればあの女と契り、私から逃れるつもりなのだろう? そのくらいの事、考えずとも分かる」

「――そ、そんなこと」

 出来ません、と言おうとして口籠ってしまった。

 ライチョウの表情に明らかな敵意が現れているからだ。手はわたしの頬に触れたまま。その肩よりゆらりと長い髪の先が滑り、揺れている。

 その姿を見つめている事で精一杯だ。だが、ライチョウが立て続けに問いただしてくるような事はなかった。

 沈黙の中、ゆっくりと呼吸を整えながら、わたしは静かに言葉を探した。

「わたしはただ、あの方に会いたいだけなんです。抱きしめてもらいたいだけなんです」

 我ながら切実な声だったと思う。

 そもそも、これは本心だ。本当に思っているからこそ、切ないほどに声に感情がこもってしまう。そんなわたしの姿はこの革命家にどう映っているのだろう。

 静かに返答を待っていると、そう経たずしてライチョウは息をついた。

「君の事を信じるか、信じないかは言わない」

 冷静に聞こえるが、その内心は恐ろしく荒い。

 わたしにはその熱が直に伝わってきていた。

「ただ、覚えておけ。お前が――」

 棘のある声で、ライチョウは言う。

「お前がもし、あの女と契ったとしても、私ならばお前達をどうとでも出来る」

 そうしてようやく、わたしの頬は解放された。


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