16.ひとまずの終わり
クリスを通じて様子を把握してるっていうなら、俺たちが何やったかわかってるはずだけど、それを全く感じさせないんだから、この人の演技力も相当なものだと思う。
隻眼隻腕じゃなかったら、芸能界デビューしてても不思議じゃないわ。
そういや、いろいろやってるときに、クリスが引っ付いてても、特に念話が飛んでこなかったのは、合格点をもらってたってことかな?
それで。クリスはと言うと、早見さんの姿を見た途端、飛び降りるように俺から離れ、早見さんの左脇腹にくっついた。
とにかく、敵陣で物資保管庫を火球で吹き飛ばし、中の油に引火して大炎上したことを離すと、早見さんは『それでいいよ』とうなずいてくれた。
それで、今の状況を聞いてみると、陣地のエッシェンバッハ隊長曰く『これほど相手とまともに打ち合えたのは初めてだ』とのこと。
今までは、相手にいいように翻弄され、這う這うの体で陣地に立てこもってやっとのことでやり過ごす、なんてことが続いていたらしい。
「とても10年以上戦い続けていたとは思えない、お粗末な戦術だったみたいだね。どう考えても、相手に遊ばれてたんだと思うよ』
早見さんの言葉は、結構辛らつだ。
まあ……にわか軍師の早見さんがちょっとテコ入れしただけで、これだけ戦況が違ってるんだからなあ。
今までが、どれだけ無駄なことやってたか、わかる気がする。
やがて、戦場に異変が起きた。
土塀の上に目から上を出して様子を見ていたら、敵陣がある方向から、何かに乗った人物が相当なスピードで近づいてきた。
なんだあれ、と思ったら、どう見ても某有名RPGのチョ〇ボの色違い―こちらは灰色がかった茶色―にしか見えないバカでかい鳥に乗った人物だとわかった。
ああいうのもいるんだ。へぇ……
するとその人物は、こちらに近づきながら何か丸っこいものを口に当てる。
ブオォォォォォーン!!!
まるでほら貝か何かを鳴らしたような、大きな重低音が響き渡った。
その途端、敵の動きがおかしくなったかと思うと、いきなり戦場を離れて元来た道を戻る動きを見せる。
当然こちら側は追撃しようとするが、殿を務める連中が、見事にさばき切り、そのまま退却していく。
味方がそのまま追いかけようとしたところで、早見さんが掌で隠れるほど小さい何かを口に当てる。
ピイィィィィィィ!!!
こちらは甲高い、俺たちにはなじみのあるホイッスルの音。
それに驚いたか、味方の動きが止まる。きっと、聞いたこともない音だったんだろうと思う。
ついでに、すでにかなり離れていた敵軍もなんか反応があった感じだが……
「深追いするな!! 戻れ!!」
今度はエッシェンバッハ隊長が怒鳴って、皆ゆるゆると陣地に戻ってきた。
敵軍のほうも、気を取り直したようにスピードを上げて、去っていった。
引き揚げてきた味方は、さすがに傷ついている人が多かった。
俺たち結構<回復>をかけまくったと思ったんだけど、それでもこれだけ怪我人が戻ってくるっていうことは、相当激戦だったのかな。
何とか互角に打ち合えたということで、皆表情は明るかったんだけど……犠牲者はゼロじゃなかった。
「だがな、出陣していった者がこれほど帰還を果たしたことが、初めてだったのだ。いつもはもっとひどい状態だったからな」
エッシェンバッハ隊長の言葉に、そういや“這う這うの体で逃げ帰ってきていた”んだったと思いだした。
そして、敵が完全に去ったことを確認し、戦場に斃れた者たちを弔うために、亡骸を収容する作業が行われる。
俺たちは、自分たちが何をやってきたのか、エッシェンバッハ隊長に報告した。
エッシェンバッハ隊長は、敵の陣地の場所や、物資の保管庫を燃やしてきたことなどを聞き、驚くとともに、顔をほころばせた。
「そうか。だからさっき、敵は退却していったんだな。物資が失われたら、大人数であればあるほど、すぐさま困窮することになるからな」
そう言うと、エッシェンバッハ隊長は俺たちのほうを頼もしげに見、あとで褒賞を用意すると告げ、後始末の作業の指揮を執り始めた。
「この後のことは、ここの人たちに任せて構わないはずだ。君たちは休みなさい」
早見さんが、声をかけてくる。
本当の意味での実戦に慣れていない俺たちを、気遣ってくれたんだろうな。
実際、神経が張り詰めていたせいか、なんかものすごく疲れた感じがしていた。俺だけじゃなくて、火村も水谷さんも土屋さんも、どこか疲れが見える表情だったんで、誰もみな、素直に自分たちに割り当てられたタープの下に引っ込んだ。
さすがに喉が渇いたんで、水魔法で水を出して、みんなで喉を潤していたら、程なく早見さんも戻ってきて、俺たちに合流する。
「さすがに、疲れたみたいだね。これで向こうは、態勢を立て直すのに時間がかかるはずだ。しばらく落ち着けるよ」
そういった早見さんに、水谷さんが問いかける。
「そういえば、さっき吹いていたのってホイッスルでしょ? どうしてそんなもの持ってたの?」
「ああ。あれは、いつも持ち歩いてる『防災グッズ』のひとつだよ」
「「「「防災グッズ!?」」」」
思わず勇者全員の声が揃った。早見さんの説明はこうだった。
元の世界の日本は、いつ何時災害に巻き込まれるかわからない災害大国。
それで、100均で売っている飲み物を持ち歩けるプラスチックの密閉ボトルに、ちょっとした防災グッズを入れてバッグに入れっぱなしにしていたのだそうだ。
その中のひとつが、さっきのホイッスルだったってわけ。
実物を見せてくれたけど、長さ3セントほどの、銀色の細い筒状の笛で、確かにこれなら、そういうボトルに楽々入るよな、と思った。
「他にも、1食分の非常食と、1回分の携帯トイレと、消毒が出来るアルコール入りウエットティッシュ、絆創膏なんかを入れてあるよ」
非常食以外は、全部100均グッズだそうだ。
笛は、万が一どこかに閉じ込められたとき、笛を吹くことで周囲に気づいてもらえるということで、防災グッズ扱いになるんだそうだ。
「叫ぶと、体力を消耗するからね。体力温存のためにも、笛のほうがいいんだ」
そういうグッズを仕事で使うバッグに入れっぱなしにしてあったからこそ、こうやって異世界に来ても使えるわけなんだけど……
「細かいことは、別に今話さなくてもいいだろう? 夜明け前から動いていたんだ。休みなさい。おなかが減っているなら、何かもらってきてあげるよ」
「い、いや……。別にそこまで腹減ってないから、いいよ。気ぃ使ってくれて、ありがとう」
火村が首を横に振って、わら敷きの寝床に横になる。
……うん、俺もおんなじだな。食欲なんかない。いきなり、いろいろあったから。
女の子たちも、やっぱりすぐに横になった。
俺も横になると、早見さんが俺のすぐ横に寝転がった。
しばらくして、傍らの3人から寝息が聞こえ始めた。疲れてたんだな。




