第9話 一撃
☆
玄関口アオバ。
魔法世界エルトクリアの入口。
その少し離れた箇所へ、俺の『神の書き換え作業術』を用いて移動する。俺が無系統魔法の効果対象に選んだのは、師匠とエマ、縁先輩、蔵屋敷先輩、シルベスター、ケネシー、そして葵さんだ。神楽と操縦士兼護衛の牡丹、そしてルリは、神楽のプライベートジェットに乗ったまま、サンフランシスコ空港へと向かっている。
アメリカへ神楽のプライベートジェットを飛ばす建前として、神楽がアメリカの要人とのアポイントを取り付けていたからだ。そのまま意味の無い歓迎でも受けるのだろう。不服そうな表情の神楽ではあったが、必要な事であるとは理解しているらしく、「葵への情報提供は怠るな」と捨て台詞を残していた。
遠目に見えるのは、石造りの馬鹿でかい門。
その柱手前には、魔法世界の出入国を管理している関所がある。
今回、俺達は『神の上書き作業術』での侵入はしていない。『ユグドラシル』拠点襲撃の作戦を共有している人間を先回りさせて入国することができなかったからだ。日本からここまで、神楽の自家用ジェットが速度的にも手続き的にも一番早いせいでもある。そのため、今回のルートでは、先回りさせたケネシー・アプリコットが歓楽都市フィーナにある飲食店の一室に控えていることもない。
「聖夜、行くわよ」
「はい」
関所までの道中に人がいないことを確認し、師匠と2人で先行する。
身体強化魔法を発現し、一気に関所まで駆け抜けた。
関所前で直立していた門番を瞬く間に無力化する。
音が極力出ないよう、銀の兜を上げて手刀を叩き込むに留めておいた。
倒れ伏す前に受け止め、ゆっくりと寝かせる。
「及第点」
「どうも」
師匠の評価には、そう答えておいた。
師匠が視線を向けてくる。
俺が頷くのと同時、師匠はゆっくりと扉を開いた。
「ようこそ、魔法世界エルトクリアへ……、ってリナっ!?」
今度は師匠が動いた。
銀の甲冑の中から瞬くようにして閃光が迸る。
そのままカウンターにいた受付役の魔法聖騎士団は昏倒した。
倒れ切る前に俺も動く。
跳躍してカウンターの上へ着地した俺は、シャープペンシルの芯が入ったケースを目の前へと転移させて掴んだ。同時に再度『神の書き換え作業術』を発現。計3台。室内を映している監視カメラを沈黙させる。
ガシャン、と。
受付役の騎士団が崩れ落ちる。
その音を聞きつけた他の団員達が、奥の部屋から姿を見せた。
その全てを師匠が無力化した。
今のは『不可視の弾丸』だな。
計2発。
全て顔面にクリーンヒットしたのか、元居た奥の部屋へと吹き飛ばされていた。
「おいおい! これはいったい何の騒ぎだ!」
その2人を跨ぐようにして現れたのは、これまでの騎士団とは格が違うと一目でわかる人物。
ゴンザ・ストレイテジー。
師匠の一応は顔見知りである。
その人物が今まさに抜刀しようとしたところで、師匠が口を開いた。
「『ユグドラシル』を潰しに来た。外部に私達が魔法世界へ入国したことがバレると、『ユグドラシル』側に伝わる危険性がある。だから、私達を黙って通しなさい」
対する、ゴンザさんの反応は……。
「……はあ?」
☆
怒髪天を突く勢いで怒鳴り散らすゴンザさんを無視して「『ユグドラシル』の内通者を囲っている貴方達の管理体制が悪い」だの「特に王城関係者には絶対知らせるな」だの「転がっている部下の監視をしつつ関所は通常営業しておけ」だの「連れがすぐに来るからそいつらも黙ってそのまま通せ」だの、好き放題口にした師匠は、最終的に投げつけられたゴンザさんの愛刀を真っ二つに叩き折って投げ返してから関所を後にした。
まさしく鬼畜の所業である。
「……あんな感じで良かったんですかね」
「あれ以外、やり方があったかしら」
きっとあったよ。だって一番の力技だったじゃないか。
とは言えなかった。
ともあれ、入国である。
無事、と言って良いかは分からないが。
警報音が鳴り響くことも無い。
関所から俺達の入国が王城へと伝わるわけでもない。
これなら、『ユグドラシル』や宰相ギルマン・ヴィンス・グランフォールドにも、漏れることも無いだろう。
関所を抜けた先、壁一枚で繋がるアオバ駅構内を師匠と2人で歩く。構内の監視カメラも全て止めさせたのは師匠である。最初は難色を示していたゴンザさんだったが、「止めないなら壊すけど」と言う師匠の言葉に、血涙を流しながら止めていた。
不憫ではあるが、最終的に師匠の言うことを聞いているあたり、何だかんだ言いつつもこの2人に信頼関係があるのだと悟った。そうでなければ、師匠は他の騎士団と同じようにゴンザさんを無力化していたはずだし、ゴンザさんも師匠の言うことなど聞かずに戦闘になっていただろう。師匠が関所を後にする際、ゴンザさんから「俺を監視しておかなくていいのか」と言われたにも拘わらず、「人員が勿体無い」と言っていたのが良い証拠だ。それならなおさら愛刀は真っ二つにする必要は無かった気もするが。
改札機を飛び越えてホームへと向かう。
改札機にクリアカードを通してしまえば、これまでの苦労が水の泡になってしまう。
それに、俺達は電車移動をするわけでもない。
どこで足が付くか分からないからだ。
「師匠、1つ聞きたいんですけど」
ホームを歩きながら師匠が視線だけ向けてくる。
「最初の1発目、もしかして甲冑の中で魔法球を発現しました? 雷属性のやつ」
「そうだけど?」
だから何、みたいな反応しないでくれ。
まさしく鬼であり、神の如き魔法技能である。
そんなこと誰でもできたら防護服なんて意味を成さないじゃねーか。
そんなことを思いながら、視線を前へと向ける。
途切れたホームの先、まだまだ遠いその先には、山となっている貴族都市ゴシャスが見えた。
そして。
その一角へ。
突如として、このホーム上からでも確認できるほどの巨大な魔法陣が展開された。
「師匠!」
叫びながらも、隣にいる師匠のローブを掴む。
それは、条件反射にも近い行動だった。
――――『神の書き換え作業術』、発現。
★
『ユグドラシル』の長、天地神明は行動を開始していた。
既に、古代都市モルティナにある拠点は放棄されている。
なぜ、リナリー・エヴァンス襲撃の可能性に気付けたのか。
それは、遡りの神法が発現されたことを知っていたからだ。
ではなぜ、遡りの神法発現を知っていたのか。
それは、天地神明が持つ無系統魔法『強奪』によるものである。
『脚本家』の神法は、発現者本人である自らには影響を及ぼさない。記憶も消費魔力も、全てが引き継がれた状態で遡らせる。これは、『脚本家』自身が意図して組み込んだ効力では無い。自らの状態を遡りの効果範囲に含めることができなかったのだ。と、言うよりも、自らの状態と最奥の間そのものを遡りの対象に含めないという縛りを課すことで、遡りの神法『巻戻魔法』は完成した。これが縛りとされた理由は、自らの状態すら遡れてしまえば無限に『巻戻魔法』発現が可能となってしまう。
しかし、それ故の穴を今回は突かれた形となる。
突いたのは、天地神明の無系統『強奪魔法』。
それは、触れた対象の固有魔法を奪い取る効力を持つ。
対象は『脚本家』の分身体。
『巻戻魔法』所持者の分身体である。
『脚本家』の保有するそれは、他の魔法使い達が保有する無系統のそれとは比較できないほどの情報量がある。そして、本来『強奪魔法』はその効力を発揮するためには、強奪完了まで相手の身体に触れ続けておく必要がある。
結論から述べると、その場での強奪は失敗に終わっている。
1つ、強奪の対象が本体では無く分身体であったこと。
2つ、効果完了まで対象への接触が無く中途半端な状態となったこと。
3つ、強奪の対象魔法が『巻戻魔法』であり、情報量が他の固有魔法に比べて膨大であったこと。
失敗は、このように様々な要因が複雑に絡み合った結果である。
ただ、この行為自体が無意味にはならないことを、他ならぬ天地神明だけが知っていた。
先に述べた通り、『脚本家』の『巻戻魔法』は、発現者本人と最奥の間へ適用されない。そのため、中途半端な状態で発現された『強奪魔法』も、今回行われた遡りに適応されなかった。
『強奪魔法』は、『脚本家』の分身体を対象として発現されたが、本体と分身体はリンクしていた。天地神明の魔力の残滓は、未だ王立エルトクリア魔法学習院の図書館『最奥の間』で燻っている。
つまり。
「……遡ったか」
古代都市モルティナ。
D区画にある教会、その地下。
ひっそりと悪行が重ねられたその場所で、天地神明は1人そう呟いた。
「どうされましたか」
控えていた唯我独尊が問う。
その問いには答えず、天地神明は言う。
「宣戦布告は別の機会としよう。エカチェリーナ・トルシナと連絡を」
その天才的なひらめきと頭脳で何を導き出したのか。
自らを凡人であると評している唯我独尊には、それが分からない。
だからこそ、異議を唱えることもなく、唯我独尊は頭を垂れてそれに応えた。
☆
師匠を掴み、咄嗟に『神の書き換え作業術』を発現した瞬間に思ったのは、やってしまったということだった。玄関口アオバにいながら、僅かながらも貴族都市ゴシャスの一角で展開された煌びやかな異変に気付けるほどの魔法陣。つまりは属性奥義の前兆。そのまさに爆心地へと座標を合わせて転移したのだから。
しかし、後悔したところでもう結果は変わらない。
ごっそりと魔力が抜け落ちたのを実感しつつも、視線を上に向ける。
そこには、響き渡る鈴の音と共に巨大な魔法陣を周囲に侍らせた発現者がいた。
その発現者と目が合うよりも早く、次の『神の書き換え作業術』を発現。
属性奥義の発現者をはるか上空へと転移させた。
「……随分と危険なことをしたわね」
隣で投擲の構えを解いた師匠が言う。
「すみません」
謝ることしかできない。
冷や汗でぐっしょりだ。
冷静に考えると相当な綱渡りだったことに気付く。
俺の『神の書き換え作業術』発現が間に合わなければ、俺と師匠はただ属性奥義の効果範囲内に転移してそのまま餌食になっていた可能性もあったのだ。師匠を巻き込んだのも無意識である。おそらくは、属性奥義を発現可能とする実力者相手に、1人では対処不能と判断した結果だろう。それか、何だかんだで師匠が何とかしてくれると思ったか。どちらにせよ、巻き込まれる師匠の身からすればたまったものではないだろうが。
「それに……」
師匠が呟く。
その表情は酷く険しい。
何だ。
あれ、もしかして俺、何かやってしまったか。
考えがまとまる前に事態は進む。
ぼばっ、と。
上空で雲海が弾け飛んだ。
属性奥義が発現したか。
それか、発現者が腹いせに魔力を開放したか。
生きていることが判明した以上、ここへと戻ってくるのも時間の問題だろう。
師匠もそう判断したのか、投擲用に発現していた雷属性の槍を消すことなく警戒している。
上空へと視線を向けたまま、目を細める。
俺は素顔を見せないよう、装着していた仮面の存在を確かめるように手で撫でた。
そして。
「まさかお膳立てされておいて、必殺の魔法の発現に失敗するなんてね。ClassMの名が泣いちゃうかも」
その声は背後から。
ノールックで師匠が投擲した雷属性の槍は、発言者への接触寸前で弾け飛んでしまった。
師匠と共に、発言者へと向き直る。
貴族都市ゴシャスに居を構える貴族の屋敷、その屋根上にいた。
プラチナブロンドの長髪に灰の瞳。
雪のように白い肌に、桜色に染まる頬。
そして、淡い薄緑のローブに身を包んだ女性。
直接会ったことは一度もない。
しかし、魔法使いとして誰もが一度は見たことがある人物。
「……『妖精』エカチェリーナ・トルシナ」
師匠と同じくライセンス〈ClassM〉を所持する魔法使い。
そして、師匠と同じく、理の外側へ足を踏み入れた者。
「『旋律』リナリー・エヴァンスと『色彩』T・メイカーね。ギルドランクS『黄金色の旋律』ツートップがこのタイミングで貴族都市にいるなんて。まさにアンラッキーって感じ」
言葉のわりに不運を嘆く様子を欠片も見せずに、妖精のような見た目をした女性は言う。
「今、私に何かをしたのは君の魔法ね、T・メイカー。何をしたのかしら。いきなり上空に放り出されるものだからびっくりしちゃったわよ」
「俺からすれば、勝手に与えられた2つ名が気になるな」
なんだよ、アーティストって。
「それはアンテナが低い君がいけないわ。今もなお、魔法世界でT・メイカーという存在がどれほど騒がれているかまったく興味が無いのね。かのアギルメスタ杯が閉幕してしばらく経っているにも拘わらず、未だに人気が衰えない君は、巷でこう呼ばれているのよ。基本五大属性を無詠唱かつ神業の如き速度で切り替え戦う姿から、五色を操る芸術家、つまりは『色彩』ってね」
うへぇ。
あの黒歴史、まだ魔法世界で息をしているのかよ。
いい加減に消えて欲しい。
帰りがけに殿堂館を木っ端微塵にしてやろうか。
「それにしても残念だわ」
頬に手をあてながら、エカチェリーナは欠片も残念では無さそうに言う。
「何が」
「せっかくのヒーローだったのに、こんな悪事に手を染めてしまうなんて」
「悪事?」
引っ掛かりを覚えて聞き返す。
エカチェリーナは露骨な笑みを浮かべた。
「だって、こんな貴族都市の真ん中で属性奥義を発現しようとしていたのよ。それをしようとしていたのが、貴方の隣にいるリナリー・エヴァンスだったとしても、隣にいた時点で貴方も同罪。極刑ね」
「つまらない演技ねぇ」
師匠が口を挟む。
「好きに吹聴しているといいわ。……生きているうちにね」
エカチェリーナから笑みが消えた。
「貴方とは戦わないわよ、さようなら」
エカチェリーナの身体が気化する。
文字通り、身体が透明となり消えていく。
どうやってあの上空から、一瞬でそれも音もなく戻ってきたのか不思議だったが解決した。
どうやら上空でRankSの属性同調を発現して、そのまま待機状態にしていたらしい。
蟒蛇雀のような使い方をしたので一瞬で分かった。
「逃がすか」
第一段階『魔力暴走』発現。
俺を中心として魔力が吹き荒れる。
近くにいた師匠は、今まさに跳躍する姿勢を見せていたがこちらを見てその動きを止めた。
重ねて『知覚拡大』も発現して魔力を撒き散らす。
下準備を整えてから、改めて『神の書き換え作業術』を発現。
エカチェリーナの真正面へと転移する。
拳を振り被る。
エカチェリーナは目を見開き、咄嗟に半分以上が気化していた自らの腕を交差させた。
「その防御、正解だったな」
そう呟きながら拳を叩き付けた。本当なら『神の書き換え作業』を上乗せしたかったが、エカチェリーナの背後は貴族の屋敷がある。『魔力暴走』状態で扱えば、恐らく余波で真っ二つだ。流石に自重せざるを得なかった。
代わりに。
「ぐっ!?」
威力に押し負けたエカチェリーナが吹き飛ぶ。属性同調で無力化されるかどうかは賭けだったが、どうやら暴走状態であればエカチェリーナ相手であっても俺の魔力で圧倒できるらしい。
以前、近未来都市アズサで蟒蛇雀と相対した際、師匠から教えてもらった属性同調の無敵化を防ぐ方法は3つ。1つ、相手の同調を打ち消す程の魔力で圧倒する。2つ、同調中の相手の魔力を使い切らせて同調を切る。3つ、同調魔法そのものを切る。
今回はシンプルに1つめだ。
魔力量で圧倒する。
シンプルだが、俺のような魔法使いはそれが一番やりやすい。
吹き飛んだエカチェリーナは、背後にあった貴族の屋敷を3つほど破壊してからようやくその動きを止めた。あれ、どうせ破壊してしまうなら、『神の書き換え作業術』上乗せしても変わらなかったかな。
失敗した。
あれは初見だから当てられるだけで、完全に戦闘状態となった格上相手には難しい。なぜなら、予備動作が無系統魔法発現で1つ増えてしまうため、通常の体術よりも時間が掛かるからだ。極端に動きが鈍るわけではないが、高速戦闘の中で僅かでも動きが鈍れば異変に気付かれる。数を打てばいずれは当たるかもしれないが、乱用しすぎると脳が熱を持って限界が早く来てしまう。諸刃の剣なのだ。
騒ぎに気付いた貴族達が逃走や戦闘準備を周囲で始める中、瓦礫を吹き飛ばしてエカチェリーナが姿を見せた。ローブに付着した埃を払う仕草を見せながら言う。
「随分な馬鹿力ね。まさか属性同調を貫通されるとは思わなかったわ」
「そうか。俺も驚いているよ。まさか天下のエカチェリーナ・トルシナともあろう者に、こんな簡単に攻撃が通るとは思わなかった」
「言ってくれるわねぇ……」
暴風。
まさに暴風だった。
エカチェリーナを中心として、暴風が吹き荒れる。
よし。
引き付けには成功したようだ。
あとは師匠に任せよう。
そう思い、声を掛けようとした時だった。
「良い感じね。それじゃ、ここは貴方主体で行きましょうか」
はあ?
次回の更新予定日は、4月23日(木)です。
本章のラスボス、エカチェリーナちゃんの登場です!
皆さま、拍手でお迎えくださいませ!




