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歌鳥  作者: ねこじゃ・じぇねこ
3章 処刑
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6.遠き地にて

 此処、ヨダカの屋敷のある都より、だいぶ離れた別の都にて異変があったそうだ。

 初めはそんな噂話に過ぎなかった。妾どもがヨダカの部屋の清掃をしながら、その朝に入ったばかりの報知を語らっていたのだ。

 わたしの方はヨダカのみが朝食に向かい、この鳥かごに置き去りにされていることが寂しくて、沈黙を守り、愛想の一つもない名も知らぬ妾が差出してくれたパンをかじりながら、その会話を聞いていた。

 異変とは何だろう。

 その時はそんなぼんやりとした疑問だけが頭に浮かび、すぐに硬いパンの素っ気ない味で消えていっただけだった。

 しかし、数時間もしない内に、ヨダカの屋敷内は騒がしいものになった。

 というのも、妾達が他人事のように語らっていた報知が、どうやら我が屋敷にも深く関わる事であったからのようだ。

 何が起こったかまではわたしには分からなかった。

 何故なら、わたしは朝食以降も鳥かごに放置されたままだったからだ。

「――ねえ、外で何があったの?」

 昼が近づいた頃合い。わたしの様子を見に来たコマに対して、わたしはそっと訊ねた。

 耐えきれなかったのだ。朝食に出掛けたきり、ヨダカは戻ってきていない。いや、戻ってきたのかもしれないが、鳥かごの中に居るわたしを解放してはくれなかった。閉じ込めたまま、顔も出さずにずっと何処かへ消えている。

 大好きな主人よりそんな仕打ちを受けて、悲しくないわけがない。

 コマもそんなわたしの内心に気付いたのだろう。だが、彼女は人形のような表情一つ変えず、姿勢を正したまま素っ気なく告げるばかりだ。

「私からは何も申し上げられません。ヨダカ様が御戻りになられてから御自分でお聞きくださいませ」

 とても丁寧なものだったけれど、気安いものは何一つ含まれていない。

 わたしはがっかりして口を噤んだ。

 いつだってコマはわたしと会話をしたがらないのだ。それは僕を取りまとめるムクも同じだ。僕妾問わずここに仕えている者の中で、わたしと会話をしてくれるものなんてカケスくらいしかいない。

 気付かされれば気付かされるほど寂しい事だった。

 だから、その更に後、昼食を運んできたのがカケスだったのがとても有難かった。カケスの姿を見るなり、料理には目もつけず、わたしはカケスに手を伸ばした。

「カケス、お願い、教えて」

 懇願するわたしを見て、カケスは躊躇うことも無く目線を合わせてくれた。

 その表情からは多くを読みとれない。ただ、何かよくない事があったのかもしれないという不安だけはわたしにも分かった。

「外で何があったの? わたしにも教えて」

「カナリア様……」

 気まずそうにわたしの名を呼び、カケスはそっと目を伏せる。

 言えないのかもしれない。コマと同じで、妾の分際で口にしてはならない事なのかもしれない。けれど、コマとは違って、その様子はとても気まずそうだった。何も知らないわたしへの罪悪感もあるのかもしれない。

 やがて、カケスはわたしから目を放したまま、こう言った。

「申し訳ありません……ヨダカ様に直接お聞きくださいませ」

「――ヨダカは? ヨダカは何処に居るの?」

「別室にいらっしゃいます。じきにカナリア様の元へ向かうと、そう仰っていました。きっとその通りにするでしょうから、今はとにかくお待ちください」

 本当に済まなそうな表情を浮かべてカケスが言うものだから、わたしの方もそれ以上は訊ねられなかった。

 そして、心配しなくともカケスの言う通り、それから間もなくヨダカは帰ってきた。

 鳥かごへの前へと姿を見せてくれた瞬間、わたしは思わず息を飲んだ。朝食に向かう前に朝の挨拶に来てくれた時とは違う恰好だったからだ。

 いつもはもっと華やかなドレスを身に纏っているものだ。

 着飾るというほどでもないけれど、それでも地味という言葉とは無縁の恰好で、その姿はいつも世界を彩る花のように思えた。

 けれど今は違った。

 ヨダカは、今朝、わたしが目にしたものとは違う衣装に身を包んでいた。

 双眸を彩る夜色にはとても暗いものが浮かび、わたしを一瞬で惹きつけた表情も今の顔には一切生まれる様子もない。

 一言でいえば悲しげ。

 そして、どうしてそんな印象が取り巻いているのかは、ヨダカの姿を見れば一目で分かるものだった。

 ――喪服だ。

 わたしはそう納得した。

 歌鳥に伝わる喪服とは少し違うもの。それでも、歌鳥という素性を隠して生きてきたのだから、そういった恰好が何なのか知らないわけではない。年に数回は葬列というものを目にしてきたし、そういう時の人々の衣装を記憶できないほど馬鹿ではない。

 だから、ヨダカの恰好が何なのか、わたしにはすぐに分かった。

「ヨダカ……あの……」

「兄様が死んだ」

 羽をもがれた鳥が地に落ちるように、ヨダカは恐ろしく響かない声でそう言った。

「殺されたのですって。革命家たちに」

 ――殺された? ヨダカのお兄様が?

 その言葉を理解していけばしていくほど、わたしの目は勝手に見開かれていった。まるで瞼だけが別の生き物のようだった。

 ――殺された。

 何と言えばいいのか分からず、わたしはしばらく言葉を詰まらせていた。動揺を隠しきれぬままヨダカを見つめると、ヨダカは力なく額を片手で押えた。

「未だに信じられないけれど、信じざるを得ない状況になった……」

 此処より遠き地を治め、ヨダカよりも上手く渡り歩いてきたはずの兄。

 そんな人が殺されたという事を聞けば聞くほど、わたしはますます震えを止められなくなった。

 血が流される事なんて、歌鳥の中ではあり得ない。未来永劫、慎ましく生き、平穏に過ごすことこそが生まれてきた意味だと思っているからだ。

 けれど、人間は違う。

「――革命家たち……」

 その単語を思い出し、わたしはそっと呟いた。

 その瞬間、ヨダカの双眸が妖しく光った。悲しみの奥底にて、深くて黒い炎でも灯ったかのようだった。彼女が抱いているものは、きっと、憎しみだろう。

 そんな彼女に、わたしは恐る恐る訊ねた。

「どんな人達なの……?」

 恐ろしかったからだ。ヨダカの兄を殺したその者達が、ヨダカに危害を加えないなんて何故、思えるだろうか。

 ヨダカは震えるわたしをしばし見つめると、憎しみを募らせた双眸をそっと閉じ、己の心を落ち着けた。

 しばしそのまま時間を置くと、やがて今一度目を開けて、その口を開いた。

「この世の常識を変えようとしている者たちよ」

 それは、わたしにとって、この上なく不安な話だった。


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