『学問の神の祟り』
京都・北野天満宮には、学問の神として知られる菅原道真公が祀られている。
だが、この神社には語られぬ“もうひとつの顔”がある。
僕の通っていた大学は、北野のほど近くにあり、受験や卒業のたびに参拝する学生も多かった。境内の梅の香が漂うころ、ふと耳にした話がある。
「お前、あの奥の社、行ったことあるか?」
大学の同級生であり、民俗学研究会の石塚が言った。
「奥って、御本殿の裏手?」
「いや、もっと奥や。神職でも滅多に近寄らん場所があるらしい。“硯石”っていう石が祀られてるんやけどな。そこに触れたら……」
「祟るって?」
石塚は冗談のように笑ったが、その目はどこか乾いていた。
「昔、天満宮の建立前にな、道真公の怨霊を鎮めるためにその硯を埋めた言うんや。知を授かるには、代償が必要やったんやろな。だから触ったらあかん。差し出す覚悟のある者しか、あれに近づいたらあかんのや」
数日後、石塚は突然、意識を失い入院した。脳に異常はなかったが、目を覚ました彼は記憶をすべて失っていた。自分の名前すら、わからなかった。
それからというもの、北野天満宮の境内で、妙な噂を耳にするようになった。
●夜になると誰もいないはずの奥から筆の音が聞こえる
●賽銭箱の前で急に名前を思い出せなくなる参拝者が出る
●大学受験に失敗した少年が、境内で「もう一度やりなおしたい」と呟いた直後、行方不明になった
僕はどうしても信じきれず、夜にこっそり裏手の社を訪れた。
灯りもない山裾に、ぽつんと佇む苔むした祠。その前に、“筆先のような形”をした黒い石が横たわっていた。
触れてはいけない、と心が叫ぶのに、なぜか手が動いてしまった。
……その瞬間、頭の中に何かが流れ込んできた。知識の奔流。漢詩、和歌、政治、法制、あらゆる時代の断片が、脳内を焼いた。
「――知を欲するならば、身を捧げよ」
声が聞こえた。だが振り返っても誰もいない。
翌朝、僕は目覚めたが、名前を思い出せなかった。
学生証を見て、それが“自分”だと理解するのに、時間がかかった。
北野天満宮は、今も梅の香を漂わせている。
けれど、あの香りがどこか硝子のように冷たいと感じるのは、僕だけだろうか。




