第8話 自分勝手
いつも応援いただきありがとうございます。
ブックマークや、感想・レビュー等、励みになっています。
カクヨム様の方でも公開を始めていますので、よろしければそちらでもフォローや応援をしていただけると嬉しいです。カクヨム様サイト限定のオマケストーリーも併せて公開中です。
☆
神楽家の自家用ジェットはすぐに手配された。
搭乗したのは、全部で12人。
俺、中条聖夜。
リナリー・エヴァンス。
御堂縁。
蔵屋敷鈴音。
エマ・ホワイト。
栞。
シルベスター・レイリー。
ケネシー・アプリコット。
ルリ・カネミツ。
そして、神楽宝樹と護衛である葵、操縦士兼護衛の牡丹。
今回のルートでは、寄り道は一切無い。
神楽家の自家用ジェットによる最短経路での特攻だ。
そのため、前回ルートで先回りさせていた栞、ケネシー、ルリの3人もこの自家用ジェットに搭乗している。これ以上の先回りができないためだ。また、結局神楽もついてきた。理由は、俺達と離れた瞬間に遡りの神法の不具合が発生し、『ユグドラシル』側に特攻の情報が漏洩してしまう恐れがあるためである。
不安要素は1つでも多く潰しておきたい。
こう口にしたのは、他ならぬ神楽本人である。
自衛するには十分すぎる能力を神楽自身も保有しているので、本人がそう言うのであれば、と師匠も了承してくれた。神楽家の現当主である神楽真徹がどう動くかは未知数だが、これ以上は対策ができない。拘束するか、という案も出たが却下された。現在、神楽真徹は日本魔法協議会の会長となっている。理由も無く音信不通となれば、そのせいで『ユグドラシル』側に異常を知らせる結果となり本末転倒だ。それに、下手に情報を渡して不具合のトリガーになられても困る。遡りの神法の不具合が、どのような条件下で発生するかも不明である以上、余計な事はしない方向で意見は一致することになった。
「さて、貴方が遡りをするまでの経験談を共有してもらいましょうか」
「ちなみに黙秘権は……」
「あるわけないでしょう」
何言ってんの貴方、という表情で師匠から即答された。
いや、それはそうだろうなと俺でも分かる。逆の立場であれば、俺も同じような反応をするだろうから。師匠達は前回の遡りまでで記憶の更新が止まっている。どこまで話が進んだのか、何が原因で遡りが必要となったのかは必須の情報だろう。
しかし、である。
当然のように俺の隣の席を陣取っているエマの顔を盗み見る。
すぐに視線が合ったので逸らしてしまったが、問題なのはエマの存在だ。
今回の遡りの原因となったのは、何を隠そうこの隣にいるエマなのだ。それ以外は、最低限の役割はこなせていたと考えていい。確かに天地神明は逃がしてしまったが、蟒蛇雀と天上天下は討伐できていた。十分な戦果だったと言える……、いや、待て。もともとこの『ユグドラシル』拠点への特攻は、天地神明討伐が最優先事項だったはずだ。理由をこちらにしてしまえば、いらない罪悪感を植え付けずに済むか。
シルベスター、ケネシー、そしてルリが外れた残りのメンバーの視線が俺へと集中している。外れた3人は自主的にこの輪へ加わらないと宣言していた。本当に必要な情報があれば、後で知らせて欲しい、と。相変わらず師匠のことを最上位に置いている面々である。仕切りの無い客室のため、わざわざコックピットの方まで向かうあたりが徹底していると言って良い。
大きく息を吐く。
覚悟を決めろ。
話さないわけにはいかないのだ。
「戦果から言います。天地神明の討伐に失敗しました」
「でしょうね。それは薄々勘付いてはいた。でも度重なる神法の発現で『脚本家』の余力も少なくなってきているはずよ。討伐に失敗した、というだけでは神法発現の理由にならない」
師匠の指摘に、神楽が頷いた。
「私も同意見ね。天地神明の遺言を聞くために、貴方達は相当数の遡りをしたようだから。実際に過去のルートでは不具合も発生してしまっている。それほどの状況下で、ただ討伐に失敗したというだけで神法を発現するとは考えにくい」
「つまり、考えられる可能性は3つだ」
縁先輩がそれに続くようにして、指を3本立てながら口にする。
「1つ、今回の分岐点で本当に天地神明討伐が現実味を帯びており逃したくないと『脚本家』が判断した。2つ、こちら側の陣営で『脚本家』が絶対に落としてはならないと判断する駒が落ちた。3つ、何らかの理由で『脚本家』の意図に反した遡りが発生した」
……。
「1つめは無いわね。もしそうだとしたら、聖夜が話すことを躊躇う理由が無い」
と師匠。
「同じ理由で2つめも無いわ。『脚本家』視点での判断なら、中条が躊躇う理由が無いし」
と神楽。
「それなら消去法で3つめになるねぇ。『脚本家』の意図に反した遡り。『ユグドラシル』側が『脚本家』を脅して遡らせた可能性もゼロじゃ無かったんだけど、それなら中条君が発言を躊躇う理由が無い。最初に黙秘権を主張してこなければ、『ユグドラシル』側に脅された『脚本家』が、秘密裏に記憶を引き継がせて中条君を遡らせた可能性も否定し切れなかったんだけど。残念だったね、中条君」
と縁先輩である。
鬼かよ。
寄って集って知恵者共がいじめてくるんだが。
自分より知恵が足りない奴をいじめて楽しいか?
あん?
「……おそらくは、いえ、間違いなく私のせいです」
俺がどう切り返そうか悩んでいるうちに、隣に座るエマが口を開いてしまった。
俺に集中していた視線が、エマへと切り替わる。
「自意識過剰ね、マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ」
俯いたエマを鼻で嗤いながら神楽は続ける。
「真相を知っている中条に聞いた方が手っ取り早い。本来なら無視するところだけれど、『おそらくは』という不確定要素が多分に含まれた単語を、潔く自ら取り下げた殊勝な心掛けに免じて発言継続を許可してあげるわ」
「……何様だよ、お前」
俺のその言葉に、神楽はきつい視線を向けてきた。
「貴方が発言を躊躇うからこうなっているのよ。真相を喋りたくないなら黙っていなさい、中条」
言い方には棘しかないが、内容は正論である。
エマは視線を下げたまま口を開いた。
「聖夜様が私に言ったの。『お前は絶対に死ぬな』って」
「うわぁ、ラブラブね~」
完全な棒読みでそう言いながら神楽が両手を挙げる。
「それじゃ遡りの原因は、マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラが死亡したからだったってわけ? よくそれだけで『脚本家』が神法を発現する気になってくれたものね」
「お前、そんな言い方……」
「でも、俺も気になるところではあるかな」
神楽の辛辣な言い方を咎めようと口を開いたが、縁先輩の言葉に止められてしまった。仕方なくそちらに視線を向ければ、縁先輩の不敵な笑みが待ち構えている。
「あの『脚本家』が個人的な理由で神法を発現するとは思えない。なぜなら、それが罷り通ってしまえば、やっていることはもはや『ユグドラシル』と一緒だからね。自分の都合を理由に他者を押し退ける。そのルートが存続することで利益を享受できた人もいただろう。そのルートでなければ生きられない人もいたかもしれない。そんな人達を押し退けて、遡りは為されたわけだからね」
パンパン、と。
手が打ち鳴らされる。
発生源は師匠だった。
俺へと再び集まっていた視線が、師匠へと戻る。
「今、必要なのは情報の共有。尋問がしたいわけじゃないの。邪魔をするなら散ってくれる?」
「天下無双のリナリー・エヴァンスともあろう女が随分と優しいじゃない。やっぱり、愛弟子が目の前で虐められていると助けたくなっちゃうものなのね」
「そもそも共闘する気も無い貴方たち部外者は黙っていてもらえるかしら、神楽宝樹」
神楽の表情に、僅かな怒気が宿った。
「わざわざ足を用意してあげたのにそんな言い方を……」
そこまで口にしてから、神楽は露骨に舌打ちした。
そして席から立ち上がる。
「これは交渉材料にはならなかったわね」
「自分で気付けただけまだお利口よ」
「五月蠅い」
神楽の視線が師匠から俺へと向いた。
「席を外すわ。ただ、距離は近いから聞こえちゃうかもね」
そう言って神楽は1つ前の席へ乱暴に腰を下ろし、視線を窓へと向けた。
本当に1つしか席をずらしていない。
盗み聞きする気満々である。
こいつ、肝が据わり過ぎだろう。
「で」
師匠のその声で皆の意識が引き戻される。
「聖夜、説明の続きを」
「教会の祭壇、その下に拠点の入口があります。かなりの深さでした。螺旋階段で下っていくのですが、前回ルートでは突撃前に天蓋魔法で焼き払っていたのでほぼ垂直落下です。その先は3つの分かれ道があります」
「3つか。全部回れたのかな?」
縁先輩からの質問に、首を横に振る。
「残念ながら、情報共有する前に俺は跳ばされてしまいましたから」
「跳ばされた? 誰に」
「『脚本家』です。俺達の拠点襲撃とほぼ同時刻で、天地神明達はエルトクリア大図書館へと侵攻していました」
「意図してのタイミングでしょうか」
「偶然だと思うわ」
栞の呟きを拾ったのはエマだった。
「『ユグドラシル』側に拠点襲撃のタイミングを掴む手段が無い。出立する前に聞いた話では、不具合によって神楽家が二階堂家を粛清した。その後、すぐに拠点へと向かっている。二階堂家にスパイがいたとして、その定期連絡が途絶えたことで異変を察知していたとしても、拠点は外界との通信が遮断されている魔法世界の中。タイムラグの壁を越えて、何とか外へ抜け出せたタイミングだった、と考えた方が無難よ」
エマの推測に師匠が頷いたのを確認して、俺は続ける。
「『脚本家』によって跳ばされる前、俺とエマが調べたのは3つのうち、左側の通路でした。そこにはダミーの実験室が1つと隠し通路。隠し通路の先は王城エルトクリアへと繋がっています」
「……隠し通路はそこにあったわけか。王城エルトクリアのどこに繋がっていたんだい?」
「宰相ギルマン・ヴィンス・グランフォールドの私室だったらしいです。同行していたエマが断言していたので、ほぼ間違いないかと」
「その手柄を自らぶち壊したわけね、ガルガンテッラは」
口を挟んできた神楽を、師匠はひと睨みで黙らせた。
もっとも、神楽は両肩を軽く上げるだけで堪えた様子では無かったが。
「で、貴方が探索後に跳ばされた先はエルトクリア大図書館だったのでしょう? その先では何が?」
師匠からの問いかけに頷く。
正直、ここからは話したくないのだが仕方が無い。
「『脚本家』の分身体と、『ユグドラシル』の面々が相対しているところでした。天地神明、蟒蛇雀、天上天下、おそらくは殺害されて傀儡化された今井修、そして俺の知らない奴が2人。おそらくは男女だったと思う」
「片方は側近で確定かなぁ……。やはり3人は揃わなかったのか」
「中条さんの話では、もともと側近と引き離せた機会を活用しての襲撃だったということ。そうなると、側近全員が揃っていると言うのはおかしな話ですわ」
縁先輩の視線を受けて蔵屋敷先輩が続ける。
その見解に頷こうとした縁先輩だったが、すぐに首を横に振った。
「いや、そうとも言えないな。天地神明は何らかの手段で襲撃を受けることを知っていた。すぐに側近を招集すればできないことではない」
「でも、聖夜様の話では、その時の遡りでも属性奥義は投下されているのよ」
「エマ、ちょっとストップだ。おそらくですが、傍若無人はその場にいませんでした。泣き笑いの仮面をつけた男はいませんでしたから。仮面を外して素顔を見せていた場合は分かりませんが」
「顔に酷い火傷を負った男はいたかな」
「フードを被っていたので、そこまでは……」
それに、1人ひとりの人相を確認するほどの余裕も無かった。
「そうか。もう1人の唯我独尊は顔の左半分に火傷を負っている。左目の視力を失うほどに酷いものだ。それが分かれば1人は確定したんだけど……。まあ、急にそんな場所に跳ばされたら余裕も無くなるよね」
縁先輩は納得したのか、うんうんと頷いている。
「お兄様、今井修が傀儡化していると考えられた理由を教えて頂けますか」
「素人目で見ても、出血が致死量を遥かに超えていた。肌色も悪く、目が虚ろだった。俺とは面識があるのに、『ユグドラシル』側に追従していて、まったく反応が無かった」
「そこまでいけば、ほぼ確定とみて良さそうですね。そうなると、お兄様の知らない2人のうち、女性の方は輪廻転生だった可能性もありますね」
「そうね。ただ、ここから先はどれだけ話しても推測の域をでないからやめましょう。聖夜、続き」
「はい」
師匠が手を鳴らしたことで、皆がそれ以上の質問は控えたようだ。
「俺が来たことで、蟒蛇雀が臨戦態勢に。相手の魔法を発現させる前に、俺は『脚本家』の分身体を連れてその場を離脱しました」
「館内で魔法が使えましたの?」
蔵屋敷先輩の疑問に答えたのは縁先輩だった。
「これ、意外と知られていないんだけど、魔法が強制的に禁止となっているのは、司書が来訪者を出迎える空間と、来訪者へ開放する片方のスペースだけなんだよ。司書である今井修は、来訪者がどのような人物かを見極め、2つある扉のうちどちらを開放するかを判断する。ただの大図書館か、『脚本家』のいる最奥の間への鍵が潜んでいる大図書館か」
「どうしてそのような真似をしますの?」
「自衛のために魔法が使えないとまずいと判断したんだろうさ。攻撃手段は魔法だけでは無いからね。『脚本家』の神法は素晴らしいものだが、それで魔法障壁を作り出せるわけではない」
「なるほど。それでは、今井修が傀儡化されていたのは、ほぼ間違いないとみて良さそうですわね。『脚本家』の分身体がいて、魔法が使える方の館内だったわけですから。もっとも、裏切りの可能性はゼロではありませんが」
縁先輩の説明に、蔵屋敷先輩はそう口にしながら頷いた。
それを確認してから、縁先輩の視線が俺へと戻る。
「で、逃げ切れたのかい?」
「蟒蛇雀の追跡からは逃れられませんでした」
「でも君は、遡りができている」
……。
くそ、本当に言いたくない。
「危険区域ガルダーで運良く撒けました。命辛々戻ってきて遡りを」
「ははは。君が黙秘したい部分はその辺りにあるようだね」
そこまで分かったのならその口を閉じろ。
「本気になった蟒蛇雀をそう簡単に撒けるとは思えないし、突然戦闘箇所が大図書館から危険区域ガルダーに変わったのも不自然だ。それに、まだ君の話の中でマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラが死亡していない」
蟒蛇雀との戦闘については、正直なところ一番避けたい話題だ。
なぜなら、その結果こそが一番説明したくないからだ。
あの『脚本家』の反応ですら、あれなのだ。蟒蛇雀を討伐しておきながら、もう一度討伐できる保証もなく遡りをしたとでも告げてみろ。俺が責められるだけならまだいいが、その矛先は前回ルートで死亡したエマにも間違いなく向けられる。
話の順番を間違えたか。エマが自分が死亡したと言う前に、死亡の事実を伏せた上で蟒蛇雀のことを離しておけば……、いや、そんなに思考を回せるような頭なら、そもそもこんなことになっていない。俺の周りに集まった人達は、全員比べるまでも無く俺よりも頭が回るのだ。
天道まりかとの共闘の説明をしたところで納得はしないだろう。
結局、決着について話すことができないのだから。
危険区域ガルダーの名前も出してしまっている。
事実と嘘を織り交ぜて説明する難易度が上がり過ぎている。
俺が躊躇っていると、師匠が殊更大きく溜息を吐いた。
「聖夜、1つだけ嘘偽りなく答えなさい。これから『ユグドラシル』を襲撃する上で、共有しておかなければいけないことは他に無い?」
絶対に共有しておくべきこと。
蟒蛇雀と戦闘になった後は、天道まりかと一時的な共闘をしたものの、余波を警戒して蟒蛇雀と共に危険区域ガルダーへと転移。そこでの一騎打ちで運良く蟒蛇雀を無力化することができた。重傷を負った俺は、剣聖とやらに運ばれて精霊王達の住む場所へと移動し治療を受けた。そこでエマが死亡したことを告げられ、『ユグドラシル』の拠点でエマの死体を確認、そのままの足でエルトクリア大図書館へと戻り、『脚本家』から遡りの神法を使用してもらい今に至る。
拠点の襲撃にあたり、必要な情報はもう無いだろう。
「これ以上、共有しなければいけないことはありません」
俺は動揺している内心を出さないよう、必死に感情を押し殺しながらそう答えた。
「そう。それなら話はこれでおしまいね」
「ちょっと待ってくれ、リナリー・エヴァンス」
師匠が切り上げようとしたところを縁先輩が止めた。
「中条君の主観だけでは不安だね。知っていることは全て共有しておくべきだと思うけど?」
「私はそう思わない。だからこの話はこれでおしまいよ」
「君の一存で全てが決められるのは困るな」
「くどい。『黄金色の旋律』では無い貴方を搭乗させたのは、多少の戦力になるのと貴方個人の感傷を鑑みた結果なの。納得できないのなら、抜けてもらって構わない」
師匠の言葉で、縁先輩の纏う空気が一気に変化した。
「個人の感傷だと!? お前と天地神明が始めた身勝手なプロジェクトが、世界規模で被害を拡散させている自覚はあるのか!?」
「縁!」
立ち上がり、今まさに飛び掛からんとする縁先輩を押し留めたのは、隣に座っていた蔵屋敷先輩だった。半ば強引に縁先輩を着席させ、縁先輩の両頬に手を添えて蔵屋敷先輩は言う。
「落ち着きなさい。今の貴方の敵は、リナリー・エヴァンスでは無いはずですわ」
それに対して、縁先輩が口を開く。
しかし、何か言葉を発することなく口を閉じた。
「話はこれでおしまい。ただ、聖夜は来なさい」
プライベートジェットのため、別室があるわけではない。
師匠に連れられて、一番奥の席に座らされる。
空気を読んでか、ついてくる者は誰もいなかった。
俺の隣に座った師匠は、顔を寄せて本当に小さな声で言う。
「ちょろ子のために遡ったという話は本当なのね」
「……はい」
「『脚本家』の自発的な遡りでは無いというのも?」
「本当です」
「そう」
暫しの沈黙。
それを破ったのは師匠だった。
「最終的に『脚本家』が良しとした以上、あちら側にも何らかの利があるからこそ、遡りの神法は発現されたはずだから、今回はまあいいでしょう。でも、これだけは覚えておきなさい」
俺の両肩に手を添えて、真っすぐな瞳を向けて師匠は言う。
「自分の都合で遡りを多用しないこと。本来、人の死は覆せるものでは無いの。そこを履き違えてはいけない。他人の不都合は許容して、自分の不都合は認めない。それは、目的のために殺すことを厭わない『ユグドラシル』と何が違うの?」
どきり、と心臓が跳ねた。
まさにその通りだと思ってしまったからだ。
エマが死んだことを受け入れられないから、蟒蛇雀や天上天下が討伐されたルートを拒絶した。
次のルートで、蟒蛇雀や天上天下がどれだけの犠牲を生み出そうが構わないと思ったからだ。
それは『ユグドラシル』がやっていることと何が違うんだ。
死んだ人を蘇らせる魔法を造るために、他者を殺す奴らと何が違うんだ。
それが、今の俺には分からなくなってしまった。
「あ……」
抱きしめられた。
師匠から。
「色々と言ってしまったけど、でも言わせてちょうだい。ありがとう」
何に対するありがとうなのか。
ぐしゃぐしゃになった感情のままの俺には分からなかった。
ゆっくりと身体を離した師匠は言う。
「貴方、共有すべきことはもう無いって言っていたけど、前回ルートで貴方が戦った蟒蛇雀の魔法について共有されていないわ。もし、話せる情報がまだあるのなら、落ち着いてからでいいから戻っていらっしゃい」
そう告げた師匠は、そのまま皆が集まる場所へと戻っていった。
次回の更新予定日は、4月9日(木)です。




