06.もはや格の違いとしか……
「だとしたらなおさら、浄化をしてから穴をふさがないと、人を襲う本能があるものが、獲物がいるとわかっている方向へ進もうとするのを止められない可能性があります。浄化しておかないと」
そう言うなり、早見さんが問題の穴へ向かって足を進める。
すると、穴の奥のほうからまた例の気配というか、臭いが強くなってくる。
しかし早見さん、慌てず騒がず再度気合とともに腕を一閃、微かにベチャベチャと肉がつぶれるような音が聞こえた。
……近づきつつあったゾンビが、きれいに崩れた音だな、あれ。
直後、早見さんが一気に穴の奥へと小走りに進んでいく。あっと言う間に、その姿が見えなくなった。
「「「「ちょっと!!」」」」
勇者3人とバルトロさんが、焦って声をそろえる。
でも、俺は知ってる。いざとなったらあの人、本性を現すと思う。だって、みんなから見えない位置まで行ったんだもん。
実際、ほんの一瞬だったけど、ちょっと後ずさりしたくなるような圧迫感のある何かの気配を感じた。あれ、早見さんが本性を現したんだぞ、きっと。
でも、そんな気配は一瞬で、誰もが顔を見合わせて“あれは何だったんだ?”と首をかしげている間に、早見さんが戻ってきた。
「さあ、今のうちに穴をふさいで!」
慌てて勇者3人が身構え、力を合わせて土魔法を使い、穴をふさいでいく。
土屋さんだけに任せなかったのは、スピード勝負だったから。
穴はわずか数秒でふさがり、後には、妙な静けさが残った。
「……これで、済んだのかの?」
恐る恐るという感じで、バルトロさんが問いかける。
「ええ。一応大丈夫だと思いますが、念には念を入れて、結界を張りましょうか?」
「そんなもん、張れるんかの?」
「はい。釘か小さな杭か何かがあれば、用意してほしいんですが」
早見さんにそう言われ、バルトロさんは腰に下げた小袋の中から、数本の鉄杭を取り出した。
「申し訳ないんですが、それをふさいだ穴の周辺に打ち込んでください」
早見さんの言葉に、バルトロさんは小ぶりのハンマーを取り出すと、ふさいだ穴の周辺をぐるっと囲むように、数本の杭を打ち込んでいく。
高いところには手が届かなかったので、火村が代わりに2本ばかり打った。
それが終わると、早見さんはまたも右手の2本の指を揃え、打ち込まれて1、2センチばかり出ている杭の頭に順番に触れると、その杭が一瞬青白く光った。
誰もがそれを見て息を飲む間に、早見さんはすべての杭に触れ、ゆっくりと一歩下がった。
「これで、結界が張れました。杭を抜かない限り、最低でも50年ほどはびくともしないでしょう。そのぐらい時間が経てば、迷宮との縁も、完全に消えるはずです」
もう、有無を言わさない雰囲気バリバリ。
っていうか、ここまでのことをされたら、誰だって文句なんか言えんわな。
何か、圧倒的な“格の違い”を見せつけられた感があるし。
「……ねえ、早見さん。さっき、あなたの姿が見えなくなった直後に、圧倒されるような気配を感じたの。あれは何だったの」
おずおずという感じで、水谷さんが尋ねる。
「……僕にも、奥の手のひとつやふたつ、あるんだよ。そうでなくては、向こうで質の悪い悪霊なんかに対抗出来ないからね」
あ、誤魔化したな。でも、ほんとのことは、絶対に言えないもんな。
水谷さんも、納得しきってない顔だけど、これ以上聞いても答えてくれそうもないことはわかるみたいで、仕方なしに引き下がっていった。
火村や土屋さんも、何となく微妙な顔はしてるけど、さらに突っ込むことはしてない。
バルトロさんでさえ、早見さんの有無を言わせない雰囲気に押し切られちゃってるし。
その後、早見さんの『ゾンビは、獲物が現れる坑道の入り口方向にしか行っている気配がないので、ここより奥にはゾンビはいない』との発言を受け、戻ることになった。
あそこまで霊能者として圧倒的な力を見せつけられた後じゃ、誰も従うしかない。
でも、帰り道での雑談で、早見さんがぞっとすることを言った。
『あと少し遅かったら、ゾンビが坑道の外にあふれ出していたかもしれない』って。
まさかと思ったけど、考えてみれば、途中で相当な数のゾンビに出くわしてるんだよな、俺たち。全部早見さんがあっさり片付けちゃったんで、深く考えてなかったけど。
「確かにの。ゾンビによる暴走が起きとったかもしれん」
バルトロさんまで、そんなことを言い出した。
何度か、偵察で中に入った連中の気配がこびりついていて、坑道の入り口方向に引き寄せられつつあったらしい。
……だから、あれほどのゾンビに出くわしたわけ?
「そうだね。放っておいたらあと数日で、もしかしたら膨大な数のゾンビが、外に出ていたかもしれない。ゾンビの類は、太陽の光に弱いわけじゃないから、人の気配をたどって町のほうへ向かっていったと思うよ」
うわ~そうなってたら、下手すれば緊急事態として橋を落として持久戦になってかもしれないってことじゃん。
「そういうことになるじゃろうの。どうやったら、再び町の外に出られるようになるか、頭を抱えながらの籠城戦じゃ」
バルトロさんが、嫌そうに首を振る。
この世界でのゾンビの対処法は、とにかく火で燃やし尽くすこと。でも、橋の向こう側では、火矢を射るか、数が多いわけじゃない火魔法の使い手で炎をぶつけるしかない。
爆薬が存在しないこの世界じゃ、地道に燃やすしかないわけで。
……ゾンビの数にもよるけど、気が遠くなりそうだな、それ。
でもまあ、そんな事態は防げたわけだから、俺たちとしては、ちゃんと使命は果たしたわけだ。
それで俺たちは、暗くなる前に坑道から出て、町へと戻った。
で、バルトロさんはオズヴァルドさんに報告するために途中で別れ、俺たちは宿代わりにしている集会所の建物に戻ってきた。
取り合えず<清浄>で身ぎれいにしていたら、夕食のデリバリーがやってきた。
うん、もう届けてもらうんだから、デリバリーでいいよね。U〇er Ea〇sと同じようなもんだ。……メニューは選べないけど。
どうやら、報告が入った後らしく、持ってきてくれたお兄さんたちが、妙に態度が柔らかいんだ。
「あんたたち、鉱山に入れるように、魔物退治をしてくれたんだってな。いや、本物の勇者だったんだな。今まで疑っててすまなかったな」
お兄さんたちのリーダーっぽい人が、照れ笑いのような笑みを浮かべながら、軽く頭を下げる。
俺たちも、笑いながらうなずき、お互い今までのことはなかったことにしようっていう雰囲気になった。
お兄さんたちは帰っていき、俺たちは夕食を食べ始めた。
今日の夕食は、心なしかちょっと豪華な気がした。
黒パンや肉がちょっと厚くなってたり、デザートの果物が2個になってたりしたもんね。
でも、とにかく変な疲れがある。さっさと休むに限るな。
俺たちは、それぞれの自室に戻って、翌朝まで休息することになった。




