第11話 理の外ー快晴ー
感想や誤字修正報告、ありがとうございます。
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「箝口令を敷きたいが可能か」
「難しいかと。『突如現れたリナリー・エヴァンスが暴れ回っている』と吹聴して回る馬鹿貴族がおりますので」
「面白いな」
クイーン・ガルルガからの返答に、アイリスは自らの顰められた表情とは真逆の発言を口にした。
「当然、手は打っているのであろうな」
「はい。ハートに処理を任せております」
アイリスは頷きながら続ける。
「反発も出ようが露骨に動いた以上、大義名分はこちらにある。構わず捕らえよ」
「承知しております」
「『ユグドラシル』と繋がりのある者を徹底的に炙り出せ。工作員を根絶やしにする良い機会だ」
「はっ」
一礼するクイーン・ガルルガへ退室を促し、アイリスは重いため息を吐く。
そして、小さく呟いた。
「すまぬな。リナリー、そしてメイカー。情報統制は難しそうだ」
ようやく沈下し始めたT・メイカーへの興味が再燃するかもしれない。
いや、しないわけがない。
相手はエカチェリーナ・トルシナ。
魔法大国ロシアが看板として掲げる大魔法使いだ。
リナリーが同伴している以上、負けは無い。
アイリスにはその確信がある。
「それにしても……」
頬杖をつきながら、アイリスはもう一度だけ大きな溜息を吐いた。
「本当に数奇な運命を辿るなぁ……。そうは思わぬか、中条聖夜」
アイリスの後ろから、わざとらしい咳払い。
後ろに控えていたメイドに向けて、アイリスは苦笑いを浮かべたまま言う。
「今のは忘れろ、ターニャ」
「もちろんでございます、陛下」
☆
「こちらが本気になったら防戦一方? 貴方の実力はその程度なのかしら、T・メイカー」
暴風の塊を躱し、エカチェリーナの死角となっている民家の蔭へと身を潜めた。
エカチェリーナからの指摘通り、防戦一方となった俺は並行して逃走を企てているエカチェリーナに押し負けて、貴族都市ゴシャスを抜けて中央都市リスティルへ戦場を移していた。ただ、俺の方向感覚が間違っていなければ、歓迎都市フェルリアやその先にある玄関口アオバへ向かっているわけでは無さそうである。
この方角の先にあるのは、歓楽都市フィーナ。その向こうには古代都市モルティナ、もしくは危険区域ガルダーだ。選択肢がその2つなら、『ユグドラシル』の拠点がある古代都市モルティナが正解だろうか。
しかし、こうも分かりやすく移動するか?
それとも別の狙いがある?
しかも、古代都市モルティナに向かったところで『ユグドラシル』の拠点に天地神明がまだ残っているとも思えない。エカチェリーナの属性奥義投下を止めてしまった以上、こちらが記憶を持って遡っていることはバレてしまっているだろう。そうなると、拠点に居座り続けるリスクを天地神明が取るとも思えないのだ。
何を目的として移動しているのか。
この逃走劇の終着点はどこにあるのか。
エカチェリーナという師匠に匹敵するほどの特大の駒を使い捨てにするとも思えないが……。
いや、まさか本当に?
「余所見」
風のかまいたちが、俺を隠していた民家を輪切りにする。ウリウムの展開した水の障壁が、エカチェリーナからの攻撃の軌道を変えてくれたおかげで、間一髪接触は免れた。
《マスター! いい加減集中して!》
「分かってるよ!」
ウリウムからの指摘に怒鳴り返す。
分かってる。
分かっているんだ。
遥か格上の敵を相手にして、戦闘以外のことに頭を回す愚考は。
それでも、考えずにはいられないんだよ。
俺のせいで、『ユグドラシル』の拠点へ奇襲を仕掛けるという最大の目的を潰してしまった。
俺が考え無しに師匠を連れてエカチェリーナの属性奥義を止めてしまったがために。
このルートを続ける意味はもはや無い。
誰も納得しないだろう。
俺の我が儘でやり直した結果、全てが無駄になったのだ。
せめて、これ以上の失策は防がなければいけない。
そう思うと、雑念と分かっているとはいえ考えることを止められないのだ。
「はい、見つけた」
崩壊する民家から噴き出した粉塵に身を潜めて移動している最中に声。
周囲の粉塵を吹き飛ばして、風の暴力が迫る。
それをウリウムの障壁が受け止めた。
甲高いガラスが割れるような音が響き渡る。
爆散したエカチェリーナの魔法が粉塵を吹き飛ばした。
その先にいたのは、妖艶な笑みを浮かべたエカチェリーナ。
「私が逃げようとする時だけ邪魔をして、いざ戦おうとすれば貴方が逃げる。時間稼ぎとしては優秀かもしれないけど、アギルメスタ杯で数々の異名を得た魔法使いのスタイルとしては格好悪いんじゃないかしら。幻滅されちゃうわよ」
うるせぇよ。
余計なお世話だ。
エカチェリーナが自らの膨大な魔力を隠そうともせずに戦ってくれるおかげで、既にこの周囲に人影は無い。人命に気を遣わなくていいのは助かるが、被害が酷いことになっている。まあ、継続して『魔力暴走』を展開している俺のせいでもあるかもしれないが。
これまで属性魔法は周囲への被害が更に拡大するために控えていたが、もはや意味も無いだろう。属性優劣で有利に立つためには、俺は火属性を発現する必要がある。ただでさえ魔法世界の濃密な魔力で強化された俺の魔法が、展開されている『魔力暴走』で更に火力を上げるのだ。貴族都市の一角が全焼なんて洒落にならない。
ただ、いい加減そろそろ覚悟を決める時だろう。
そして、何より見切りをつけなければタイムリミットが来る。
残念ながら、何度か第二段階である『暴走掌握』への移行を試みたのだがうまくできなかった。記憶を引き継いだ以上、脳内での経験は残っているのでいけるかと思ったが駄目らしい。このあたりも良く分からない。遡りを何度も行うと不具合も生じるようだし、考えても無駄かもしれないが。
エカチェリーナからの突きを躱し、回し蹴りを叩き込む。
脇腹を狙ったそれは、気化されることで綺麗に躱された。
上半身と下半身が分かれたエカチェリーナ。
その表情に浮かぶのは笑みのまま。
下半身のみとなったそれが、突如として渦を巻く突風へと変わる。
ぶわり、と。
浮き上がる俺の身体。
妖艶な桜色の唇が動く。
「フィンフィル・ヒルマ」
まずい、と。
俺の本能が警告を発した。
エカチェリーナの人差し指に、極大の魔力が集中する。
《『激流の乱障壁』!》
「『疾風の貫通弾』」
ウリウムが俺の魔力を一気に吸い上げて障壁魔法を発現した。
それとほぼ時を同じくして、エカチェリーナの魔法が発現する。
貫通性能を帯びた砲弾。
それが、省略されているとはいえ、詠唱付きで発現された。
一瞬では数えきれないほどの障壁が、俺とエカチェリーナの間に割り込んでくる。それらをまるでバターでも溶かすかのように抵抗なくエカチェリーナの魔法球が貫いた。吹き飛ばされている空中で、思いっきり仰け反る。前髪が数本消し飛んだか。奇跡的にもその程度の被害で回避に成功した。
しかし、当然それで終わるはずが無い。
俺の腕にエカチェリーナの上半身が絡みつく。
俺の胸板を撫でるように、そっとエカチェリーナの人差し指が添えられた。
「『疾風の弾丸』」
直接詠唱。ほぼゼロ距離で放たれたそれは、寸前で間に合った俺の『業火の型』によって消し飛んだ。発現の余波によってエカチェリーナが吹き飛ばされる。気化したエカチェリーナは、地面に着地するときには五体満足へと戻っていた。
「あっつ。無詠唱とはいえ、良く間に合ったわね」
小さく息を吐いたエカチェリーナは言う。
正直、危ないところだった。今の攻撃が直接詠唱では無く完全詠唱でやられていたら貫かれていただろう。確実に俺の心臓を目掛けて放たれていた。生きた心地がしない。しかし、それと同じくらいにヒヤリとしたのは、たった今発現した俺の『業火の型』である。
紅蓮。
発現の余波で噴き出した炎は、眼下に広がる建造物の一部をその余波のみで吹き飛ばしていた。
これは完全に人払いができた後でなければ使えないな。第一段階の『魔力暴走』は使用しているとはいえ、常時展開されている炎だけでこれだ。攻勢に出た時や魔力が高ぶった時など、どのような影響を周囲に与えるか分かったものではない。
いったい『脚本家』の遡りはどこまでが適用されるんだよ。
くそ。
これでまた思い出してしまった。
このルートも、もう……。
《マスター、いい加減にして!》
脳内でウリウムが叫ぶ。
《集中できないなら戦わないで! 何度死にかければ気が済むのよ!》
「分かってるって!」
《分かってない!》
エカチェリーナが眉を寄せた。
おそらく、自分の発言への返答としては嚙み合っていなかったからだろう。
危ない。
感情のままにウリウムへ返事をしてしまった。
《マスター、聞いて。後悔したくなる気持ちは分かる。でも、その後悔は意味の無いものよ》
ウリウムの言葉に構わず、一歩を踏み出そうとしたところで発せられたそれ。
思わず足が止まる。
なんだよ。
意味の無いものってなんだよ。
そんな言い方無いだろう。
そう叫び返したくなる気持ちを、寸前のところで堪えた。
《だって、あたしが知っているマスターだったら、何度繰り返したって絶対に貴族都市は見捨てなかったでしょう?》
堪えて正解だった。
叫び返したくなる気持ちを。
なぜなら、それほどまでにウリウムの言葉が図星だったからだ。
「あ……」
全身強化魔法『業火の型』が消える。
それどころか、『魔力暴走』も途切れた。
完全に丸腰のような状態で、民家へと墜落する。
落下の衝撃は、ウリウムが和らげてくれたおかげで致命傷は避けられた。
痛い。
それでも痛い。
屋根を突き破り、室内へと転がり落ちる。
子供部屋だろうか。
二段ベッドの上段に倒れ込んでいた。
背中を中心として鈍痛が広がる。
身体を丸めることで痛みに耐える。
咳き込んだ。
何度も、何度も。
それでも、思考は別のところにあった。
ウリウムの言葉が、俺の頭の中でずっと反響しているようだった。
後悔があるかと問われたらどうか。
自問自答して気付く。
実は、そうでもない。
確かに、『ユグドラシル』の拠点襲撃に失敗してしまったことへの後悔はある。
しかし、貴族都市ゴシャスへの属性奥義投下を防いだことに後悔は無い。
そう。
一切無い。
仮に、仮にだ。
貴族都市ゴシャスを見殺しにして天地神明の討伐を成功させたとしよう。
俺は、皆と一緒に笑えるか?
貴族都市の犠牲は残念だったけど、元凶は無力化できてよかったね、と。
そう言って肩を叩き合って喜べるか?
そんなわけない。
俺はきっと後悔するだろう。
ずっと、ずっと後悔する。
縁先輩から言われたことを思い出す。
以前のルートで、拠点襲撃前に言われたことだ。
君はフィクションでよくある世界を救う物語の主人公なんかじゃない、と。
余計なことまで背負うなよ、と。
僅かな綻びで生じた隙で殺されるのは君だけじゃない、と。
分かってる。
一蓮托生なのも分かっている。
それでも。
救えなかったんじゃない。
救わなかったから、俺は後悔するんだ。
だから、正しかった。
誰に何と言われようが、俺は同じ選択を繰り返す。
何度でも、何度でも。
俺は属性奥義の投下を防いでやる。
このルートでの俺の選択は、正しい。
その考えに至った瞬間。
心の中が驚くほどに晴れやかとなった。
自責の念と使命感と、焦燥感と、寂寥感。
自分勝手な振る舞いに嫌気がさしていた。
エマを救えた安堵と、それによって生じるであろう犠牲の多さに吐き気を覚えていた。
ごちゃまぜになった感情を制御できないまま、神楽の飛行機に乗った。
まだ塞がっていない生傷を抉られるような言葉を受けて、自業自得だと思った。
リスクを許容してでもエマを救いたいと思った気持ちに嘘は無い。それなのに、自分が下した決断が間違っていたのではないかと一瞬でも考えてしまった自分に酷い嫌悪を覚えた。
身体は勝手に動いたんだ。
優先順位を付けてなお救いたいと思った。
それで良かったんだ。
これが俺だ。
これが、中条聖夜という魔法使いだ。
「逃がさねぇ……、って言っただろうが」
呟く。
同時に『神の書き換え作業術』を発現する。
逃走を図っていたエカチェリーナを上空から叩き落とした。
眼下にある飲食店の天井を突き破り、エカチェリーナが姿を消す。
ほぼ同時に、その建物から次々に人が逃げ出してきた。
「……歓楽都市フィーナか」
いつの間にか、中央都市リスティルを抜けて歓楽都市へと踏み入れていたらしい。
これまで、エカチェリーナはRankSの属性同調を持続させたまま。
改めてその魔法技量と魔力容量の高さに舌を巻く思いだ。
しかし、それで敬意を示せるかと問われたら、答えはノーだ。
「『ユグドラシル』と手を組んだ時点で屑も同然」
風穴の空いた屋根から飛び上がり、別の建物の屋根へと着地したエカチェリーナへと告げる。
「お前を潰す」
「……随分と威勢のいい言葉を口にするわね、坊や。ようやくリナリー・エヴァンスが追いついてくれたのかしら」
「師匠が出る幕も無いさ」
あの時と同じ、万能感。
この世界の全てを掌握できるのではないかと錯覚するほどの。
顔を上げる。
両腕を広げる。
全身から魔力が噴き出した。
空間が揺れる。
自らの存在が、世界へ干渉していると確信する。
息を吸って吐くが如く。
無意識に。
呼吸をするように。
魔力生成器官に負荷を掛ける。
暴走させる。
望むように。
それを、操る。
雲ひとつ無い快晴。
美しい青空へ向けて、謳うように口にする。
「第二段階『暴走掌握』」
最初にエカチェリーナを叩き落とすことで、騒ぎを起こしておいて良かった。
この付近にいた人間は、既に避難を開始していたから。
暴走の規模が、体感ではあるが先ほどより一回りほど大きくなっていた。
周囲の建物が余波で吹き飛ぶ。
眼下にあった風穴の空いた屋根のある飲食店は、抵抗なく圧し潰されて原型を保っていない。
エカチェリーナが足場にしていた建物も例外ではない。
砕け散り、エカチェリーナが吹き飛ばされる。
逃がしはしない。
吹き飛んだエカチェリーナを転移させる。
俺の目の前へと。
俺の目の前へと現れたエカチェリーナの首を片腕で絞める。
驚愕と苦しみの入り混じった表情を向けるエカチェリーナを見て、瞬時に察した。
「流石はClassM」
絞めていた喉をそのまま握り潰す。
同時にエカチェリーナは原型を失くして消えた。
「分身体か。あの一瞬で良く間に合わせたな」
《どうするの、マスター》
「もちろん追うさ」
《……大丈夫?》
それは、いつかもされた問いかけだった。
でも、今は自信を持って答えられる。
「大丈夫さ」
その俺からの返事を聞いて。
ウリウムは、本当に、とは聞き返してこなかった。
「ウリウム」
代わりに、俺が続ける。
「ありがとう」
きっと、ウリウムの表情が見れたら笑顔を向けてくれたに違いない。
そう思わせてくれるような雰囲気をウリウムから感じ取った。
だから続ける。
そのまま俺から告げる。
「行こう、ウリウム」
今度は2人で。
協力して、あいつを倒そう。
《もちろん》
ウリウムはそう返してくれた。
「俺達に時間を与えたことを後悔させてやる」
あいつが猛攻を続けていたら、絶対に発現できなかっただろう。
俺だけでは対処し切れなかった。
ウリウムの障壁魔法があってこそ、何とか切り抜けられていたんだ。
これまでは、ウリウムが攻勢に回ることができなかった。
でも、今は違う。
発現するのは属性共調。
未だ『暴走掌握』状態で発現したことの無い魔法。
そして、その魔法を囮に使う。
とどめはやはり属性優劣を利用して火属性でいくべきだ。
頃合いを見て、属性変更で叩き潰す。
次回の更新予定日は、5月21日(木)です。




