22.早見さんの過去
「……ああ。実はね、君になら話せるんだよ。君は、僕の本性をわかってるからね」
「えっ!?」
思わずびっくりした俺に、早見さんは少し呆れたような顔になった。
「気が付いてると思ったんだけどね。僕の本性が、すでに人間じゃないってことがわかってるなら、それにまつわることだって気づいてると思ってたんだけど……」
あ~そうだった。この人、“魔王の力を持つ半神”じゃないか。
「それは以前、まだ一応人間の範疇に入ってた頃の話だ。<存在の根源を喰らう力>の下位互換ともいえる<魂喰らい>の力で、僕は人を食い殺したことがある」
げっ!! 何それ!?
「最初のその時は、半分事故だった。……僕の奥さんは、かつてその霊力を封印から覚めて間もない邪神に狙われていたことがあった。その配下の鬼に操られた連中に拉致られて、痛めつけられたことがあったんだ。その時に、配下の鬼が彼女を侮辱することを口にしてね。怒りのあまり理性が吹き飛んで、操られていた連中もろとも、その鬼を喰らいつくして滅ぼした。……操られていた連中は、即死はしなかったけど……おそらく3ヶ月と持たずに死んだはずだ」
……うわぁ……えらいこと聞いちゃった……
でも……罪に問われなかったの?
「……罪に問われたなら、逆に思いつめなかったよ。僕に食い殺された者たちは誰も、医学的には原因不明の衰弱死だ。何が原因かはわからないが、病死だと断定出来る状態だった。病死した人間は殺したことにはならない。法律上、犯罪は成立しない」
……そりゃそうか。“病死”なんだもんな、医者がそう判断してるんだもんな……
「その後、やはりその邪神によって魂だけ抜き出されて化け物にされた人を、喰らいつくして消滅させた。魂が消滅したことで、その人の肉体も死んだ。これは完全に自分の意志だった。そうすることでしか、救えないと悟ってしまったから」
早見さんが、真顔で俺の顔を見る。
「僕の本質は、“人食いの化け物”だ。ただ、人として生きていた時の記憶と倫理観がそのままだったから、僕と接触したある神格が、こう判断した。『神の資格を与えることで、理性を強化し、我を忘れて暴走することがないようにする』とね。だから、僕にとって神の資格とは、<存在の根源を喰らう力>を暴走させないための“枷”なんだ。まあ、ある事情があって、そうゆう判断がなされたんだけどね」
……事情が重すぎる……
「それで、最初に人を食い殺してしまった時に、我に返って自分が何をしたのか理解してしまった直後、本当に気が狂いそうになった。自分は人食いの化け物だ、こんな化け物は、この世からいなくなったほうがいい、とね」
ああ……そういうことか……
だから、事情を知らない連中には話せなかったのか。
……でも……俺だって……こんな重い事情なら、聞きたくなかったよ。
「結局人間ではなくなったことで、かえって精神的には落ち着いた。精神のありようが、人間とは少し違ってしまったせいだ。よかったのか、悪かったのか、今となってはわからないけどね……」
しばらくの間、俺も早見さんも黙りこくっていた。
なんて言ったらいいか、全然わからなかった。
『“人食いの化け物”が自分の本質だ』と、言い切るなんて。
つまり、神の資格とは、早見さんが魔王に堕ちないようにするためのものってこと?
「ずいぶん深刻な顔してるけど、僕にとってはもう、一区切りついた話なんだ。もう、受け入れてるからね。でも、それだけ真剣に考えてくれていることにはお礼を言うよ。ありがとう」
そう言って微笑む早見さんの顔を見ているうちに、俺はふっと力が抜けた。早見さんは早見さんなんだ。
俺たちのことを心配して、何とか無事に全員元の世界に帰れるように、力を溜めようとしている半神なんだ。
そう、それだけなんだよ……
「……早見さん、元の世界に戻るまで、よろしく。俺も、自分が出来ることを頑張るよ」
「ああ、よろしく。一応僕のレベルアップも、力を溜める方法の1つだから、いろいろやっていくつもりだ」
なるほど、レベルアップも方法の1つなんだね。……あのUNKOWNしかない能力値でも、一応は関係あるのか……?
そんなことをグダグダと考えてるうちに、交代の時間になり、俺は次の見張り番である火村を起こした。
しばらくぐずぐずしてたので、ちょっとだけイラッとして、思いっきり叩き起こしたせいで、火村から文句を言われたけど。
お前が素直に起きれば、俺だって叩き起こしてなんかいないぞ。それに、女の子たちを起こすわけにいかないから、どうしたって言葉じゃなくて動作になるしな。
それを口に出したら、自分でもわかってたらしく、黙った。
とにかく交代し、俺と早見さんは眠りにつく。
とはいえ、さっき聞いた話の内容が重すぎて、そうそう寝られたもんじゃない。
隣で寝ている早見さんに気付かれたら、また術でもかけてくるかもしれない。
だから、とにかく静かにして、いわば寝たふりした。いつもいつも早見さんにおんぶにだっこじゃ、しょうがないもんな。
すぐそばでは、火村がまだぶつぶつ言いながら、それでも真面目に見張りをしている。
あいつも最近腕時計を出してきて、さすがに俺のヤツほどショックには強くなさそうなんで、腕には付けずに腰につけてる革製の小袋の中に入れてる。
それで時間を確認しながら、次の女の子2人の順番まで見張りをするわけだ。
薄目を開けてそれを確認してから、俺は再度目をつぶり、眠れないにしても心を落ち着けようとした。
でも、考えてみると、早見さん、俺に対してちょっと過保護じゃね?
俺、まだ本当の意味での修羅場に出くわしてないぞ。
修羅場になりかけた途端、早見さんが介入してきたからなあ……
俺まだ、魔物に対してしか、本気で武器を振るっていない。
それじゃダメなんだとは思ってるけど。
あの3人は、そういう意味ではいわゆる“洗礼”は受けた。
俺は、まだだ。
いつか俺も、直面するんだろうな。
それって、いつだろう……




