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テレポーター  作者: SoLa
第1章 中条聖夜の帰国編

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第1話 花園舞

「久しぶりに日本語を聞く気がする……」


 正確に言うならば、行き交う人たちがみんな日本語を話している、だが。空港に降り立ち、まず最初に思ったのはそれだった。


 スーツケースを受け取り窓に寄る。外の景色ではなく、窓に写る自分の姿を見てぼそっと呟いた。


「……なんというか。思ったより何も感じないな」


 もっと感慨深く感じられるかと思ったのに。日本に帰国すると決まった瞬間の方がまだ感じるものがあった。


「次の方、どうぞー」


「おっと」


 係りの人に呼ばれ列に戻る。


「パスポートをこちらの部分にかざして下さい」


「はい」


『承認致しました。Magic(マジック) Conductor(コンダクター)をお受け取り下さい』


 電子音が鳴り響き、受付の中から長方形の機械が姿を現す。それを手に取った。


「ご利用ありがとうございました」


 促されるままゲートを抜ける。空港のエントランス付近まで歩いたところで、MCを左腕に装着した。







 空港から出て、指定された場所へと向かう。


 既に車は到着していた。中から黒服の男が出てくる。知らない相手から俺が待ち人であると直感されたのは、やっぱりこの髪のせいなんだろうな。


「名前をお聞かせ頂けますでしょうか」


「中条聖夜です」


「パスポートを確認させて頂いても?」


「はい」


 黒服の男に手渡す。


「……ありがとうございます。では、こちらへ。鞄はこちらでお預かり致します」


 黒服の男が扉を開ける。


「よろしくお願いします」


 促されるままに乗り込んだ。車は直ぐに発車した。


「おお。読める読める」


 車窓から見える看板の文字を読んで、思わずそう呟いてしまった。ただ、アメリカで活動していたときも仲間内で話すときは日本語だったから、そこまで不安だったわけではない。日本語は当たり前のように違和感なく頭に入ってきた。


 師匠に押し切られ、半ば拉致のような形で渡米したのは2年前の夏、か。


「ライセンスが取得できたのは良かったけど……。まさかこんなに戻ってくるのが遅れるとは思っていなかったなぁ……」


 窓枠に肘を掛けながら外の景色を眺める。そこには見覚えがあるような無いような、そんな何とも言えない風景が広がっていた。







 繁華街を抜け、小奇麗な街並みが通り過ぎる。徐々に一軒一軒の土地の広さが大きくなってきた。


「……青藍市(せいらんし)。高級住宅地、ね」


 ぼーっとその風景を見つめる。今日は雇い主の屋敷を訪ねる予定となっていた。


 名は姫百合泰造(ひめゆりたいぞう)。高級住宅地を持つ青藍市の中でも、トップクラスの金持ちという話だ。まあ、日本に住む魔法使いなら知らないはずもない家系である。当たり前と言えば当たり前か。


 その姫百合家には2人の姉妹がいるという。


「問題なのは……」


 詳しい話は聞けなかったが、どうやら雇い主は俺を指名してきたらしい。当然、俺は姫百合家と繋がったことなど無い。どう考えてみても師匠の差し金であるのは間違いなかった。わざわざ師匠の管理下で国外にいる俺を指名してくるものだから、どんな依頼かと思えば……。


 口元まで押し寄せるため息を飲み込むには、それなりの苦労を必要とした。







「……想像を遥かに超える大きさなんですけど」


 独り言が思わず敬語になるレベルである。車窓から見える建物に唖然としている間に、車はその屋敷の門を何の躊躇いもなく通過した。


 青藍市へと入ってからというもの、一軒一軒の大きさに驚いていたのだが、この屋敷はそれらの比ではない。俺の心情を余所に、車は屋敷の庭を通り扉の前で停車した。黒服の男が運転席から回り込みドアを開く。


「どうぞ」


「……ありがとうございます」


 車から降りる。アメリカでもあまりお目に掛かれない程の豪邸だった。


「こちらへ」


 黒服の男に促されるままにその屋敷の扉を潜る。


「初めまして。ここのメイド長を務める大橋理緒(おおはしりお)と申します。中条聖夜様でございますね? お待ちしておりました」


 扉を潜った先。

 大広間にて女性から挨拶される。髪をストレートに肩まで下した清楚な女性だった。身に纏うメイド服はよくお似合いではあるが、まさかのリアルメイドさんである。日本ではメイド喫茶か創作ものにしか存在しないと思っていた。


「では、こちらへどうぞ」


 促され、後ろについて行く。

 広いエントランスを抜けて長い廊下に出た。廊下を行き交う執事やメイドが、こちらを見る度に一礼して行く。正直に言って小市民には居心地が悪い。


「こちらが旦那様の書斎でございます」


 程なくしてお目当ての場所に到着する。大橋メイドが一礼してから扉をノックした。


「理緒でございます。中条様をお連れ致しました」


「入ってくれ」


 扉の中から男の声が聞こえる。大橋メイドがそれを確認して扉を開けた。


 ……おぉ。

 洋館を思わせる屋敷内を歩き、主の部屋も期待していたが裏切られることはなかった。


 高級そうなアンティークにソファー。扉の真正面、部屋の奥には木造のデスク。見るからに高級そうなスーツを着た30代後半くらいの男性・姫百合泰造氏はそこに腰かけており、こちらを見ていた。


「遠路遥々済まないね。ようこそわが屋敷へ。私はここの主・姫百合泰造だ」


「中条聖夜です。よろしくお願いします」


 相手の自己紹介に簡潔に応えておく。


 あの師匠が俺の情報を躊躇いなく流すくらいだ。今更名前以外の自己紹介が必要とも思えない。俺の考えは正しかったのか、泰造氏は満足したようだ。1つ頷くと、自分の使用人に目を向けた。


「済まないが席を外してくれ」


「畏まりました」


 一礼して大橋メイドを含む複数の使用人一同が下がる。ほどなくして後方の扉が閉められた。


「不用心なのでは? 私のような者を護衛無しで傍に置いてよろしいので?」


 魔法は凶器にもなり得る。いくら師匠経由で繋がっているとはいえ、初対面の魔法使いをこうも信用していいのだろうか。


「ははは。おかしなことを言うね。これから私の愛娘たちの護衛役を頼もうとする人間に対して言う台詞ではないな」


「その話自体も、かなり酔狂な話でしょう」


 声のトーンを少し下げる。

 失礼な言い回しという自覚はあるが、ここはどうしても聞いておかなければいけない部分だ。


「この国にも有能な魔法使いはいます。貴方と私は初対面。外国から私を呼び寄せた意図をお聞きしても?」


「……初対面ではないだろう?」


「はい?」


 首を傾げる。


「一度は会ったことがあると思うけどね」


「記憶にございませんが」


 本気で無い。

 そもそも関わる機会などあるはずが……。


「昔、花園家(はなぞのけ)のパーティーにいたことが無かったかい?」


 あった。


「……まさか私のような者を憶えていて下さるとは。光栄です」


「君はあの中では異質だったからねぇ」


 そりゃそうだ。俺はセレブでもなんでもない。あれも意図せずして放り込まれた結果だ。


「それも含めて、ね。花園家があの場に呼べるような人物なら、こちらとしては問題ない。それに、君が向こうで一緒に働いていた師匠……に当たるのかな。あれは私の友人でね。今回のことを相談したら、君の名を挙げてくれたんだよ。日本人の優秀な魔法使いがいるとね」


「……あの女」


 やはりそういうことだったのか。何が日本に戻ったら、軽めの仕事は早々に終わらせて少しは羽を伸ばすと良いだ。この仕事の相手側も随分とお得意様のようだ。


 ……向こうに戻ったら真っ先に問い詰めてやることに決めた。


「……ふ、ふむ。まぁいい。では契約の話をしよう」


「はい、お願いします」


 俺の内にある怒気を察したのか、泰造氏がはぐらかす様に本題に入る。とりあえず先を促すように頷いておく。


「今回君に依頼したいのは、私の娘の護衛だ」


 写真が差し出される。2枚の写真には、それぞれ綺麗な女の子が写っていた。


「姫百合可憐(かれん)咲夜(さくや)。可憐は君と同じ年。咲夜は1つ下だ」


 泰造氏が続ける。


「この2人の護衛を頼みたい」


 ……護衛。

 この新米魔法使いの俺に、である。


 娘が大切ではないのか、と聞きたいくらいだ。


「綺麗な方々ですね。それで、急に護衛が必要となった理由をお聞きしても?」


 そんな不安が表に出ないよう、ポーカーフェイスを駆使して尋ねてみる。


「うむ……」


 目を逸らされた。が、それも一瞬のことで直ぐにこちらに向き直る。


「最近、この国で頻繁に起こっている事件があってね。知っているかな?」


「いえ。先ほどこちらに戻ってきたばかりなので」


「それもそうか。昨今、この国では誘拐騒ぎが多くてね」


「……まさかそれで自分の娘も危ないと?」


「はは。それだけではただの親ばかだろう。誘拐対象は決まって学生。それも魔力容量の高い子なんだ」


 なるほど。

 そこまで聞けばある程度は納得した。


 姫百合家と言えば、この国でも五指に入るほどの有力な名家である魔法使いだ。確かに条件には一致するが……。


「それでも……姫百合家ですよ? ここまでビッグネームになると、逆に手を出しづらいのでは?」


 姫百合と言えば、先ほど出た花園と同じく日本の五大名家と呼ばれるほどの実力と権力を持つ家系だ。一周回って手など出せないだろう。


「だからこそ、学生である者たちを誘拐するのだろう? どれだけ強大な力を持っていようが、それが使いこなせなければ意味が無い。それは、君が一番(、、、、)良く分かっている(、、、、、、、、)とは聞いているが」


「……なるほど。全て認識済みというわけですか」


「気を悪くしないでくれよ? こちらとしても、ある程度の情報は知っておかなければ命は預けられないのだから」


「問題ありません。こちらも隠していませんから。それに調べる意図の有無に関わらず、どうせあの師匠の方から進んで喋ったはずです」


「ま、まぁ……。その通りなわけだが」


 思いの外冷たい声色になっていたようで、口をひくつかせながら泰造氏が頷く。


「それに、うちの娘が狙われやすいという理由には、もう1つあってね」


「それは?」


「護衛を付けたがらないんだよ」


「……はぁ」


 なんともまぁ……。

 とはいえ、俺も嫌だけどな。後ろから無言でついてこられたりすると。もちろん護衛なんて付く身分ではないのだが。


「何度お願いしても聞いてくれなくてね。幸いにして、学園は全寮制だからそこまで危険はないとは思うんだが……」


「そういうことですか。……ん?」


 ……寮?


「ちょ、ちょっと待って下さい」


「なんだね?」


「寮って、あの寮ですよね? 学生が寝泊まりする」


「……他にどんな寮があるかは知らんが。まぁその通りだよ。学生の宿泊施設だな」


「それで、今回の依頼は?」


「私の娘たちの護衛だが?」


「でも寮生活なんですよね?」


「そうだが?」


「でも護衛嫌いなんですよね?」


「そうだが?」


「じゃあ、俺はどう護衛すればいいんですか?」


「……どうもなにも。君も学園に転入して、影から護衛してくれるんだろう? 彼女からそうした内容で任務に就くと言われてるのだが」


「……ちょっと失礼」


 俺はスマホを取り出すと、データからあの女の番号を探し出して発信ボタンを押した。間髪入れずに、女性の声が届く。


『現在、お客さまがお掛けになった電話番号は使用されておりま――』


 その声は、最後まで届かなかった。俺の耳元でスマホが割れた音が鳴る。


「な、何かあったのかね?」


「いえ、お気になさらず。お見苦しいところをお見せしました」


 もはやガラクタとなったそれをポケットに捻じ込みながら、にこやかに俺はそう告げた。任務内容どころか、宿泊施設とかの話も出なかった理由はこれか。


 寮に泊まれ、と。

 師匠? 休暇の話はどこへ行ったんです?


「一応、確認なんだが……。受けてくれるのかね?」


 俺の否定的なオーラを感じ取ったのだろう。泰造氏は眉を吊り上げていた。


「ええ。もちろんです。全力を尽くします」


 そう言う他ない。


 無一文だから、俺。

 受けなければ路頭に放り出されることになる。


「そうか、良かった。可憐や咲夜から気づかれずに護衛するには、学園潜入が必須。特にクラスメイトになることが望ましい。その年代でこういった仕事ができる人間など、そうはいないからね」


 だからこそ、護衛経験の無いこんな俺にこの話が回ってきたというわけだ。素人に毛が生えた程度でしかない新米魔法使いに頼むにしてはおかしい話だと思ったのだ。


「買い被り過ぎですよ。私の欠点は存じているのでしょうに」


「それを上回る魔法があるのだろう? 彼女はこういうことで嘘はつかない」


 あの詐欺師への絶対的な信頼は何処から来るんだ。


「それで、お嬢様方の通う学園はどちらでしょう」


「私立・青藍魔法学園せいらんまほうがくえんだ」


 ……アメリカでも聞いたことある超エリート校ですね。分かります。


「私はどうやって転入すればいいのですか? まさか転入試験に受かれと?」


 無理ですよ、と言外のアピールをしておく。


 そもそも転入試験に受かれる程の実力を有していれば、わざわざ向こうでライセンスを取ったりなどしない。魔法を使った格闘技で勝て、という試験ならいけるかもしれないが、呪文詠唱を含んだ実技試験で受かるはずもない。


「まさか。私はそこの理事長を務めているんだ。そういった情報操作については問題ない」


 完全なる職権乱用だった。

 やはり持つべきは金と力か。


「制服や教科書の類は、既に君の寮部屋となるところに準備済みだ。転校初日は明日。理由は両親の仕事の都合で、だ。いわゆる帰国子女のような立場になるな」


「……分かりました」


 下準備もばっちりのようだ。

 間違いなく逃げ道は残されていなかった。







 その後、いくつか依頼に関するやり取りを終えて、俺は姫百合邸を後にした。重厚な門が閉まるのを音で感じながら、慣れない高級住宅地を歩く。寮まで送ろうという申し出は、辞退させてもらった。


 寄り道したいところがある。


「姫百合家の当主は、確か女性だったはずなんだけどなぁ」


 泰造氏は魔法とは無縁の一般人。現当主に婿入りした立場だったはずだ。てっきり当主の方が出てくるのかと思っていたが……。


「まあ、どちらでもいいか。やることは変わらないんだし」


 その独り言で思考を断ち切る。


「さて、あいつのところに顔を出すか」


 俺が日本に戻ってきたことは、遅かれ早かれあいつの耳にも入るだろう。師匠とあいつは頻繁に連絡を取り合っていたようだし。







 門は開けない。

 インターフォンも鳴らさない。


 悪戯心が湧いたからである。


 れっきとした不法侵入ではあるが、昔はよくやっていた。監視が付いているところを全て転移魔法でやり過ごし、庭であいつの部屋に一番近い木の上へとやって来る。


 部屋の主は……。


 いた。

 机に向かい何かをしているようだ。


 窓を叩く必要も開ける必要もない。

 むしろ一連の流れが全て無駄になる。


 勝手知ったる何とやら、だ。


 ファンシーな部屋へと転移した。部屋の至るところには様々な動物のぬいぐるみが置いてあり、そのつぶらな瞳全てが自分を射抜いているかのようで、正直気味が悪い。ただ、その感覚があながち見当はずれでないことは、こいつの魔法を知っていれば分かることである。


「おっ?」


 箪笥の上に座っているエメラルドグリーンのクマは初見だな。どうやら新しいしもべ(、、、)が増えていたらしい。


 というか、なぜエメラルドグリーン?

 それにこれ以上ぬいぐるみ増やしてどうするんだ。そのうちぬいぐるみで生き埋めになるぞ。


 机へと目を向ける。どうやら部屋の主は何かに没頭しているようで、こちらに気付いてはいないようだ。


「うぅ~ん。どうしようかなぁ」


 唸り声を出す主の元へと忍び寄り、そっと肩越しに覗いてみた。


「どうしても発現スピードがねぇ……」


「ここのせいじゃないか?」


 後ろから紙に書かれた魔法式の一部分を指差す。


「これだと前の式の効果を相殺するんじゃないか? この式が無くても、その前後だけで十分作用すると思うんだが……」


「うぅん。でもそれだと持続時間が少なくならない?」


「それだったら前半の式から変えた方がいいな。ちょっとペン貸してみろ」


「はい」


「ん。ここの式はだなぁ……」


 がりがりと魔法式を書いていく。


「え? それって後ろの式との相性悪くなかったっけ?」


「そうだ。けどな。『繋ぎ』の部分をこうすると……」


「あぁ、なるほど!」


「な?」


「凄い凄い!! 流石は――」


 目の前の少女が固まる。俺の顔を捉えてはいるようだが、焦点がいまいち合っていないようだ。とりあえず挨拶することにした。


「よっ」


 気さくな感じにしてみる。


「……う」


「う?」


「うっひゃあああ!?」


 余程驚いたのか、キャスター付きの椅子で後退りした挙句、そのままひっくり返ってしまった。


 いや、ごめん。

 まさかそんなに驚くとは。


 普通に会話成立してたし。


「あ、貴方!! 今まで何処ほっつき歩いてたのよ!!」


 真っ赤な顔で椅子に体を預けつつ立ち上がったお嬢様が言う。


「ほっつき歩くとか……。もうちょっとこうお嬢様らしい言葉遣いをさぁ……」


「貴方にお嬢様の基準が分かるか!!」


 それは確かに。


 花園舞(はなぞのまい)

 本当のお嬢様。それもこの国トップクラスの財力を保有している。先ほどお邪魔していた姫百合家に続き、こちらも五指に入る魔法使いの一族である。


 そしてこの一族の権力も凄い。どのくらい凄いかと言うと、この女の親が命じれば多分明日には総理大臣変更できるくらい。……これが冗談ではなく、異常事態に限るなど、限定的ではあるものの本当の話なのだから怖い。


 で、見た目もかわいい。目を見張るような赤い髪に、程よく膨らんだ胸。きゅっと締まった腰。そしてヒップへと流れるような女性らしい魅惑的なライン。お転婆であることを除けば完全無欠なお嬢様である。


「貴方ねぇ! 本当に貴方って人は!」


 そこまで口にしたところで、舞は俯いてしまった。


「……、お、おい?」


 無言のまま、肩がぷるぷる震えているのが分かる。……やめろよ。ちょっとした悪ふざけのつもりだったが、泣かせてしまったか?


「あ、貴方……」


 震える声を口にしながら、舞が顔を上げる。


「……ほんと、何勝手にいなくなってるのよ」


 双眼から、ぽろぽろと涙が零れ落ちている。


「お前……」


「ばかっ!!」


「へぶしっ!?」


 平手。……不意打ちだ。

 そのまま2人で後ろにあったベッドへと倒れこむ。


「……ずっと、待ってたんだから」


 胸に顔を埋めたまま上げようとしない。凄い罪悪感。確かに、あの時は何の挨拶もできずに連れていかれたからな。


 そっと、舞の頭に手を置いて撫でてやった。


「すまん」


「ばか」


 久しぶりの罵声は、思いの外心地いいものだった。







「で? 何しに帰ってきたってわけ?」


 先ほどまでの弱気な姿は無かったことにしたいらしい。若干赤目ながらも、絶対零度の視線を取り戻した舞がそう問うてくる。


「仕事だよ、仕事」


 そう伝えると、舞は露骨にため息をついた。


「でしょうね。向こうで魔法使いの資格は取っちゃったって聞いてたし」


 舞は詰まらなそうにベッドに腰掛ける。やっぱり師匠は、色々と喋ってたわけだ。俺の状況は逐一報告されていたらしい。


「仕事内容はなに? この国なんて、そうヤバイ仕事は転がってないはずだけど」


「護衛、だな。ボディーガードってやつだ」


「また面倒臭い仕事貰ってきたわねぇ。第一、貴方まだライセンス取ったばかりでしょう? その年で取れたのは凄いけど、護衛なんて務まるの?」


 もっともなご意見です。

 何を隠そう今一番不安なのはこの俺である。


「俺もそう思うんだが……。師匠経由で依頼者側から名指しされたんだよ」


「ふーん。貴方の能力なんて逃げる方が得意でしょうに」


「ほっとけ。それにお嬢様が面倒臭いとか言うな」


「それこそほっときなさいよ。それで? 貴方を名指しするなんて、一体誰のボディーガード役を頼まれたってわけ?」


「いや、一応俺にも守秘義務ってやつがあってだな」


 俺のその言葉を聞いて、舞の視線に剣呑な色が混ざった。瞬時に危険を察知する。再び飛び掛かってきた舞を、“跳ぶ”ことで躱した。対象を失った舞がそのままの勢いでベッドへと突っ込む。


「残念。俺を捕まえたければ身体強化魔法くらいは使ってもらわないとな」


「この歳、しかも無詠唱で発現できる人なんて貴方くらいじゃない」


「ははは。褒めるな褒めるな」


 スカートが捲れることも厭わず、再度飛び掛かってくる舞を余裕で回避する。遅い遅い。そんな速度では捕まってやれないなぁ。


 ただ、守秘義務で話せないのも事実である。

 あまり、ここにはいない方がいいな。当初の目的だった挨拶は済ませたし、これ以上いると本当に根掘り葉掘り聞かれかねない。


「それじゃ、そういうことだから」


 部屋の窓を開けながら、極力さわやかにそう告げる。


「どういうわけよ!! 護衛対象は誰!? 場所は!? 連絡先は!?」


 残念ながら俺の連絡先は先ほど壊れたんだ。


「また遊びにくるからさ」


「待ちなさい!! 護衛の仕事するなら私の」


 転移されると悟ったのだろう。慌てた様子で机に置いてあった自らのMCを掴んだ舞を尻目に、俺は転移魔法を発現した。


 ……私立・青藍魔法学園は全寮制。

 舞が自分の屋敷にいるということは、学園は違うということになる。まあ、そっちの方が何かと動きやすい。


 少し寂しい気持ちもするが、ほっとした気持ちもある。同じ学園だと、いつまでも秘密にしておけそうにないからな。


 結論から言えば。

 それは大間違いだったわけだが。

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