30.微妙な結果の夕食
「それって、連中オレたちに一服盛るつもりってことか?」
火村が、驚きを抑えきれない表情で問いかける。
「仮に盛られていても、死ぬようなものではないと思うよ。僕たちが本当に、平和な世界に導くために旅をしている可能性は、絶対に考えるから。ただ、はっきりとした証拠がなくて、信じきれない状態なんだ。グレーな存在なら、どちらに転んでも大丈夫なようにしておくのは鉄則だ」
だよね。俺たちが、本当に勇者だったとしても、敵のスパイだったとしても、大丈夫なように対処する。
うん、町の人たちの命を預かってるって考えたら、当然だ。
その後、あたりが暗くなってきたところで、かなり武骨な、どう考えても自分で自分の身は守れそうな感じのお兄さんたちによって、食事が運ばれてきた。
もちろん、やり取りしたのはクリスに目元誤魔化してもらった早見さん。
一応、どことなく元の世界のデリバリー業者が使ってるようなデザインの、大きな革バッグに、蓋つきの籠が人数分入っていて、入口近くのちょっとしたテーブルの上にその籠を並べ、木で作られた人数分のカップとお茶が入ってるんだろうポットを置いて、お兄さんたちは去っていった。翌朝、朝食を持ってくるついでに、籠を引き取ると言い残して。
籠の大きさは、ちょっと大きめの弁当箱サイズ。
細い木の枝を編み込んで作られてるその籠は、ちゃんと蓋がかぶさるようになっている。結構手の込んだ細工だなあ。
……ちょっとほしいかも
向こうで、おにぎりやサンドイッチを入れるのに、ちょうどいいかも。
それはともかく、俺たちは名々籠を受け取り、カップにお茶を注いで食事をとることになった。
蓋を開けると、中には見慣れた黒パンになんかのオイルがかかったもの2枚と、大きな葉っぱの上に乗せられた焼肉。リンゴみたいに見える赤い果物。
……どうせなら、パンに挟んでくれてもよかったんじゃないかって思ったけど、サンドイッチの概念がなさそうだって早見さんが言ってたから、自分たちで作ればいいんだよな。
俺は、黒パンに焼肉を乗せ、葉っぱを【鑑定】してみたら“食べられる”と出ていたので、それも乗せてもう1枚の黒パンで挟み、サンドイッチにしてかじった。
うん、悪くない。パンにかけられていたオイルも、なんだかオリーブオイルみたいな風味があって、きっとバターの代わりだったんだろうなって思う。
バターって、酪農が盛んな地域じゃないと、手に入らないもんね。
リーフ王国は、そういう意味では最低限自給自足出来てた国だったし。
「……まあまあだけど、塩味だけなのがちょっと物足りないなぁ」
火村が、ぜいたくなことを言う。俺たちのキャンプ飯が、多少なりとも塩以外の味があるのも、元の世界の知識を使って工夫してるからだぞ。
こっちの世界じゃ、普段の料理で使われるスパイスの類が、全然ないんだから。
そりゃね、胡椒かなんかが使ってあったら、もっと味にメリハリついて、おいしくなってたとは思うけどさ。
探せばあるのかもしれないけど、きっと知識がないんだ。だから、使おうとしない。
それはともかく、一服盛ってるとしたら、お茶だろうな。
お茶に関しては、早見さんがいち早く口をつけて、別に変ったことは起こらないとOKサインを出したんで、他の面子も口をつけた。
っていうか、誰より早く毒見でもするかのように口をつけたんで、誰もそれを止められなかった。
「ちょっとぉ! なんで一番最初に口付けるの!? ほんとになんか入ってたら、どうするつもりだったのよ!」
「もうこの人は、変なところで向こう見ずなんだから!!」
土屋さんと水谷さんが、慌てた様子で早見さんに食って掛かった。
……まあ、気持ちはわかる。いくら、死ぬような毒は盛られてないはずだって言っても、なんか入ってたら一大事だもんな。
「ごめん、ごめん。でも、“毒見役”を誰かがやるべきだと思ったんだ。まず大丈夫だとは思ったけど、万一君たちの誰かが体調を崩したら、と思ったら、それは僕がやるべきだと思ったんでね」
早見さん、やっぱり“確信犯”でしたか。
だと思ってた。
でもまあ、騒ぎになったのはその時だけで、あとはゆっくりもぐもぐタイム。
デザート替わりって感じでつけられていた、リンゴみたいな果物は、持ったらなんだか妙に硬くて、みんなでしばらく首をひねってたんだけど、早見さんが【鑑定】を使ってあっさり解決。
テーブルにガンッと叩きつけるとクシャっと割れて、殻みたいになっているその中から、ピンク色の大きなアーモンド粒みたいなのがいくつも見えた。
それをひとつ摘まんで口に入れ、歯で噛みしめると、薄皮が破れて果汁があふれる。桃みたいな甘い味が広がった。正直、異世界に来て初めて、果物らしい果物を食べた気がした。
中に入ってた小指の爪くらいの小さな丸い種を口から出して、さらに次の粒を口に入れる。
「うめぇ!! こっちに来てから、一番うまいかも!」
それには、全面的に同意だ、火村。
他の面子も、おいしいを連発しながら、次々と口に入れている。
普段はいつも冷静な早見さんまで、パクパク食べている。
そのぐらい、おいしかった。
初めて、『おかわり欲しい』って思ったもん。
ひとまずおなかを満たしたところで、正直風呂をどうしようかって話になった。
なんせ、自分たちで段取りしなくちゃいけなくて、だったら<清浄>でよくない? って話になったんだわ。
結局、<清浄>をかけ合って身ぎれいにすると、もう休むことにした。せっかく、ちゃんとしたベッドで寝られるんだもん。
2階に上がると、ワンルームマンションぐらいの部屋に、ベッドと物を置く棚やちょっとしたテーブル、イスがある、いわゆる客間扱いになる部屋が、全部で4室あったんで、各々(おのおの)自分で好きな部屋を選び、休むことになった。
当然、俺と早見さんは同室だけどな。
「……ところで早見さん、本当に何にもなかった?」
何となく、気になったんで聞いてみた。
「うん? 命に別状があるようなものはなかったよ。まあ……おそらく遅効性の薬が入っていたと思うけど」
「はい!?」
ちょっと待って! 何それ!?
「おそらくは、明日の午前中いっぱいは効いてると思う。口が滑りやすくなる効果があるようだね」
「……要は、軽い自白剤みたいなもの?」
「そうとも言う。でも、自覚していれば、ちゃんと抑えは効くよ」
効果は弱いため、はっきり自覚をもっていれば、うっかり口を滑らせることはないらしい。
つまり、明日の朝に改めて事情聴取をするつもりで、一服盛ったってこと?
「そういうことだね。なに、君たちが口を開く必要はないよ。僕が全部対処するから」
なんでも、早見さんの身体に薬が回っていても、本体が制御出来るんで、普通の人よりはるかに口を滑らせにくいのだそう。
「あ、それと。僕たちは、この山に入ったところで、リーフ王国の影響下から完全に脱したよ。これ以降、僕たちは完全にフリーハンドで行動出来る」
「はぁ!?」
それって、どういうこと?




