『千一体目の千手観音』
修学旅行で京都を訪れたのは、もう十年以上も前のことだった。
けれど、あの時の光景は、今でも夢に出る。
僕たちのグループは、午前中に清水寺を見た後、午後は三十三間堂を訪れた。
観光地巡りに飽き気味のクラスメイトたちは、あまり興味もなさそうに堂の中へと入っていった。
けれど、僕は違った。
その場に立った瞬間、背中にぴたりと冷気のような違和感が走った。
三十三間堂。
内陣には、1000体を超える等身大の千手観音像がずらりと並ぶ――まるで「見られている」ようだった。
「全部で千一体あるらしいよ」
横にいたクラスメイトの柴田が言った。
「その“1体”だけ、ちょっとおかしいって。…地元の人はあれ、“人”が混ざってるって噂してるらしい」
冗談だと思った。
だが、その時、遠くから――耳元で声が聞こえた。
「おまえ……見えるのか……」
思わず振り返る。
誰もいない。
いや、それどころか、クラスメイトたちが消えていた。
広大な堂内に、僕ひとりだけが立っていた。
あれだけいた観光客も、教師も、柴田も、誰もいない。
ただ、千体の観音像と――その中央、最奥に立つ“千一体目”の像だけが、僕を見ていた。
異様だった。
それは観音像ではなかった。
顔が、まるで能面のように白く、目だけが異常に大きく開いていた。
瞳が動く。僕のことを、じっと見ている。
「――おまえ、代われ」
その声が、心の中に響いた。
逃げなければと思った。だけど、体が動かない。
その“像”が、音もなく足を踏み出す。
観音像が歩いている。
違う、それは――かつて人間だった何かだ。
「ここに立っていろ、あたしは……もう飽きた」
次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
気がつくと、僕はまた修学旅行の一団の中にいた。
「おい、なにボーッとしてんだよ。出るぞー」
柴田が僕の肩を叩く。
あれは、夢だったのか――?
そう思って、最後にもう一度だけ観音像の列を見た。
そして、凍りついた。
一体の観音像が――にやりと笑った。
しかも、それは僕の顔だった。
僕の“顔”を持った像が、じっとこっちを見ている。
……いや、それだけではない。
その像の背後、千体の中に、柴田に似た像もいた。
そして、少しずつ、日が経つにつれ、夢の中で“増えていく”。
次は誰がそこに並ぶのか、僕にはわかる。
あの堂は、今もひっそりと「千一体目」を待っている。
そして、次に京都を訪れる修学旅行生の中に――“欠員”が出るだろう。
「今度は、おまえだ」




