第5話 交渉
今回の更新から、感想欄への返信を再開させて頂きます。
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☆
天上天下の亡骸を『神の書き換え作業術』で消し去る。転移先は地中だ。掘った形跡が無いのだから証拠も残らない。血痕が残っているものの、これで身元が特定されることは無いだろう。なにせあの『脚本家』ですら、天上天下の名前を知らないようだし。
エルトクリア大図書館の入口までやってきた。
司書である今井修が控えている場所には、誰もいなかった。至る箇所に飛び散っている血痕が痛々しい。後ろにある2つの扉のうち、左側は開いたままだった。俺は無言でその扉を潜る。
大図書館の内部も、至る所に戦闘の爪痕が残されていた。いくつもの本棚が崩れ、本は無残にも切り裂かれている。歩くたびに紙片が宙を舞った。俺とアマチカミアキが対峙したのは、どのあたりだっただろうか。歩を進めながら、そんなことを思った。
俺は『脚本家』が住む最奥の間への行き先を知らない。
しかし、本が導いてくれているのはすぐに分かった。視界の先で、無事だった本棚から己をアピールするかのように、本が動いている。良かった。どうやら門前払いで交渉すら不可能、という事態は免れることができそうだ。
飛び回る本についていく。
やがて、その本が浮遊したまま動かなくなったので、手に取ってみる。
その瞬間に、視界が反転した。
暖かな暖色系の光から、暗闇の中、本自身が発光する青白い光へと。
手にしていた本は、光の粒子となって消えてしまった。
見渡す。
この不可思議でありながら、もう慣れ始めてしまっているこの空間を。
歩く。
ここまで来てしまえば、その存在を知覚できる。
上へ、右へ、下へ、左へ。
全方位、無限に続く本棚の間を進み続ける。
その間も、周囲の本たちはせわしなく動き続けていた。
並び順が入れ替わったり。
突如として眩い光が生じたかと思えば、新たな本が生まれたり。
眩い炎を発して燃え尽きる本もいくつも見た。
時間にして、5分にも満たない時間だっただろう。
歩を進めた先に、目的の人物はいた。
超常の存在が。
正面にあるのは、質素なテーブル。その上に設置されているのは、こちらに向けられたモニターとキーボード。その両端にはスピーカー。モニターの上にはカメラのレンズが、キーボードの前には小さなマイクがこちら向きに設置されている。テーブルの奥には、縦長の巨大な水槽。黄緑に近い謎の液体で満たされた中心部には、脳が無数のケーブルに繋がれた状態で浮いている。
『来たな、中条聖夜。歓迎しよう』
モニターに文字が羅列される。僅かに遅れて、両端のスピーカーから無機質な女性の声でその言葉が読み上げられた。俺の記憶通りの姿で、超常の存在『脚本家』が言葉を発している。
「……歓迎? てっきり、私は会ってもくれないものかと考えていましたが」
素直な思いを口にする。
『英雄に対して、そんな不当な扱いはしない』
この場に相応しくない単語が飛び出したな。
「英雄とは、私のことですか」
『そうだ。まさか、蟒蛇雀を単独で討伐するとは。千の賛辞を送ってもなお足りないくらいだ』
なるほど。
そういうことか。
確かに、ウリウムの話は正しかったのだろう。
この『脚本家』の反応を見れば、嫌でも理解ができるというものだ。
「ここには頼みがあってきました」
『聞こう』
「遡りの神法を使って頂きたい」
『なるほど。いつに戻りたい』
……。
どうやら、頭から否定はしてこないらしい。
「先ほどの反応を見る限り、てっきり拒否されるかと思っていましたが」
『可否について決めるには、判断材料が必要だ』
確かに。
実に合理的な考えである。
だからこそ、感情論で説得しようとしても無駄だということだろうか。
「神楽宝樹が転校してきた初日へ」
『なぜ』
「エマが死んだからです」
『なるほど。それでは答えよう。遡りの神法は使用しない』
やはり、そうくるか。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
『これほどの好条件で、今後蟒蛇雀が討伐できるとは考えにくい』
ウリウムの考えは正しかった、ということが確信できてしまった。
「その好条件とは、貴方が遡りをする条件として指定しているリナリー・エヴァンス、アイリス様、神楽宝樹、そして俺が死亡していない状態で、ということでよろしいですか」
『その通りだ』
「そして、貴方が本を奪われたアマチカミアキと蟒蛇雀のうち、片方の討伐に成功したから。そうですね」
『こちらの想定以上に情報を仕入れてきたな、中条聖夜。その通りだ、ウリウムの入れ知恵か』
『脚本家』は、隠すことなく肯定してきた。
「質問があります」
『聞こう』
「なぜ、俺が含まれているのでしょうか。世界最強かつ貴方と志を同じくするリナリー・エヴァンス、貴方の血を引く王家エルトクリアに名を連ねるアイリス様、そして同じく貴方の血を引くものの何らかの理由でそこから離れた神楽家の末裔である神楽宝樹。この3人に価値を見出しているのは分かります。しかし、これに俺を加えている意図が理解できない」
聞こう、と。
そう言ったくせに『脚本家』は沈黙している。
「以前、神楽が師匠へ気になることを言っていました。神の名を持つ神法を持たせておきながら、その価値を知らせていないとは、限度と言うものがある、と」
一旦、言葉を切るが、『脚本家』は沈黙したままだ。
「俺の持つ『神の書き換え作業術』と『神の上書き作業術』は、初めから使えたわけではありません。もちろん、ある日突然使えるようになったわけでもない。この魔法の使い方は師匠に教わりました。その効果も、そして名前も」
俺は一般家庭出身である。
魔法とは関わりの無い世界で生きてきた。
だから、分からなかったんだ。
この魔法が、唯一無二の魔法であることが。
「珍しい魔法である、ということは分かっていたんです。師匠が秘匿するように言ってきましたからね。でも、師匠がこの魔法の名称も使い方も知っているので、俺以外の誰も使えない魔法だとは思っていなかった」
まあ、正確には師匠が自らの無系統魔法を使用すれば、俺の無系統魔法を再現できてしまうことが後に分かったわけだが。あの人は本当の化け物である。多少実力をつけたと自負する今でも、一向に勝てる気がしない。
思考を戻す。
何かがおかしいと気付いたのは、無系統魔法という存在を明確に知ってからだ。
同じような効果を持つ無系統魔法なら見たことはあるが、工程から結果まで、全てが同一のものは見たことが無い。おまけに、そもそも俺は無系統魔法を感じさせる何かを師匠に見せたことが無い。それにも拘わらず、師匠は最初から俺が無系統魔法を使える前提で特訓を開始したのだ。
いつか話してくれるだろう。
そう思うようになった。
そして、その日は少なくとも今日まで訪れていない。
「俺の考えでは、『神の目録』とやらに神の名を冠する無系統魔法の力が何らかの手段で保管されており、貴方の運用で好きな人間に貸し与えることができる。そんなところだろうと思っているのですが、いかがですか」
『ここで与える情報量は、遡りの神法に深刻な影響を与える程度には大きい。それでも良ければ答えよう』
「なら、答えなくても構いません」
『……何?』
呆気なく答えなくてよい、と言ったことで、『脚本家』は不審に思ったようだ。それもそうだろう。急に話を変えたくせに、深掘りしてこないのだ。それじゃあなんでその話題を出したんだ、と思うのは当然である。
しかし、これは必要な話題の切り替えだった。
「もう一度、お願いします。遡りの神法を使用してください。神楽宝樹の転校初日へ」
『それはできない。私の回答は変わらない』
「それでは、先ほどの回答をお願いします」
『……何?』
再度『脚本家』が同様の台詞を口にした。
「ここで遡りの神法を使用して頂けないのであれば、私は二度と貴方には協力しません。遡りの神法の対象に指定される必要が無くなりましたので、情報量がいくら増えても構わないということです」
『それが交渉材料になると考えているのか』
「はい。回答が頂けないのであれば、精霊王達にでも聞きますよ。会う約束もしていますし」
メイジとしての魔法をどれだけ知っているかは分からない。
だが、あの場所にいたままエマの死を知覚するクラスの存在達だ。
面白い話はいくらでも聞けるだろう。
『中条聖夜、聞いてくれ。私は……』
「私が欲しているのは、神楽宝樹の転校初日に戻してもらうことのみです。それ以外の無駄話は、今後の貴方都合の神法使用に差し支えるのではないですか」
沈黙。
しかし、これ以上俺の方から何か言うことは無い。
黙って『脚本家』の出方を待つ。
これで最奥の間からはじき出されるなら自殺でもしてみるか?
一応、保護対象なんだよな。俺。
どれだけの時間が経過しただろうか。接続されている機械がフリーズでもしたのか、と考え始めたところで、ようやく『脚本家』が再起動を果たした。
『……こんなところまで、師弟で似なくても良いものを』
呟きにも似た言葉だった。
まさしく『脚本家』の本音だろう。
しかし、そういった台詞が出てくるということは、師匠も以前に何か無茶なお願いでもしたのだろうか。そうでなければ、このような反応にはならないだろう。
『中条聖夜。神楽宝樹の転校初日まで遡るなら、蟒蛇雀の死も、天上天下の死も無かったことになる。それを本当に理解しているのか』
「しています」
『もう一度戦って、勝つ自信があると?』
……勝つ自信か。
「正直に言って、分かりません」
ここは嘘でも自信があると言うべき場面なのだろう。
しかし、あの蟒蛇雀ともう一度戦うと考えると、嘘は吐けなかった。
『それでも、遡る価値があると? 今回、お前が親しくしていた者の中で死んだのはマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラのみだった。次は、それ以上の犠牲を払わねばならない可能性もある。そして、もう一度遡れる保証も無い。それでもやり直したいと言うのか?』
「それでもお願いします」
即答した。
ここは迷ってはいけないところだと分かったからだ。
沈黙。
今日、一番長い沈黙が続いた。
それを、俺は黙って待ち続けた。
『ならば条件が……、いや、待て……』
ようやく沈黙が破られたかと思いきや、『脚本家』が再度押し黙る。
しかし、これまでとは少々雰囲気が違った。
「どうしましたか」
思わず声を掛ける。
返答は無い。
ただ、『脚本家』の独り言が続く。
『まさかそんなはず……』
無機質な声色のはずなのに、動揺が伝わってくる言葉だった。
『どこまで読んでいたというのだ。リナリー・エヴァンス』
……師匠?
なぜ、このタイミングで師匠の名前が出てくる?
俺がここへ訪れることや、ここで口にする願いまでも読んでいたということか?
そんなことが可能なのだろうか。
そもそも、エマが死んだのは古代都市モルティナ。
『ユグドラシル』のアジトだ。
エマを殺したのは天上天下。
天上天下があの場所で死んでいなかったのだから、師匠はいなかったはずだ。
それとも前提が違ったとか?
エマは一人で特攻を仕掛けたのではなかったのか?
分からない。
状況を推理しようにも、情報が圧倒的に足りていない。
『中条聖夜』
思考の海に沈んでいた。
声に呼び戻される。
「少し付き合え」
顔を上げる。
声のトーンが変わった気がしたからだ。
目の前には幼い風貌の少女がいた。
くせっ毛のある黒髪のおかっぱ。
紫陽花の刺繍が目を引く和装の少女。
見た目は日本人。
しかし、その瞳は澄んだエメラルドグリーン。
見た者の視線を捉えて離さない、吸い込まれるような魅力を持った瞳だった。
「……『脚本家』なのか」
どこかで見たことのあるような風貌だった。
頭の片隅に引っ掛かっている感じだ。
「分身体だがな」
あくまで私の本体はあれだよ、と。
目の前の少女はそう言いながら、人差し指を少女の背後にある脳に向けた。
「さて、改めて言おうか。中条聖夜、私に少し付き合え」
「何をすればいいのでしょう」
おかっぱの少女は、コキリと首を鳴らした。
「組み手だ。私にお前の実力を見せてくれ」
腕を組み、感情をまるで感じさせない無表情のままで続きを口にする。
え。
ここで?
「周囲の本への扱いには気をつけろ。破損したらその本の対象者は死ぬ」
「はっ!?」
「本棚からぶちまけられる程度なら勝手に戻るから心配するな。お前に与えた無系統魔法で細切れにしたら戻せないがな」
「いやいやいや……」
ちょっと待ってくださいよ。
結構やばいことを言っている自覚はあるのか。
このロリは。
「何を躊躇う。大切なものを守るために遡りたいのだろう。他の全てを投げ出してでも」
その言葉に、反論しようとしていた俺の言葉が止まる。
「敵は容赦しないぞ。全てを巻き込み、お前を殺そうとしてくるだろう。その時、お前は敵に戦う場所を指定できると思っているのか」
反論できない。
あの時の蟒蛇雀は、たまたま俺の提案に従ってくれただけだ。あのまま天道まりかも周囲の人達も巻き込んで、街の中心地で戦いが継続されていた可能性だってあったのだ。
「では、始めよう。本気で来ることを勧める。なぜなら」
困惑が勝ち、乗り気ではないことを見越してか。
『脚本家』は無表情のままこう口にした。
「遡りの神法を使用した後、本当にお前が同じ成果を挙げられるのか。それを試す場だからな」
足場を蹴る。
一瞬で距離を詰めた俺は、腕を組んだまま直立している少女の顔面に向かって拳を叩き込んだ。
しかし。
「なっ!?」
『脚本家』は微動だにしなかった。
ただ、そこに直立するのみ。
無表情のまま。
腕を組んだまま。
視線すらも動かなかった。
俺の拳が止まっている。
少女の鼻先、その寸前で。
「……この程度か?」
跳躍。
後方へ。
同時に、全身強化魔法『業火の型』を発現する。
最初の一撃は、身体強化魔法を脚と拳に発現しただけだった。
なぜなら、周囲への余波を考慮したからだ。
しかし、それでは届かないことを瞬時に悟った。
「良い魔力の循環だ。練り上げられているな」
攻撃特化の火属性。
それが付加された全身強化魔法。
にも拘らず、相対する『脚本家』の様子は相変わらずだ。
「随分と上から目線じゃないですか」
「当たり前だろう」
私こそが、始まりの魔法使いだぞ、と。
『脚本家』はそう言った。
確かにその通りだ。
それなら遠慮は不要だな。
周囲への余波も考慮しない。
この人がここで組み手をしようと言ったのだ。
問題無いと考えたからそう発言したはずだ。
そう信じることにした。
足場を蹴る。
前後左右、そして上下。
世界中の人生録が保管されている大図書館。
そこで紅蓮の炎が舞う。
赤色の軌跡を残して、俺は再び『脚本家』との距離を詰めた。
掌底を。手刀を。肘打ちを。
足蹴りを。回し蹴りを。足払いを。
背後を取り、横からも、頭上からも狙い撃つ。
前後左右、そし上下。
文字通り360度を駆け回り、次々に攻撃を繰り出す。
しかし、届かない。
そのどれもが不可視の何かに阻まれる。
舌打ち。
攻撃に『神の書き換え作業術』を混ぜる。
「正解だ」
ここに来て初めて『脚本家』が動いた。
僅かに首を逸らすことで、俺の手刀を躱す。
『神の書き換え作業術』を発現した手刀が空を薙いだ。
「お前に与えた無系統魔法は、私の術式を貫通できる。覚えておけ」
「何をっ!」
言っているのか。
そう口にする暇すらない。
なぜなら。
「よし。そろそろ私も動くとしよう」
目の前の圧倒的な存在が動き出したからだ。
振袖姿の少女が、その場で屈みこむ。
その動作で俺の回し蹴りを回避された。
下から突き上げるような掌底。
俺はそれを仰け反ることで回避する。
足払いを掛けられた。
視界が横にブレる。
眼前に迫る拳を左手で受け止め、右手を足場につけることで転倒を防いだ。
少女の幼い顔、その側面に蹴りを叩き込む。
しかし、当然のようにそれは届かなかった。
見えない何かによって阻まれている。
「全ての攻撃に無系統魔法を込めろ」
寸止めとなっている俺の脚を一瞥し、おかっぱ少女の姿のままで『脚本家』は言う。
「くそっ!」
嘘だろう。
目で追えない。
縦横無尽に駆け回る少女の残像すら捉えられない。
落ち着け。
視線だけで追おうとするな。
第一段階『魔力暴走』。
周囲を揺蕩うように動いていた本達が吹き飛んだ。
破損はしていないと信じたいが、どうだろうか。
そんなことを考えながらも、探知魔法を併用して発現した。
「『知覚拡大』」
「それも正解だ。但し、この場所でなければな」
声。
後方。
まさに死角からの一撃を紙一重で回避する。
回避できたのは、『知覚拡大』のおかげでは無い。声が聞こえたからだ。『脚本家』を知覚することはできなかった。なぜなら、この空間自体が『脚本家』の魔力で満ちているからだ。浮遊している本、その全てからも『脚本家』の魔力を感じる。
駄目だ。
この空間で『脚本家』の存在を魔力から探し当てることはできない。
「そうだ。よく覚えておけ。お前の魔法は決して完全ではない」
声。
突き出された腕を掴んだ。
そのまま『神の書き換え作業術』を発現して切り落とそうとしたが、それよりも早く『脚本家』の小柄な体が跳ねる。視界がブレたと思ったら、どうやら蹴りを頬に食らっていたらしい。思わず掴んでいた手を放してしまう。
「惜しかったな」
一度距離を離した『脚本家』が言う。
「完全では無いが、完全に近づけることはできる。つまりは無系統魔法の保持者次第だ」
そうか。
そうかもな。
まだやれる。
やれるぞ。
視界が開けていく。
思考がクリアになる。
あぁ、これだ。
この感覚だ。
この空間全てに散らばる『脚本家』の魔力。
この空間中に充満している『脚本家』の魔力。
確かにそうだ。
しかし、本当にそうなのか?
全部同じか。
違いは無いか。
全てが同じ状態か。
違う。
違うだろう。
本一冊が放つ魔力と、空間そのものに漂っている魔力は違う。
当たり前だ。
それなら。
この空間と。
無数に点在している本達と。
この空間唯一の存在である『脚本家』と。
その全てが均一の魔力を放っているわけがない。
大なり小なり絶対に違いはある。
どんどん視界が開けていく。
どんどん思考がクリアになる。
あぁ、この感覚があれば。
蟒蛇雀と戦った時にこの感覚を理解していれば。
奴のオリジナル魔法。
空間掌握型魔法だと言っていた『夜の帳』。
あれを発現された時にも、見失うようなことは無かっただろう。
ピンボールのように飛び回る『脚本家』の残像を追う。
いや、もはや目で追う必要すらない。
なぜなら『知覚拡大』でその軌道は感知できているからだ。
右、左、下、左、下、上、右。
そこ。
「おっと」
俺が手を伸ばした先。
直前までその軌道を通過予定だった『脚本家』。
俺の先読みに気付いたらしく、直前で軌道を変えられてしまった。
しかし、これでいい。
今のはお試しだ。
次で捉える。
絶対に捕まえられるという確信がある。
勢いを増して視界が開けていく。
勢いを増して思考がクリアになる。
先ほどの天上天下との一戦でもそう。
蟒蛇雀と死闘を繰り広げた、あの時もそう。
この感覚。
この感覚だ。
そして、思い出したんだ。
かつての実験棟で。
あのぐちゃぐちゃになった思考回路の中で。
鬱屈した暗がりの中で見えた一筋の光明。
全てを掌握したかのような、あの全能感。
視界が開けたその先で。
思考が解放されたその中で。
俺は言う。
宣言する。
「……今ならできる」
「何?」
『脚本家』からの問いかけには答えなかった。
代わりに、これからの打ち合いで証明する。
「――第二段階『暴走掌握』」
意図的に暴走状態となった俺の魔力生成器官。
その暴走事態を無理やり掌握するのではない。
それではせっかく暴走させて既定以上の魔力を生み出させているのに意味が無い。
掌握するべきなのは、生み出された魔力の方。
暴走して濁流のように放出されている魔力こそが掌握の対象だ。
四方八方へ荒れ狂うように放出されていた魔力を整える。
俺を中心として展開する銀河のように。
……あぁ、この状態ならできるな。
数多の本を掻い潜り、標的である『脚本家』の分身体のみを狙える。
全てが手に取るようにわかる。
一挙手一投足が感覚で分かる。
これが万能感というやつなのか。
第二段階でこれだ。
果たして師匠が足を踏み入れた第三段階はいったいどれほどの領域なのだろうか。
静かに眺めていた『脚本家』は、エメラルドグリーンの目を細めて呟く。
「……至ったか、中条聖夜。その齢でその領域に足を踏み入れるとは。リナリー・エヴァンスに継ぐ原石であったな」
師匠に継ぐ……、か。
出来損ないと言われてきた俺には荷が重すぎる評価だな。
「しかし、そこへ至ってなお、蟒蛇雀を討伐できるかは断言できない。それでも遡りたいと言うのか」
「はい」
そうか、と『脚本家』は言った。
そして。
「ならば、その志を示してみろ」
直後に、激突した。
次回の更新予定日は、3月12日(木)0時です。




