『消えるアクセサリーショップ』
京都・新京極通の夜は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返る。
それはまるで、昼と夜で“別の顔”を持つ街。
私がそのことを知ったのは、大学の課題で夜遅くまで残った、ある日のことだった。
「ごめん、先行って。コンビニ寄って帰るから」
夜9時過ぎ、キャンパスの裏口で友人たちと別れ、私は一人でアーケード街へ向かった。
新京極通は、時間的にはもうほとんどの店が閉まっていたけれど、不思議と明かりが漏れている一角があった。
それは、見たこともないアクセサリーショップだった。
名前は「Eveil」。黒いアイアンの看板に白い文字。どこかフランスっぽい雰囲気。
妙に静かで、まるで音を吸い込んでしまうような空間に、私は吸い寄せられるように入ってしまった。
中は、狭いながらも異様に整っていた。
並ぶアクセサリーはどれも一点もののようで、どこか奇妙な形をしていた。
曲がったリング。ねじれたブレスレット。赤黒い石のピアス。
「ご覧になりますか?」
不意に、後ろから声をかけられた。
振り返ると、黒いスーツを着た店員が一人。
男とも女ともつかぬ顔立ちで、まるで人形のように無表情だった。
「あなたに似合うもの、きっと見つかります」
その言葉に、なぜか断れず、私はリングを一つ、手に取った。
その瞬間――
まるで“指に吸い付く”ようにリングが滑り込んだ。
「ぴったりですね」
店員が言った。
値段は安かった。たった千円。
会計を終え、外に出たとき、私はふと違和感に気づいた。
次の日、授業中にノートを取ろうとして、はたと手が止まった。
指輪の形が変わっている。
昨日は確かに、波打ったような銀のリングだったはず。
けれど今、私の指にあるそれは、まるで“鉄の鍵”のような形をしていた。
しかも、指に異様にフィットしていて、外れない。
怖くなって、次の放課後、もう一度Eveilへ向かった。
けれど――そこに、店はなかった。
同じ場所には、古いシャッターの閉じた空きテナント。
隣の店員に聞いてみても、「そんなアクセサリーショップ、見たことないですねえ」と首を傾げられる。
不安のまま家に帰り、ネットで「Eveil 京都 新京極」と検索すると――
「夜しか開いていない店」
「アクセサリーが変形する」
「店はすぐに消える」
「見つけたら“最後の罪”に気をつけろ」
そんな都市伝説まがいの書き込みがいくつも出てきた。
そして、数日後。
私は気づいてしまった。
指輪の形が“あるもの”に似ていることに。
それは、私が高校のとき、親友だった女の子――
彼氏を“奪った”その子が、最後に私に送ってきた、あのチャームキー。
形も大きさも、まるであのキーホルダーにそっくりだった。
「あなたが、最後に壊したもの」
そんな声が、夢の中で聞こえた夜。
私は恐る恐る鏡を見た。
そこに映る私は、笑っていた。
けれど、その目元にぶら下がるピアスは――
見覚えのない、赤黒い石のピアスだった。
次の日から、周囲の人が、少しずつ私の“記憶”を失い始めた。
サークル仲間が名前を呼ばなくなり、教授が出席を確認しなくなった。
恋人の瞳に、私が映らなくなった。
そして一週間後。
鏡に映る私は、とうとう誰か別人になっていた。
顔も、声も、指輪の形も。
それは、私が過去に“壊してきた”誰かの要素でできているような……そんな、ぐしゃぐしゃに混ざり合った存在。
最初に見つけたあの店――
「Eveil」とは、目覚め”を意味するフランス語らしい。
私はいま、誰かの罪”に目覚めたのかもしれない。
この体が完全に変わりきる前に、誰かに伝えなければ。
「新京極で、夜にアクセサリーを買ってはいけない」
「店がなくなっていても、もう“それ”は、あなたの中にある」
どうか、誰かが気づいてくれますように。
……私の名前は、なんだったっけ。




