第0話 中条聖夜とは
日頃からご愛読頂きありがとうございます。
GCノベルズ様より書籍化します。
書籍化を記念しまして、許可を頂きましたので書籍版の第0話を公開します。15年前の話を、今の私が書くとどうなるか。ぜひ、ご覧ください。なお、Web用に改行は多めにしています。Web版の第0話は、1章のオマケとして移動しました。
☆
「ごめんなさい」
深く、深く、頭を下げられる。
正直な話。俺は、悲しいとか、寂しいとか。ふざけんなという憤怒とか。そういった感情よりもまず先に、「ああ、やっとこの時が来たのか」とそう思った。髪の色は最初から白かったわけじゃない。この『力』も最初から使えたわけじゃない。
ある日、突然だったのだ。
俺は、魔法とは無縁の家庭で生まれた。魔法使いがこの世界に相当数存在することは分かっていたし、そういった類の学校や会社もあって、世間一般に溶け込んでいることも知っている程度の認知度だった。
そもそも、魔法というものは先天的なものであり、ある日突然開花しましたとはならない。魔法を使えない人間にも魔力は存在しているが、それはあくまで生命活動を維持するための最低ラインでの存在である。間違っても、その魔力を使って炎や雷が突然出せるようになるわけではない。
つまり、魔法を使えない家系とは、隣人が魔法使いの一族でもない限り、大袈裟ではなくほぼ一生を魔法とは無縁で送れるもので、俺の家族は皆そう思っていた。魔法なんてあると便利だねって、そんな感じでさ。けれど、そうはならなかった。
突然変異。
医者からそう言われたのを、俺は今でも覚えている。
魔法使いの血を取り込まない限り、本来なら一般家庭に魔法使いの子どもは生まれない。しかし、例外中の例外が、まさかの俺の身に起こっていたというわけだ。当然、両親からすれば寝耳に水である。ある日、突然調子を崩した俺を心底心配した。病院に連れて行っても、健康体そのものという診断しかされないのだ。未知なる病気かと肝を冷やしていた。
それが一週間くらい続いた頃、真っ黒だった髪の色が、漂白剤でも使ったかのように綺麗に抜け落ちた。さらに一週間が経つと、俺の周囲の物が何の前触れも無しに砕け始めた。ポルターガイストかと本気で思った。まさか自分のせいだとは考えないだろう。何かがおかしいと思い始めたのが、その時だった。両親は恐る恐る俺を、今度は魔法病院に連れて行った。
そして、それが正解だった。
尋常じゃない量の魔力が渦を巻いています、と。
そう診断されたその日から、両親の俺を見る目が変わった。
魔法は使えると便利だが、使いこなせないと恐怖でしかない。どうすればいいのか分からないのだ。医者も、ここまでの魔力は見たことがないと口にしていた。もはや触れると起爆する爆弾のような扱いぶりだった。他の患者とは完全に隔離された部屋で、ちまちまと魔力を吸い出す機械に繋がれて絶対安静を言い渡される。
両親は見舞いに来なくなった。うまく隠しているつもりだったのだろうが、隠せていない。俺を怖がっているのは明白だった。この時にはもう、薄々と気付いていたのだ。いずれ言われるであろう、その言葉に。
深く下げられた頭をベッドの上で眺めながら、俺はどうすればいいのかと頭を悩ませる。悲しいとは感じていない。怒りも無い。だが、俺はようやく小学校を卒業できるかというタイミングで入院したのだ。義務教育すら修了していない子どもが、たった一人でどのように生活していけばいいというのか。色々とある疑問を俺が口にする前に、両親の後ろから綺麗な女の人が姿を見せた。
「初めまして、中条聖夜」
眩いまでの白い肌に金髪。
スカイブルーの瞳を携えた女性は、その外見に反して流暢な日本語で告げる。
「貴方のその症状を治してあげる。今日中に退院できるから、私の弟子になりなさい。力の使い方を教えてあげるわ」
その言葉に偽りはなかった。何をされたのかも分からないうちに体調は回復し、両親の狼狽や医者の制止をも払いのけたその女性は、そのまま俺を自分の屋敷へと招き入れたのだった。
☆
訪れたのは、廃れた路地裏の一角にある建物だった。外壁はひび割れ、窓も半数以上が原型を保っていない。明らかに人が住んでいる環境ではないが、ひしゃげた扉の前に二人組の男が座り込んで談笑している。手には鉄パイプが握られており、腕や脚など至る所に入れ墨が見える。そして、二人が纏っている独特の空気感。俺はローブを深く被り直しながら、その二人へゆっくりと近付いていく。
「おい、そこで止まれ」
俺に気付いた一人が、独特な訛りのある英語で言う。要望通りに、俺は一度足を止めた。そこで遅れて気付いたもう一人の男が、笑いながら口を開く。
「背格好からして、まだ子どもだろう。ママに新品のローブを買ってもらって気分が大きくなったのか? 俺達は優しいから見逃してやるよ。さっさと帰りな」
「そうか。お前達は優しいのか。だが、俺は優しくはない」
笑い合う男達へそう告げて、一気に距離を詰めた。その勢いを利用して片方の男の顔面を掴み、そのまま外壁へと叩きつける。派手な音が路地裏に鳴り響いた。蜘蛛の巣状に広がった亀裂の中心部で、男は血を流したまま意識を失う。もう片方の男が何やら叫びながら腰を浮かせようとしたが、それより早く俺の回し蹴りが男の側頭部を打ち抜いた。ぐるりと白目を剥いた男は、鉄パイプを手放して地面へと転がる。
「さて……、さっさと終わらせるとしよう」
ひしゃげた扉は、どこかが引っ掛かっているせいで素直に開いてくれなかった。仕方が無いので魔力を拳に込めて叩きつける。今度は何の抵抗も無く開いた。蝶番が弾け飛んだおかげで、吹き飛んでしまったが。不運にもその先にいた室内の男一人が巻き添えになったらしい。俺が直接手を下すまでも無く扉の下で気絶している。
狭い廊下だ。
おまけに埃やカビも凄い。
ローブで鼻を覆い不快感を少しでも和らげようとしているうちに、わらわらと至る所にある扉から屈強な男達が姿を見せ始めた。口々に何かを言ってくるが興味は無い。一番手前の男が懐から拳銃を取り出したのが見えたので、発砲される前に懐へと潜り込み顎を掌底で打ち抜く。ぐらりとよろめく身体の後ろにいた別の男の顔面を殴り飛ばし、その横に立っていた奴は股間を蹴り上げておく。前かがみに蹲ったところを回し蹴りで昏倒させた。
ここから先は多対一の乱闘である。
壁や天井を利用して立体的に動きながら、一人ずつ丁寧に意識を刈り取っていく。
ここまで、相手は誰一人として魔法を使っていない。
銃やナイフ、鉄パイプなどで襲ってくるだけだ。
銃は乱戦で扱うのは難しい。
仲間を巻き込む覚悟が無ければ発砲はできないだろう。
ある程度の意識は向けつつもそう判断した俺は、射線を意識しながら次々と敵を処理していく。廊下と複数ある部屋行ったり来たりしながら数を減らし、二階、三階へと上がっていく。すると、開始から五分足らずで一階から三階までは制圧が完了した。一人だけ「敵襲です!」と叫びながら四階へと駆け上がっていったので、本命は間違いなくこの上にいるだろう。
陽の光が満足に入らない廊下は薄暗い。ゆっくりと階段を上っていく。その先の死角から、先ほど敵襲を知らせに消えていった男が襲ってきたが、裏拳一発で沈んでしまった。そのまま階段を転がり落ちていく。死角から襲ってくるなら、せめて情けない声色の雄叫びは上げない方がいいと思う。
辿り着いた四階。
廊下の最奥の扉、その前に一人の男が立ち尽くしていた。
「な、何だ、お前……。何が目的で」
震える声で話す男の言葉はそこで終わった。俺の拳が男の腹へと突き刺さったからだ。唾液と血を吐き散らした男は、後方の扉を突き破り、室内の調度品と共に転がった。意識を向けてみるが、これ以上の伏兵はいないようだ。俺は意図的にゆっくりと息を吐きだして、深く被っていたフードを脱ぐ。同時に、腕に装着していた魔法伝導体、通称MCの電源を切った。
今回使用した魔法は、身体能力を底上げする強化系の魔法のみ。消耗は格段に少なかったが疲労はある。相手は俺を殺す気で来ているのだ。特に精神が摩耗するのは仕方の無いことである。頭を振って意識を切り替えた俺は、埃が舞う部屋へと足を踏み入れた。床に落ちた一品を拾い上げる。最後に気絶させた男が巻き込んで破壊したデスクから転がり落ちた物だ。
今回受けていた指令はとあるアジトの殲滅と魔法具の回収。手にしたこれは使い古された手鏡のように見えるが、纏わりついている魔力が異質だった。間違いなく指定された一品だと断言できる。まともな魔法具とは思えない。
突如、察知する気配。俺は弾かれるように部屋の入口から距離を取り、MCを再起動しようと手を伸ばしかけたところで、その気配の正体を理解した。
「師匠……」
心臓に悪いから気配を消して近付いてくるのはやめてほしい。言外にそう告げたつもりだったが、まったく意図は伝わっていないのだろう。と言うより、伝わってはいるが改善するつもりは無いと言う方が正しいに違いない。
「終わったのね、お疲れさま」
悪びれの無い労いの言葉がその証明である。
俺と同じ純白のローブに身を包んでいるのは妙齢の女性。美しい白い肌と金髪、そしてスカイブルーの瞳。三年ほど前、初めて顔を合わせたあの時から全く変わらない美貌を持つ女性。リナリー・エヴァンスは、薄い笑みを浮かべながら部屋へと入ってきた。
「お目当ての物でしょうか」
手にした魔法具を師匠へと差し出す。
しかし、師匠は目を細めるだけで受け取らなかった。
そして、端的に一言だけ口を開く。
「違うわね」
その回答に、思わずため息が出る。
これまでの一連の流れが全て無駄になったからだ。
手にしていたそれに目を向け、俺の魔法で両断する。
「容赦無いのね。それなりの値段で売れたかもしれないのに」
「まともな魔法具ではありませんでした。魔力で分かります」
金にはなるかもしれないが、売り払った先でどんな不幸をまき散らすか分かったものでは無い。持っていても利になることはないだろう。ならば、壊した方が楽。そんな単純明快な俺の行動原理を悟った師匠は小さく噴き出した。
「それにしても……、突入から五分強といったところかしら。百二十九人が固める拠点を殲滅。なかなか良いタイムになってきたじゃない」
「ありがとうございます」
褒められて悪い気はしないので、素直にお礼を言っておく。
「呪文詠唱ができない貴方がここまで育ってくれるなんてね。私は嬉しいわ」
「急にどうしました?」
そう。
俺、中条聖夜は呪文詠唱ができない。
魔法使いとして生きていくうえで必須級の技術が使えないと知った時、俺は自らの不運さに呆れて笑ってしまった。魔法が使えるからという理由で両親に捨てられたにも拘わらず、俺は満足に魔法が使える身体では無かったのだ。魔法使いとしては完全に欠陥品という扱いになる。
「じゃあ、はい。これ」
「何ですか、これ」
何が「じゃあ」なのかも分からないまま、手渡されたそれを受け取る。手渡された紙切れに書かれていた文字を読み取ると、正解が口を突いて出た。
「飛行機のチケット?」
「そろそろ日本が恋しくなってきたでしょう。一つ、日本で仕事をこなして頂戴。古くからの付き合いがある相手でね。断り切れなくて」
あの唯我独尊、傍若無人を具現化したような師匠が断れない相手にも興味があるものの、それよりも先に気になることがある。
「まさか俺一人で……、ですか?」
「何か問題でも?」
問題しかないだろう。なぜなら俺は、魔法使いのライセンスをつい先日取得したばかりだからだ。いくら師匠と古くからの付き合いがある相手とは言え、素人に毛が生えた程度の新米魔法使いを寄越されても迷惑に決まっている。そう考えた俺は、再考を促そうと口を開く。
「師匠、俺は……」
「急いだ方がいいと思うわよ。フライトまであまり時間が無いから」
その言葉に不穏な空気を感じた俺は、一旦言葉を止めてから腕時計とチケットに記載された時間を交互に見つめる。脳が情報を正確に処理し終えた瞬間に吠えた。
「もっと早く言ってくださいよ!」
師匠の腕を掴む。
俺が何をしようとしているか分かっているのだろう。師匠は避けることはせず、それを受け入れた。笑みを浮かべたまま「お土産忘れないでね」と話す師匠に頭痛を覚えながら、俺は自らの魔法を発現した。
今後とも、わたくしSoLaと『テレポーター』をよろしくお願いいたします。




