20.ひとまず休憩
合流場所に決めていた野営地の、俺たちがいた痕跡を、俺は消しまくっていた。
万が一ここを調べられても、すぐには気づかれないように。
ほどなく早見さんも身体に戻り、痕跡を消すのを手伝ってくれる。
「もう少ししたら、3人とも無事に戻ってくるはずだ。うまく追っ手を振り切れたはずだからね」
……見てたんかい!
心の中で突っ込んでいたら、そのうち3人がほんとに帰ってきた。
全員が顔を合わせたところで、もう一度辺りを確認し、人が滞在してた感じがなくなっていることを見極めたところで、まだ暗いけどそのまま出発した。
どうせ荷物は、空間収納にしまってあるんだし。
ランタンに封じた光魔法の光は、いまだに真っ白なLEDを思わせる光を放っている。
先頭を火村、次が土屋さん、真ん中が早見さん、次が水谷さん、最後が俺っていう隊列で、どんどん進んでいく。
ちょっと開けたところで振り返ると、拠点の一部からオレンジ色の炎が上がっているのが遠目にも見える。
暗いせいか、余計によく見える。
とにかく俺たちは、建物が燃える炎の明かりが見えなくなるまで、全力で離れた。
何とか一息ついたのは、離れた森の中に入ってからだった。
少し開けたところにみんなで座り込み、ひとまず休憩を取る。
実際、作戦決行の直前に、ごく軽くパンと干し肉、お茶で少しだけおなかを満たして行動に移ったんだけど、今となってはそんなものとっくに消化してしまっている。
俺と早見さんは、保存食を取り出してパンに少しバターを塗り、干し肉や乾燥野菜を挟んでサンドイッチを作っている。
作戦決行直前に食べたのも、こういう感じのだったな。
……この世界、こうやってパンに何かを挟んで食べる料理って、あるのかな。ないっぽいんだけどな、今まで見たことないんで。
でも、ちょっと心もとなくなってきたんだよな、保存食のストック。
もちろん、まだ底をつくまではいってないが、そろそろ仕入れておきたい感じ。
なんせ、俺たちには空間収納があるとはいっても、無限に入るわけじゃない。
砦に大量の物資を輸送出来たのも、わざと空きを作っていたからだ。
俺の感覚では、大体最大容量の4分の1くらいかな、自分たちのために詰め込んだ荷物は。
あとは、物資輸送に使うために空けてあった。
早見さんのはもっと大きいんだけど、俺以外誰もそれに気づいてないから、早見さんはもっぱら俺たちの荷物の一部を引き受ける形だった。
だから、潤沢にいろいろ持ち歩けてたわけじゃない。
そりゃ、バックパックに詰め込んでいくより、よっぽど大量の物は持ち歩けてたけど。
けど、他の3人は、なんだか食欲がなさそう。俺たちがサンドイッチを作って渡しても、ほとんど口をつけてなかった。
結局、火村でさえパンの半分ぐらいしか食べず、女の子2人は一口二口かじったくらい。口付けた部分だけちぎって、残りは俺と早見さんで片付けた。
とにもかくにも、腹ごしらえをして一息ついて、やっとお互いの状況を情報交換って形で話せる状態になった。
ただ……早見さんの力でまったく危ない思いをしないで離脱出来た俺と違って、ほかの3人は結構危険な場面はあったらしい。
でも……挟み撃ちになりかけた時、脱出方向から来た敵が、周囲を巻き込んですっころんだ下りを聞いた時、何となくピンときた。
そして、横目で早見さんを見たら……ほかの3人にわからないような感じで、微かにうなずいた。
……やっぱりぃ……
そうじゃないかと思ったんだ。前にも似たようなこと、あったもんな。
でも、転んだ相手が態勢を立て直す前に、一撃加えて通過した3人の行動は、早見さんが誘導したものじゃないだろう。
よくやったよ、3人とも。
「……でもよ、ドアを開けた途端、炎が噴き出したのは何だろうっていまだに思ってるんだ。オレの<火球>の威力って、あそこまでじゃないし、第一、撃ち込んでからちょっと時間経ってたしな。ありゃなんだ?」
火村が、ぼそぼそと話す。3人とも、そのすさまじさに軽くトラウマに近いものを受けてるらしい。
「それはおそらく、“バックドラフト現象”だ」
早見さんが、話し始める。まず間違いなく、この人も見てただろうし。
「密閉度の高い建物で、内部に火が付くと、中の酸素を消費して一時的に鎮火状態になる。でも、まだ熱源としてくすぶっている状態でドアや窓が開くと、外部の空気が入り込み、その酸素に反応して爆発的に燃え上がることがある。それが“バックドラフト現象”で、耐火服を着た消防士が殉職するケースもある、とても危険な現象だ。まして、特に火に対して備えてないものが直撃されれば、ただでは済まない」
今の話、向こうでの話だよね。現代の耐火服をもってしても、そうなるなんて……
そりゃ、ドア開けた連中、ひとたまりもないわな。
「とにかく、君たちが巻き込まれなくてよかったよ。そんなものに巻き込まれてしまったら、いくら<回復>を持っていても、どうしようもなかっただろうからね」
早見さんが、穏やかに微笑む。
それを見た3人も、少しほっとしたような顔になった。
それでも、初めて本気で人に向けて武器をふるったという感触は、どうやらかなりストレスになってたみたいで。
俺は、ちょっと仮眠を取ったんだけど、3人とも結局一睡もせずに、朝まで起きていたらしい。
翌朝起きたら、3人とも寝不足で眼をしょぼしょぼさせてたからね。
「3人とも、顔色が悪いよ。今日は動かず、このままここで休もう。もう少し落ち着くまで、下手に動かないほうがいい」
早見さんが、心配そうに声をかけると、水谷さんがぽつりと言った。
「……早見さんはいつか、『君たちは、人を殺す覚悟は出来たかな?』って聞いたわよね。私たち、何となく、“出来てる”って思ってた。でも、実際に“人”に向かって武器を振るったんだって自覚した時に、怖くなったの。あの時は無我夢中だったけど……」
……ああ、そうか。俺、まだ直面してないもんな。3人とも、それもあって顔色が悪かったんだ。
食欲がなかったのも、きっとそのせいだ。
朝、他の3人がどうも積極的に動こうとしないので、俺と早見さんでもう一回サンドイッチを作って、みんなに配った。
大きめの石を3つ、正三角形に並べて、その中で火を起こして小さな焚火を作り、その上にポットを乗せてお湯を沸かし、お茶を入れる。
みんなが好きだって選んだ、2種類のハーブをブレンドしたヤツ。
「とにかく食べよう。もしかして、のどを通らないかもしれないけど、食べないと体がもたないし、気力もわかない。無理に全部食べなくていいから、食べられるだけ、食べたほうがいい」
早見さんが、静かにそう言った。
それを聞き、みんなのろのろと口をつける。やはりおなかすいてたんだろうな、案外ちゃんと食べていた。
もちろん俺も、自分の分は平らげた。
そして、全員が何とか完食したところで、今日一日は本当にここを動かず、休養に充てることになった。




