『展示室Ⅴの女』
京都・岡崎。
平安神宮のすぐ近くに建つ、コンクリート打ちっぱなしの近代建築。
国立京都国際近代美術館は、四季折々の企画展と洗練された収蔵品で、観光客や学生たちに人気の場所だ。
だが、その美術館の最上階には、存在していないはずの展示室があるという。
それは「展示室Ⅴ(ファイブ)」と呼ばれている。
◇
その噂を聞いたのは、美大の学生時代。
絵画科の友人・ミズキが、美術館のインターンに通い出してから、おかしくなった。
「ねえ……あの部屋、知ってる?」
ミズキはある日、小声でそう言った。
「展示室Ⅴ。関係者しか入っちゃいけないって言われてる。でも……昨日、迷い込んじゃったの」
それは、企画展示の入れ替え期間中のことだった。
展示品の撤去が終わった夜、清掃スタッフがいなくなったあと――
ミズキは、ひとりでエレベーターに乗っていたという。
普段は止まらないはずの「4F」の上に、なぜか「5」のランプが灯った。
「気づいたら、ドアが開いてて……」
そして、彼女はその階に足を踏み入れてしまった。
そこは、真っ白な壁に囲まれた細長い空間。
壁には、1枚だけ絵が掛けられていた。
それは、白いワンピースの女が、誰もいない部屋の中で微笑んでいる――ただそれだけの絵。
でもその女の顔が、どこかミズキに似ていたという。
「ねえ……あれ、なんだったんだろう。私、なんで涙が止まらなかったのかな……」
それが彼女と話した、最後の言葉だった。
翌朝、ミズキは行方不明になった。
美術館の監視カメラにも、彼女が帰る姿は映っていない。
ただ、夜の監視映像にだけ――エレベーターの5階ボタンが、勝手に点灯する瞬間が残っていた。
館側は一切の詳細を公表していない。
だが、その日を境に、**展示室の壁が一部「塗り直された」**という情報が、内部スタッフの間で密かにささやかれている。
◇
数年後、私は再びあの美術館を訪れた。
静かな展示室をめぐりながら、ふと一枚の絵に目がとまった。
それは、白いワンピースの女性が無人の展示室で微笑んでいるという、どこか既視感のある作品だった。
解説プレートには、こう書かれていた。
《無題(Ⅴ)》
作者不明/発見場所不明/収蔵記録なし
※当館スタッフにより、倉庫より発見された作品。
表面裏に“返さないで”の走り書きあり。
私は、思わず後ずさった。
なぜなら、その女の顔が――私の顔に、似ていたからだ。
そしてその瞬間、ふいにエレベーターの「5」のランプが点灯した。




