28.有力者とご対面
で、名乗られたもんだから、向こうもリーダーらしい人物が一歩前に出た。40代に見える、顎髭を生やしたおじさんで、髪も髭も明るい茶色、目の色はグレーがかった青だった。
「私は守備隊長エドモンド・マンディス。お前たちは本当に『勇者』なのか? その証拠はどこにある?」
当然の質問だな。変なヤツ町に入れて、何かあったら大変だもん。
でもな、俺たちも特に“勇者である証明”みたいなものは、持ってないんだよな。だって、有角族の占領地域に入った後で、集落が結界で封鎖されてて、人の行き来がないんだってわかったんだもの。
それこそ普通の旅人のふりして、町に立ち寄っては情報集めするつもりだったんだから。
さて、どうするんだろう、早見さん。
「残念ながら、証拠と言えるものなど持ち合わせておりません。ですが、勇者にふさわしい力を持っていることを、お見せすることは出来ます。何なら、私が人質として、この町にいる間、拘束されることになってもかまいません」
うわっ! いきなりとんでもないことを言い出したぞ、この人!
早見さんのセリフに、他の3人もびっくりした顔してる。
「しかし、勇者の従者というなら、それなりの力の持ち主なのではないか? 我々で押さえられないかもしれないではないか」
「いえ、その点は心配ありません。私は、このような者ですので」
いうが早いか、早見さんは右手で自分のマントを左肩からまくり上げた。そしてその下の、身体の左側がはっきり見える状態になる。
「私は、幼き頃の事故により、左腕を失っているのです」
早見さんの様子を見た守備隊の面々、一瞬ぎょっとした表情になったが、すぐに真剣な顔に戻った。
「鍛え上げている皆さんなら、このような体の私など、すぐに取り押さえられるでしょう?」
そう言われたら、守備兵としてはうなずくしかないよな。実際は、あの人ひとりでマジもんの一騎当千なんだけど。俺以外、誰も知らんのよね、そのこと。
……そういやクリスは、いつも左脇腹に引っ付いてたはずだけど、目立たないな。もしかして、背中に回ってるのか?
早見さんとは、念話で話が出来るそうだから、背中に隠れてるのかも。
で、早見さんの体を確認した後、マンディス隊長が軽く息を吐いた。
「そこまで言われれば、確かに認めざるを得ないな。ただ、勇者だという、後ろの4人の実力は見せてほしいんだが」
まあ、当然ですな。
俺は、他3人に向かって、うなずく。3人もうなずき返した。
そして俺たちは、いつぞやドープ砦で披露したパフォーマンスを再度やってみることにした。
火村が走り出したかと思うと、そのまま守備兵たちの頭上を余裕で飛び越え、難なく着地する。その速さやジャンプ力に、誰もが唖然としているのがわかった。
さらに、水谷さんと土屋さんがいったん逆方向に走って距離を取ると、空中で交差するようにジャンプし、それぞれバク宙しながら軽々着地する。
俺はというと、その場で思いっきりジャンプし、トランポリン選手の動きを頭に思い浮かべながら、空中回転してから着地した。
我ながら、結構パフォーマンス出来るもんだ。
「……すごいな……」
守備兵の誰かが、つぶやくのが聞こえる。
まあ、元の世界に戻ったら、絶対出来ない動きだと自分でも思ってるけど。
早見さんから、身体能力にブーストがかかってるのは、この世界だけでの話で、元の世界に戻ったら、以前よりちょっとだけましになってる程度のことしか出来ないって言われたからなあ。
「……確かに、ものすごい動きだ。“魔族”と遜色ないな。わかった、信じよう」
マンディス隊長がうなずき、俺たちは晴れて、町に入ることが出来るようになった。
町の入り口までの数分の間にざっと聞いた話によると、この町の名は『シレア』。
元々は、近くの鉄鉱山の鉱夫とその関係者が住む鉱山町だったらしい。それが、“魔族”の侵攻によって元の町を捨てて避難してきた難民を受け入れて、今の町の形になったらしい。
難民として流れてきた人たちの中には、王侯貴族もいたそうなんだが、その人たちには町の一角に固まって住んでもらい、町の自治には手を出さないという条件で受け入れたんだそうだ。
確かに、よそから来たくせに、王侯貴族だからってマウント取りに来られたらうっとうしいもんな。
あのつり橋も、もっと頑丈な橋が架かっていたのを、難民の流入が一段落したところでわざわざ取り壊し、斧でロープを切ればすぐさま橋を落とせるつり橋に架け替えたんだそうだ。
鉱山町だったっていうなら、掘り出した鉄鉱石を運び出す道は絶対必要だったもんな。
こんな山の中の町だから、町の存在そのものを知っている人たちじゃなくちゃ、たどり着けなかったはず。
当時は、いろいろあったんだろうなあ。
町の入り口に着くと、そこにはさらに10人余りの守備兵らしい集団と、その背後に立つちょっと立派な身なりの3人ほどの中年男性に出迎えられる。
どうやら、俺たちがちょっとのんびり目に歩いているうちに、先触れが走っていって俺たちのことを伝えたらしい。
ひとりは、妙に小柄でがっしりとした体形で、髭が立派だったので、ドワーフかな?
その3人は、それぞれ金褐色の髪や髭、榛色の目をした小柄な人が“山の長”オズヴァルド・アデーレ、見事な赤毛に淡緑色の目をした“農の長”ライモンド・カプア、くすんだ金髪に灰色ががった青い目の“匠の長”ガイオ・ラウロという人たちで、山の長とは鉱山関係者の長、農の長は農家の長、匠の長は町の職人たちの長なんだそうだ。
この3人の合議制で、この町は運営されてるんだって。
訊いてみたら、オズヴァルドさんは本当にドワーフだった。
オズヴァルドさんは、昔からこの町に住んで、鉱山の採掘を行っているドワーフ一族の長なんだそうだ。
俺たち、初めは『アデーレさん』って呼んだんだけど、本人から『自分の名前は“オズヴァルド”だから』って言われた。
なんでも、ドワーフにはいわゆる名字が存在してなくて、親の名前を名乗るんだそうだ。
男なら母親の、女なら父親の名前を名乗る。だから、“アデーレ”というのはオズヴァルドさんのお母さんの名前なんだって。
そして、詳しく聞いてみると、町の職人の中にも一定数ドワーフがいるらしいんだけど、職人としてのドワーフは、仕事に熱中するあまり、政治的なことには全く関心がないので、人族であるラウロさんが長をやっているのだそうだ。
そしてカプアさんは意外にも一番いいガタイをしていた。考えてみると、農業機械なんて何一つないんだから、せいぜい家畜を使って畑を耕すくらい。そうなると、完全な体力勝負の職業だな。農家なんて、全身運動だもん。




