04.ダンジョンだからってゾンビはないだろう~
それはともかく、昼食が終わったところで、俺たちはバルトロさんの後に続き、出発する。
さすがに今回は、クリスは留守番ということになった。
みんな、早見さんが足手まといと思い込んでるけど、実はクリスが一番の足手まといなんだよな。
それを考えると、クリスが留守番になってしまうのは仕方がない。
クリスは、俺たちが建物を離れるとき、ドアが閉まるまでその前脚を振り、見送ってくれた。……なんかかわいいな。絶対、帰ってこよう。っていうか、早見さんがいるんだから、絶対帰ってこれるだろうけど。
それで、腹ごなしに少しゆっくり目に歩きながら、町を出て例のつり橋を相変わらずおっかなびっくり渡り切り、そこからさらに山のほうに歩いて30分ぐらい。
崩落防止の木枠で囲まれた、坑道の入り口が見えてきた。ちゃんと道が出来ていたので、到着までは、スムーズだったよ。
ただ、道を外れると、結構けわしい地形だったりするので、すぐ近くに町を造るのは、難しい感じだったね。
で、いよいよ事前に決めていた隊列を組んで、中に入っていく。
坑道の中は、2人並んで歩けるだけの余裕があったんで。火村と土屋さんが先頭。次にバルトロさん、その後ろに水谷さん。俺と早見さんが最後尾。
早見さんの本性を知っている俺はともかく、他全員なんで足手まといがのこのこついてくるんだという目で、早見さんを見てるんだけど、早見さん本人は涼しい顔。
ヘッドランプが照らす坑道の中は、いかにも手で掘りましたって感じのノミやつるはしの跡らしい細かい跡が、壁なんかにいっぱいくっついている。
ただ……なんだか微かに変な臭いがするんだけど……
気のせいかと思ったら、皆次々『なんか臭くないか?』って言いだした。
バルトロさんまで、首をひねっている。
「おかしい……。今まで、こんな臭いの報告なんぞなかったぞ。確か、一昨日に入ったやつがいたはずだが、そいつらもそんな話はしてなかった」
その時、早見さんが真顔でつぶやいた。
「……これは、腐臭だ。これだけ坑道内に臭いが漂っているということは、ただ事じゃない……」
それを聞いた途端、全員が早見さんの顔を凝視する。
ねえ、なんでこの変な臭いが腐臭だってわかるのさ?
「以前、司法修習生時代に、死体の検分に立ち会ったことがある。その時に嗅いだ臭いにそっくりだ……」
早見さんの表情は、いつになく厳しい。
早見さんの言葉から、推測されることはただ一つ。
『この先に、坑道内にその臭いが漂うほどの死体がある』
どれだけ腐乱死体なわけ? 俺、そんなの見たくないよ。
だが、事態はさらに進んでいっていた。
「なあ、臭いが強くなってきてないか?」
火村が、ものすごく嫌そうにつぶやく。
……確かに、さっきより臭い、強くなってるかも。これってつまり……
皆が顔を見合わせた時、ほんの微かに、複数らしい足音が聞こえてきた。
ベチャ、ベチャ、ベチャ……
なんだか、濡れたような足音。
誰もが口をつぐみ、進行方向を凝視する。
すると、ヘッドランプの光に中に、2体の小鬼が姿を現した。
その姿を見た途端、女の子2人が小さな悲鳴を上げる。
俺も火村も、バルトロさんさえも息を飲んだ。
ゆっくりと姿を現した小鬼、それは生きているモノではなかった。
皮膚はあちこち黒く変色し、身体のあちこちの肉が崩れかけている。まさに、歩く腐乱死体。いわゆるゾンビ!
よく見ると、ところどころに奇妙な傷があった。何かに齧られたような……
「……どうも、最悪のパターンみたいだ。あれは、もしかすると“バイオ〇ザード系”かもしれない」
早見さんのつぶやきに、俺はぎょっとした。バイ〇ハザード系って言ったら、“感染る”んじゃないか!!
「近寄るな!! <火球>!!」
火村がいきなり、手加減なしの<火球>をぶち込んだ。
2体の小鬼ゾンビは、数メートル吹っ飛ばされた挙句、あっと言う間に焼き尽くされて骨になった。
崩れ落ちた骨も、ほどなく溶け込むように消える。
……これってつまり……
「むう、坑道が迷宮に汚染されとる。すでにここの坑道まで、迷宮になってしまっとるぞ」
バルトロさんの顔も、険しくなる。
うわあ、ヤバいぞこれ……
すでにここも、迷宮の一部かよ!
「……ところで、こちらの世界の動く死体はただ動き回るだけですか? それとも、積極的に生きている者を襲う質ですか?」
早見さんの問いかけに、バルトロさんが答える。
「生きている者を襲う質じゃな。ヤツらに嚙まれたりひどく引っかかれたりすると、そのうち身体が腐ってきて気が狂い、他の連中を襲うようになるんじゃ。そうなる前に、神聖魔法で治療出来れば助かるかも知れんが、うまく効いてくれるかどうかがわからん。一度狂ってしまえば、もう元には戻らんことがわかっとる。だから、見かけたら直ちに火をかけて燃やせと言われとる」
……やっぱり“バイオハ〇ード系”ですか……
なんでおとなしくないの、この世界のゾンビ……
とにかくほかの3人と話をし、いろいろ突き合せた結果、『バ〇オハザード』という固有名詞は存在しないけど、ほぼ同じような内容のゲームや映画が存在するそうだ。
それぞれ、別個の固有名詞だそうだけど。
人を襲って仲間を増やすタイプのゾンビだってことは、同じらしい。
「……よりによって、そういうタイプのヤツかぁ……」
「うかつにうろうろ出来ないわね。臭いがあるから、不意打ちは食わないでしょうけど」
「でも、その臭いのせいで気持ち悪くなるんだもん。やだなあ……」
3人とも、かなりげんなりしている。
俺も、右に同じ。
でも、本物の迷宮につながる穴をふさげば、坑道のほうは元に戻るだろうって話だから、 俺たちとしては頑張らないといけないわけで。
俺たちは気を取り直し、さらに進んでいった。
いくつも枝分かれしている坑道を進んでいく俺たち。マジで、バルトロさんが案内してくれなかったら、絶対迷子になってた。
そして、例の小鬼ゾンビ、それからも現れてくれた。そのたびに、火村が<火球>で吹っ飛ばして先に進んできたんだけど、あまり火村に頼りすぎるのもなあ……と考え出したところで、なんだかひと際ひどい臭いが奥から流れてくる場所に出くわした。
正直、俺の直感が“嫌な予感がする”と告げている。




