第6話 あの日、あの時、あの場所で。
☆
「なぜ皆黙っているのかしら。早く私に自己紹介をしなさい」
もはや懐かしさすら覚える台詞を、壇上に立った神楽宝樹が口にする。
丸眼鏡を掛けた黒髪の女子生徒。
眼鏡の奥から覗く勝気な光を携えたつり目も当時の記憶のまま。
当たり前だ。
俺は戻ってきたのだから。
「……えっと?」
困惑した空気が教室内に充満している。後方から、この状況を何とかしようとする紫会長の声が聞こえた。神楽からやや離れたところで立ち尽くす白石先生は、その紫会長の声で我に返ったらしい。表情を笑顔に戻して、もう一度神楽へ声を掛ける。
「か、神楽さん。自己紹介をお願いしてもいいですか?」
「なぜ」
「えっ」
「なぜ私がわざわざ自分のことを語らなければいけないの、と聞いているのだけれど」
記憶の片隅にある会話を2人が続けている。
全てがあの時のまま。横には舞がいて、美月がいて。この教室には可憐がいて、紫会長がいて、片桐がいて、花宮がいて。……そして、エマがいる。今すぐにでもそちらへ視線を向けたい衝動を何とか押し殺す。
泣くな。
ここでそんなことをしてみろ。
壇上にいるネジの外れた神楽がどんな行動に出るか分からない。
揺れる感情を無理やり押さえつけて口を開く。
ここで口にする台詞は決まっているのだ。
「お前が新顔だからだろ?」
「ちょっ、聖夜」
神楽に聞こえるか聞こえないかの絶妙な音量で、隣に座る舞が俺の名前を呼ぶ。白石先生に向いていた神楽の視線が、俺の方へと移動した。
「今、私に向かって言ったの?」
「他に誰がいるんだよ、新顔。お母さんから教わっていないのか? 人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗れって」
「……生憎と、私は貴方と違って自分から名乗る必要が無い地位にいるからね」
「あぁ……、人が生まれてから最初に与えられるものってやつか。懐かしいなぁ」
本当に。
それは無意識のうちに、つい口を突いて出た言葉だった。
神楽の両目が見開かれる。
「貴方、それをどこから……」
「葵さん、俺は別に神楽へ手を出しちゃいないですよ。そんなピリピリしないでください」
神楽の言葉を遮り、教室の扉付近で待機していた神楽の護衛へと声を掛けた。その名前を口にしたことで、いよいよ違和感が確信へと至ったらしい。神楽の表情が驚愕から警戒へと変わる。
「中条聖夜、答えなさい」
壇上から一歩を踏み出す。
神楽がこちらへと顔を寄せ、口を開く。
「貴方の知識の出所を」
俺の回答は決まっている。
「全部お前から教わったよ」
俺が答えた瞬間、事態は動く。
「エマ、よせ」
「葵、止まりなさい」
既に身体強化魔法が発現されていた。
俺と神楽の間に割り込むようにして移動してきたエマと葵さん。両者の違いは、葵さんは神楽を守るようにして身体を割り込ませてきたのに対して、エマは真っ先に神楽を殺そうとしたところか。エマは俺の机に足を乗せ、今まさに神楽へと飛び掛かろうとする姿勢で止まっていた。
……感動の再会がまさかこんな形になるとは思ってもみなかったよ。
そんな俺の心情を余所に、黒髪へと変装しているエマがぐりんと顔をこちらへ向ける。
「聖夜様、この女を殺害する許可を」
出すわけないだろう。
お前、一応俺の護衛として青藍魔法学園へと潜入している自覚はあるのか?
泣きそうになる感情を必死に押し殺しながら、俺はそんなことを思った。と言うか、こいつも記憶は一旦引き継いだよな。神楽家とは敵対しないルートを模索しよう、と師匠も含めた3人で話し合った記憶は引き継いだはずだ。だからこそ、その記憶を無駄にしないために『脚本家』は今回の遡りするポイントをここに指定したはずだ。
俺の非難めいた視線を感じ取ったのか、エマはバツが悪そうな顔をして俺の机から足をどかして一歩下がった。そんな一幕を黙って見届けていた神楽は、俺から顔を離してから口を開く。
「貴方、なかなかやるわね」
俺に話しながらも、視線はエマの方へ。
おそらくは、うまく手綱を握れているな、という趣旨の発言だろう。
「それで……」
視線を俺へと戻した神楽は続ける。
「わざわざその情報を開示してまで、私に何を求めるのかしら」
その神楽の態度に、俺の後ろにぴったりと控えるエマが息を呑むのが分かった。あいつの記憶では、アマチカミアキの遺言内容は未だに分かっておらず、どうやって敵対する神楽家を躱して孤児院に向かうか、というところで止まっているはずだ。少なくとも表面上は友好的な姿勢を見せる神楽が信じられないのだろう。
ただ、せっかくの神楽からの質問ではあるが、ここでは話せない。
それとなく周囲へと視線を巡らせる。
それでしっかりと神楽も気付いたらしい。
頷いた神楽が白石先生へと向き直る。
「この男を借りるわ」
調子悪いので保健室いきます。
この男に付き添いを任せます。
くらい言えよ。
☆
屋上へとやってきた。
柔らかな日差しが俺達を迎えてくれる。
ここに来たのは俺と神楽、そしてお互いの護衛としてエマ、葵さんが同行している。
「で?」
フェンスに身体を預け、腕を組んだ神楽が問う。
「あの『脚本家』に神法を使わせるなんてね。貴方は何を背負わされたのかしら」
「1週間程度先の話になるが、『ユグドラシル』から全世界へ宣戦布告が為される」
神楽の端正な眉がピクリと動いた。
「内容は?」
「リナリー・エヴァンスの首か、エルトクリア女王の首、どちらかを捧げろ。さもなくば、魔法世界への侵攻を開始する」
聞いた神楽は鼻を鳴らす。
人差し指で自らの黒髪を弄りながら、面倒くさそうに口を開く。
「なんだ、聞いて損したわ。『黄金色の旋律』と『ユグドラシル』の小競り合いじゃない。それで世界を巻き込まないでくれるかしら」
こいつにしては珍しく、言っている内容がまともである。
「貴方のところのボスが相手のボスを手に掛けたところが発端でしょう。それで世界を人質に取られて神楽家に泣きついてきたのなら、はっきり言って失望したわ」
「宣戦布告をしたのは天地神明本人だ」
「はあ?」
神楽の目つきが鋭くなる。
「言っている内容がめちゃくちゃね。過去のリナリー・エヴァンスが行った天地神明の討伐宣言と、今の貴方の発言。どちらかが嘘だったということになるのだけれど」
「そうだな。そして、これがどちらも本当だと言う根拠がアマチカミアキの遺言にある」
うっすらと殺気を纏い始めていた神楽の動きが止まる。
そして、驚きの声は俺の後ろで待機していたエマからも聞こえた。
「せ、聖夜様。まさか……」
視線を後ろに向け、エマを黙らせる。
おそらく、エマは察したのだ。
このルートが、前回の俺、師匠、エマの3人で遡った直後のものではないということを。
しばらく思考の海に沈んでいた神楽が顔をあげる。
「……その遺言とやらはどこで?」
「孤児院。かつてアマチカミアキが身を寄せていた場所にある」
「当然、私もそれに目を通すことはできるのよね」
「いや、今はできない」
「なぜ」
「確認に向かうという時間のロスで、『ユグドラシル』が拠点から撤退してしまうからだ」
腕を組んでいた神楽は、腰に手を当ててため息を吐く。
「話にならないわ」
頭を振り、神楽は続ける。
「つまり、今の貴方は何の根拠も提示できないわけね。それで、私と何の交渉をしようと言うの?」
「邪魔をするな」
「はい?」
俺の言葉に、神楽がきょとんとした顔になる。
「これから俺は『黄金色の旋律』として、『ユグドラシル』の拠点に攻め入る。お前たち神楽家に求めることは1つだけ。邪魔をしないでくれ」
「……随分と上からの物言いじゃない。良い度胸ね、中条聖夜」
徐々に怒りの表情へと変わっていく神楽。
エマが俺の前へと躍り出た。
同時に葵さんも神楽を庇うように移動する。
「エマ、下がれ」
「しかし……」
「エマ」
「下がらせていいのかしら。私はもう、葵を止める理由が無くなっているのだけれど」
渋るエマを下がらせようとしていたら、神楽から口を挟まれた。それを合図に葵さんが身体強化魔法を発現する。エマが迎え撃つために魔法を発現する前に、俺は『神の書き換え作業術』を発現して、エマと葵さんをその場から転移させた。
「下手な真似はするな。できることなら、人は殺したくないんだ」
俺と神楽を阻むものはもう何も無い。
それでも、俺は神楽との距離を縮めることなくそう告げる。
「中条聖夜、貴方……」
「これでもさ、俺は譲歩してるんだぜ」
神楽の言葉を遮るようにして俺は続ける。
「神楽家と敵対する気は、現時点で『黄金色の旋律』側には無い。メリットが無いからな。俺達は、害悪である『ユグドラシル』を殲滅するために動こうとしているだけだ。邪魔される筋合いがあるか?」
「神楽家と敵対するか否かをメリットデメリットで語れるあたり、貴方もあの女と同じで相当ネジがぶっ飛んでいるわね」
あの女とは聞くまでも無く師匠だろう。
一緒にしないでくれ、と言いたい。
「それに、貴方自身も……」
神楽はそこまで言ってから目を細めた。
俺の全身を下から上までゆっくりと観察するように見る。
「下調べさせた資料と随分乖離があるようだわ。まさかこんな化け物が日本の学園に潜んでいるなんて」
大した言われようである。
こちとら出来損ないの魔法使いだぞ。
遡りの神法が発現したことで、今の俺の実力がどうなっているのかは分からない。
ただ、知識は残っている。魔力の使い方も、蟒蛇雀や天上天下と死闘を演じたことも、そして『脚本家』と手合わせしたことも。遡り前とまったく同じ、とはならないのかもしれないな。
そんなことを考えながら、神楽に答えを聞く。
「で、結論は?」
「攻撃は中止。各員待機」
神楽はそう口にした。
俺に、ではない。
おそらくは、制服のブレザーに仕込まれているマイクの先にいる護衛に対してだ。
それを見て、俺もスマートフォンを取り出す。
エマへ屋上へすぐ戻るようメッセージを送信しておいた。
しなくても、全力ダッシュでこちらへ向かっているだろうが。
「いいでしょう」
視線を俺に戻してから神楽は言う。
「条件付きで吞んであげる」
「条件とは?」
「『ユグドラシル』の拠点の場所、襲撃の進捗状況、遺言の在り処、そして遺言の内容。以上の内容を開示すること」
それくらいなら構わないか。
少しだけ考えて、すぐに結論を出す。
「2つめは場所の関係でできない。他は構わないが、3つめは教えたところで意味が無い。それでもよければ成立だ」
「……あぁ、なるほど。拠点はやはり魔法世界なのね。それで、遺言の在り処を教えたところで意味が無いというのは?」
やっぱり神楽はすぐに気付いたか。
魔法世界エルトクリアの中では、クリアカードが主な通信手段となる。電波と濃密すぎる魔力の都合上、スマートフォンは使用することができない。
「これ以上の質問に答えるなら、契約は成立と判断するが構わないか?」
神楽は手を顎に当てて考える素振りを見せる。
しかし、俺からの視線を鬱陶しく感じたのか、すぐに頷いた。
「いいでしょう」
ちょうどそのタイミングで屋上の扉が勢いよく開かれた。
「宝樹様!」
「聖夜様!」
扉から屋上へと出てきたのは葵さんのみ。
エマはフェンスをよじ登ってやってきた。
お前、学園に潜入しているという自覚は本当にあるんだよな?
「この話、葵も聞いていて構わないわね」
「ああ、構わない。遺言の在り処を教えても意味が無いと言った理由、それは遺言が条件起動型魔法によって守られているからだ」
「開錠の条件は?」
「それを説明するには、まず遺言の内容から説明する必要がある」
神楽は無言で頷き、先を促してきた。
「『ユグドラシル』の長、天地神明は双子だった。リナリー・エヴァンスが殺害したのはその弟の方だったようだ」
「……そんな単純な手法で」
驚きよりも呆れが勝ったのか。
神楽は何とも言えない表情をした。
「リナリー・エヴァンスと天地神明は、王立エルトクリア魔法学習院の同級生だったと聞いているわ。違和感には気付けなかったのかしら」
「気付けなかったから今があるんだろう」
「貴方、意外と辛辣ね。てっきり、庇うものかと……」
本当に意外そうな顔で神楽に言われた。
心外である。
学生時代に何があったかは知らないが、気付けなかったのは師匠の失態だ。
それは間違いない。
「遺言の内容は、双子だったという事実と殺害された弟からの天地神明討伐依頼だった」
「はあ?」
神楽が呆けた声を上げる。
「弟は近未来都市アズサで行われたリナリー・エヴァンスとの会談にやってきた男と同一人物なのよね? そこでリナリー・エヴァンスが手を下したと聞いているもの。つまり『ユグドラシル』側の人間だったのではないの?」
「遺言では、過去形で『ユグドラシル』に身を寄せていた者、と語っていた」
「……離反する何かがあったということね」
神楽は再び自らの顎に手をあてて思考の海に沈み始めた。
ちらりと後ろを窺ってみれば、エマも真面目な表情で熟考しているようだ。
説明の手間が省けていい。
「で、先に遺言の内容を説明した意図は?」
顔を上げた神楽がそう口にする。
「条件が守られないと、ダミーの遺言が流れて本当の遺言のデータは削除される」
「で?」
「条件は3つあった。遺言作成者である弟の方に認められて、1つめの妖精樹のMCを譲り受けていること。リナリー・エヴァンスと天地神明が学生時代に師事していた教授に認められて、2つめの妖精樹のMCを譲り受けていること。最後に、「脚本家」に認められて全てを知った上で孤児院を訪れていること」
条件ならちゃんと憶えている。
なぜなら、初見殺し過ぎる条件に殺意を覚えたからだ。
「……聞く限りでは、初見で達成するには厳し過ぎるようにも思えるのだけれど?」
「それだけの回数をやり直したからな」
「よく始まりの魔法使いの魔力が切れなかったわね」
その半分以上はお前の妨害のせいだぞ、と言ってやりたい。
「ちなみに、その条件を達成したのは貴方?」
「そうだが、先に言っておく。俺は『ユグドラシル』からの勧誘を断っているからな」
黒いところなど1つもない。
先に行っておかないと、条件の1つめで勘違いをされてしまうからな。
この対応のおかげか、神楽の様子は条件を聞く前と変わらなかった。
「さらに質問するけど、当然そのスカウトマンは殺したのよね?」
「いや、殺せなかった。人質を取られていたし、相手はお前が想像するような下っ端じゃない。天地神明本人だったからな」
「……リナリー・エヴァンスの隣で勧誘されたの?」
「俺が勧誘されたのは歓楽都市フィーナだ。近未来都市アズサで行われた会談より前の話だよ」
「頭が痛くなってきたわ」
こめかみを押さえながら神楽は呟くように口にする。
「そこで『ユグドラシル』入りを断り、妖精樹のMCを渡された。今にして思えば、あれは弟の方だったということだな」
あの室内には、カメラやマイクも仕掛けられていたのだろう。
隠すようにして渡されたのを今でも憶えている。
そして、リナリーを頼む、と言われたことも。
あの時は敵が何を言っているのかと思っていたのだが。
全ては、ちゃんと繋がっていたのだ。
「そのMCは今も貴方が?」
神楽の視線が、俺のMCが装着されている腕の方へと向く。
「保管しているよ。今、装着しているのはもう1つの方だが」
「リナリー・エヴァンスが学生時代に生み出した妖精樹のMCの話は知っている。でも、あれは誰も扱え切れず研究対象にしかならないために、1つは学習院所属のティチャード・ルーカス教授が、もう1つは魔法世界宰相ギルマン・ヴィンス・グランフォールド卿が管轄する魔法省預かりと聞いているのだけれど」
「その魔法省預かりの奴を『ユグドラシル』が奪ったらしいな。ルーカス教授は持っていたから」
魔法世界は盗難にあった事実を隠蔽している、と弟の方は言っていた。
「……その2つを今は貴方が持っていると?」
「おう」
「あぁあぁあぁあぁ……。国宝どころか世界遺産級の宝を勝手に」
そんな大げさな。
いや、そんなことは無いのか。
妖精樹は自生している立地や、その性質から材料の採取はほぼ不可能に近いと聞いた。
と言うより、精霊王達の宿り木だ。それをつい先ほど俺はこの目で見てきたのだ。
出すところに出したら億はいく、と師匠は言っていた。
いや、それどころじゃ済まないのでは?
急に動悸が激しくなってきた。
おちつけ。おちつけ。これ以上考えてはいけない。
《……何をいまさら》
うるさい。
ウリウム、頼むから今は黙っていてくれ。
「……なるほど。いいでしょう」
腕を組み、目を瞑った神楽は、しばらくしてからそう言った。
「貴方たちが『ユグドラシル』の長、天地神明を討伐するというのなら、神楽家はその邪魔をしない」
よし。
神楽から言質を取ることに成功した。
しょせん口約束だが、されど口約束。
これまでの付き合いから分かる。
こいつは、一度した約束は絶対に違えない。
少しだけ後ろに視線を向けてみれば、エマが驚いた表情で神楽を見つめていた。
「但し」
神楽のその一言で意識を引き戻される。
改めて神楽の方へと視線を向けた。
神楽は人差し指を立てて言う。
「お互いに条件を1つ追加しない?」
「とりあえず聞こうか」
「神楽家が魔法世界への足を提供する。代わりにこの葵を同伴させ、進捗状況を報告させること」
そう来たか。
「だが、決戦の地は魔法世界の中だ。一度入国してしまえば、進捗状況の報告はできないぞ」
「分かっているわ。だから、葵は戦力としてカウントしないでちょうだい。頃合いを見計らって離脱してもらうから」
神楽の提案を聞きつつ、葵さんを見る。
表情からは何も読み取れなかった。
「……まあ、それで魔法世界へ送ってもらえるのなら安いものか」
確か、神楽が同行してくれた方がアメリカへの入国はスムーズだったはずだ。
これは良い契約を結べたと考えて良さそうだ。
「成立ね」
ぽん、と。
神楽が手を叩いた。
「出立は?」
「準備が出来次第」
「葵」
俺の答えに対して、神楽は葵さんの名を呼ぶ。
それだけで理解した葵さんは、俺へ連絡手段としての携帯電話を寄越してきた。
そう言えば、このルートではまだ貰っていないのか。
そう思いながら2つ折りのそれを受け取る。
「こちらが準備出来次第、連絡を入れるわ。ごきげんよう、中条」
言いたいことだけ告げて、神楽は葵さんを連れて屋上から姿を消した。
「……聖夜様」
後方で控えていたエマが、恐る恐るといった声色で話しかけてくる。
ここが我慢の限界だった。
引き寄せる。
手を取り、俺の腕の中へ。
「せ、聖夜様!?」
抱きしめる。
強く、強く。
エマが何やら慌てた様子で声を上げているが構うものか。
「生きていてくれて……、ありがとう」
その言葉は、自然と漏れていた。
エマの身体がピクリと硬直する。
それでも、俺はもう1つだけ言わなければいけないことがある。
「エマ、約束してくれ」
エマの耳元で告げる。
「お前は……、絶対に死ぬな」
次回の更新予定日は、3月26日(木)0時です。




