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歌鳥  作者: ねこじゃ・じぇねこ
3章 処刑
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7.革命の灯

 初めは声だけだったらしい。

 歌鳥の血を引かぬ人間達は、生まれてから死ぬまでその身分を変えるが殆どない。変わるのはよっぽど世の為になる事をした偉人か、よっぽど世を混乱させた罪人かのどちらかであると言われるほど、多くの者たちは生まれ持った身分のまま死んでいった。

 それはそれで落ち着いている時代もある。

 力のない者は立ち上がらず、力のある者もむやみに虐げず、目立った混乱やぶつかり合いもなく成り立っている時代はあるらしい。

 けれど、そうでない時代もある。

 ヨダカの兄が治めていた土地は、そうでない時代を迎えていた。

 力のない者は不満を募らせ、力のある者は不安から虐げる。それが続けば続くほど、きりのない負の連鎖は生まれ、やがて言葉だけでは埋められないほどの溝があらゆる所に生まれていく。

 そんな溝が今の世の中にも沢山あるらしい。

 革命家は声を上げ続け、同志を募った。貧富の差は広がるばかりで、贅沢に耽る者たちか、汗水垂らしてもその日暮らすのが精一杯の者たちかの二択なのではないかというくらい、差は広がり続けていった。

 コマやムク、カケスのように確かな権力のある者たちにかしずく者なんてほんの極一部で、多くは明日のことも分からぬ生き方をしているのだとその時になって初めて分かった。

 わたしは人間に紛れて暮らしていても、人間のことを正しく理解出来ていなかった。

 声は広がり続け、多くの不満を抱えた者たちは集まっていく。

 人が集まり、権利と自由を求める声は大きくなるにつれて、いつの間にか暴力へと変わり、才知も力もあるヨダカの兄にさえ留められないほどのものになったらしい。

 そうして起こったのが革命。その報せは、ヨダカは勿論、世間一般の人々にとっても驚くべきことだったそうだ。

「幾ら考えても信じられない」

 ヨダカは静かにそう言った。

「そんな者達に兄様達が皆殺されてしまうなんて信じられない。彼らは皆、多くの戦いを生き延び、野蛮な者達を刃で説き伏せた逞しい人々なのに……」

 しかし、ヨダカが幾ら信じられなくとも、遠き地で起こった事件はどうあっても事実で、変えられない過去の出来事である。

「兄様は無残に殺されてしまった……」

 ぽつりと呟く声が恐ろしくて、わたしは鳥かごの柵を掴んだ。

「彼らは……」

 声が詰まりかけ、わたしは息を飲んだ。

 安全な屋敷の外で吹いている風が恐ろしくて、落ち着こうにも落ち着けない。わたしは固唾を飲んで、ヨダカを真っ直ぐ見て続けた。

「――彼らは、ここにも来るつもりなの?」

 わたしの問いにヨダカは俯く。

「可能性は高いわ。もうその波は来ているのかもしれない。他所の権力者達はそれぞれ準備をしているわ」

「準備?」

「ある者は戦いの準備。そしてある者は高飛びの準備」

「ヨダカはどうするの?」

 高飛びだろう。決まっている。そうであって欲しい。

 そう思いたかったけれど、ヨダカの目はやはり恨みに燃えているのだ。その姿はあまりにも勇ましく、不安をかきたてられるものだった。

 だが、ヨダカの返答はとても曖昧なものだった。

「私は、喪に服すの」

 双眸の奥で燃える炎とは裏腹に、その声はまるで何もかも諦めてしまったかのようで、わたしはとても怖かった。

 もしもヨダカの兄を殺した連中のような者が踏み込んできたら、彼らはヨダカをどうするだろうか。美しいこの人の首を斬ってしまうのだろうか。ヨダカの兄にしたように、この優雅な人にもしてしまうのだろうか。

 可能性が可能性を連想させていき、わたしは苦しくなった。

「――コマやムクをはじめ、この屋敷の僕妾たちのうち希望する者は、一度田舎に帰す事にした。カケスは身寄りがないけれど、本人が望むのならば何処へなりとも逃がしてあげるつもりよ」

 淡々とヨダカは言う。

 そして夜色の目でわたしの姿をしっかりと捉え、恐ろしく澄んだ声で囁くように、彼女はわたしにしっかりと訊ねてきた。

「あなたはどうしたい? カナリア」

 咽てしまいそうなくらい、苦しかった。

 ――どうしたいって? 決まっているじゃない。

 この美しい主人を放っておく事なんて出来ない。だが、思いあまってその気持ちを上手く言葉にすることもまた出来なかった。

 狼狽ろうばいするわたしをひとしきり眺めると、ヨダカは深い溜め息を吐いた。

「悪い事は言わないわ」

 ぽつりと彼女は呟いた。

「なるべく早いうちに、あなたもよく考えて、今後の希望を決めなさい」

 その言葉で全てが揺らいだ。

 混乱を深めるわたしを放って、ヨダカは再び鳥かごから離れていった。その背中をただただ見送り、わたしの方は動揺を受け止める事で精一杯だった。

 崩されるとは思ってもみなかった平穏が、変わろうとしている。

 この先の未来が、ヨダカにとってどういったものになるのか恐ろしくて仕方がなかった。そして、わたしは何よりも悔やんだ。

 どうして今の瞬間に、わたしは言えなかったのだろう。

 もう迷いなんて何処にもなかった。

 次にまたヨダカとゆっくり話せるのならば、わたしはヨダカに告げるつもりだった。

 ――ヨダカに死んでほしくない。

 それはつまり、革命などと言う波に呑まれて欲しくないということだ。

 今のままではいけない。気休め程度の守護の唄ではヨダカを守りきれないという事は分かりきっていた。

 ならば、わたしは迷いを捨てる。

 もう、それしかないのだと。


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