5.悩み
夜中、鳥かごの中にわたしはいた。
昼の間、ヨダカの寝台でぐっすりと眠ったおかげか、もう具合は悪くなかった。その代わり、眠気もあまりなくて、わたしはじっと鳥かごの中で震えていた。
カケスに指輪を渡されてしまったら、わたしはどんな気持ちになるのだろう。
けれど、ヨダカの言葉を聞いて、わたしは悲しいほどにはっきりと二人の間のことを思い知らされてしまったのだ。
カケスはヨダカを慕い、ヨダカもカケスを慈しんでいる。
お互いにお互いの幸せを願い、心の深い場所で繋がっている。そんな二人の間に、わたしの入りこむ余地なんてない。
いや、そもそも、歌鳥として目をつけられた時から、ヨダカとわたしには決定的なすれ違いがあったのだ。そこを忘れてはいけない。わたしは一目見た瞬間に彼女の存在に惹きつけられてしまったけれど、彼女の方はそうではなかったのだ。
――あなたを見捨てたりはしない。
それは飽く迄も一度飼うと決めた愛玩動物を最後まで面倒みるというだけのことで、人間相手としての言葉ではないのだ。
そう、分かっていた。分かろうとしてきた。
「けれど……」
カケスから指輪のくだりを聞いた時は、それはもう天地がひっくり返るかというくらい動揺してしまったけれど、ヨダカからの裏を取ってしまった時には、もはやわたしは首でも絞められているかのような気分になった。
あと少しで死ねるのに、それを察して殺しきらない。
まるで、意図的に責められているようで辛かったけれど、ヨダカの方はちっともわたしの内心に気付いていないのだろう。
何度、思い知っても、容赦される事はない。
狂おしいほどの息苦しさに心臓が張り裂けそうだった。
わたしはどうしたらいいのだろう。逃げ出せるのならば逃げ出したい。けれど、逃げ出すということは、ヨダカの傍にもいられないということ。そして、ヨダカからの信頼も失い、これまでのような優しさもきっと失われてしまうということ。
ならば、どちらがわたしにとって幸せか。
ヨダカの愛のない婚姻はともかく、この先、怪しげなカケスとの逢引を見る羽目になっていくだろう。ともすればわたしは、二人の為に唄を捧げなくてはならない状況に立たされるかもしれない。
そうなった時、わたしは耐えられるのか。
醜い嫉妬に支配され、この間のようにカケスに理不尽な口を聞いてしまったりしないだろうか。唄の力を薄め、二人が不幸になるよう呪ったりしないだろうか。
恋に狂う自分が恐ろしくて仕方なかった。
だが、それでも、考えていくうちにわたしは自分自身の希望を見出した。
ヨダカとは離れたくない。獣としてかもしれないけれど、彼女はいつだってわたしを気遣ってくれる。こうして鳥かごに閉じ込めているのも、わたしが歌鳥であるせいで、何も虐めたくてそうしているわけではない。
わたしを捕えた時のヨダカは確かに酷い事をしたかもしれない。毒を含ませ檻に閉じ込めるなんて、酷くないわけがない。
けれど、それは最初だけで、それから先はわたしに対するヨダカなりの労わりが、どうしても垣間見えてしまうのだ。
わたしを愛玩として慈しみ、守ってくれる主人。
そんなヨダカが好きだった。
捕まった際に感じていた一目惚れのような外見のみのものではない。気付けばわたしはヨダカの内面までも好きになっていた。
「ああ……ヨダカ……」
あなたが歌鳥であれば。
そう願ったところで虚しいのは相変わらずだ。だって、ヨダカが歌鳥であったならば、わたしなんて必要ないのだから。それに、いくら立場が変わったって、ヨダカとカケスの間に築かれるものが変化するとは思えなかった。
どうしたらいいのだろう。
わたしはどうしたいのだろう。
頭を過ぎるのは誓いの唄の詞の断片。そして、独り立ちをする前に父母に教えてもらったその立ち振る舞い。歌う側は膝をついてその手を握り、しっかりと目を見つめ、歌われる側はじっと立ってその目を見つめ返す。
ヨダカの前でそうしている自分を想像し、わたしは頭を振った。
だめだ。そんな事はやはり、してはならない。
誓いの唄で築かれる関係は、婚姻や愛の絆とはまた違うものになるだろう。契りを結ぶことでわたしとヨダカの間には特別な関係が生まれ、その間にはカケスであっても踏み込む事は出来ない。
ヨダカがわたしを見捨てないと言ってくれるのを信じるならば、別に誓ってしまったっていいはずなのだ。歌鳥相手にしか誓えないという怯えを払ってそうすれば、この苦しみも幾らかは緩和されるのかもしれない。
でも、やはり駄目なのだ。
今の理由では誓う気になれない。だって、わたしはヨダカから指輪を受け取る予定のカケスへの嫉妬心だけで迷っているのだから。
ああ、カケス。あなたはなんて幸運な人なのだろう。
不幸にも身寄りがなく人間でありながら金で取引されていたあなたを見つけ出してくれたのが、汚らわしい愛欲に塗れた者などではなく、心からあなたを守ろうとしてくれる女主人であったなんて。
ヨダカが白馬の王子様ではなくて、正式に結ばれないという身の上は確かに悲劇的なものかもしれないけれど、それでも、間違いなく相思相愛のあなたはわたしから見て妬ましいほど羨ましいもの。
世間的には獣であるわたしが抱くのもおこがましいのかもしれない。
それでもわたしは人間の一人として、ヨダカとカケスの関係がただただ羨ましく、妬ましく、辛いものだった。
その夜、想いは車輪のように回り続け、ちっとも眠れる気配はなかった。
やがて、潮のように満ちては引く恋慕の苦しみは、わたしの中のある頑なな想いを酸のように溶かし始めていた。
――契るか、契らないか。
気付けばわたしは何度もその言葉を心の中で繰り返していた。




